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樹上のフォレスティア  作者: 菊日和静
第四章 希望の花
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種が花咲くとき


「フェンネル……まだかっ!」


 芯蟲との一進一退の攻防を繰り広げるリーフ。火花が舞い散り、血飛沫が互いの身体にへばり付く。


「……わりわり。待たせたにゃー」


 リーフの呼びかけに応えたフェンネルは、ゆっくりと立ち上がり、円月花を構える。


「待ちかねたっ!」


 その言葉を合図に、リーフの炎葉刃が大ききな炎を煽り—彼は叫ぶ。。


「炎葉刃よ。我が意思を聞け! 『爆炎』!!」


 最後の最後に溜め込んでいた力が、ここに炸裂する。

 リーフが持つ炎葉刃のもう一つの意思の形である<爆炎>は、今までの炎と熱を纏ったものではない。その名の通りーーリーフの持つ強固な意思を炎葉刃に伝え、爆発する炎そのものを相手に向かって放つ樹術だ。


「これで終わりだ。芯蟲!」


 そして——地獄の業火のような炎が芯蟲に向かって放たれた。

 一瞬で危険を察知した芯蟲は後退するが、そんなことは関係ない。リーフから放った炎は、芯蟲に向けて討ったものではなかったからだ。――炎は芯蟲に当たる前に二手に分かれ、芯蟲を囲うように炎の壁が円陣を形成する。

 三百六十度逃げ場のない炎の壁に、芯蟲はたまらず上へ避難する。


「——はい、残念っと」


 生物であるならば例外なく炎を恐れる。芯蟲であろうと例外ではないその習性を利用し、フェンネルは最初から上へ飛んでいた。


「姿無き<新月>は誰の目にも映らないってな。地の上で這いつくばりな! 樹縛!!」


 フェンネルが叫ぶと、彼女が持っていた円月花の刀身が分解し、幾百もの刃花となり、雨がごとく降り注ぐ。その刃の雨は空にとんだ人型芯蟲を呑み込んだ。大半の刃花は外殻に弾かれてしまうが数が圧倒的に違う。防ぎきれなかった刃が関節部に突き刺さり、芯蟲はそのまま地面へと落ちて不快な悲鳴が上げた。

 ドサリ! 鈍い音が地面に響く。芯蟲はすぐに立ち上がろうとするも、そこで自らの身体に起きた異変を悟る。

 芯蟲がどんなに動こうとしても一歩も動けなかった。その芯蟲の周辺を見れば、細い強靭な糸が身体に巻きつき、動きを封じていた。

 ――足止めをする。まさしく、二人は文字通りの意味でそれを叶えた。


「ふん。これで……俺らの役目は終わりだ」


 ガクリとその場で膝を付くリーフ。やせ我慢の果てに、彼は剣を杖にして、立つのがやったの状態まで追い込まれていた。そもそもが動くのがやっとの状態のリーフでは、炎葉刃で芯蟲を切り伏せることは出来ないと判断していた。

 そのため、リーフは炎葉刃に見せかけだけの炎を纏わせ、芯蟲との攻防の最中に火種を用意をしていた。さらに、本来ならば相手に突き刺し爆発させることで本来の破壊力を発揮させる<爆炎>を、一瞬だけ燃え上がる炎の壁を演出した。

 そして、空を飛べる芯蟲は唯一の逃げ場所である頭上へ飛び、そこにフェンネルが罠を仕掛けて待ち構えていたのだ。


「にゃー……さすがに、もう限界だー」


 着地後、そのまま前へと倒れたフェンネルは、うつ伏せのまま呟く。

 捕縛系円月花——その名を<新月>。彼女は樹術で円月花を幾百もの刃花へと変化させ、さらには、刃葉の強靭な繊維を刃花に通して強固な糸を紡いだのだ。樹術は自らの意志を正確に伝えなくてはいけない。それは、樹術の基本にして奥義となることだ。

 しかし、彼女は万全とは程遠い、傷を負った状態で円月花をさらに変化させた。万全の状態であればもっと早く発動できたはずであったが、ダメージを負った身体で時間が掛かってしまった。

 しかし、その甲斐もあって強固な意思で編み上げた糸により芯蟲は逃げ出すことのできずにいる。

 もがき足掻きながらも脱出しようと苦しげな絶叫が芯蟲から発せられる。

 そう、二人による命を賭した足止めは――疑いようもなく成功した。

 そして、二人はたった一人の樹士に対して、信頼を持ってその名を呼ぶ。


『後は任せた、クヌギ』 

 


 ――ありがとう。二人とも。


 もしも、この場で最大級の感謝があるとすれば、もうやっている。

 ここまでの二人の戦いを見ていた。重傷の身体に鞭を打ってまでの働き。言葉では表せそうになく、行動で示すしかなかった。

 クヌギは絃千剣の刀身を見る。

 さっきまでは、絹のように垂れ下がっていた鞭の剣が――渦巻き、それが細長い刀身を形成していた。だが、それで完成ではない。クヌギは最後の意志を剣に伝える。

 渦巻く剣が、少しずつだが回転を始める。ゆっくりとであったが段々と、それは早く、早く、早く、さらに早く回転し、遠目から見た限りでは一本の槍としてしか見えなかった。

 それに名をつけるとすれば、一つしかないだろう。


 螺旋の槍。


 全ての脅威を貫くために生まれた、槍の剣だ。

 その剣を持ち、クヌギは芯蟲を見る。


「多分、元を辿れば君たちは悪くないんだろうね」

 一歩、足を踏み出す。


「でも、君たちは僕の妹を泣かせた」

 二歩、さらに芯蟲に近づく。


「それは、これからも変わらない」

 三歩、クヌギは剣を芯蟲に向かい突き出して構える。


「君たちが憎しみという意志を持っていて良かった。安心して君たちを否定できる」

 拘束されている芯蟲は、憎しみの呪言を唱え続け、拘束を破ろうとする。


「だから、僕は君たちに謝らないし、謝る気もない。そして、救う気もない」

 なぜなら、それはクヌギの描いた未来にないから。


「それが今日、君が殺される理由だ」

 冷たい風が、クヌギと芯蟲の間に流れる。



「さよなら。芯蟲」



――せめて、ユグドラシルの一部となって、死んでくれ。

 クヌギは螺旋の槍を持ち、芯蟲の胸を目掛けて貫ぬく。

 他愛もなく、それは突き刺さり、芯蟲の胸には大きな穴が――開いた。


「ニク――……イ……」


 死の間際であっても、芯蟲はただ一言残してその命を終えた。

 クヌギは、貫いた剣を芯蟲の胴体から引き抜く。芯蟲は穴の開いた胴体から、赤き血と臓物を撒き散らし、糸の切れた人形と同じくその場に倒れた。

 最初から最後までずっと憎いと叫んでいた芯蟲が――死という運命の元、憎しみから解放された瞬間だった。


「それでも、僕らはきっと生きたいと願うんだ。この樹上世界で……ずっと、ね」


 雲がない空を見上げ、クヌギは誰に聞かれることなく呟く。それは、人に向けられた言葉ではない、樹上世界を作った神様に向けた言葉だった。

 ほんの少しの間だけ、感傷に浸ったクヌギは、目を擦る。

 ――倒れている二人を治療をしないと。

 芯蟲の足止めという無茶をこなしてくれた二人の元へ駆けつける。


「二人とも怪我の具合はどう?」

「大したことはない……とは言えないな。立つのが精一杯だ」

「にゃー同じく。血を失いすぎたっぽい……。さすがに無理しすぎたぁー」

「まずいな。ここでは大した治療はできないけど……一応、応急処置だけはしとくよ」


 満身創痍。三人の中では比較的に怪我の少ないクヌギが、応急処置を開始。その場にあった木々や葉っぱの中で使えそうなものを見繕い、止血や骨の固定をする。


「すぐにでも、本格的な治療をしないとマズイな」


 二人の怪我の具合は、クヌギの素人目から見ても大分危険な状態だと判断できた。そして、クヌギは少し離れていたルナリアを抱き上げ、二人の近くまで寄せる。


「今から城へ行って、応援を呼んでくるよ。二人ともそれでいい?」

「あぁ、悪いが頼む……」

「にゃっはー。いいぞー……」

「すぐに戻ってくるから、ルナリアを頼むよ」


 一刻も早く城を目指そうと決断し立ち上がったとき――リアースが揺れた。

 樹上世界のリアースに地震はない。ユグドラシルという大樹に支えられた大地には滅多なことでは揺れることはない。

 だが、確かに感じる地響き。


 ——芯蟲は倒したはずなのに、何故?


 そう考えたとき、クヌギはリーフから聞いた言葉思い出す。

 芯蟲は既に千体近い数が、ミズガルズに侵攻していると。

 今まで戦っていた芯蟲たちは数を多く見積もっても百体程度である。ならば、そこから見いだされる結論は一つ。

 今までの芯蟲はクヌギたちと同じ先遣隊であったこと。

 ならば、残りの九百体がルナリアを目指してきているとすれば、今ここに居る自分たちがどうなるかだなんて火を見るよりも明らかであった。

 クヌギは後ろにいる三人を見る。先の戦闘で傷ついた大切な仲間たちだ。

 自分をかばい傷を負ったリーフ。自分の無茶な要求にも応えてくれたフェンネル。

 そして——今回のことでようやく生きる決意をした最愛の妹ルナリア。

 今のクヌギに彼らを置いて逃げる選択肢は存在していなかった。


「クヌギ……。俺たちのことは捨て置け。ルナリアを連れて逃げろ」

「にゃっはー。アタシは最初に言ったよな? 兵卒のお前に選択権はねーってな」

「二人とも……」


 立つことすらやっとの身体で二人は毅然と立ち上がった。

 吹けば倒れるような怪我をして、体力も限界なはずなのに、守る者のためならば、何度だって立ち上がり、何度だって守ろうとする者――樹士。

 


「無理だよ。二人を置いて逃げられるはずがないだろ」


 クヌギが二人の前に立つ。

 眼前に広がるのは、ルナリアを助けに来たときよりも遥かに禍々しい芯蟲の群れ。

 数えるのも馬鹿馬鹿しくなるようなその光景には、いっそ笑いがこみ上げる。


「僕は、ルナリアを助けるためだけに樹士になったんじゃない」


 クヌギは、樹士になろうと決意したときのことが脳裏に浮かぶ。


「この世界を守りたいと思ったから、樹士になったんだ」


 姉カトレアに背中を押され、初めてクヌギの中に明確な意志が生まれた。

 そして、それを女王ガーベラに誓った。


「君たちだって僕が守ってみせるっ!」


 千体引く百で九百体の芯蟲を相手に、クヌギは一歩も引かないし引けない。


「生きるためには、勝つしかないんだあぁぁぁぁぁ――――――――――――!!」


 剣を持ってクヌギは駆け出す。

 希望なんて一片もない――死への旅路。

 歴史家がそれを見たら何と言うだろうか?

 クヌギの行為を英雄と称えるか、それとも、ただの自殺だとあざ笑うか。

 どちらだとしてもクヌギは躊躇わなかっただろう。

 樹上世界を守る樹士として、それは当然のことだったから。

 ――その時、背後の森も揺れた。

 まさか、芯蟲の群れに背後に回り込まれたかと思い、焦って振り返りクヌギは見て驚いた。

 だって、そこに居たのは——



「全軍突撃! 我らが生きる大地を守護せよ!!」



 力強き号令をかける女王ガーベラとミズガルズを守る樹士達だったのだから。

 死者の気配を漂わせる戦場において、余りにも似つかわしくない清廉なる声が、その雰囲気を一変させる。

 威厳と尊厳が満ち溢れ、クヌギの心は温かいものに満たされた。


「サイカス! シャガは樹士隊を指揮せよ! 我らの大地を守った、彼の者たちを絶対に死なせるではないっ!」

『はっ!』


 樹士隊がクヌギたちを追い越し、力強い咆哮を上げて芯蟲と対峙する。


「三人ともよくぞ持ちこたえてくれた。後は妾たちに任せるがよい」


 慈愛の笑み。母が笑いかけるように、ガーベラのそれはクヌギたちに言いようのない安心感を抱かせてくれた。

 そして、彼女は凛々しく戦場を駆け抜ける。


「ったく、かなわねーなぁ」

「ふっ、良い所を持っていかれてしまったな」

「ははっ! おかげで命が助かったんだからいいじゃない」


 脱力して、その場にへたり込む三人は、互いに笑い合う。

 すると、何人もの樹士たちが駆け寄ってきた。


「うぉぉぉぉぉ! リーフ隊長ご無事ですか!?」

「お、お前たち、どうしたんだ一体?」


 詰め寄る樹士に囲まれたリーフが困惑していた。話しかけてきたのは、どうやらリーフの部下のようだ。


「どうしたもこうしたもないっすよ! ひどいですよ隊長! どうして自分らも連れて行ってくれなかったんですか!?」

「その通りです。あっ、その子がルナリアちゃんですね。ひでぇ話じゃないですか。女の子が一人にこんな過酷な運命背負わせるなんて。俺ら何のために樹士になったんですか」

「だから、自分らがんばるっすよ! こんな可愛い子が犠牲になるなんて絶対おかしいっす!」

「そうです。それにリーフ隊長の地獄の鍛錬に比べれば芯蟲なんて大したことないです」

「だから、隊長! そこで見ていてください、俺たちの勇姿ってやつを!」

「お前たち……」

「っしゃあ! 行くぞお前らぁ!!」


 来たのも突然ならば、去るのも突然。リーフの部下たちはそれだけ告げて、戦場の最前線へと駆けて行った。


「フェンネル隊長! お体の傷は大丈夫でありますか!?」

「ふぇーん! フェンネル隊長が先遣隊になったって聞いたとき気が気じゃないかったんですよ~!」

「にゃっ! お前たちイタイイタイっつーの! アタシ怪我してるんだってば!」


 今度はフェンネルの部下が勢いよく抱きついてきた。

 リーフとは違った形ではあるが、フェンネルもまた部下には慕われているらしい。


「きゃっ! ひどい怪我じゃないですか! 私の隊長の肌に傷つけるなんて……ムシドモユルスマジ……!」

「隊長。早速ですが怪我を治しますね。……あ、そこの子がルナリアさんですね。憔悴はひどいですが、傷は深くなさそうです。この子も私たちが責任持って介抱します」

「にゃー。お前たちありがとな。アタシはいいから先にルナリアちゃんを頼むな」

「はい。頼まれました!」


 気を失っているルナリアを抱きかかえたフェンネルの部下達を見て、クヌギはようやく安堵することができた。


「僕からもお礼を言います。ありがとうございます」

「あなたは?」

「ルナリアの兄です」

「そうですか。妹さんのことは私たちにお任せください」


 ルナリアを連れ、フェンネルの部下は後方へ下がっていった。

 クヌギの知らない樹士たちが、全員ルナリアのことを心配し声を掛けていってくれる。決して妹を疎んじようとしない彼らの『心』にクヌギはどれだけ感謝を捧げても足りなかった。


 ――ねぇ、ルナリア。君がこれを見たら泣くだろうか? それとも、笑うだろうか?


 温かい。

 ルナリアがいなくなってから、世界は冷たく厳しいものだと思った。

 でも、今なら違うとわかる。

 両方なのだ。世界は見る者にとって姿を変えるのだ。


「さてと。俺らも治療が終えたら戻るとするか」

「そうだな。次はアタシも負けねーぞ」

「ははっ。まだやる気なんだ」


 きっと、世界は正しく間違っているし、間違いなく正しくもある。

 だからこそ、クヌギは思った。



 この世界を愛そう。



 樹士になって、そう覚悟した。

 守りたい者がいるこの世界を——愛す。

 クヌギの覚悟の種子がそっと花を咲かせた。

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