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樹上のフォレスティア  作者: 菊日和静
第1章 そこは樹上世界フォレスティア
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孤児院

パタンと本を閉じる音が響いた。


「はい。今日はここまで」

 本を閉じたのは優しい雰囲気をした青年――クヌギは自分の周りにいる数人の子供たちの顔を見渡して言った。男らしい顔つきというよりかはどこか中世的な顔つきをした彼は柔和に笑っている。なのに、そんな雰囲気に反するように、碧色をした髪はボサボサっとしており、乱雑に後ろで一つにまとめていた。

 けれど、その牧歌的な感じは、彼の優しさを象徴するかのように一役買っていた。


 クヌギは子供達を見渡して言う。

「それじゃあ、他に質問はあるかな?」

 子供たちはクヌギの周りに集まり、今の授業の内容を質問した。

「あのねあのね、クヌギにぃ。結局、神様っているの? いないの?」

 その質問に、子供たちは「えーいないよ」、「いるにきまってるじゃん!」とワイワイと賑やかに話していた。


「そうだな~」

 樹上世界フォレスティアができた歴史——というよりは絵本レベルでのお話であったわけなのだが、その答えをどうしようかクヌギは少し考えた。

 樹上世界ができた経緯は、諸説がとかく色々あるからだ。

 今の内から正しいことを教えるべきか、それとも子供たちの夢を壊さないようにするべきか――少し考えた結果、両方のいい所を取ることにした。


「僕も神様に会ったことはないからわからないけど、フォレスティアがあるから神様はいるのかもしれないね」

「クヌギにぃでもわかんないの?」

「うん。僕なんか知らないことの方がいっぱいだよ」

「そうなんだ~」

「でもね、そろそろ《フォレスの実》が生るのは知ってるよね?」

「知ってる! フォレスティアを元気にするんだよ!」

「その通り。《フォレスの実》は、フォレスティアに元気を与える果実。だから、果実をフォレスティアにあげることで僕らは神様を敬っているんだよ。皆もこうして生きていられることを神様に感謝しようね」

『はーい!』

 子供たちはクヌギの言葉に元気よく返事した。


「それじゃ勉強はお終い。今日は外の空気が気持ちいいから元気に遊んできなさい」

 クヌギが手をパンと叩くと、子供たちはワーイと騒がしく飛び出していった。遊びたい盛りの子供たち。勉強も大事だが、外で遊ぶ姿を見ていると自然と顔がほころんだ。


「いつもお疲れ様、クヌギ」

「カトレア姉さん」

 一息ついたところに柔らかく落ち着いた声が響いた。

 太陽の光が宿ったかのと思う程に美しく煌めく金色の髪と、女性的な丸みを帯びた女性ーークヌギの姉に当たるカトレアが、授業の終わりを見計らい紅茶とお茶菓子を持って来た。


「紅茶ここに置くわね」

「ありがとう」

丸い木のテーブルの上に置かれた紅茶を手に取り、紅茶の香りを楽しんでから一口含んだ。口の中に広がる香ばしい味の中に、ほのかな甘さが舌をくすぐる。子供たちに勉強を教えて疲れただろうと、気遣うカトレアの優しさが詰まっていた。


「あの子達も最近は大きくなったから教えるのも大変でしょう?」

「はは、そうでもないよ。大変と言えば大変だけど」

「そうよねぇ。ここも少しは人手が増えるといいんだけど」

「う~ん。難しい問題だよね」


 孤児院<フラワーガーデン>はカトレアが経営する孤児院だ。クヌギもここで育てられ、男の中で一番の年上であるクヌギが子供たちに教鞭をとっていた。無論、孤児たちはずっと孤児院にいるわけではなく、大体の子供は引き取られ、残りは孤児院を出て自立していく。

 しかし、中にはクヌギのように孤児院の家族を大切に思い、ここに残って過ごす者も居たりする。もちろんカトレアもその一人だ。


「でも、身体を壊すほどじゃないし全然大丈夫だよ」

 クヌギがそう言ったのに対し、カトレアは一つ溜息をついた。

「そうじゃないのよ。あなただってまだ若いのにやりたいことだってあるでしょう? なのに、いつまでもあなたに満足に時間もあげられないんだもの」

「好きでやっていることだから気にしないでよ。それに、家族は助け合うものだろ?」

「そうだけど……。ねぇ、クヌギ。あなたさえ良ければ<樹士>になってもいいのよ」


 カトレアの言葉にクヌギは困ったように苦笑した。

 このフォレスティアの治安を守るための組織である<樹士隊>。入隊すれば食うには困らず、住居もあてがわれ、一人生きていくならば何ら不自由なく暮らせる。その代わり、有事の際は命を賭して戦うことが義務づけられている。


「リーフ君だって樹士として結構な地位に着いたと聞いたわ。クヌギだってリーフ君と同じぐらい強いんだし、樹士になったら今よりいい暮らしができるようになるのよ。ね、どうかしら? 今からでも遅くはないと思うのよ」

「ちょっ、姉さん。落ち着いて」


 テーブルに身を乗り出す勢いで話すカトレアと、自分の間に手を出してまぁまぁと、落ち着かせるようにした。調子に乗りすぎたことに気づいたカトレアも、咳をついて何事もなかったかのように椅子に付いた。


「最初に言っとくけど樹士にはなるつもりはないよ。それにリーフと同じぐらい強いって言っても、あくまで訓練で剣を合わせる程度で、本気になったら全然かなわないよ」

「あら? ルナリアに聞いたらそんな風には言ってなかったわよ」


 ――ルナリア。余計なことを……。

 そんな妹のことをちょっとだけ恨みながら、クヌギは万歳をして降参の態度をとった。


「本音を言えば、ね。まだ、皆をここで守っていたいんだ。僕が樹士になったら、どこへ行くかわからないしね。だから、僕はここから出たいわけじゃなくて、ここにいたいんだよ。――それじゃ、駄目かな?」


 カトレアの目を真っ直ぐ見て、クヌギはそう言った。

 少しばかり反則のような、それでいて真心のこもった言葉に、カトレアも折れた。

「もうっ、あなたって子は。もう少し欲張ったっていいのに」

「これはもう性分だからね」

「まぁ仕方がないわね。それじゃあ、この話は終りね」


 クヌギはほっと息をついた。カトレアは、時々であるが申し訳なさそうにこういうことを言い出すのだ。経営者という地位についたこともあるのだろうが、それ以上に弟である自分に気を必要以上に使う。そうさせないように気を使っているつもりではいるクヌギなのだが、時としてそれがカトレアの重荷になっていることもあり――姉と弟の仲であっても人付き合いとはよくよく難しいものだと思う。


「あ、あの、クヌギ。お話終わった?」


 部屋に控えめで、それでいてふわりとした雰囲気の声が響いた。

 クヌギとカトレアが目を向けると、そこに立っていたのは一人の少女。長く伸びた淡い紫色の髪を纏め上げ、肩紐にレースのついたエプロンをした、見るからに家庭的な女の子——ルナリアがそこに二人の前に居た。


「あぁ、終わったよ。どうしたのルナリア?」

「えっとね。あの……その……」


 ルナリアと呼ばれた少女は、恥ずかしそうに目を伏せながら、ちらりとカトレアに視線を送った。それを察して、カトレアも口元を緩めて部屋から静かに出て行った。

 そして、部屋に二人になってルナリアはほっとして話し始めた。


「リ、リーフって甘いものとか大丈夫かな?」

「甘いもの?」


 さてどうだったかとクヌギは少し考えた。

 今日はリーフに仕事という名目がてら、クヌギたちと食料の調達に付き合ってもらう予定である。その付き添いの礼も兼ね、こっちでお弁当の用意をすることになった。ルナリアはそのお弁当の用意を朝から甲斐甲斐しくやっているわけなのだが、その弁当の中身をどうするかでリーフの好みを尋ねているのだろう。


 そのことに、女の子の個人的な事情が入っているだろうことは、ルナリアの赤く染まった顔を見れば一目瞭然であり、カトレアが出て行ったのもその辺を察してのことだろう。


 そこで、クヌギは困ったように天井を見た。

 そもそもリーフは樹士であるので、基本的に好き嫌いを言わない。食えるときに食うといったタイプなため、クヌギとしてもルナリアの問いに答えるのは難しかった。


(さすがに、何でもいいとは答えづらいしなぁ……)


 だが、妹がこうして頼りにしている以上、兄としてちゃんと答えたいと思う。先ほど、カトレアと話していた通り、これがクヌギの性分なのだ。苦労性とも言える。


 だから、ここは本心を言うことにした。

「大丈夫だと思うよ」

「ほ、本当っ?」

「うん。それに、ルナリアが心を込めて作ったものだからね。リーフは嫌だなんて絶対に言わないよ。だから、安心して作っていいよ」

「う、うん。ありがとうクヌギ」

「どういたしまして。時間もないようだから急いだ方がいいよ」

「あわわ。そ、そうする!」


 パタパタと駆け出し、台所に足音が遠ざかっていった。

 静かになった部屋で一人紅茶をすすり、窓のほうを見た。

 外には天を衝く山のように大きな一本の樹があった。天を越えてなお先が見えず、その幹は丸みなどまるでわからない壁にしか見えない、そんな巨大な威圧感のある樹だった。


「リーフ。今頃何をしてるのかな?」


 その樹を見て、ポツリとクヌギは呟いた。

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