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樹上のフォレスティア  作者: 菊日和静
第三章 覚悟の種子
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樹士の宣言

 鳥が鳴き始め、朝露が木の葉から滴り落ちる朝。

 訓練場で一夜を明かしたフェンネルは頭がコクリと大きく落ちて目が覚めた。


「んにゃ~……、あぁ、もう朝か」


 目の前にある剣は、昨夜からそのままだ。

 一晩空けたということで、剣には水滴がつき、太陽の光がキラキラと反射している。


「さぁて、あいつは来るのかね?」


 両腕を地面につけて、空を見上げた。

 空は当たり前だがいつもどおりの快晴。鳥が楽しそうにさえずっているのを見ると、本当に芯蟲が襲ってくるのかさえ疑問に思ってしまう。


 地上を失った世界で生きる人々の最後の楽園。普通の人々にしてみれば確かにそうなのだろう。しかし、樹士として生きるフェンネルにしてみれば、それは正解でもあるし間違いでもある。


 芯蟲という脅威に常にさらされ、逃げる場所などない世界。一つ間違えば常に滅ぶ危険を孕んでいる、危ういバランスの上に成り立っているのだ。


 故に、樹士になるのならば強靭な精神と肉体を持つ必要がある。

 全身の血を垂れ流し、骨が何度も折れては繋がり、筋繊維は千切れ、皮膚が鎧と化すような修練を積むことになる。極限の痛みと癒しを繰り返すことで力を手に入れられる。


 精神に至っては修練ではどうにもならない。仮想修練はもちろんするが、実戦でその通りにできるかはまた別の話だ。それは修練ではどうにもならない。しかし、そういったものを積むことで、徐々に精神が鍛えられ、適切な判断を下せるようになる。

 そこまでいって、ようやく樹士として生きることができる。 


「なのに、あいつは芯蟲と渡り合い。リーフと互角の戦いをした」


最初は本当に興味本位でしかなかった。

 だが、クヌギと戦い――もちろんかなり手加減をしてだが、芯蟲の戦いを経てようやく確信できたことがある。


 ――あいつは異常だ。天才と言い換えてもいいかもしれない。


 それがフェンネルの下した結論だった。

 樹士ほどの密度の濃い修練をせず、それでも自己鍛錬はしているだろうが確実に自分たちのそれを下回っている。なのに、あれほどの動きをみせつけ、芯蟲の異形を見ても物怖じせず戦って見せた。それも、樹術を使わずに。


 樹士になったとしたら、どれほどのものになるのか予想がつかない。

 だからこそ、フェンネルはあそこまで念を押したのだ。

 力を持つものは責任が必ず付きまとう。

 正しく振るうならばまだしも、その力が芯蟲でなく逆に樹士に向うようになっては困るからだ。リーフの話から察しても、クヌギは家族のつながりが強いようだった。孤児ということもあるのだろう。家族という繋がりを大切にしている。


 それがまずい。


 今回のことで、ルナリアが捕まった――外面上は保護にあたる。普通であれば、夜が明けてからの面会を申し込むか、諦めるかのどちらかだろう。なのに、クヌギが選んだのはそのどちらでもない。城への侵入を選んだ。


 非常時ということで、城への警備も薄かったわけだが、それでもギリギリまで気づかれずに城への内部にいた。その時に、出会ったのがフェンネルでなかったら下手したら本当に捕まらずにすんだかもしれない。


 その後は、訓練場までの誘導命令をとっさに出し、捕らえようとしたがリーフに先を越されてしまった。あれは、非常に悔しかった。

 つまりは、家族を守るというのは、クヌギにとっての強い動機になりえると同時に、反旗を翻す動機にもなりえるということだ。


 別段、家族を守るということは間違いではない。現存の樹士の中にもそういった動機を持つものは確かにいる。しかし、クヌギの場合は度が過ぎる。

 だが、ここで考えていても仕方がない。そう思い、フェンネルは考えるのをやめた。

 良くも悪くも、状況に合わせて考えるのがフェンネルの長所だ。


「おっと、そろそろ時間だな」


 ポケットから時計を取り出すと約束した時間を指そうとしていた。

 未だに、クヌギの姿が見えない。仕方がないだろうと思った。あそこまで、リーフと女王に釘を刺され、妹からは会わないと言われたのだ。


 そろそろ立ち去ろうかと思ったら――訓練場の扉が開いた。


 フェンネルは振り返らなかった。

 入ってきた者は一歩ずつ、剣のある場所へ迷いなく歩いてきた。

 そして、目の前にある剣を引き抜く。


「にゃっは~、覚悟を決めてきたのか?」


 目の前の人物に――クヌギにそれを尋ねた。


「決めてきたよ」

「どういう覚悟だ?」


 家族を守るとか言うのであれば、今後の対応が変わるだけ。

 そう思っていると、クヌギから思いも寄らぬ答えが返ってきた。



「君に惚れた」



 フェンネルの思考が飛んだ。真っ白に。


「にゃ、なななっ!」


 少し遅れて、言葉の意味を理解する。赤面するのを止められない。


「何を言っているんだお前は!」


 予想外とか、予想内とかそういうのを遥かに超えた回答だった。


「えっと、聞こえなかった?」

「聞こえてるよ! つーか、何でそれが樹士になる覚悟なんだよ!」

「好きな人と一緒に戦う。十分な覚悟じゃないか」

「いや、まぁ、そりゃそうかもだけど……。って、違うわ! 家族がどうとか言っていたのはどうしたコラァ!! 一夜明けて何があったんだよ!? ルナリアちゃんを守るんじゃなかったのかっ!」

「ルナリアを守るのは兄として当然。樹士の役目は、フォレスティアを守ること。ひいては、それが家族を守ることにも繋がるからね」


 確かに筋は通っている。


「それとアタシに惚れることに何の関係があるんだよ!」

「そりゃ、樹士になるからには命も賭けるわけじゃないか。だったら、好きな女のために戦う方が生きる気にもなるでしょ?」


 にこっと純真に笑う、照らいのないクヌギ。

 いつもならば、人をくったような態度を取るフェンネル。それが、崩れ頬が真っ赤なリンゴのように紅潮している。


「お前……本当にアタシに惚れたのか?」

「うん。フェンネルの強さもそうだけど、考え方や行動とか、僕が持ってないものが一杯あったからね。そういうところが素敵だと思うし、惹かれたところかな。まぁ、憧れに近いものかもしれないけどね」


 ケロっとした顔でそんなことを言う。

 フェンネルもまた確信した。こういう直接的な物言いが誰かに似ているかと思えば、リーフとそっくりだった。似たもの同士の幼馴染は良くも悪くも互いに影響を与えていたようだ。


「それで、僕は樹士隊に入隊してもいいのかな?」


 何だろう。あれだけ悩んでいた自分がバカらしく思ってしまった。


「あぁ、いいよ……。入隊を認めてやる」


 そこで、フェンネルの目が光り、クヌギを指差した。


「ただし! アタシはそんなに安くはないぞっ! 樹士隊に入った兵卒のお前に選択権はないと思え! それでも、なおアタシのことを好きでいられたら――」


 クヌギの胸倉を掴み、フェンネルは顔を寄せ、


「そん時は、お前のことを少しは考えてもいいぞっ」


 半歩離れて、片手を上げた。


「乗った!」


 パァンと二人の手と手が合わさり快音が訓練場に響く。


「さて、そんじゃ樹士隊にも入ったことだし、ルナリアちゃんに会わせてやるよ」

「いいの?」

「なーに、リーフに言えば大丈夫だろ」

「そうだね。僕もルナリアが何を考えているか聞きたいしね。よろしく頼むよ」

「それじゃ、行くか――って、ん?」


 訓練場の扉が勢いよく開かれた。早朝訓練に来た奴かと思ったが、芯蟲の準警戒体制が敷かれた今に来る奴はいない。ならば誰だと思ったら――リーフだった。

 何か慌てている様子で、キョロキョロと辺りを見回していた。

 そして、こちらの方を見るなりクヌギがいたことに驚き怒りの表情を浮かべる。


「クヌギ! まさか、お前がやったのか!!」


 リーフの問いに戸惑う二人。


「待てよリーフ。一体何があったんだ? クヌギは今ここに来たばかりだぞ」

「お前じゃ……ないのか?」


 頭が冷えたのか、リーフもまた戸惑い、状況を整理しようとしていた。


「よくわからないけど違うよ。僕は樹士になりにここに来ただけだから」

「お前が樹士に? カトレアさんや子供たちには」

「言ったよ。全く子供の成長っていうのは早いものだね。――で、少しは落ち着いた?」

「あ、ああ。すまない。少し気が動転していた」


 乱していた息を整えるため、リーフは深呼吸した。


「それで、君がそこまで取り乱すなんて何があったの?」


 奥歯を噛み締め、言いづらそうにリーフはあったことを告げる。

「お前には謝らなければならない――ルナリアが部屋から消えた。現在、秘密裏に場内を探索しているが、見つからないままだ」

 つくづく、嫌なことが起こる。半ば確信的に、フェンネルはそう思った。

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