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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第6章 王国の華
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06.27 王都の休日 後編

 シノブ達は、ボドワンの娘リゼットに先導され、ポワソン通りにやってきた。


「しかし、海の魚を王都まで運んでくるのは大変だろうね」


 シノブは歩きながら、リゼットへと交易の様子を聞いてみる。


「はい。悪くならないように塩漬けや干物にする手間もかかりますし、面倒なのは間違いないです。

でも、牛や豚を育てるのは、とても手間がかかります。ですから、お魚などを運んでくるほうが、結果的に安く上がるんですよ」


 リゼットは、シノブに畜産の大変さを説明する。

 シノブは、肉食主体と思いがちな欧州でも、塩漬けや干物で内陸部まで魚介類が流通していた、と聞いたことを思い出した。それに、古代ローマでも魚の養殖が行われていたという。

 地球の歴史でも、近世になって食肉の安定的な供給が出来るようになるまでは、魚介類の消費が多かったらしい。そう考えると、王都まで海の魚を輸送してくるのも当然なのかもしれない、とシノブは思った。


 シノブとリゼットがそんな話をしているうちに、彼らはブランザ商会へと到着した。

 ブランザ商会は老舗らしく、周囲の商会に比べ年季の入った建物であった。石造りの建物は、角が磨り減って丸くなっており、その歴史を感じさせる。

 しかし、建物は古いが内部は清潔さが保たれており、シノブは丁寧に使っていることが窺える店内に好感を(いだ)いた。


 貴族の軍人の装いをしたシノブ達が店内に入ると、買い付けに来た商人や住人達は、何事かと静まり返った。なにしろ、軍服姿の貴族が四人も入ってきたのだ。彼らが驚くのも当然だろう。

 だが、リゼットに案内されたシノブやアミィが干物や塩漬けを熱心に眺める様子を見て、酔狂な貴族が冷やかしに来たと思ったようだ。最初はシノブ達に注目していた彼らも、すぐに商品の品定めに戻っていった。


 シノブとアミィは、周囲の驚く様子など気にせずに、店内の商品を見て回っていた。

 店内には、小魚をそのまま塩漬けにしたものや、開きにして干物にしたものなど、様々な品が並んでいる。なんと魚や貝どころか、ごく僅かだが、タコやイカの干物まであるようだ。

 所狭しと置かれた大小の樽の中には、シノブには良くわからない種類の魚介類も入っている。


「どうですか、シノブ様、アミィ様?」


 彼らを案内したリゼットが、シノブ達の様子を窺うように二人を見る。


「ありがとう、期待以上の品揃えだよ!」


 豊富な品揃えに満足したシノブは、リゼットに明るく礼を言った。彼の言葉にリゼットの表情も綻び、灰褐色の瞳に嬉しげな色が浮かぶ。

 ボドワンの商会は、王都までを商圏としているようだが、ベルレアン伯爵領へ帰る時には王都で入手できる産物を買い付けて戻るらしい。

 そういう事情もあり、娘のリゼットも王都にある各種の商会については詳しく、良い店を熟知しているようだ。そんな彼女が自信を持って勧めるブランザ商会は、シノブやアミィの満足が行く品揃えであった。


「とはいえ、やっぱり塩漬けや干物だね」


 シノブは、目の前にある幾つかの大きな樽を覗き、中に入った塩漬けや干物の魚を見ていた。王都から海までは250km以上あるから仕方がないが、様々な魚介類があるのに鮮魚がないのが、シノブには残念だった。


「さすがに海から距離がありますからね~。でも、この棒ダラとかは、出汁も取れますし、戻しても美味(おい)しいと思いますよ」


 アミィは、背伸びして樽の中を覗き込んでいる。140cm少々の彼女が、爪先立ちで大きな樽の中身を見ている様子を見て、シノブは微笑んだ。


「アミィ様は、本当にお魚に詳しいのですね。こちらのスズキの干物も美味(おい)しいですよ。それと、ムール貝の干物もお勧めです!」


 リゼットは、アミィと一緒に樽を覗き込み、自身のお勧めを教えている。彼女は、買い付けのためにあちこちを回るせいか、魚や貝の種類にも詳しいようだ。


「あっ、アマノリもありますね!

でも、ノリが塩漬けなのは惜しいですね~。あっ、塩抜きすれば良いかも!」


 アミィは、板海苔でも作るつもりなのか、思案げな表情となる。


「そもそも、ノリってこの辺の人は食べるのかな?」


 アミィとリゼットが幾つもの樽を見て回る様子を眺めながら、シノブは呟いた。

 食材として置いてあるのだから食べるのだろうが、ノリを食べるのは日本人などごく一部だとシノブは思っていた。シノブは、アムテリアが作った世界だから日本風の食材が広まったのだろうか、と考えた。


「貴族様、ノリはパン生地に混ぜて揚げるのです」


 シノブの呟きが聞こえたのか、店員らしき獣人の娘が話しかけてきた。どうやら貴族の接客をするために出てきたらしく、娘はシノブやシャルロットの側に寄ると、二人の言葉を待つように(たたず)む。

 彼女は三角形の獣耳に金色の瞳の持ち主で、しかも今まで見た獣人とは違い尻尾が細い。シノブは今まで見かけなかったタイプの獣人の登場に、内心少々驚いた。


「……ああ、ありがとう。そうか、パンに入れるのか」


 ノリの食べ方を教えてくれた店員に、シノブは礼を言った。

 シノブの言葉に、店員は濃い金髪を揺らしながら、柔らかく微笑む。


「私はカンビーニ王国の出身ですが、そちらでは有名な郷土料理です。こちらでも、珍しいものがお好きな方のために、このように少しですが扱っています」


 シノブが気さくに礼を言ったせいか、猫のような尻尾の小柄な店員はさらに説明を続けた。


「そうか、君はカンビーニ王国の人か。随分遠くまで来たんだね」


 シノブは、王都からカンビーニ王国までは少なくとも500kmはあるはずだ、とジェルヴェから教わった知識を思い出しながら店員と話す。


「このブランザ商会の奥様は、カンビーニ王国の方でして。私も奥様についてきたのです」


 南方と取引する商会だからカンビーニ王国に行くこともあるだろうが、妻まで娶ってしまうとは随分行動力のある店主なのだろうか。そこまで考えたシノブは、自身も遠い異国で結婚するのだと考え、苦笑した。


「ソニアさん!」


 シノブが商会の主に思いをめぐらせていると、リゼットとアミィがやってきた。

 リゼットは、シノブが話していた店員と顔見知りらしく、彼女に親しげに呼びかけた。


「リゼットさんが、こちらの貴族様達をご案内していたのですか?」


 ソニアと呼ばれた店員は、リゼットに明るく笑いかけ、問いかける。


「ええ! 『竜の友』シノブ様に、『ベルレアンの戦乙女』シャルロット様です!

父をお助けいただいた縁で、ご案内させていただきました!」


 リゼットは、自慢げにソニアという店員に返答した。


「まぁ……『竜の友』シノブ様とは存じ上げず、失礼いたしました」


 ソニアは、その目を大きく見開いた後、慌ててシノブに頭を下げた。

 王女セレスティーヌが、王都中が知っていると言ったのは、冗談ではなかったらしい。


「何も失礼なことはないよ。買い物は、こちらのアミィがするから、もしお勧めがあったら教えてあげてほしい」


 シノブは、頭を掻きつつソニアにアミィを紹介する。

 思わず話し込むことになったが、よく考えれば購入するものを決めるのはアミィだ。シノブは、自身よりアミィと話をすべきだろう、と思ったのだ。


「わかりました。それではアミィ様、私がご案内します」


 ソニアはシノブに一礼すると、アミィへと話しかける。


「ありがとうございます。ソニアさん、ノリはどれくらい塩抜きしたら良いですか?」


 アミィは早速商品についてソニアに尋ね始めた。


「シノブ様、猫の獣人を見るのは初めてですか?」


 アミィとソニアのやり取りをシノブが見ていると、アリエルが話しかけてきた。


「ああ、そうだね」


 シノブは、やっぱり猫の獣人だったのか、と思いながら返事をする。


「シノブ様~、珍しいのはわかりますけど、デートに来て他の女性を見るのはマナー違反ですよ~」


 ミレーユが、その青い瞳に悪戯っぽい光を浮かべながら、シノブを見上げた。


「いや、見惚れたわけじゃないよ! ただ、珍しいな、って思っただけで。ほら、王国にはあまりいないって聞いていたから!」


 シノブはミレーユの指摘に慌て、シャルロットの様子を窺う。


「ミレーユ、シノブをからかってはいけません。……ですがシノブ、もう少し私とお話してくれても良いと思います」


 シャルロットは、そう言うと頬を染めながらシノブを見つめる。恥じらいながらシノブのほうを向く彼女の仕草にあわせ、繊細なプラチナブロンドがサラリと揺れた。


「すまなかった! つい、魚やノリに浮かれちゃって!」


 シノブは、シャルロットを放っていたことを、素直に謝った。


「まあ、私はお魚以下ですか?」


 シャルロットもミレーユに乗じたのか、冗談交じりにシノブへと問いかける。


「俺達の好みを優先してごめんね。午後からはシャルロットの行きたいところに行こう」


 シノブは、シャルロット達の希望を聞いていなかったと反省した。

 シャルロットも街に出ることなどないという。きっと彼女も見て周りたいものがあるに違いない。シノブは今更ながらに思いを巡らす。


「ありがとうございます。でも、本当はこうやってお話できれば、貴方といるだけで良いのです。……それに、実は私も王都のことは良く知りませんし」


 シャルロットは、そっとシノブに寄り添った。

 対するシノブは、先ほどの埋め合わせとばかりにシャルロットを抱き寄せる。もちろん人目もあるから、さりげなくだ。

 しかし、それでも共にいる者達が気付かぬはずもない。


「アリエル、今日は暖かいと思っていたけど、こう()()なるとは思わなかったね~」


「それは、貴女の考えが浅いからです。めでたく婚約したお二人に随伴しているのを忘れたのですか?」


 ミレーユとアリエルの(ささや)き声に、シノブとシャルロットはお互いの顔を見て苦笑した。

 アミィやリゼット、それにソニアも照れる二人を微笑ましげに見つめている。シノブとシャルロットは祝福の輪の中で、頬を赤く染めて立つのみであった。


 お読みいただき、ありがとうございます。


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