新たな旅立ち
「荷物の準備は終わったのかい?」
「うん。終わったよ」
孤児院のルナリアの部屋。クヌギとルナリアの二人は、思い出の詰まった部屋を見渡す。
「お別れ、なんだよね」
物悲しそうに、ルナリアはクヌギに語りかける。
「旅立ち、だよ。僕らは帰ってくるんだからね」
「……うん、そうだね」
「だから、笑おう。姉さんや子供たちの前ではね」
「うん!」
荷物をまとめ終えたルナリアの荷物を持って、クヌギは階段下のリビングに降りる。
「あ、クヌギ。ルナリアの準備は終わった?」
「うん。これで全部だよ」
「そう。ここの家も広くなっちゃうわね」
右手を頬に当て、寂しいそうにカトレアは部屋を見渡す。
「でも、また狭くなっていくよ。これから弟や妹たちが大きくなるからね」
「そうね。もう、いけないわね。年を取ると湿っぽくなっちゃって」
「まだまだ若いじゃないか、姉さんは」
「あらあら、うれしいこと言ってくれるわね」
「本当なんだけどなぁー」
苦笑するクヌギ。実際、カトレアは自分が言う程歳をとっている程ではないが、感傷の問題なのだろう。
誰かが巣立つときが来る。どんな時あっても、時の経過を感じさせる出来事だ。
「さて、それじゃあ始めましょうか」
カトレアがそう言うと、孤児院の玄関の扉が開かれる。
外には、弟や妹たち、それに、リーフやフェンネルがいる。
テーブルの上には、色とりどりの料理が並べられ、香ばしくこんがりと焼かれた肉、パイに包まれた魚、赤や橙といった甘酸っぱい果実が所狭しとおかれ、どれもおいしそうに彩っていた。
今日は、クヌギとルナリアが樹士となる日だ。
その旅立ちの祝いのために、皆が今日集まってくれた。
一ヶ月前の芯蟲とミズガルズ樹士隊との戦い。
それは、凄烈を極め、一日という長い時間争うことになった。
次々と倒れる樹士たち、次々と屠られる芯蟲の群れ。
その結果、勝ったのはガーベラが率いる樹士たちであった。
勝負の決め手になったのは、樹士たちの意識の士気の高さだろう。守るという対象が明確になった樹士隊は、女王の元で獅子奮迅の活躍を見せた。
また、軍師としてのサイカスの手腕は見事なものだった。樹術という個人の性格が強く現れるものを、その強さ、種類、関係性を解析し、前々から立案していた戦略が見事にはまり、勝利に貢献した。
芯蟲一体に対して、必ず複数人で戦うことを強要し、確実に一体ずつ仕留めさせる。さらに、前線で力を発揮する部隊と後方で力を発揮させる部隊に別れ、後方の部隊が敵の数と体力を削り、前線部隊が止めを刺す。
戦術としては基本なものだが、えてして、樹士隊における強さは、樹術という個人の力に左右される。ならば、力の強い者は他者と協力して戦うという姿勢を持たない傾向にある。だが、ガーベラが女王になった時に、樹士隊の再編を行い、クセの強い樹士の個人の力を、集団という人の大いなる力に昇華させたのだ。
そして、その細かな計画の立案、実行をやってのけたのがサイカスだ。影ながらの戦いの功労者は知恵という力を持って、貢献をしたのだ。
総隊長のシャガは、指揮官としての有能さ、樹士として強さを持って、芯蟲と対した。崩れそうになる前線を常に保ち続けた表の功労者だ。どんな時であろうと心を冷静に保ち、それでいながらも豪快な声が戦場に響くとそれだけで樹士隊の面々は負けじと戦意を盛り返して行った。
今回の戦争はこの二人の活躍により、芯蟲の戦いは終結したと言っても過言ではなかった。
その裏には、トネリコの民を救った三人がいたことはミズガルズの人々の記憶に刻まれることはない。――そのことに関係した人々を除いては。
クヌギは、今回の件でフェンネルとリーフの推薦により正式な樹士となることの許しを得て、晴れて女王の剣となることを許された。
同じようにルナリアも事情を知る人々に温かく受け入れられた。ガーベラだけの言葉だけではなく、実際にルナリアの力が芯蟲に対して有効ということが実証されたのが大きいだろう。今後のフォレスティアにはなくてはならない認識された。
そして、本人の強い希望もあって樹士隊の入隊が認められた。もちろん、樹士隊といっても前線で働く部隊ではなく、後方支援を主とするものだ。
残念なことにーーそれでも、今回の戦争で死者は少なからず発生した。
しかし、誰もがそれをルナリアの責任だと言いがかりをつけることはなかった。常にその恐怖を想像していたルナリアにとって、その皆の気遣いが何よりも嬉しいことであったが、犠牲が出たことに皆と同じように心を痛めている。
リーフとクヌギは、そんなルナリアを心配してはいたが「私は大丈夫だよ」と言ったルナリアの一言で、それは杞憂だと悟った。
もしかしたら、ルナリアがミズガルズに受け入れられたのではなく、ルナリアがミズガルズで生きることをきちんと受け入れたのではないかと——ふと、クヌギはそんな風に思った。
そして今日、二人の兄妹の旅立ちを祝う、ささやかな会が開かれた。
料理を用意したのはカトレア、会場の設営を行ったのは子供たち。外部参加者であるリーフやフェンネルは、戦争直後で忙しいのではないかと思っていたが、療養中だった二人は喜んで参加に頷いてくれた。
「それでは、二人の前途を祝して」
カトレアが、杯を持って頭上に掲げ、その場にいる全員がそれに続く。
『かんぱーい!』
近くにいる人同士杯をぶつけ合い、軽快な音が鳴る。
ワイワイと楽しそうな笑い声がその場に満ちる。
子供たちは、ルナリアの周りに集まり、別れを惜しんだり、元気付ける声をかけ、共に笑い、泣いたりしている。
リーフもまた、子供たちからは『ルナリアを守れ』と激励――もとい、茶化されているが、それに気づかずにくそ真面目に受け答えをしていた。その度にルナリアが赤い顔をしてリーフの顔をチラチラ見ていたのが何とも微笑ましいと思った。
生きていて、姉との約束を果たせて本当に良かったと思う。
「よっ! お兄ちゃんとこは人気ねーにゃ~」
少し離れていたクヌギのところにフェンネルが来た。
「僕は一度お別れは済ませているからね。今日の主役はルナリアだよ」
「そうだな。ルナリアちゃんも樹士になるんだよな~。あ、でもよ。二人とも出て行ってもここ本当に大丈夫なのか?」
「うん。弟や妹たちががんばるようだし、それに、何か色々と便宜をはかってもらえることになったからね。何とかやっていけそうだよ」
二人が孤児院を出ることになり、実際的な問題はかなり深刻だった。人手不足は、子供たちが補うとしても、何といっても金銭的な面で負担が大きかった。給金は当然のように孤児院にも援助として出すつもりであったが、今後の芯蟲との情勢を考えれば不安はつきなかった。
訓練や任務が始まれば、長期間は帰ってこられなくなるし、別の場所に住むことにもなれば、ますます帰りづらくなる。
だが、今回二人が樹士隊に入隊することで、城の方である程度の援助をすることに決定した。それが、どのような経緯の元でなされたかはわからずじまいであるが、クヌギたちとしては断る理由がなかった。
——と、そんな考え事をしていたところ横から別の声が聞こえた。
「当然のことだな。ルナリアは今後も大事な人材となるし、クヌギもまた先の戦いでの活躍ぶりは目を見張るものがあった。危うくルナリアの命も失われそうになったのだから、むしろ、この程度の援助ですまないぐらいだ」
「へぇ~、そうなんですか。へい――か……?」
そう言った人物を見てクヌギとフェンネルが凍りついた。夢を見ているのだろうか。そこには——いるはずのない人物がいた。
ミズガルズの女王ガーベラ。
この世界の重鎮であり指導者であり最大の権力者が——何の変哲もない孤児院にいたのだ。いつもと違う点があるとすれば、彼女は髪を一つにまとめ、服装はいつもの装飾の飾られた煌びやかでないものの、上質な絹で作られた落ち着いた服を着ていた。一見すれば、上流階級のお嬢様といったところであるが——それでも持って生まれた高貴な雰囲気みたいなものはにじみ出るもので、一般庶民ばかりのこの場ではかなり浮いていた。
「な、ななな!」
「にゃんですとっ!?」
驚きのあまり、言葉にならない二人。その一角が騒がしかったのか、リーフとルナリアが様子を窺いに来た。二人もまた、ガーベラを見て同じように凍りつく。
「おまえはっ――! ここで何をしている……!?」
「……………………はわわ!?」
ギリギリのところで怒鳴ることを我慢したリーフと、口をパクパクさせながら驚きを表現するルナリア。
「チューリップ」
ガーベラは微笑を浮かべたまま、チューリップと口ずさむ。
「私の名前はチューリップです」
ニコリ。他の人が見れば、ただの綺麗な笑顔だろうが、今の四人には言外にガーベラ女王という素性がばらすなと命令されていた。言葉遣いまで変わっているところから、女王も本気なのだろう。もちろん、命令に対する拒否権はない。
止まらない冷や汗がダラダラと流れ出しながら、クヌギが勇気を出して聞いてみた。
「ちゅ、チューリップさんは、本日どのようなご予定できたんですか……?」
「あら、決まっていますわ。ルナリアさんのパーティをやっていると聞いたので、それにお邪魔させてともらおうと思いまして。もしかして、お邪魔でしたかしら?」
「そ、そんなことはありません!」
慌ててクヌギは否定する。むしろ、城での暮らしは想像付かないが、このような庶民のもてなしの場にガーベラがいて恐縮しきっているぐらいだ。
「それにしても、いつもはお城で過ごしているのに……め、珍しいですね」
「そうですわね。たまには市井を見ておかないと、息が詰まってしまいますわ」
「ははは。確かに。でも、最近は物騒なことがあったのに、お一人ですか?」
「嫌ですわね。ここには頼りになる方たちばかりではありませんか」
つまり、息が詰まりそうだったので休憩がてら市井を見て回りに出た。そして、警備はいないからお前らが守れ、と。クヌギはそう解釈した。多分間違いではない。
クヌギはもうこれ以上は無理だとリーフに目線を送った。
「ガーベ……チ、チューリップ。城の者達は心配しているのではないのか?」
「あらあら。ちゃんと城の者達には話を通しましたよ。休暇が欲しと言ったら皆さん喜んで賛成してくれましたわ」
「そんなわけがないだろう」
リーフがそう言い返すと、ニンマリとガーベラは口元を押さえながら笑って言った。
「リーフよ。権力とはこういう時に使うものだ」
「……もういい。後で大臣や隊長達には俺から謝っておく」
「にゃ〜、まぁいいんじゃないのか? アタシらがいれば万に一つもないだろうし」
「その万が一の確率を自ら上げてどうする——いや、もう何も言うまい」
完全にどうにもならないことを理解し、リーフは諦めることにした。
「じゃあ、ルナリア。私を皆さんに紹介してもらえないかしら」
「は、はい!!」
そして、女王から高貴な娘に扮したガーベラをつれて、皆の元へ連れて行った。
「あら、そちらの方は初めて見る方よね?」
とてとてと、見知らぬ誰かが来たことを気にしたカトレアが来た。人当たりの良いカトレアは、ガーベラを見ても笑顔を絶やさず応対していた。
「はい。チューリップと申します。リーフさんやフェンネルさんと一緒にお城で働いています。よろしくお願いします」
全部が間違っていないだけに、見抜きづらい回答だ。
「ご丁寧にどうもありがとうございます。ここで孤児院を営んでいるカトレアです」
そして、カトレアは顎に指をつけて、リーフとルナリアをチラリと見た。
――そんな姉の挙動に、そこはかとない嫌な予感がクヌギを包む。
姉が何かを言う前にその行動を阻止しようと思ったが——無駄に終わった。
「リーフ君の彼女さん?」
深い沈黙が辺りに落ちる。
何故、姉が誰彼構わずにそんなことを言うのかわからないが、本当に勘弁して欲しいと思った。何せ、相手は女王なのだ。冗談を言って不興を買ってどうするのだとクヌギは頭が痛くなった。
『違います!』
リーフとガーベラが二人揃って深い沈黙から立ち直り、否定する。
「良かったわね。ルナリア」
「お、お姉ちゃん!? お客様に失礼だよっ!」
どこかで見たような光景に、クヌギは既視感と溜息を覚える。
その後も、カトレアが皆を驚かせるようなことを言って、全員を困らせている。ガーベラも、城での緊張感はなく肩の力が抜け、子供たちとの遊びに加わり、笑い楽しんでいるようだ。
リーフやフェンネル、ルナリアも、仕方がないといった感じで加わり盛り上げる。
その光景を見たクヌギは、心に温かいものが生まれるのを感じた。
笑い声が満ちない、家族がいる小さな世界。
それは、クヌギが守ろうと誓ったものの一つだ。
芯蟲という脅威を打ち払ったことにより、勝ち得たものであった。
楽しい会というのは時間が、あっという間に過ぎるもので、とうとう、クヌギたちが出発する時刻を回った。
「それじゃあ、二人とも忘れ物はないわね?」
最後の最後だというのに、当たり前のことを聞くカトレア。
「うん。今までありがとう。姉さん」
「ぜ、絶対、帰ってくるからね」
ぐすっと、目頭に涙を浮かべるルナリア。
「もちろんよ。あなたたちが帰ってくるのを楽しみに待っているわ」
カトレアは、腕一杯広げて数秒間ほど弟と妹を抱きしめ、離れる。
「行ってらっしゃい」
『行ってきます!』
二人は、孤児院に手を振り、先に待っている四人と合流した。
行き先は、ユグドラシル城だ。
クヌギは、ふと空を見上げた。雲一つない青空が広がっている。
そこは、樹上世界フォレスティア。
彼が愛する――美しくも醜い世界。
そして、彼は妹と共に大切な家族という巣から飛び立った。
樹士となって、世界を守るために。
大切な人を守るために。
彼は樹士として立って歩くことを決めた。
一旦、これでフォレスティアは終了となります。今回修正をしたことで、続きを書いてみたいな〜と思いました。




