忠臣
「陛下め……まさかとは思ったが、かように早く行動に移されるとは」
物事は計算どおりに進まない。わかってはいたが、ここままでだとは思ってもみなかった。心の中で毒づくのをクロッカスはやめることはできなかった。
「わかっておらぬのだ。陛下は……」
部屋の中で一人呟くクロッカスは過去のことを思い出していた。
今から数えると、十年以上も前になるのだろう。先代の王と共に、トネリコの民の救出任務を行ったときのことだ。今でこそ大臣の地位にはいるが、昔は前線にも出向き交渉ごとを担う役目を負っていた。
そして、そこで初めて芯蟲の恐ろしさを知った。
迎え撃ちに行った樹士隊の半数は死に絶え、王もまたそこで果てることとなった。本来ならば、王は真っ先に窮地になったら逃げるべきであるのに、トネリコの民を最後まで救おうと足掻いた結果がそれだ。
トネリコの民は全滅。そして、ミズガルズの王は死亡。
英雄というのならば、間違いなく彼の行為は英雄だった。
ただし、王としての行為ならば愚王と罵られても仕方がないぐらいにだ。
だが、彼の行為は間違いなく正しく、それを信じていたからこそクロッカスもまた危険な地へと赴いた。信じていたのだ。心の底から、自らの王のことを。
なのに、臣下である自分より先に逝ってしまった。
その後は悲しむ暇すらなかった。自らが生き残ることに精一杯であったからだ。
芯蟲とは人が勝てるような存在ではないのではないか――そんな思いだけが残った。
あれこそが、人にとっての最大の災厄であり元凶。
任務が終わってからというもの、ずっとそんなことを考えていた。
そして、王の世継ぎ問題が起こったものの、幼いながらも聡明な先見性とその美しい容姿から、羨望の的となっているガーベラが女王に即位することになった。
実際、彼女の働きぶりは凄まじいの一言に尽きた。
失った樹士隊の再編から、芯蟲討伐としての大幅な制度改革。さらには、父が死んだというのに毅然とした態度を取り、民への不安感を一掃させた。
異常という言葉すら生ぬるい才能を開花させ、賢王としての地位を不動のものにした。
そんな折、クロッカスの耳にある一報が入る。
トネリコの民がいたユグドラシルから芯蟲が消え去り、何度か遣いを走らせた結果ある一つの事実がわかった。生き残りがいる可能性があるということだ。トネリコの民の弔いとして――その人数を数えていたところ一人だけ足りなかった。
当初、数え間違いや死体の損壊の部位の不足が指摘されたがどうも違うようだ。
トネリコの民の長である娘がいなかった。
生存しているという説が濃厚となったが、確認する方法がなかった。まさか、子供全員を傷つけ、その血を確認するわけにもいかないからだ。
しかし、たった一つだけ確認する方法がある。
芯蟲が真っ先に襲う相手。それを見つければいい。長の娘ならば、その力は間違いなく大きなものなのだろう。高い確率で見つけられる。そう思い、今日までずっと待っていたのだ。芯蟲が襲い掛かる時期に、優先的に芯蟲の情報を自分に回すよう働きかけた。
そしてようやく見つけることができた。
トネリコの民の生き残り――ルナリアという少女を。
憎き芯蟲を殺すために、信じていた王の敵を討つために、トネリコの民の生き残りの命を――あの日果てるべきだった命を使う。
「陛下を救うには、手段など選んでいられん」
それこそが、亡き王への忠誠の証。そして、女王ガーベラを救う道と信じて。
クロッカス。彼の瞳が——暗く濁っていた。




