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樹上のフォレスティア  作者: 菊日和静
第1章 そこは樹上世界フォレスティア
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クヌギとフェンネル

 ミズガルズ——樹上世界の構造としては、ユグドラシルを中心に居住区が構えられている。人が中心部にいる方が管理しやすいというのもあり、外周部は農産物のプラントとなるよう整備されていた。


 元々、神が創ったと言われるフォレスティアは資源豊富な世界であるため、そこに住む人々は特別に農作物を育てることはしなかった。歩けば、どこにでも生っているようなものをわざわざ作る必要はないからだ。


 故に、農産物は自分たちで取る方が安上がりでもあるわけだが、中には面倒くさがって取りに行かず、居住区で売っているモノを買う者もいる。むしろ、最近の居住区の中流階級に属する民としては、そっちの方が割合が多くなっている。


 しかし、クヌギたちは孤児院を経営し、金に余裕はない。だが、腹を空かせる子供たちはいるので定期的に食料調達に出かけたりしなければならないのだ。


 当然、資源豊富な土地となれば、人を襲う獣もいるわけで、民を守る役目を負う樹士が外回りの仕事のときに、護衛がてら調達に出かけるのが一般的だったりする。


 クヌギたちは、その農業プラントの一つに来ていた。


「それじゃあ皆、準備はいい?」


 プラントの入口で昼食を終えた一行は、各自の装備や道具を確認していた。

 出かける際に色々ありはしたが、ルナリアの用意したお弁当はリーフ、フェンネルの二人の口に合ったようで、ルナリアはほっと胸を撫で下ろしていた。


 実際、お弁当の内容も華やかさはないかもしれないが、肉の香草包み、塩漬けサラダ、甘酸っぱいブドウゼリーなど、食べてもらう人のことを考えたメニューになっていた。二人は文句を言うどころか絶賛し、終止ルナリアを褒めていた。そのことで、ルナリアは恥ずかしがっていたようだが、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。


 そして、いち早く確認が終えたリーフはクヌギに尋ねた。

「あぁ、問題ないが……クヌギは今日は武器を持たないのか?」

「そうだな。今日はリーフとフェンネルさんがいるから、必要ないと思ったんだけど?」

「……念のためだ。持っておけ」

「ん。わかった」


 いつもの通り、食料調達が終わったら自己訓練に付き合うことになるのだろう。そう思ったのだが、何かリーフの様子が普段と違う風に見えた。

 どこが。とはわからないのだが、本人が何も言わない以上問題はないだろう。何かあればリーフは即座に言う。そういう男だ。


 なので、クヌギはリーフの忠告を受け、入口の傍に生えている鋼色の樹に足を向けた。


 今クヌギが見ているのは——<剣樹>と呼ばれる樹だ。


 フォレスティアに生える樹の一つ。その樹に繁る葉は鋼のように固く、鋭き刃は近づくもの全てを切り裂く。剣樹を植えるだけでも猛獣除けにもなるのと同時に、武器にもなる樹であり、フォレスティアでは一般的に広く使われる樹である。


 クヌギは手ごろな葉——<刃葉>を取り、手が傷つかないように葉を引張り抜いた。刃葉の刀身を布で包み、取っ手には簡単な柄をつけてクヌギの準備は完了した。


「さて、と。それじゃあ、そろそろ行こうか」


 全員が頷き、農業プラントに入った。ルナリアとクヌギは背中に籠を背負い、リーフが先導し、フェンネルが後ろにつく形で進んでいった。

 道中、沼があるところでは巨大な蓮の浮き葉に乗って対岸に渡り、がけ下のところでは段々と生えている、人の体重を余裕で支えるキノコの上を渡ったりしていた。


 農業プラントといっても、人が食べられるものがある場所は年々移動したりもするので、何度も通わなくてはわからない。その点では、ルナリアとクヌギは何度も足繁く通っているので慣れた道を歩いている感覚だ。当然、リーフやフェンネルも樹士隊であるため何も問題はないが、ルナリアが時々足元がおぼつかなくなる時は、さりげなくサポートに回ったりしていた。


 クヌギとしては、この農場プラントの空気を好んでいた。木々の間から差込む太陽の光を浴び、獣たちの生きる息吹、鼻腔をくすぐる土と草の香り。静かでありながら、生きるということが実感できる。無論、生だけではなく死もある。寿命なのか他の獣に食べられたのか、腐乱した獣の死体が目の前にあるときは、草や土をかける。


 生と死。二つの循環。そう、この場所は何よりも命が循環しているのを感じられる。

 それが、クヌギがここを好む理由だった。


「そろそろかな」

 一時間程度歩いたところで、目的地が見えてきた。

 踏みしめていた地面が固いものではなく、どことなく柔らかくり、地面からは力強く伸びる葉っぱが伸び、木々には様々な果実が色鮮やかに生っていた。


「ふぃー、や~っと着いたな」

 と、言いつつも微塵も疲れた様子を全く見せないフェンネルは、軽やかに走り回り、樹に生っているリンゴをガブリとかじりついた。


「ふむ。ここまで獣に出くわさなかったのは運が良かったな」

 こちらも同じく平然とした態度で辺りを警戒するリーフ。クヌギが見たところも人を襲うような獣は見えなかった。


「うん。でもまぁ、これだけのメンバーがいれば問題もなかったけどね」

「だな」

 クヌギとリーフは互いに軽く笑いあった。確かに、ここに来るまでに少しは獣に襲われるとは思っていたので運は良かった。問題はないといえど、無駄な時間をかけたくはないし、殺生もあまりしたくはなかった。


「えと、クヌギ。早速収穫する?」

 対照的にルナリアは少し息が上がっていた。体力がないわけでないルナリア。彼女のペースに合わせたつもりであったが、リーフがいる手前がんばったのだろう。額には汗をうっすらと浮かべていた。


「そうだね」

 クヌギはリーフとルナリア。それと、リンゴを食べているフェンネルを見た。ここにいるメンバーは全員で四人。その後の展開は考えるまでもなかった。


「じゃあ、二手に分かれて収穫をしようか。リーフとルナリア。僕とフェンネルさん。そっちの方が効率も良さそうだからね」

「くくく、クヌギ!?」 

 その発言に一番驚いたのは、言うまでもなくルナリアだった。


「構わんぞ。ルナリアの護衛は任せておけ」

「うん。それじゃあ、二人は果実の収穫を頼むよ。奥の方にいけば一杯あるから、後で合流しよう」

「というわけだ。ルナリア行くぞ」

「は、はい……」


 頭から煙でも出るのではと心配になるぐらいルナリアの顔は赤かった。毅然と歩くリーフの隣をルナリアも歩き、途中、後ろを振り向き勝手なことをした兄に怒った顔を見せたが、次の瞬間には笑っていた。

 そして、後にはクヌギとフェンネルだけとなった。


「にゃっは~。お兄ちゃんは大変だな」

「あ、やっぱりわかった?」

「そりゃな。あれでわからないリーフの方が問題だろ」

「だよねー」

 二人ともリーフについて楽しそうに笑い合い、


「で、君の方もこれで良かったんでしょ?」

 クヌギの声が少し低くなった。


「ありゃ? ばれてた」

「もちろん。ルナリアほどわかりやすくはないけどね」

「リーフほどわかりにくくはないだろ?」

 互いに軽口を叩き笑い合っているのに、どこか空々しかった。


「あれだけ戦意を剥き出しにするんだもの。わからないはずはないけど――僕が一体何をしたのかな? 身に覚えがないからそろそろ教えてほしいんだけど」

「にゃは。目的なんか最初からわかってるだろ」

 腰に差している小振りな両剣を抜いて、フェンネルは構えた。

「お前と闘ってみたい。それだけだ」

「はぁ~……。やっぱり、リーフの同僚だ。発想が全く同じだ」

「あいつと同じとは心外だな」

 今度は満面の笑みで見つめるフェンネルであるが、クヌギは苦笑いしかなかった。


「まっ、実を言うと、最初はそんなに興味なかったんだけどな。お前がドングリを避けなかった時まではな」

「いやいや、おかしいでしょ。避けられなかったのに君のお眼鏡にかなうって」

「にゃっは~。だって、お前反射的に避けようとしたのを押さえ込んで当たっただろ? 後ろにいるルナリアちゃんに当たらないようにさ」

「……ばれてた?」

「ばれてる。これでも一応リーフと同じ小隊長なんでね。というわけで仕合え。言っとくけどお前に選択権はない!」

「もう。仕方がないなぁ……」

 クヌギも剣の布を外し、構えた。フェンネルはクヌギの構えを見て、愉快そうな表情になっていた。


「と言っても、《樹術》はなし。殺しはなしの仕合だ。樹士隊でよくやる仕合形式だけどわかるよな?」

「そりゃね。リーフとよくやってるから」

「ならよし。それじゃ、行くぜ!」


 開始と同時に身軽なフェンネルは多少足場が悪いこの地形をものともせず、風のように飛び込んできた。そして、フェンネルは右手、左手の剣を交互に打ち込み、それをクヌギはものともせず受けきる。


「おっ、この程度は付いて来るか! ならっ!」


 曲芸のように後ろに跳んだフェンネルは距離を取る。さらに、上に飛び上がって樹の枝に勢いよく着地すると、飛び乗った枝が豪快にしなる。そして、その反動を利用し勢い良くクヌギに襲い掛かった。


 そんなフェンネルがした一連の動きを見て、クヌギは感心していた。身軽という言葉では足りない風のような動き。その全てが流麗なる鳥のようであった。


「うりゃぁ――――――――――――――――――――――――!!」


 頭上から一本の矢となり空から降ってくるフェンネル。対して、それを迎え撃つクヌギ。そして、二人の剣と剣が交差すると思った瞬間――クヌギが剣を引いた。

 フェンネルの速度と全く同じ速さで、柔らかく、そっと引いた。

 クヌギの狙いに瞬時にフェンネルも気づいたが——対応が少しばかり遅かった。


 次の瞬間、

「はぁっ!」

 クヌギの足が石を砕かんばかりに踏み込み、フェンネルの胴体を捕らえ、掌底を打ち込んだ。空中に留まっていたフェンネルは回避できず、ゴロゴロと転がった。


「にゃろっ!」


 フェンネルは転がりながらも、すぐに飛び上がり体制を整えた。

 見失ったクヌギをキョロキョロと目だけで探ったが——どこにもいない。

 そして、首元にすっと冷たい感触がよぎった。


「はい。終わり」


 いつ移動したのか。クヌギはフェンネルの後ろに位置し、剣を首元に突きつけていた。


「あちゃー、ここまでか」

 フェンネルも仕合の終了を告げるように、両手を挙げ、二人とも剣をしまった。


「リーフから聞いてたけど、ここまで強いとはさすがに思わなかったな」

「フェンネルさんもね。あんなに動く人は初めて見たよ」

「にゃっは~。身軽さがアタシの売りだからな。にしても負けは負けだぁ! 悔しいぞこんちくしょう~!」

「何を言うんだか。全く本気出してなかったでしょ。何でわざわざ近距離選んで戦ったりしたの。多分だけど、得意な距離って遠距離からの攻撃でしょ?」

「うおっ! そこまでわかってたか!?」

「まぁ、体つきを見れば大体はわかるよ」

「そっかそっか。まぁ、あれだ。仕合なんだから遠距離はさすがに卑怯だろ。それに、近距離はガチンコで戦えるから、それはそれで好きだしな!」

「フェンネルさんは間違いなくリーフの同僚だね」


 やれやれと言って、クヌギは籠を拾い上げた。


「そんじゃ、クヌギが勝ったことだし、アタシのことを呼び捨てにしていいぞ!」

「はは。普通それって負けた人が言うことじゃないよね?」

「そうか?」

「そうだよ」

「じゃあ、アタシもクヌギと呼ぶことにする!」

「それはさっきからだよ」


 そこでプッと互いに笑い合った。

 戦えば相手の人となりがわかる。とそこまでは言わないけど、同じ樹士隊のリーフは固いところがあるが、フェンネルは底抜けに明るく楽しい。樹士隊のリーフが普段何をしているか知らない。でも、なんとなく二人はいいコンビなのだと思った。


「んでさ。何でお前は樹士隊に入らないんだ? リーフも何度も誘っているんだろ?」

 またそれか。朝からカトレアに言われたことを思い出した。

「まだうちの子供たちが幼いからね。入るとしたら、もう少しその成長を見届けてからになるだろうね」

「へぇ~、なるほどなるほど。見届けてからね」


 ――その時間があればな。


「えっ」

 さっきまでの楽しげなフェンネルはそこにいなかった。フェンネルはどこか寂し気でありながらも、強い意志を秘めた瞳でクヌギを見つめた。


「クヌギ。あんたは強い。小隊長であるアタシやリーフに匹敵するぐらいにだ。だから、お前に良い事を教えてやるよ。いいか。よく聞け。今このミズガルズに――」


 フェンネルがその続きを言おうとして、悲鳴が上がった。

 聞き間違えることがないその声が、獣のように甲高い音として森に響き渡る。


「なんだ一体っ!?」

「ルナリア!?」


 何があったかなんて考える必要なんてなかった。

 妹を守る。それが、兄の役目だから。

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