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00.01 いったい此処は何処なんだ?

先人たちの素晴らしい小説に感化され、異世界転移ものを書いてみたくなりました。つたない文章ですがお読みいただければ幸いです。


「ふぅ、やっぱり山の空気は清々(すがすが)しいなぁ」


 天野(あまの)(しのぶ)は思わず独り言を(つぶや)いた。

 樹齢百年は経っていそうな背の高い杉が一面に(そび)え立っている。その中を縫うように続く山道を、忍は小型のバックパックを背負って歩いていた。赤茶色に染められたバックパックは、今回のような小旅行に欠かさず持っていく彼の愛用の品だ。

 鬱蒼(うっそう)と繁る巨木群により頭上は覆い隠され、空は(ほとん)ど見えない。ときおり吹き抜ける風からは(かす)かに木々の香りがする。そのため忍はどこか荘厳な雰囲気を感じていた。


流石(さすが)は神々の降り立つ地、ってことかな……先入観のせいかもしれないけど」


 忍はそう言いながら手に持った紙を見る。バス停の近くの土産物屋でもらったチラシには『神話の里にようこそ!』という少々ベタなタイトルの下に、周辺の名所旧跡が写真付きで記されていた。


 忍は三年前に亡くなった祖父の影響で、歴史に興味があった。

 忍の父方は下級武士の出だが、その家系は少なくとも室町時代まで遡れる。そして彼の祖父は由緒ある家系を誇りに思っていた。

 もっとも廃刀令が出てから百数十年、終戦からだって七十年近い現代である。祖父だって刀を持ったことなどない。忍も、祖父から昔の話を聞いたり時代劇を一緒に見たりしたことがあるだけだ。

 しかし、そんな経験が歴史や遺跡についての興味を彼に植え付けたのは、間違いないだろう。


 そして大学に入学した最初の夏休み。

 忍はかねてから行きたいと思っていた九州を訪れていた。先史時代から繁栄した九州には、神話に関する地や古代の遺跡が沢山ある。そこで彼は、入学以降バイトで貯めた資金で数日間の一人旅を決行したのだ。

 別に一人旅が好きなわけではない。イケメンというほどではないが、そこそこ整った柔和な風貌に人当たりの良い性格の忍には友人も多い。しかし、彼の趣味である遺跡めぐりやトレッキングに付き合ってくれる奇特な者はいなかった。


「あいつら、十八歳にしては渋い趣味って言うけど……まあ、一人でじっくり見て回るのもいいよね」


 「負け惜しみじゃないんだからね!」とでも言いそうな雰囲気で忍は一人ごちる。少し寂しさを感じているのかもしれないが、こんなときは誰しも独り言が多くなるものだろう。

 忍は、チラシの裏に印刷された絵地図のとおりに、神社の裏手から続いている山道を歩いていた。しかし山道には彼しかおらず、誰とも行き()うことはなかった。


「本当に俺以外は誰も歩いていないなぁ……騒がしいのも困るけど、休日なんだし少しは観光客がいても良いはずだけど」


 神様が降り立ったという場所やその子孫ゆかりの地などを巡って山道を歩き、そろそろ三十分。地図に書かれた所要時間通りなら、もう出口に辿(たど)り着いても良いころである。

 その間に誰も見かけないのだから、古代史好きの忍が友人に変わり者扱いされるのも仕方がないことかもしれない。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「やっぱり道に迷ったのかな……」


 相変わらず山道を歩く忍。トレッキングが趣味というだけあって疲れは無い。すらっとした体にはそれほど目立ちはしないが適度な筋肉も付いており、山歩きにも慣れている。しかし道に迷ったかも、と思うと疲れとは別のものが()し掛かってくる。

 かれこれ一時間近く経っても山道を彷徨(さまよ)い続けているため、忍に最初の気楽さはない。足回りは穿()きなれた青いジーンズに、各地を巡った愛用の茶色のトレッキングシューズだ。したがって一時間歩こうが二時間歩こうが、それ自体は全く問題ない。

 だが、迷ったかも、という不安からくる精神的な疲労は心の中に少しずつ積み重なっていく。


 そもそも絵地図は一本道のように描かれていたし、忍自身も分岐などに出会うこともなく歩き続けてきた……はずである。

 しかも山といっても、せいぜい小高い丘という程度だったが、いつの間にか忍の目の前には急勾配の斜面全体を覆う杉の自然林が広がっている。木々も最初に見たものより明らかに太く高く(そび)え、どの木もこれぞ神木、と言うべき威容を誇っていた。

 ふとあたりを見回し、今までと違う光景に今更ながら感じ入った忍は、無数の巨木が天まで届かんばかりに屹立(きつりつ)する様に不安も忘れ、しばし見とれていた。そんな、樹齢数百年あるいは千年とも思える巨木に囲まれ立ちつくす彼の頭上に、ポツリポツリと水滴が落ちてきた。


「うわ! 雨か!」


 忍は慌ててレインジャケットを取り出した。

 お気に入りのアウトドア用品ブランド『MIYAMA』の白いレインジャケットは、いつもバックパックに入れているものだ。軽量かつコンパクトなレインジャケットは、薄手の割には防水性が高いので、忍は非常に重宝していた。

 天気予報では降水確率0%だったはずなのに、と思いながら忍が身に着けているうちに雨はどんどん激しくなり、あっという間に土砂降りになってしまった。

 森の中とはいえゲリラ豪雨並みの雨量ともなると、そのまま立ち尽くしているわけにもいかない。忍はどこか雨宿りができるところがないかとあたりを見回す。すると今まで気が付かなかったのが不思議なくらい近くに、石造りの階段が目に入った。


「神社でもあれば軒先を借りて雨宿りできるかも……」


 忍は期待を(いだ)きながら階段を上っていく。すると階段の上にはテニスコートほどの(ひら)けた場所があり、その向こうに高さ10mほどの崖が見えた。

 岩肌が剥き出しの崖の下には、人が立ったまま入れるほど大きな穴が開いている。しかも随分と奥がある洞窟らしく中は判然としない。その洞窟の脇には巨大な岩が転がっているが、他は何も見当たらなかった。


「とりあえずあそこで雨宿りするか!」


 雨が増々激しくなってきたので、忍は洞窟に向かって駆け出した。


「あぁ、ひどい目にあった……」


 レインジャケットを身に着けたとはいえ、ジャケットに覆われていない顔や腰から下はずぶ濡れである。洞窟に入って雨を逃れた忍は、バックパックから取り出したタオルで濡れたところを拭き、ほっと一息ついた。

 外の崖と同様に洞窟はゴツゴツした岩肌で、特に人の手が入ったようには見えない。そして幅は4mから5mくらいで奥行きは結構ある。

 忍はバックパックに入っていた携帯用のLEDライトであたりを照らした。どうやら奥行きは20mくらいあるらしい。そして洞窟の中には灯りを反射する何かがあるようだ。気になった忍が近寄っていくと、一番奥に丸いものが(いく)つもあると(わか)った。


「これって銅鏡!? こっちは土器の破片かな!?」


 青銅らしき円形の板や、素焼きと思われる焼き物の破片を発見した忍は、興奮を隠せなかった。

 奥に置かれた緑青が浮いた銅鏡らしき物体や、あたりに散らばる土器らしき物の破片。遺跡好きの忍は、大雨や道に迷ったことなど忘れてそれらに見入っていた。


(発見済みの遺跡だとしたら、こんな無造作に置いてあるはずはないと思うけど……観光向けに展示されているレプリカだったとしても、普通は人が近づけないようにロープでも張るんじゃないかな……もしかして未発見の遺跡?)


 銅鏡は十数枚はあるし土器の破片は一面に散らばっている。最初は気が付かなかったが勾玉のような綺麗に磨かれた石も落ちていた。

 忍はそれらを手に取ろうかと思ったが、なんとなく(おそ)れを感じた。


(なんだろう……あの神木のような杉から感じた……いや、それよりもっと(すご)い何か……神聖で大きな気配とでも言えばいいのか……)


 生まれて初めて味わう不思議な感覚。そして古代の遺物と思われる品々からの感動。それらに飲まれた忍は、呼吸すら忘れたかのように立ちつくしていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 悠久の時に思いを馳せ神秘の感覚に身を委ねていた忍だが、唐突に現実へと戻ることになる。突然、ドドドッ、という轟音が響き、一瞬の間の後、ズン、という鈍い音と共に大地を揺るがすような振動が伝わってきたのだ。

 それは未発見の遺跡を見つけたかもという忍の興奮を冷まし、彼は反射的に音のした洞窟の入り口側へと振り向いた。


「え! 閉じ込められた!?」


 洞窟の入り口あたりは天井が崩落したのか、完全に塞がれている。残された空間からすると入り口側の10m近くからが崩落したらしい。

 忍はしばし呆然(ぼうぜん)と落ちてきた岩の塊を眺めていたが、ハッ、と我に返った。

 下手に接近すると二次崩落に巻き込まれるかもしれないと、忍はしばらく躊躇(ちゅうちょ)していた。しかし彼は恐る恐る近づくと、崩落した岩盤を押したり折りたたみ式のトレッキングポールや小さな折り畳みナイフで削ったりしてみた。

 だが、洞窟を丸ごと塞ぐ岩塊は見た目どおり巨大なものらしくピクリとも動かない。そして土砂ならともかく、岩がトレッキングポールやナイフで削れるわけもない。そのまま十数分は岩と格闘していた忍だが、ついに無駄な努力と諦めた。


「スマホもダメか……」


 岩塊で塞がれた洞窟の中には電波も届かないのか、スマートフォンのアンテナは立たない。当然通話もできず、助けを呼ぶことはできない。

 小高い丘程度とはいえ一応は山の中。しかも道に迷って数十分は経っており、近くに人影も見当たらなかった。忍がこんなところにいるとは、誰も思わないだろう。

 今回の旅行では他県も含め何か所か回るため、帰宅するのは四日後の予定である。

 忍は大学の近くで一人暮らしを満喫しており、実家と疎遠なわけではないが頻繁に連絡を入れるほどマメでもない。数日電話しないのはザラであり、家族が不審に思うとしても下手をすれば一週間くらい先のことかもしれない。

 仮に遭難に気が付いたとしても、気の向くままに行き当たりばったりの一人旅を楽しんでいた忍の行先など誰にも判りはしないだろう。この洞窟が未発見の遺跡なら、人が近づくことすらないかもしれない。

 疲れと絶望のあまり、忍は洞窟を塞ぐ岩塊にへばりつくように崩れ落ちた。


(俺、ここで死ぬのかな……)


 口にするには、あまりに怖い予想。忍が恐怖に(とら)われたその時、洞窟の奥から強烈な光が放たれた。


──あきらめてはいけません──


 頭の中に直接呼びかけるような声に、思わず忍が光の生じた方向へと振り向くと、そこには目も(くら)む輝きを(まと)った女性が立っていた。


お読みいただき、ありがとうございます。


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【良い】 700万字超えの大作。導入の祠で土砂崩れのシーンはいまだ覚えてました。 【気になる】 4年程更新されておらず、ぜひ筆をとってほしい。 【一言】 以前500話辺りまで拝読したました。ふと本作品…
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