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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第6章 王国の華
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06.33 メリエンヌに火花散る 後編

「シャルお姉さま! このまま戦いを続けさせて良いのですか!?」


 王女セレスティーヌは、隣に立つシャルロットを、蒼白な顔で見つめた。

 もはや、シノブとアドリアンの戦いは、決闘と呼べるものではない。彼女の言うとおり、このまま続ければどちらかが命を落としても不思議ではなかった。

 特に、アドリアンが突進するたびに、軍馬を疾駆させる馬上槍試合(トーナメント)でも荒れることのない固い練兵場の地面が割れ、彼の大剣がシノブに流され地を擦ると、深い亀裂が走っている。

 王女がその威力を見て血相を変えるのも無理はない。


「大丈夫です。シノブは、アドリアン殿の攻撃を上手く(しの)いでいます」


 彼らは高度な身体強化を駆使している。だから二人の戦いは、もはや常人では知覚することができないほどの速度で繰り広げられていた。

 王女やその友人の中では、武術の(たしな)みがあるイポリートのみが、(かろ)うじて彼らの動きを追いかけているようだ。しかし、他の少女達は二人の攻防を把握することも困難なようである。

 シャルロットの言葉に、不安そうな顔でシノブ達を見つめていた王女の友人達は、安堵の表情を見せた。


「ですがシャルお姉さま! こんな戦いに何の意味があるのですか!

アドリアン殿の様子は、明らかに異常です!」


 セレスティーヌは、シャルロットの言葉に一時は表情を緩めたものの、再び彼女に不安げな様子で問いかけた。


「シノブは、セレスティーヌ様達から、アドリアン殿を引き離そうとしたのです」


 シャルロットは、王女達にシノブの意図を説明する。

 彼女は、アドリアンが魔道具を隠し持っていたことや、不安定に増大している魔力など、アミィから聞いたことも合わせて、王女達を懸念したシノブが敢えて決闘へと誘導したことを告げた。


「そうでしたの……ですが、それならシノブ様の魔術で魔道具を無効化できないのですか?

竜や『隷属の首輪』を封じたシノブ様なら、出来るのではないですか?」


 セレスティーヌは、シノブの行動が彼女達への配慮であったと知り、微かに頬を染めた。

 だが、練兵場から響く剣がぶつかり合う音で我に返ったようで、彼女は戦いを止める方法はないかとシャルロットに問いかけた。


「殿下。シノブ様といえど、未知の魔道具を安全に無効化することはできません。道具の性質や魔力の波動を正確に把握しないと、装着者にどのような影響があるかわからないのです」


 アミィは魔道具の無力化に関する条件を、王女に説明した。

 シノブは『隷属の首輪』を封じたが、それには事前に『隷属の首輪』を入手して解析する必要があった。魔道具を正しく把握しないで無力化した場合、装着者に悪影響が出る可能性があるからだ。

 岩竜達との戦いでは、ぶっつけ本番で逆位相の波動を発して、竜達の行動を制限した。だが、あの時は竜が魔獣と同じ知性を持たない存在だと思っていたから、相手への影響など考慮する必要はなかった。


「シノブ様は、可能であれば魔道具の暴走からアドリアン殿を助けたいと思っているのです」


 アミィは、シノブがアドリアンの猛攻を(しの)ぎ続ける理由を、心配げな王女に優しく伝えた。


「ですが……このままではシノブ様が……お二人は、心配ではないのですか?」


 毅然とした様子で語る二人を、セレスティーヌは美しい金髪を振り乱して泣きそうな顔で交互に見た。


「心配していないと言ったら嘘になります。でも、私はシノブを信じています」


 シャルロットは、年下の従姉妹に優しく笑いかけた。

 しかし、その表情とは裏腹にシャルロットの手は固く握り締められていた。彼女も本当はシノブの戦いをやめさせたいのかもしれない。あるいは、自身も彼の隣で戦いたいと思っているのだろうか。


「シャルロット様の仰るとおりです。私達は、シノブ様を信じて待つだけです。

殿下をお守りしてシノブ様を待つ。それが一番の助けになりますから」


 シャルロットに続き、アミィも王女へと静かに語りかける。

 そして、二人は自身の言葉を態度で示すように、練兵場へと再び視線を向けた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブは、いつまでも続くアドリアンの攻撃に攻めあぐねていた。

 アドリアンの魔力は増大する一方である。彼は途方もない魔力を注ぎ込んだ身体強化により、素早さではアミィを(しの)ぎ、力強さではイヴァールをも超える威力で、怒涛の打ち込みや薙ぎ払いを繰り出してくる。

 理性を失った目でシノブを(にら)つけるアドリアンは、失ったものの代わりに野獣の感覚を得たようだ。彼は力余って大地を踏み割ったり大剣で地を裂いたりもするが、大きな隙は生じない。


(このままだと、アドリアンが壊れてしまうかも……仕方ない、勝負を急ぐか!)


 シノブは、いつまでアドリアンが膨大な魔力に耐え切れるか、疑問に感じていた。

 『隷属の首輪』は、装着者の能力を限界まで搾り出す代わりに、その肉体を壊すこともあるらしい。アドリアンがどんな魔道具を身につけているかわからないが、長時間の使用が体に良いとは思えない。

 シノブは、彼の大剣を防ぎながら足を止め、己の魔力を集中していった。


「シノブ様!」


 少女の声が練兵場に響き渡る。おそらく王女か友人達の誰かだろう。

 シノブが動きを止めたから、彼が劣勢に陥ったと受け取ったようだ。令嬢達の悲痛な叫び声に動揺したのか、警護担当の白百合騎士隊からも、ざわめきの声が漏れていた。


「グアァァ!」


 もはや魔獣のように本能のままに攻め立てるアドリアンだが、微かに残った理性ゆえか、赤黒く染まった(おもて)に酷薄そうな笑みを浮かべた。彼は、シノブの血を求めるかのように、両手で握る大剣の速度を上げて振り回す。


「……硬化」


 シノブがポツリと漏らした呟きが聞こえた者が、どれほどいただろうか。

 だが彼の戦いを見守る者達は、その行動で彼の意図を知ることとなる。


「指で剣を挟んだ!?」


 立会人を務めるマティアスが叫んだ通り、シノブは左手でアドリアンの大剣を受け止めていた。正確に言えば、人差し指と中指でアドリアンの大剣を挟み、彼の斬撃を止めていたのだ。


「ガァァ! グオァ!」


 イヴァールも習得した硬化魔術。シノブの計り知れないほど大きな魔力で実現したそれは、アドリアンが両手で握る大剣を、二本の指で万力のように締め付けているようだ。

 アドリアンは真っ赤な顔で剣を動かそうとするが、シノブが挟み込んだ大剣は微動だにしなかった。


「エイッ!」


 シノブは凄絶な気合と共に、アドリアンの両手首を右手に握る小剣の(つか)で打ち据えた。

 一瞬のうちに繰り出された二撃は、ほとんどの者の目には映らなかっただろう。素早い連撃を受けたアドリアンは、思わず大剣から手を離し、後退(あとじさ)った。


「アドリアン殿、許せ!」


 シノブは、無手となったアドリアンに数回鋭く小剣を振るった。刃を潰したはずの模擬剣だが、シノブの鋭い斬撃には、そんなことは関係ないようだ。まるで真剣を使ったかのように、アドリアンの服が数箇所切り裂かれる。


「きゃぁぁ!」


 シノブがアドリアンを切ったと思ったのか、観客席から叫び声が上がる。

 だが、アドリアンがそのまま立ち尽くしているのを見て落ち着きを取り戻したようで、悲鳴のような少女達の声は、じきに収まった。

 アドリアンの服は、胸元と両手首のあたりがシノブの剣で切り裂かれているが、彼の肌には傷はないようであった。そして一瞬の間をおいて、何かがアドリアンの足元に落ちてきた。


「シノブ様! それは!?」


 勝負がついたと思ったのか、マティアスがシノブの下に駆け寄ってきた。

 そしてマティアスが近づくのと同時に、それまで立ち尽くしていたアドリアンが、壊れた人形のように崩れ落ち、鈍い音を立てて地に伏した。


「たぶん、強化の魔道具だ。彼が身に着けていた魔道具は、全て切り落としたと思うが……」


 シノブは、厳しい顔でアドリアンを見下ろしていた。

 魔道具の影響から逃れたためか、アドリアンの魔力は急激に減少していた。気絶した彼には、もはや常人よりも少ない魔力しか残っていないようだ。


「ともかくマティアス殿、他に隠していないか調べよう。それに治療も必要だ。このままだと衰弱死するかもしれない」


 シノブは険しい表情のまま言葉を続ける。

 茫然自失(ぼうぜんじしつ)といった様子のマティアスだったが、シノブの鋭い声で我に返ったらしい。彼は大きく頷くと、倒れ伏す男へと歩み寄っていく。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「強化の魔道具か……やはり、フライユ伯爵が事件の背後にいたのだろうか」


 国王アルフォンス七世は、シノブの説明を聞いて深刻な表情を見せる。

 シノブがマティアス達とアドリアンの体を検め、彼に回復魔術を掛けていると、白百合騎士隊の小隊長サディーユが、国王の下へ向かうようにと伝えにきた。

 どうやら、アドリアンの常軌を逸した行動や、その後の常人離れした戦いを見て、騎士隊の誰かが事態を王宮に伝えたようだ。


 シノブ達は後を騎士隊や王宮の治癒術士に任せ、大宮殿へと急ぎ移動した。そして、王女セレスティーヌにマティアス、シャルロット、アミィを含めた五人は、大宮殿の奥にある一室で、国王と会見していた。


「その可能性は高いと思いますが……ただ、奴隷を使役していた者が持っていた魔道具とも違うようです。

効果が大幅に増しているのもありますが、魔力量を増大させる道具が含まれているようでした」


 シノブは、声を潜めながら国王へと答える。

 室内には、彼ら以外は誰もいない。壁も厚く窓すらない部屋は、密談のための場所なのだろう。明かりの魔道具のみに照らされた室内は、シノブにそんな印象を与えた。


「そうか。魔道具の調査は、そなたにも協力してほしい。

ソレル親子やその配下からも情報を引き出してはいるが……そういえば、ビューレル子爵の息子が中々頑張っているようだな。助かっているぞ」


 アルフォンス七世は、シノブの言葉に頷いた。

 ビューレル子爵の息子とはシメオンのことである。彼は、事件の解明の為に監察局に詰めきりになっていた。彼の努力もあり、口を閉ざしがちなソレル親子やその配下の行動も、少しずつだが判明してきたようだ。


「陛下。フライユ伯爵の別邸を捜査すべきではないでしょうか?」


 マティアスが、国王にアドリアンが滞在していた別邸の調査を進言した。

 なにしろ、フライユ伯爵の次男アドリアンが、決闘に魔道具を使ったのだ。それも、帝国の間者が使っていた物と全く同じではないが、同様の効果を発揮する魔道具だ。

 フライユ伯爵家への遠慮から、今まで別邸に対する捜索は行われていなかった。とはいえ、今回は王族や貴族の前での暴挙である。彼の意見は当然のことといえよう。


「マティアス、既に監察官達を派遣した。

帝国との繋がりに関する疑い。王女の前での暴挙。魔道具の使用で決闘を汚したこと。どれも見逃すことはできないからな」


 国王は、マティアスへと頷いた。

 王女への無礼な態度や、帝国製と思われる魔道具の所持は、当然問題である。それに、決闘での魔道具の使用も、見逃すことの出来ない問題であった。

 この国の決闘は腕比べとしての意味合いが強い。そのため決闘には、殺傷を避けるための工夫が随所に施されている。しかし魔道具の使用は、それらの前提を(くつがえ)すものである。

 身体強化や硬化など、決闘には自分自身に働きかける魔術なら使用できる。だが、自身の力に寄らない魔道具の使用は許されていなかった。

 この国の王族や貴族は、建国王や聖人の生き方を手本として育てられる。だから、卑怯な行いは厳しく非難され、時には貴族籍の剥奪さえあるという。


「シノブ、ともかくご苦労であった。

そなたのお陰で、セレスティーヌ達に危険が及ぶこともなく、無礼者を取り押さえることもできた。

フライユが文句を言ってくるかもしれないが、セレスティーヌ以下、大勢の貴族やその子弟の見守る中での事件だ。そなたが適切な判断をしたことは、この私が保証する。

これからも頼むぞ」


 アルフォンス七世はシノブに微笑みかけた後、マティアスに侯爵達を招集するように命じた。マティアスは、主君に恭しく一礼して室外へと去っていく。

 そしてアルフォンス七世は、残った一同にも退室を命じた。彼の言葉を受けたシノブ達は、マティアス同様に一礼して部屋を出た。


 シノブ達は控えの間で待機していた騎士達と合流し、王女セレスティーヌを警護しながら小宮殿へと向かっていった。

 アドリアンの暴発を受け、大宮殿から小宮殿の間も厳重な警戒態勢が敷かれている。先日、王女やその友人達と出会った回廊も、今は険しい顔をした大勢の衛兵達が立ち並んでいる。

 セレスティーヌは、大宮殿へと向かう間や、父王との会談の最中も、ほとんど言葉を発しなかった。シノブは、彼女の押し黙る様子を見て、決闘に強い衝撃を受けたのだろうか、と心配していた。


「……シノブ様」


 セレスティーヌは回廊の中ほどまで来たとき、その歩みを止めた。彼女は豪奢な金髪を揺らし、シノブへと振り向く。


「はい、何でしょう?」


 自身を見上げる王女に、シノブは柔らかく応じる。沈んでいるらしい彼女を刺激してはと思ったのだ。


「私、心配しましたわ……」


「それは申し訳ございません。セレスティーヌ様に心配をかけずに勝てるよう、更なる精進をします」


 青い瞳に大粒の涙を浮かべたセレスティーヌに、シノブは済まなさを覚えていた。今にも涙が(こぼ)れそうな姿を目にし、これほど案じさせる前に決闘を終わらせていればと今更ながら悔やむ。


「いえ……シノブ様のせいではありませんわ。シャルお姉さまやアミィさんは、シノブ様の勝利を信じて私達をお守りくださいました。

でも、私はシノブ様がご無事にお帰りになるか不安だったのです」


 セレスティーヌは、遂にその瞳から涙をこぼした。彼女の美しい頬を伝わっていく一筋の涙が、午後の優しい陽の光を受けて微かに(きら)めく。


「セレスティーヌ様が私の戦いを見るのは初めてですから、仕方がないでしょう。シャルロットやアミィは、私と一緒に何度も戦っていますから」


 沈んだ様子の理由がわかり、シノブは顔を綻ばせる。

 勝利を信じ切れなかったことに罪悪感を覚えたという、セレスティーヌの言葉。自分を守るために剣を執った戦士を信じて待つのは乙女の使命とでも言うのだろうかと、シノブは微笑ましくすら感じていた。


「私は、シャルお姉さまのように戦えませんわ。でも、シノブ様を信じることは出来たはずです。……揺るがずシノブ様を待つシャルお姉さまやアミィさんは、とても綺麗でしたわ」


 セレスティーヌは脇へと目を向けた。そこにはシャルロットとアミィがいる。

 シノブも同じく顔を動かす。隣のシャルロット、側に控えるアミィ。どちらも静かに(たたず)むのみだが、同時に今のセレスティーヌが持ちえぬ強さを宿しているように思う。


「そうですね。美しさは私にはわかりませんが、王国のために戦う兵士達を、信じて待つのは大事(だいじ)なことだと思います」


 シノブは美について評するのを避け、代わりに戦う者達に触れる。

 王族が彼らに仕える騎士や兵士を信じるのは、確かに重要な事だ。単なる気持ちの問題と言ってしまえばそれまでだが、王家の信頼があるから彼らも誇りを持って戦える。シノブは、そう思ったのだ。


「はい。シノブ様の仰るとおりですわ。

……シャルお姉さま、まだまだ私は『王国の華』の名に相応しくなかったようです。もっと強い心を備える日まで、シャルお姉さまに譲りますわ」


 セレスティーヌはシャルロットの顔をじっと見つめると、(あで)やかに微笑んだ。名の由来となった大輪の薔薇セレストを想起させる華やかな笑顔に、シノブも思わず見惚れてしまう。


「セレスティーヌ様……それでは、お預かりします」


「ええ、一時お貸しするだけですわ。私もシャルお姉さまやアミィさんのように強くなって、お二人に並んでみせますわ!」


 シャルロットが優しく頷き返すと、セレスティーヌは笑みを増して高らかに宣言した。

 明るさを取り戻した王女の姿と、祝福するかのようなシャルロットとアミィ。それを目にしたシノブは、彼女達を守ることが出来て良かったと朗らかな笑みを浮かべた。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 次回から第7章になります。


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