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樹上のフォレスティア  作者: 菊日和静
第1章 そこは樹上世界フォレスティア
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女王ガーベラの苦悩

 時を同じくして、城内に多数ある部屋の中でも、取り分け大きな部屋があった。その部屋は全体的に白を基調とした色をしており、来る者全ての身を引き締めさせるような雰囲気となっている。そびえる柱には職人による技巧を凝らした精巧な細工が施されていることが素人目にもわかる造りだ。それだけでも、この部屋が特別なものであり——特別な人間のみが入ることが許されていることは容易に想像できる。

 その部屋の名は——謁見室。その玉座にはミズガルズを統べる女王が座っていた。


「して、芯蟲の対策方針はどうなっておる?」

 重くるしい部屋の空気を断ち切るかのように、清浄なる風が言葉になって吹き差す。玉座に座っているのは一人の——高貴な雰囲気を纏った女性。玉がごとく輝く艶のある黒髪の一房をサラリとかきあげ、魅惑的な唇が上下する。

 それでいて、まだ大人になりきれない羽化前の少女のような危うさが潜んでいて、彼女の魅力をさらに高めていた。

 その者の名はガーベラ=フォレスティア。ミズガルズを統べる王の名前である。


「はい。現在は通常の警戒態勢に加え、リアース下層の中段地帯に監視兵を配置しております。今後は、フォレスの実の成長速度に合わせ段階的に戦力を増加する予定であり、当初の予定からの遅行はありません」

「ふむ。さすがはサイカスだな。軍師としてやることにそつがない」

「勿体無きお言葉。ありがとうございます」

 サイカスと呼ばれた男は、玉座から数歩離れた場所で、折り目正しくお辞儀をした。体の細い線を隠すようなゆったりとした服を羽織り、片目にはモノクルをかけていた。


「シャガ総隊長。樹士隊の兵の状況はどうなっておる?」

 ガーベラがサイカスの隣に目を向けると、岩のような図体をした偉丈夫が悠然と立っていた。顎に生えた無精ひげをジョリっと触りながら、シャガはそれに答えた。

「そうですなぁ。今のところは小隊長までに芯蟲の存在を告知。芯蟲対策の準備を整えるように指示しておりますが――やはり、状況に変化はありませんか?」

「ないな。むしろ、今もなおフォレスの実は育っている最中だ。時間は――ない」

 ガーベラの一言に、三人の間に沈黙が降りた。


 彼らは、現在ミズガルズに襲い掛かる危機に対しての大まかな対策方針を立てるべく会議を行っていた。総隊長であるシャガと軍師であるサイカス、そしてガーベラ。小隊長クラスでの対策の前に上層部である彼らの意思見解を統一している。


「となると、ユグドラシルの防衛機構の弱体化が始まるのも時間の問題ですね。はい」

「樹士隊の出撃準備も早めた方がいいかもしれんな」

「うむ。何としてでもミズガルズの守護を絶対目標とし、芯蟲の進撃を阻まねばならん。フォレスの実が熟すまでとはいえ、諸君らには苦労をかける」

「いえ、それが我らの役目となれば」

 自嘲気味に微笑むガーベラに、サイカスは何でもないように頷いた。

 これで、会議も一段落をしたかと思いガーベラが一息つこうとしたところ、それを見計らったかのように——バタンと謁見室の扉が勢いよく開かれた。


「失礼」

 入ってきたのは、一人の中年の男だ。身なりは煌びやかな細工が施された服を纏い、謁見室に入ってきたところを見てもかなりの地位にいることが推察できた。

「クロッカス大臣か。今は会議中なのだが急ぎの用かな?」

「これはこれは陛下。何を仰られますか」


 ニコリとクロッカスの顔に深い皺が刻まれる。何が愉快なのかわからない笑顔を浮かべる。相変わらず腹の底が読みづらい、老練した男の仕草だとガーベラは口には出さないまでも目でそれを訴えていた。


「このクロッカス。フォレスティアのコミューンが一つミズガルズを憂う者として、我が愚考を陛下に具申したい所存にございます」

 ガーベラはチラリとサイカスの方を見遣る。仕方がないとばかりに頷き、シャガはクロッカスが入ってきた時点で口を真一文字に結んで沈黙を保っている。


「ほう。有意義な考えは確かに一つでも欲しいところではある。だが、今はもう軍事担当のシャガとサイカスとで方針は固まった後だ。それでも良いなら申してみよ」

 それでも、クロッカスに釘を刺しておくことは忘れない。ミズガルズの治安維持のための意見は確かに重宝するのは確かだ。しかし、あくまでもそれは公式な意見を集める場でこそのものであり、文官であるクロッカスが軍部のスペシャリストを前にズカズカと踏み込んできてはその分を越えるところが多少なりある。

 事実、対策方針も固まっているので多少の横槍が入っても問題はないと踏んでいた。


「では、一つ。リアース外周部の放棄、また、それによる芯蟲の駆逐を提案します」


 あまりにも淡々とクロッカスが話したため、ガーベラは何を今言われたのかが理解できなかった。それは、サイカスもシャガも同じで一瞬ではあるが呆けていた。


「何と……言ったのかな? クロッカスよ。妾の耳がおかしくなったのでなければ、リアースの放棄と聞こえたのだが?」

「いえいえ、陛下の耳は健常のままでございます」

 提案時から終了まで変わらずクロッカスは頭を低くしていた。故にガーベラからは顔は見えなかったが、確かにその顔は薄く冷たく笑っていた。


「ふざけるでない! 王たる妾に向かってリアースを放棄せよだとっ!? そんなことできるわけなかろうが!!」

「陛下。どうか落ち着いてくださいませ。何も居住区たるリアースを放棄せよと言っているのではありませぬ。外周部のほんの一部だけでもよいのでございます」

「同じことだ。侵略する芯蟲に大地をくれてやるようなものではないか。王たる者が率先してそんなことをしては、ただの笑いものとして歴史に刻まれようぞ!」


 激昂するガーベラ。女王としてこのフォレスティアに君臨するものとしての責務、己が役目を全うしようとする自尊心。そして、樹上世界において大地を失うという重大な意味を持つそれを、クロッカスは芯蟲を倒すために捨てろと言う。

 たとえ、それがどんな真意を持っていたとしても看過できるものではない。


「民が死ぬことになってもですか?」

「……っ!」


 クロッカスのたった一言にガーベラは何も言えなくなる。

「大地に一部に芯蟲を集め、その大地を放棄する。そうすれば、何の犠牲もなく我らが憎き天敵を屠ることができるのです。賢王たる陛下がまさか判断を間違えるとは思えませんが?」


 クロッカスの言葉の一つ一つがガーベラに突き刺さる。奥歯を砕かんばかりに力を込め、手はギュッと握り締め白くなっていた。同じようにシャガもこめかみに血管が浮かび上がっていた。


 それを見かねてか、サイカスが口を開いた。

「なるほど。確かにクロッカス殿の言うことは一理ありましょう。ですが、その作戦を実行するに当たりいささか問題点があるように思えますが?」

「ほほう。それは何でございましょうか? 軍師殿の意見をお聞かせ願います」

 サイカスはモノクルを掛けなおし、指を二本立てた。

「まず一つ。リアースの一部放棄といえどもその規模が明確でないこと。まさか、芯蟲を倒すのに外周部の全てを放棄しては国の経済や民への負担が計り知れませんからね。二つ、よしんば放棄をしても芯蟲を駆逐できるとは限らないということです。効率の観点から見ても実行するには難しい点がありましょう」

 淡々と意見を述べるサイカスの言葉には感情が入っていない。それは、客観的視点から物事を俯瞰的に見る軍師としてのクセであり能力だ。ゆえに、相手が反対意見を出すにしても、それをさらに上回る理を持ち出さねばならない。

 だが、それに反してクロッカスはまだまだ余裕の表情であり、サイカスとしても不審に思うぐらい落ち着いていた。


「なるほど。軍師殿の意見は的を射ている。さすがは、ミズガルズを守る賢者ですな」

「……どうも」

 どうにも、クロッカスはそのサイカスに対してガーベラと話していたときのような余裕を崩すことはなかった。むしろ、それをまっていたかと言うように。

「では逆に、その問題点さえ解決できればよいということになりますな」

「そうですね。解決できる手段があればの話になりますが」

 互いに互いの立場を一切揺らぐことなく視線を交す。

 短くない時間睨み合い、クロッカスはガーベラに向き合い頭を垂れた。

「陛下。私からの提案は以上でございます」

 クロッカスはそれ以上は無理に引き下がろうとはしなかった。

「……うむ。そなたの意見はわかった。もう下がってよいぞ」

「御意」


 そし一度も振り返ることなく謁見室から出て行き、ガーベラはようやく一息をつくことができた。

「クロッカス。あやつめ何を考えておる……」

 こめかみを押さえながら、ガーベラはさっきまでの言動を考えていた。


「文官連中の考えなど知りたくもありませんなっ」

 沈黙を保っていたシャガは、溜めていた鬱屈を吐き出すように堰を切った。

「リアースの放棄ですと? 馬鹿も休み休み言ってほしいものだ! 何のために我ら樹士隊があると思っている! あれでは樹士隊が信じられないと暗に言っているようなものではないか!!」

 ダンっと、シャガは机に怒りをぶつけた。

「シャガ君。陛下の前です。落ち着いてください」 

「サイカス! お前は何とも思わんのか!」

「もちろん含むところはあります。ですが、私の役目はあくまでも軍師であり、最終的な決定権は陛下にあります」


 淡々と冷静に、自分の役割の分を超えない。先ほどのクロッカスの意見も確かに一理あり、どちらの意見だけを偏って判断するのは危険なものではある。

「では、それを踏まえてサイカス。お前はクロッカスの提案をどう思う?」

「一理あることは間違いないでしょう。それが正しいかどうかは別としても実現できれば確かに効率的ではあります」

 コクリとガーベラは頷く。


「だろうな。しかし、やはり具体的手段に問題がある」

「そうです。ですが、一つだけ心当たりはあります」

「……申してみよ」

 言うべきか言うまいかを少しだけ迷い、サイカスは自分の意を述べた。


「トネリコの民――です」


 その一言に、ガーベラとシャガの両方は驚き目を見開いた。

「馬鹿な……。そんなことはありえぬ」

「その通りだサイカス。お前もあの民に何があったか知っているだろう」

「そうです。私もそこが疑問ではありますが――クロッカス殿のあの余裕。何らかの実現方法があるとしか」


 さらに頭が痛くなる気がしてきたガーベラ。王といえども、まだ老練した大臣や経験の積んだ者たちにしてみれば小娘として扱われても仕方がない年齢だ。

 だが、それを言い訳にしては何も始まらないが、こうまで色々な出来事が積み重なれば大の大人でも倒れてしまうのを、耐え忍んでいるのだ。


「ままならぬな。妾はまだ足りぬのだな」


 自嘲気味の一言。その言葉を聞いた総隊長と軍師は何とも言えないまま会議は終わった。

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