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樹上のフォレスティア  作者: 菊日和静
第二章 花を守る。それは何と難しいことか
15/26

親友と宿敵

「リーフ。お願いがあるの」

「何だ?」


 侵入者の一報が入り、リーフもまた侵入者捕縛のために部屋を出ようとしたところ、ルナリアに呼び止められた。


「もしも……侵入者がクヌギだったら伝言があるの」

「いや、さすがにあいつでもこんな無茶は……」


 やりかねないと思った。

 普段は、子供と戯れる柔和で穏やかな兄をしているが、その実、家族のこととなると頑固になる節がある。事実、過去のことになるが孤児院についての暴力的な問題が浮上したとき、実力行使で問答無用に対処したことがあった。そのときは、リーフもいたわけだが。


 だから、今回の侵入者がクヌギでもおかしくはないが、それはそれで問題がある。侵入者ならば捕縛しなければならない。それがルールであると共に、対外的にも侵入を許したという事実は、樹士隊にとってあまりにも対面が悪くなってしまうからだ。


「クヌギは……いつも一生懸命だから」


 困ったようにルナリアは笑っていた。同じように、付き合いの長いリーフも同意しため息をつきながら聞く。


「そうだな。それで、もしもあいつならば何の言葉を託すつもりだ?」


 別れの言葉は孤児院で済ませたはずだ。ならば、助けを呼ぶようなことをルナリアが今さら言うはずがない。


「帰らないって、伝えて」

「それでいいのか?」

「うん。私が……トネリコの民がいるとね。迷惑がかかるんだ。今はまだいいかもしれない。だけどね、私のこの力はどうしようもなく芯蟲を呼び寄せてしまうの」

「それならば俺たちがいる」


 ルナリアを安心させるつもりで言った言葉だが、ルナリアの心配は別にあった。


「そうだね。でもね、その後が問題なの。もしも……私が芯蟲を呼び寄せることを知られたら、周囲の人たちから疎まれちゃうの。『あなたがいるから芯蟲が襲ってきたんだ。あなたのせいで、家族が死んだんだ』ってね」


 悲しげにルナリアは言い、リーフはすぐに言葉が出なかった。


「それは……お前が経験したことなのか?」

「ううん。だけど、私が昔にトネリコの民の皆といたとき、そういったお話は聞いていたから。当時は今の話の何倍もひどかったらしいけどね」


 そんなことはないとは軽々しく言えなかった。芯蟲はフォレスティアの天敵なのは間違いない。だからといって、それによって家族が失われた悲しみは簡単に癒えない。そういった場合に、悲しみは近くにいる者によって発散される。

 それも、トネリコの民なんて特殊な力を持っていればなおさらだろう。


「そうか」


 そのことに思い至ったリーフは頷いた。ルナリアは、皆の命だけではない。その後の生活を含めて守ろうとしているのだ。

 改めて、ルナリアの覚悟の程を知れば知るほど、リーフもまた自らの誓いが熱を持って胸にこもる。


「わかった。樹士の誇りにかけて、その言葉を伝えよう」

「お願いね」


 そして、リーフは部屋を出て侵入者の捕縛に向かい、クヌギが侵入者だと知る。


◆  

 

 ――リーフは嘘を吐かない。


 それを知っているクヌギは、今のリーフの言葉は真実であることがわかる。

 ルナリアは帰らないと本当に言ったのだろう。 


「だから何だっていうんだ。妹がわがままを言うなら正すのが兄の役目だ」


 クヌギは、とうとう剣を抜いた。


「それにリーフ。君も君だ。ルナリアが何をしようとしているのか知っているのか? なら、何で僕にそれを教えてくれない。説明もないままじゃ納得なんてできない!」

「確かに、俺はルナリアから事情を聞いた」


 リーフもまた、クヌギに同意するように剣を引き抜く。


「その上で言おう。クヌギ、お前は帰った方がいい。ルナリアもまたそれを望んでいる」

「それが納得ができないって言ってるだろ! 教えろ、リーフ。何でルナリアは家族から離れようとするんだ」

「……お前が優しすぎるからだ。それを知れば、お前は間違いなく苦しむことになる。納得しろとは言わない。兄というならば妹の気持ちを察しろ」

「話にならないな」


クヌギは剣先をリーフに向ける。


「やはり、こうなるか」


 溜息をつきリーフも構えた。二人の間に緊張が走る。


「僕が勝ったら全てを教えてもらうよ」

「お前が勝つことはない。俺が勝つからな」


 訓練場に一陣の風が吹き荒れた次の瞬間ーー二人は一斉に動き出した。

 互いの距離を一瞬で詰め、剣と剣が激しく重なり合う。木々についている葉が容赦なく舞い散りながら、刃葉の剣がしなり、うなり、甲高い不協和音を鳴り響かせる。

 斬撃による二人の攻防。それは、月光の下でのみ栄える、ダンスにも似た美しい剣舞劇にすら見えた。

 片方は柔として、片方は剛として。互いの剣を貫いていた。


「また腕を上げたようだねっ!」

「お前もなっ!」


 一閃。

 リーフが上から下へ剣を振り下ろす。クヌギもまた、真正面から防ぐでなく、柔らかく勢いを殺しながら反撃を行った。しかし、その反撃もリーフの素早い切り返しに簡単に防がれてしまった。


 ――強い。


 当たり前のことだが、それを痛感する。

 過去幾度となくリーフとは手合わせをしてきた。しかし、それは練習としての仕合であり、実力が伯仲した者同士の真剣勝負などこれが初めてだ。


 クヌギが不利な点を上げればキリがない。数々の実戦経験を経ている、厳しい訓練に明け暮れている、戦略にも優れている小隊長であるリーフ。こっちは、実戦経験はほとんどなし、訓練もリーフほどの密度で行えない、ただの一般人。


 誰がどう見ても勝てるわけがない二人の戦い。この戦いに誰かが賭けることがあるとすれば勝敗ではなく、リーフがどの程度の時間で勝つかの一点しかないだろう。 


 それでも負けられない――否、勝たなくてはいけない。

 負けないなど、否定的な物言いでは駄目だ。

 勝つという絶対的な意志を持って戦わなければ勝機を失う。

 勝ちを諦めないではなく、勝ちを望み欲さなければならない。

 本当に望むことは否定では手に入らない。

 肯定的に、絶対的に、盲目的に、確信的にそれを想像する。

 勝利の二文字を。


「リィィィィフゥゥゥゥ――――――――――――!!」

「クヌギィィィィ―――――――――――――――!!」


 二人の間に、星の瞬きに似た火花が飛び散る。

 手に痺れが残る。息も上がる。汗が玉のように浮き上がり、夜風がそっと拭い去る。

 ほんの数分しか経っていない攻防で、クヌギは膝が地面に衝きたくなるのをぐっと堪える。

 基礎体力の違いが、ここに来て如実に現れてきた。

 リーフも同じく、いや、それ以上に動いているはずなのにまだ余裕が見て取れる。

 長期戦はこちらが不利。短期決戦に持ち込むしかないわけだが……リーフもその程度は気づいている。しかし、リーフは多分だがそれを選ばないだろう。


 真っ向から、正々堂々と戦う。それがリーフだ。


 クヌギが刺突の構えを取り、重心を進行方向側に取る。そして、リーフは腰を捻り、剣を払う態勢を取る。


 ――やはり、短期決戦を選んできた。


 長期戦で体力勝負に持ち込めばリーフは間違いなく勝つ。しかし、その勝負を持ち込まないことに彼の樹士としての誇りの高さが窺える。

 だが、やはり、勝つのは自分だと——クヌギはそう思い込む。

 でなければ、リーフを相手に勝つことはおろか引き分けにすら持ち込むこともなくやられるだけだからだ。

 必要なのは——勝ちたいと信じる気持ち。

 互いの瞳の光が、暗に、明にそれを伝えている。


 そして、クヌギが強く蹴りつけ地面を駆ける、一方で、リーフはその場を動かずに待つ。

 渾身の力を剣に込め、全身の力を乗せ、親友を、宿敵を討つ!


「にゃっはー、そこまでだ」


 間延びした声の持ち主が——ほんの一瞬で二人の間に割り込まれた。

 クヌギの剣の柄に手が添えられ、リーフの剣は足で止められていた。

 止めたのはフェンネルだ。全力の攻撃の出だしを防がれ二人は身体が硬直した。


 ――離れなければ。


 クヌギはすぐに次の行動に出ようとしたが――首元には剣を突きつけられ、クヌギの足にフェンネルの足が乗せられ動けないようにされた。


「おっと、動くなよ。動けば殺す」


 軽い口調。なのに、周りの温度が数度低くなった気がした。動けば――殺される。間違いない。自分の感覚がそれを教えてくれた。

 剣をその場に落とし、抵抗の意志がないことを伝える。


「うん。そういう素直なのは好きだぞ」


 都合二度、フェンネルの戦いを見て強さを知っていたけれど——いや、知っていたつもりだと見誤っていた。強さはもちろんのことであるが——それ以上にフェンネルの表と裏の態度についてもだ。

 明るく、賑やかしい人。それが第一印象だったが、今やそれが夢だったのではないかと思う程フェンネルの瞳にはーー油断が見当たらなかった。

 今もなお刃が首に突きつけられ、身動き一つ取れないまま束縛されていった。

一通りクヌギが無力かされた後に、リーフは重い口を開いた。


「……フェンネル。横槍とは感心せんぞ」


 相変わらず態度に変化はないが、フェンネルはリーフと向き合う。


「おいおい、それはこっちの台詞だぞ。お前とクヌギがまともに戦って無事

に済むわけないじゃんか。芯蟲討伐近いのに任務を放棄するつもりか?」


 厳しい口調で問いかけるフェンネルに、リーフは苦虫を噛み締めた顔をする。


「時と場合にもよる」

「にゃっはー。そりゃそうだわな。まっ、ここから先はアタシの領分じゃない」


 そして、フェンネルはその場に傅き、訓練場に一人の女性が入ってきた。 


「ご苦労である。フェンネル小隊長」

「もったいなきお言葉ありがとうございます。陛下」


 入ってきた女性にクヌギは息を呑んだ。カトレアやルナリアも可愛いとか綺麗とか思っていたけれども、この人は何かが違った。洗練され、完成された美しさのように感じられながらも、まだあどけなき少女のような未完成さを残している。


――この方が、フォレスティアを統べるガーベラ女王。


「そなたが、ルナリアの兄君であるか?」

「そうですが……ルナリアをご存知なのですか?」


 手足が縛られているせいで、両膝を突き頭を下げる体制のまま返答した。


「うむ。先ほど少しばかり話をさせてもらった」

「陛下。ご無礼を承知で申し上げます。どうか、ルナリアに……妹に会わせていただけないでしょうか? それが叶わぬのならば、何故妹が罪なく連れ去られたのかをお教えください! どうか何卒お願いいたします」


 額を地面に擦りつけ、クヌギは懇願をした。


「……リーフ。もしや、この者は事情を知らぬのか?」

「はっ。事情が事情ゆえに話してはおりません」

「ならば、教えてやるがよい。兄というのならば聞く権利はあろう」

「しかし」

「よい。城にまで忍び込んだ者だ。ここで追い返したところでまた同じことになろう。それにだ、家族を思うその心、ルナリアとそっくりではないか」

「……かしこまりました」


 渋々とリーフはそれを了解し、話し始めた。

 数分後。

 全てを聞き終えたクヌギは、ルナリアの生い立ちを――覚悟を知った。


「ルナリアが……そんな……」


 ミズガルズに来たときから、いや、それよりもずっと前からそんな過酷な状況にあったことなんて知らなかった。だから、芯蟲が現れたときに、過去を思い出し錯乱したのだ。

 そして、今もなお自らの運命に、血に縛られている。蜘蛛が獲物を捕らえるように、そっと、ずっとルナリアは縛られていた。

 なのに、ルナリアは逃げるでなく、僕たちを――家族を守ろうとしている。


「何をやっているんだ……僕はっ!」


 自分の情けなさに腹が立った。


「だから、知らないほうが良いと言ったんだ」


 リーフもまた傷ついた顔をしていた。クヌギも、リーフが頑なに拒んでいた理由がわかった。友を傷つけないため彼も悩んでいたのだ。


「にゃはー。それで陛下、今後はどうなさるおつもりなんですか?」


 誰もが聞きたかったこと、それをフェンネルが言う。


「トネリコの民であるルナリアはこのまま城で保護することに変わりない。ただし、トネリコの民であることで政治的な思惑が絡むのも間違いないだろうな」

「解決策はあるのですか?」

「ある。要は簡単なことだ。トネリコの民は死なずとも生かす方が良い、そのように説得するだけのことだ」

「どのような?」

「ルナリアを囮にして芯蟲を誘い込み、罠を仕掛ける。今は昔とは違う。国力は増強し、トネリコの民の数が一人しかいない現在では、芯蟲の偏りによる大規模侵攻もない。ならば、十二分にその有用性を活かすことができる」


 毅然とした態度。そう言った、ガーベラに迷いはなかった。


「しかし、それではルナリアがあまりに危険では?」


 当然のことだ。囮ということは一つ間違うだけで命の危険に晒される。だが、それすら見越していたように、


「お前が守れ。我が剣ならばできぬとは言わせん」


 ガーベラはリーフに命じる。


「はっ。樹士の誇りにかけて、必ずや守り抜きます」

「待ってください!」


 二人がハッとしてクヌギを見る。


「それならば、僕にやらせてください! 妹を守るのは兄の――」

「ならん」


 最後まで言えず、ガーベラはクヌギの提案を却下した。


「何故です!?」

「そなたが樹士ではないからだ。当然であろう」

「あ――」


 クヌギは、その一言で我に変える。

 自分は――樹士ではない。樹士ではないから、ルナリアを守れない。


「話はここまでだ。クヌギといったな。ルナリアの頼みにより、そなたの城への侵入の罪は問わないことにする。早く家族のところへと帰るとよい」


 家族のところへ帰る。ガーベラの優しいはずの声が、何故か胸に突き刺さった。

 そして、ガーベラはクヌギに背を向け訓練場を後にした。リーフもそれに続き出ようとしたところで、背を向けたままその場に立ち止まった。


「間違っても樹士になろうと考えるな」

「リーフ……」

「今ここでルナリアだけでなく、お前までいなくなったら孤児院はどうなる? カトレアさんや子供たちにまで迷惑がかかるのだぞ」

「だけどっ!」

「ルナリアならば俺が守る。だから、お前は家族を守れ」

「……っ!」


 正論だ。リーフが言っているのはあまりにも正論だ。


「お前は優しすぎる。それは確かにお前の良い所だ。しかし、それではルナリアは守れない。ルナリアもそれがわかっていたから、帰らないと言ったのだ」


 全てを言い終えたというのか、リーフもまた訓練場から出て行った。

 優しい。守れない。家族。色々な言葉が、想いが駆け巡っていた。どうしたいのか、どうすればいいのか、どうすべきなのか。どれだけ問いかけても答えなんて出なかった。


「にゃっはー。お前も大変だな」

「フェン……ネル」


 最後まで残っていたフェンネルは、変わらない態度でクヌギに話しかける。


「まっ、だけど、あの二人の意見には概ねアタシも賛成だが、アタシもクヌギの気持ちがわからないわけじゃないぞ。誰だって守りたいものの一つや二つはあるからな」


うんうんと頷いたフェンネルは、自らの剣を抜いた。


「だから、お前に選択権をやる」


 フェンネルが訓練場の地面に剣を刺す。


「明日の朝までに決断してこい。樹士になる覚悟があるならこの剣を引き抜け。そうでないなら、一生樹士になるな。じゃないとこっちが迷惑だ」

「明日の朝まで……」


 短いような気もするが、確かに、このままずっと悩んでいても答えは出ない気がする。妥当な時間だと思った。


「言っておくが、一度樹士になってやめるとかは認めない。樹士になる以上は、半端な覚悟でやることをアタシは認めない。樹士として生きるなら、相応の覚悟を決めてから、こっちの世界に来い」


 剣を前にして、フェンネルはその場に座り込んだ。


「アタシからは以上だ。後は好きにしろ」

「……ありがとう。フェンネル」 


そのまま、まぶたを降ろして眠る体制に入ったようだ。

 ぶっきらぼうながらも、優しく厳しい彼女がくれたチャンスに感謝した。それは、自分にはない強さで、彼女の潔さがとても格好良く見えた。

 彼女が与えてくれた選択。

 樹士になるのか、ならないのか。妹を守るのか、家族を守るのか。

 選択肢は二つしかない。都合の良い三つ目なんてものは存在しなかった。


「僕は……本当に半端者だ……!」


 どれだけ考えても答えのない決断に、クヌギもまた訓練場を後にした。

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