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樹上のフォレスティア  作者: 菊日和静
第三章 覚悟の種子
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未完成の王


「ルナリアはまだ見つからぬか」


 報告に来た部下に、ガーベラは落胆を隠せなかった。


「はっ。城内全てを探索しましたが、そのような少女はいないとのことです」

「わかった。ならば、目撃情報がないかを含めて探してくれ」

「はっ!」


 部下が消えた執務室の中、三人の人物がそこにいた。

 ガーベラ、シャガ、サイカスだ。


「まさか、トネリコの民が存在するとは思いませんでしたぞ。陛下」

「聞いたときにはまさかと思いましたからね」

「報告が遅れたのはすまない。妾もリーフから一報がなければ、完全にクロッカスにしてやられるところだった」

「そういう意味では、リーフ隊長の知り合いで良かったと思いますよ」


 確かにとガーベラは思った。トネリコの民が滅んだのはガーベラも知るところだ。亡き父王が最期まで助けようとした者たち。だからこそ、ガーベラとしても生き残りがいたことで父の行為が無駄ではなかったと、少なからず救われた気持ちになった。

 必ず、生きてもらわなければならない。

 王として民を犠牲にするような選択をしない。そう決めたのだから。


 しかし、そんな決意とは裏腹に起きたルナリアの失踪。


 深夜に、サイカスとシャガを呼び出しての作戦会議を開いた。無論、その場には親交のあるリーフを踏まえて、ルナリアの有用性を示した作戦を提案したところ、二人からは概ねの賛成を得られ、その詳細を詰めていたのだ。

 その間は、部屋の前に護衛を立てていたのだが、その護衛は眠らされ、ルナリアは部屋からいなくなっていた。

 一番ショックを受けていたのはリーフだった。守ると決めたはずの少女がいなくなり、部屋で待つことなどできず、飛び出し探しに行った。


 ——ガーベラはいくつかの可能性を考えた。


 ルナリアが、恐怖と重圧に押しつぶされ逃げたこと。

 兄のクヌギが、再度忍び込み二人が一緒に逃げ出したこと。

 しかし、この二つの可能性はすぐにないと思った。少しばかり話したが、ルナリアは自らの重責をきちんと理解した聡明な少女であり、クヌギもまた、昨日の今日でそんなことはすまいと考えた。


 ならば、最後の一つは――クロッカスだ。


 事情はわからないが、どうやらクロッカスはトネリコの民のことを前から知っていたのは間違いない。失踪に絡んでないと考えない方が不自然だ。

 そのクロッカスも現在は足取りが不明だったのだが、


「陛下! クロッカス大臣がっ!」

「見つかったか!」


 部下からの報告に、ガーベラは席を立つ。


「い、いえ。それが」


 チラリと部下が目を向けると、そこから入ってきたのは、


「お呼びですかな。陛下」


クロッカスであった。飄々とした雰囲気で入ってきたその様は、堂々としたものだった。


「……クロッカス!」


 まさか、向こうから出向くとは思わなかったが、好都合だ。


「そちに聞きたいことがある。トネリコの民。ルナリアをどうした?」


 断定的な口調で問い詰める。相手がしらを切るようであれば多少強引になってでも、情報を引き出すしかない。


「はっはっは。陛下、何を異なことを」


 あくまでもシラを切るか――もはや、手段を選んでいられない。そう思っていたら、


「トネリコの民の正しい使い方をしただけのことです」


 いっそ清々しいまでにクロッカスは真相を話した。

 つまりは――ルナリアを、生贄にしたということになる。


「ふざけるでないわっ! やって良いことと悪いことがあろう!!」


ついには、頭の沸点を超えガーベラは叫ぶ。クロッカスが行った事の重大さと罪。いくら大臣といえども、見過ごせない程の越権行為だ。


「そちのやっていることは独断専行であり、妾に対する侮辱にも等しい! 国を憂う者として、そなたの諫言は確かに重宝すべきものであったが、今回ばかりは許せん! 即刻ルナリアの居場所を吐くがよいわ!!」


 吐き捨てるようにガーベラはクロッカスに通告する。シャガもサイカスも同じ意見なのか、反対の意見を述べずにいた。

 しかし——、


「陛下、いい加減、子供の駄々をこねるのはおやめなさい!!」

「何だと……? 妾に向かい何という口聞きだ!」


 クロッカスのいきなりの豹変にガーベラは気圧された。普段とは違う様子に——いや、これこそがクロッカスの真骨頂だったとガーベラは思い出した。

 かつて、先代の王と共に数々の交渉役を勤め上げ、国の繁栄を築いた男の力を今更ながらに目の当たりにすることになる。


「過去に滅んだトネリコの民一人と、ミズガルズの民全員の命。どちらが重いかなど考えずともおわかりになりましょう!」


 気を抜けば押し切られる。樹士が剣をもってフォレスティアを守る者ならば、国務を担うものにとっての武器は言葉である。故に、瞬時にガーベラも切り返す。


「その論ならば妾は民の命を選ぶ。しかし、そなたの言っていることは仮定にすぎない。助けられる命を助けようとする努力がまずない」

「なるほど。確かに陛下の仰ることは間違いではありません。——ですが、芯蟲と戦うこととなれば確実に樹士が犠牲になります。そうなれば、その家族は悲しむでしょう。恨むことになるでしょう。しかし、トネリコの民がいれば、悲しむはずだった民が出ずに済みます。陛下の言ですと、この者たちを助ける努力を放棄していることにはなりませぬか?」


 ——そう返してきたかっ……!

 しかし、その程度の論では負けてはならないとガーベラは瞬時に論理を組み立てる。


「樹士たるもの、自らの守る者のためならば、命を賭してでも戦う覚悟があって入隊したものたちだ。その家族もまた同じだ。樹士になった以上覚悟も当然しておろう。そして、ルナリアの家族もまた同じだ。犠牲になれば悲しむ者もいる」


 激白なる二人の論の押収。両者とも言葉の矛を貫く。


「では、少女の犠牲一人により芯蟲の脅威は間違いなく取り払うことができます。これは、どのようにお考えになりますか?」

「そのために、リアースの一部を放棄するだったな。芯蟲の討伐のために大地をむざむざくれやるようなことはできん。この樹上世界は地上から追われた人間たちの最後の拠りどころなのだ。それを蟲にくれてやっては将来的な損害の方が大きい」

「果たしてそうでしょうか?」


 老獪な大臣は、背筋が凍るような覇気を見せる。


「まず、リアースについてですが、これはユグドラシルの再生能力を持ってさえすれば外周部の復元は可能となりましょう。十年単位の仕事になりますが間違いありませぬ。そして、陛下が仰るには将来的な損害でしたな? トネリコの民がいる方が少ない。そうお考えで間違いないでしょうか?」

「無論だ。趨勢を誇ったトネリコの民ならば芯蟲による大群の脅威があった。しかし、今ではその数も一人だ。今後のことを考えれば芯蟲対策の有効な切り札となり得る。ここで捨て置く方がよほどの愚策と言えよう」


 本心であり事実だ。その論で、これからの方策を構えていたし、ルナリアの有効性を考えれば間違いなく他の者も説得できるだけの論法であった。


「確かに、トネリコの民は現在一人ですな。では、将来はどうなるのでしょう?」


 将来的なトネリコの民の数——そう言われてハッとした。クロッカスの言葉によりガーベラは一つ失念していたことに気づいた。しかし、気づかなかったのも無理もない。幼き頃からずっと政務に携わってきたのだから。

 『人』としてでなく『王』として生きていたことへの失念があった。


「人は子を築くものです」


 かつてのトネリコの民の悲劇を思い出した。

 トネリコの民の保有数が多いユグドラシルこそ——芯蟲の攻撃に対しての偏りが出てしまうという悲劇。

 クロッカスは淡々とその事実を突きつける。


「その少女もまた子を授かり、その子もまた子を産むことになるでしょう。かつて、トネリコの民が隔離された最大の理由は——樹血が薄まらないことにあります。そのため、過去の指導者たちはトネリコの民を一箇所に集め、これ以上の増加を防ぐために血が交わらないようにしたのです!」


 クロッカスが、ここぞとばかりに一歩踏み込む。


「ならば陛下! あなたはまたトネリコの民を増やし、このミズガルズを滅びの道に向かわすおつもりかっ! トネリコの民を生かしておけば、あの災厄を再び繰り返すこととなりましょうぞ!! そうさせないために、少女には子を産まぬようにいたしますか? お優しい陛下にそれができると申されるか! できるというのであれば、お答えなさいませ!!」


 畳み込まれた。まだ、いくつかの反論手段は残されているが厳しいところだ。口先だけの反論ならばいくらでもできる。しかし、クロッカスは間違いなくそれを上回るだけの論戦を仕掛けてくる。

 無論、これは正式な場での論戦ではない。最終的な決定権はガーベラにある。そして、クロッカスの論は筋は通っているが、あくまでも政策の一つでしかない。

 どちらの未来を選択するのか。

 王はいつも正しい道を選ばねばならない。

 そして、その重責に耐えなければならないのだ。それを、ガーベラは幼き頃から王としてずっと背負ってきた。押しつぶされそうになりながら、ずっと。


 ——未来を見通す瞳を曇らせてはならぬ。


 目を閉じて、息をすっと整えてからゆっくりと瞳を開いた。

 そこにいるのはクロッカス。皺が深く、先代の王とともにミズガルズを繁栄に導いてくれたーー忠臣の姿がそこにあった。


「……一つだけ聞かせてくれクロッカス」

「何でございましょう?」


 だからこそ、ガーベラは聞かなければならない。


「それはお前の本心か?」

「本心でございます」

「今は亡き、我が父王の忠誠のためではないのか?」


 忠誠のため。老獪なクロッカスの表情に変化が現れた。


「……さすがは陛下。お気づきになられましたか」

「やはりか」

「そうでございます。私はかつての陛下と共にトネリコの民の救済に行き、失敗に終わりました。だからこそ、亡き陛下の忘れ形見であるガーベラ様には生きていてほしい。それこそが、私が最後の忠誠を果たすこととなりえるのです。陛下、何卒ご決断を!」


 ようやく、ようやくクロッカスの心がわかった。

 彼の顔に刻まれた皺の一つ一つが、先代のために働いた勲章であり、絆なのだ。それを時には厳しく恐ろしいものと思ったこともあった。しかし、それは違った。先代が亡くなってからの彼に刻まれた皺は、喪に服した悲しみの傷だ。

 先代の王の死に、彼は縛られているのだ。

 今までガーベラとクロッカスの論は交わることがなかった。常に平行線だった。それは、当たり前の話だったのだ。ガーベラは今を生きる者として、クロッカスは今はなき死者のためを想う立場から意見を唱えていたのだ。


 交わるわけがない。


 それはずっとずっと。遠く離れた平行線。

 だから、ガーベラは王として、先代の娘として、彼を解き放たなければならないと——そう決意した。


「わかった。クロッカスよ。妾は決断しようではないか」

「おぉ、陛下!」


 なぜなら、ガーベラはこうなることが最初からわかっていたから。

 リーフからの報告が入ってから、それをずっと心の片隅で予想をしていた。

 クロッカスとの論戦になり、自分は負けることになるだろう、と。

 自分はまだ未熟であり、完成された王ではない。

 クロッカスに勝てる道理などどこにもないのだ。

 ならば、クロッカスに勝る部分はどこにあるのか。それをずっと考えてきた。クロッカスになくてガーベラにあるもの。


 それは——まさしく『未完成な王』であることだ。


 自分はまだ完成された王でない、未熟故に使うことを許された未完成の王の力。もしも、クロッカスに破れた場合はその力を使うと——最初からそう決めていた。


「サイカス。音樹をここに」

「わかりました」

「陛下、何を……?」


 音樹。――城内に張り巡られた音を響かせる樹。緊急時の場合や、式典の場合に用いられる樹であり、城内のいたるところに設置している。

 ガーベラの前に、吹込み口が広い筒が用意された。

 そこから、音を発せば城内にガーベラの声が届くこととなる。

 スッと一息、肺に空気を満たす。


「皆の者。朝も早い内から申し訳ない。ガーベラ=フォレスティアから諸君たちに話したいことがある。仕事をしている者たちは一旦手を止め、我が声を聞いてほしい」


 そして——未完成な王による演説が始まった。

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