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樹上のフォレスティア  作者: 菊日和静
第四章 希望の花
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樹術の目覚め

「ルナリア?」


 服の袖を引張りながら、今まで見たことがない妹の強いまなざしにクヌギは一瞬戸惑った。誰かと争うことを何よりも嫌っていたはずの妹が「戦う」と宣言したのだ。戸惑うなという方が無理だろう。


「クヌギ。剣を貸して」

「あ、あぁ」


 剣を渡すクヌギ。こうしている今もリーフとフェンネルは芯蟲と戦っていて一刻も早く助けに入らなければならないのに——何故か剣を渡さなければならないと直感した。

 一方ではリーフとフェンネルの戦いも意識して見てはいる。

 確かに芯蟲は統制を取れた動きによって二人の連携を分断し、追い詰める動きをしていた。

 こないだ戦ったのは芯蟲一匹であり、クヌギ一人では苦戦を強いられたものの、樹術を使える二人の活躍により駆除することができた。

 しかし、改めて芯蟲の恐ろしさを実感する。芯蟲の真の恐ろしさは固体が持つ生まれながらの強大な力ではなかった。群れで襲い掛かり狩りのように獲物を追いつめることでこそ芯蟲の真価が発揮される。

 すぐにでも、二人の加勢に行く必要があるのに、今のルナリアに逆らうことができなかった。


「んっ」


 剣を掴んだルナリアは、そのまま引き抜いた。

 当然、ルナリアの手の平からは血が流れ落ちた。


「ルナリア! 何をしているんだ!?」

「いいの。これには私の血がないと駄目だから」


 血のついた両手を地面に押し付け。ルナリアは語りかける。

 語りかける対象はーー今この場にある植物たちに全てにだ。


「我が意に従い、我が血を伝えよ」


 ルナリアの周りの植物たちが、急に意志を持ったかのように輝き始める。


「我が伝えしは魅了の力。我が伝えしは魅惑の香り」


 それが、どんどんと他の植物を巻き込み、草から花へ、花から木へと移る。


「幻惑の民の力を知れ! 芯蟲花!」


 そして、血の色をした花が、辺り一片に咲き誇った。

 甘い香りがする。どことなく、ルナリアを彷彿とさせる優しい匂い。

 その香りが戦場に漂い、突如、芯蟲の叫び声が上がり――同士討ちを始めた。


「な、何だぁ!?」

「これは、一体……?」


 戦っていたリーフとフェンネルが足を止め、事の異常さに気づく。


「そうか……!」


 トネリコの民は、芯蟲を引き寄せる力を樹血に持っている。ならば、その樹血を樹術として使用すれば、魅惑の力が発揮されてもおかしくはない。多分、今咲き誇っている血の花がそれなのだろう。そして、引き寄せるということは惑わせるということ。ならば、芯蟲は酩酊の中に彷徨う蟲と同じ。

 群れとしての機能が何一つ発揮できなくなったのだ。


「ク、クヌギ。これ、あんまり長く続かないから……早くっ!」


 苦しそうな顔をしてルナリアは叫ぶ。

 当然だろう。使っているのはルナリアの血なのだから。流し続ければ死に至る。

 その覚悟があってこそ、これを使ったのだろう。


「まったく……、お前は凄い奴だよ。本当に」


 本当に――家族に教えられてばかりだ。

 負けていられないな。


「樹術か……」


 実を言えば、クヌギは樹術を使おうとしたことあった。剣術の練習をしている時に、何度も試していた。

 しかし、使えなかったのだ。

 いくら鍛錬しても使えなかった。リーフは使えるというのに、それは単純な経験と鍛錬の差だとクヌギは思っていた。でなければ、芯蟲が襲ってきた時に躊躇わず使っていた。

 今ならば使えなかった理由が理解できる。

 樹術は自らの意志を伝える術なのだ。

 その意志があやふやなのであるのに、伝えることができるはずないのだ。家族を守りたいと願いながらも樹士になる覚悟もなく、本当の意味で力を求めてなんかいなかった。

 だから――今ならば使える。

 剣になると決めた。守ると決めた。樹士になると決めた。

 今の自分に−−迷いはない。

 

「我が意に従い、姿を変えろ」


 ドクン。剣が脈打つのを感じる。

 伝えるべき剣の新しい形。自らが想像する心の形を伝える。

 それは、守るべき家族がどんなに遠くまでいても、伸ばすことのできる剣。

 それは、守るべきフォレスティアの脅威を貫く剣。

 求めるのは万能にして万変なる剣。

 今ならわかる。今まで自分が使っていたのは『剣』ではない。剣の形を模した『植物』であり、武器ですらなかった。

 ――これこそが、僕の本当の剣。


「裂き乱れろ。絃千剣!」


 刃葉の剣が姿を変える。

 クヌギが望んだ意志の形へとなって——姿を現してくれた。


「クヌギ! 一体、そっちに行ったぞ!」


 リーフが叫ぶ。芯蟲が一直線に向かってきた。

 それを確認したクヌギは、まだ遠く離れている芯蟲に対し剣を振るう。

 右腕。芯蟲の右腕が宙に飛び、芯蟲は痛みに泣き叫ぶ。

 もう一度、クヌギは剣を振るう。

 左腕。芯蟲の左腕が引き千切られ、芯蟲は暴れ狂うしかなくなる。

 さらにもう一度。狙いを定めるように、クヌギは剣を振るう。

 今度は、芯蟲の首が飛び去り、その巨体は崩れ落ちた。


「うーん。慣れないと難しいな、これ」


 そんなことを呟き、クヌギは手元の剣を見る。

 そこにはあるべきはずの刀身がなかった。いや、よく見てみると柄から鉛色の絹の布のようなものが垂れ下がっていた。どのくらいの長さなるのかは、わからない。地面には何重にも重ねられている。そう、それがクヌギの剣だ。


「でも、まぁ……」


 次はルナリアに向かってくる芯蟲がいた。

 またも、まだ距離があったわけなのだが――クヌギが柄を二回振るうと芯蟲の頭が、胴体から離れることとなった。


「戦っているうちに慣れるしかないよね」


 ――練習台にはことかかなそうだし。

 唇が薄く上がり、冷淡な微笑を作る。

 これが、クヌギの選んだ力。

 木の弦のようなしなやかさを持ち、刃葉の剣を最大限まで薄く延ばした、剣の鞭。

 その剣の速さは音速となりて遠くの者に届き、その速さにより全てのモノは切り刻まれることとなる。植物だからこそ可能となった強靭な薄い刃。


「おいおい、すげーな、それ!」


 フェンネルがくるりと回り、クヌギの近くに着地し、賞賛の言葉をかける。


「そうかな?」

「ふん。俺の親友ならば当然の結果だ」


 リーフもまた、芯蟲の一体を討ち戻ってくる。

 後ろにはルナリア。前には芯蟲。それもまだ九十体近く残っている。

 なのに、少しも負ける気がしなかった。


「ルナリア。後どのくらい持ちこたえられそう?」

「じゅ、十分ぐらいが、限界かも……」


 敵味方見境なく殺し合っている芯蟲を見る。

 十分。それがルナリアのくれた時間だが、妹を一刻も早く楽にしてやりたかった。

 そして、クヌギは面白いことを一つ思いつく。


「ねぇ、二人とも。競争をしないか?」

『競争?』


 一緒になって、リーフとフェンネルは問い返す。


「そっ。誰が芯蟲を一番多く倒せるかっていう競争。ルナリアの負担も大きいようだし、早めに片付けたいしね」

「不謹慎だぞ。命をかけた戦場で競争など」

「何だリーフ。勝つ自信がないのかい? 樹術を覚えたばかりの僕に」

「おい、今何と言った……?」


 ピクリとリーフの眉が動いた。


「にゃっはー。ビリになるのが怖くて怖気づいたな。いつもは大口叩いているくせに、いざというときはチキンだな」

「よーし。いい覚悟だ貴様ら。くぐった修羅場が違うことを今こそ教えてやろう!」


 相変わらず、扱いやすいというかなんというか。

 フェンネルは最初から乗り気なようだったので、リーフの挑発に一役買ってくれた。


「それじゃ、一番の奴は負けた奴に何でも命令できるっていうことで――早速始めるとすっか!」


 一番最初に駆け出したフェンネルは、好き勝手に暴れる芯蟲の間を縫うように縦横無尽に乱舞する。身の軽さを活かした戦いをするフェンネルは、動き回ることで芯蟲の的にならず、芯蟲の外殻を円月花で剥がしては、そこに剣樹の刃葉よりも小さい、投擲用の<刃花>を投げつけていた。


「むっ! 汚いぞフェンネル!」


 負けじとフェンネルの後に続くリーフ。彼の持つ炎の剣が次々と芯蟲を切り裂いていく。つくづく彼らしい戦い方だ。愚直と言わんばかりに、真正面から芯蟲の爪だろうが牙だろうがお構いなく、炎の剣――炎葉刃を持って斬る。


「やれやれ、僕も負けてられないな」


 ふと自分の手を見ると、震えていた。こんな感覚は初めてだった。

 武者震いと言うのだろうか?

 戦いという行為そのものに対して、自分の体がそれを求めろと叫んでいるようだった。早く力を試せと、限界まで行使しろと本能が訴えている。

 獲物を見つけては見境なく暴れまわる芯蟲が、クヌギを見つけて三体同時に突進を開始する。それに対してクヌギは絃千剣を振るい、その鋭い刃が芯蟲の首元を通り過ぎた。

 三体中二体は今の一振りで死に絶えた。一体は傷が浅く、さらに突進して来るが、クヌギは冷静に手首だけ動かして絃千剣を操作し、遠く離れた刀身は芯蟲の頭を貫いた。


「これで三体……いや、さっきのと合わせたら四体かな?」


 あっさりと言うクヌギ。

 本来であれば、このような戦いをすれば、あっという間に芯蟲に取り囲まれ、孤立してしまうことだろう。しかし、後ろではルナリアが全力で芯蟲を混乱させている。それがなければ、十数体程度でも危険視しなければならなかった。

 さて、次の獲物はどれにしようかと思っていたら――


「これで十体目だ!」


 リーフが既に十体目を数えていた。


「ちぃっ! アタシはまだ六体だっ」


 悔しそうに、フェンネルが舌打ちをする。こういう場では破壊力重視のリーフの方に分があり、遠距離からの攻撃を行うフェンネルはリーフ程数を稼げないまでも、クヌギよりも討伐数は上回っている。

 だったら――。


「フェンネル。協力しよう!」

「あん!? それだと敵の数はどうすんだっ!」

「半分ずつで!」

「乗った!」

「じゃあ、早速だけど止めて!」

「おう!」


 クヌギの一言で、フェンネルはその意味を悟る。


「いくぜぇ~」


 動き回る、芯蟲にフェンネルは刃花を投げつける。無論、これだけでは芯蟲は死ぬわけではないが、混乱している芯蟲は短い時間であるが動きを止めることになる。

 この剣を振るっていてクヌギは一つわかったことがある。

 動き回る標的のポイントを絞って当てるのは難しいということ。さらには、距離が長くなったり短くなったりもするので、それに合わせるのも難しいということ。しかも、短い時間では絃千剣の精度を高めることもできないので、大雑把にしか狙いをつけられないということ。

 ならば、どうすればいいか。簡単だ——相手が動くのであれば動かない標的に変えてしまえばいい。


「うりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 音を切り裂くクヌギの剣が、立ち止まる芯蟲を容赦なく打ち倒す。

 一体二体……六体! 二人で割れば三体分となった。


「よっしゃ、これで三体プラス!」

「ぬっ。貴様ら、そんなのはありか!?」

『ありだよ!』

「何でいつの間にそんなに息が合っているんだ……」


 そんなリーフの疑問を余所に、二人は芯蟲を狩り続けていた。

 フェンネルとクヌギのコンビネーションがうまい具合に発揮され、リーフの数に追いつきそうになると、二人は再度一人で戦い始める。

 今度は逆に、リーフが二人より遅れを取るとクヌギと組み、さらには、フェンネルとリーフが組んで数は均衡状態を保っていた。

 状況に応じてコンビを変え、どうやって動くのが最適かを三人は実戦を通して学んでいく。肌を通して、骨を突き抜けて、心に響くほど強くなることを実感する。

 リーフは不謹慎と言ったがなるほど、確かに、これは不謹慎なのだろう。心が高揚するのが止められない。

 この三人……いや、四人ならば何でもできそうな万能感に溢れていた。

 そして、ついには芯蟲の数が少なくなり、あれほどいた芯蟲の群れの数が両手で数えられるぐらいまで減った。

 最後の一体が、リーフに斬られ、炎を纏いながら静かに散っていった。

 見渡す限りの場所には、もはや、芯蟲はいなさそうだ。

 三人は、肩どころか全身で疲れを訴え、息をする。


 十分以内――間違いなく、その時間内には終わらせていた。


 芯蟲は弱いわけではなかった。それどころか、百体なんていう数を三人で相手にすること自体がまず無謀の領域である。

 しかし、ルナリアの助けもあり芯蟲同士の相打ち、及び、暴走ということもあり、三人でも十分に渡り合えることが何よりも大きかった。

 事実、百体近くいた芯蟲の五分の一は間違いなく同士討ちでやられていたし、その倍以上の数は死なないまでも負傷により動きが鈍っていた。


「はぁ、はぁ。俺は、二十九体だが……お前らはどうだ?」

「あ、アタシは二十八だ……。ハァ、畜生。一体及ばなかったぁ!」

「僕は二十六体かな……。ふぅ、ビリになっちゃったか」


 妥当といえば妥当な結果だった。

 一撃で打ち倒せるほどの力を持つリーフが一番。次に、支援と単体で討ち取れる力を持っているフェンネルが二番目。三番目が、樹術を使えるようになったクヌギ。

 やはり、樹術が使えるようになっても、リーフとの実力に差はあったが仕方がないと一息つく。


「芯蟲の気配は……特に感じないが、当面は気をつけていたほうがいいだろうな」

「そうだなー。早いところ、樹士隊の本隊と合流しようぜ。これ以上を相手にするには危険すぎるからな」

「そういえば、ルナリアはまだ樹術を発動しているのかな?」

「どうやらそのようだ。どれ、俺がルナリアのところへ行こう。お前たちは辺りの警戒を頼む。それが終わり次第、戻ることにしよう」

『了解』


 その場で、簡単にではあるが芯蟲が生きていないかの確認をする。

 どれも間違いなく致命傷を負った芯蟲ばかりで、死んでいるのは間違いなかった。もしかしたら、傷の浅い芯蟲がいる可能性もあったのでその辺りを警戒しての行動だ。

 軽くルナリアの方を見る。

 思えば、この大勝利の貢献人は間違いなくルナリアだろう。生贄や囮にしなければならないなど、物騒なことがあったが、この分ならば間違いなくルナリアは、素性を知られてもミズガルズに在留することが可能だと、クヌギは考えた。

 そして、リーフがルナリアの近くまで駆け寄り――ある違和感を覚えた。

 リーフの背後に、黒い丸の影が付かず離れず移動していたのだ。

 雲上にあるフォレスティアには、太陽の光を遮るものがない。あるとすれば、木々の陰や枝葉であるが、それは揺らぐことがあっても移動することはない。そして、鳥が移動するにしては動きが緩慢にすぎる。


 ――まさか。


 そう思ってクヌギは頭上を見上げると——黒い人影が空からリーフ目掛け、落ちるように特攻していた。

 リーフとルナリアはまだそのことに気づいていない!


「リーフ! そこをどけ!!」


 考えるよりも先に、行動していた。

 絃千剣を伸ばし、黒い人影の胴体を縛り地面に落とす。ようやく、リーフは何かが起きたことを知り、ルナリアを抱えて離れる。

 何者かと思い、束縛した相手の姿を確認する。

 そして、クヌギは驚愕した。


「な、何だこいつ!?」


 姿形は人間と大差はない。大きさは自体は人と同程度から一回り大きいぐらいだ。だが、人と決定的に違う点があった。

 それは、芯蟲を思わせる黒い外殻を有し、異形の瞳、異形の口、異形の手を持ったーー人の形をした<芯蟲>だったのだから。

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