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樹上のフォレスティア  作者: 菊日和静
第二章 花を守る。それは何と難しいことか
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侵入

 ルナリアが城に連れて行かれて数時間後のこと。


 クヌギは今日のことを振り返っていた。芯蟲が現れたこと。妹が城に連れて行かれたこと。別れ際の妹のこと。

 それらを一つ一つずつ振り返っていたが何もわからなかった。

 ルナリアの気持ちが。ずっと過ごしてきた家族のことが。


「ルナリア……お前に一体何があったんだ?」


 窓の外にそびえ立つユグドラシルを見つめ、クヌギは苦悩する。

 その結果出した結論は――会いに行かないと何もわからないことだった。

 当然の結論なのに、出すまでに時間が掛かった。いや、勇気を振り絞るのに必要な時間だっただけだ。気持ちの整理をするその時間が。


 クヌギは、窓に立てかけていた刃葉の剣を取る。

 音を立てずに部屋を出て行く。カトレアに心配を掛けないように声をかけていこうと思ったが、子供たちをなだめ疲れたのだろう。今は、子供たちと一緒になって眠っている。クヌギは書置きだけを残し、子供たちの毛布を掛けなおして家を出た。


 目と鼻の先にあるように見えるユグドラシル。しかし、あまりに巨大なためそう見えるだけであって、クヌギのいる場所からだと城まではかなりの距離はある。リーフが来たときは、馬を使ってはいたが、クヌギは徒歩で城に向かった。


 城までの道中には市街区を通る必要がある。夜も更け始めた時間のため、篝火が焚かれ道中を明るく照らしている。木で作られた家々からは、温かい夕食の香りが漂い始めているが、今のクヌギには、その香りが自分を責めているように感じられた。


 孤児院でも今頃は夕食を食べている時間のはずなのに、家族が一人欠けてしまった。温もりを失った枯葉のように、ただ、空虚さが孤児院に漂っていた。

 自分だけの感傷ではない、弟や妹たちも当然に感じていることだ。

 だから、クヌギは歩いていた。

 妹を迎えに行くために。


 そして、市街区を抜け、中心部に向かうと、もうそこはユグドラシル城だ。城に着いてからクヌギはまず門番にルナリアのことを問い合わせ、愕然することになる。門番からの答えは、そのような者はいないの一点ばりだった。


 それならば、小隊長のリーフやフェンネルを呼んでほしいと頼み込む。しかし、事前の面会書類を提出しなければならないとのことで、会わせてもらえなかった。

 やはりというべきか、城で保護する以上は誰であっても面会すら厳しいとは思っていたが……まさかここまでとは予想外だった。


 一旦、城から引き返しクヌギが向かった場所は、市街区にある一番高い建物である時計塔だ。そこで、クヌギは城を一望した。


 ——正攻法で会えないのならば、正攻法以外を選択するのみ。


 城に忍び込むことに決めた。

 ざっと城を見たところ、以前来た時よりも樹士の数が少ないように見えた。芯蟲対策の一環なのだろう。門を守る樹士に力を割り振るよりは、芯蟲討伐に少しでも多くの人力を割り振っているようだ。


 クヌギにしてみれば、それは不幸中の好都合だ。

 芯蟲が現れなければルナリアは連れて行かれることもなかったのかもしれない。なのに、芯蟲がいるおかげで城に忍び込む穴を見つけることができた。


 そんな、言いようのないもどかしさがあった。

 芯蟲が現れてからのルナリアはリーフの言うとおり様子がおかしかった。今回連れて行かれたのは、間違いなくそれに関係することだろう。根拠はないが確信はあった。


 しかし、家族になってからのルナリアは芯蟲と会うことはなかったはず。それは、クヌギ自身が一番知っていた。ならば、関係があるとすれば芯蟲が来る前のことになる。


 多かれ少なかれ、芯蟲やユグドラシルに住まう猛獣によって国を襲われた者はいる。ルナリア以外の子供たちもまた、何名かはそういった環境にあるからだ。直接的にしろ間接的にしろ心に傷を持っている。


 傷を持った子供たちを積極的に癒そうとはカトレアもクヌギもしない。木々が冬が来て葉を散らし、雪が積もり、春が来てまた新たな生命が息吹くように、子供たちが持つ力を信じて立ち直るのを待つのだ。


 ルナリアもまた、立ち直れたはず――そう思っていた。

 なのに、彼女はまた初めて出会った頃のような――命を諦めた瞳をしていた。

 少なくとも、クヌギにはそう見えた。


 そして、夜の闇が濃くなり始め、クヌギは黒衣の外套を羽織り目立たないようにし、足音を消し、見回り中の樹士の一人に駆け寄り当身をする。さすがに、直前には気づかれてしまうが悲鳴を上げられる前に昏倒させた。


「ごめんね。悪いけど少しだけ眠っていてもらうよ」


 バサリとその場に倒れた樹士を担ぎ、目立たない場所に移動させる。

 城壁は樹士が見回りながら死角を失くしているようだが、人数の少ない見回りでは死角が大きくなっていたようだった。クヌギは、その場所を見つけ準備をした。


 当然、時間もなければ計画性もないような行き当たりばったりだが、侵入成功への幾分かの可能性を上げておくにこしたことはない措置だった。

 城壁を駆け上り、見回りの樹士から身を隠す。城門の中にも幾人かの見回りがいるようだが、姿を隠せるだけの木と空間はあるため、気をつけて進めば大丈夫だろうと思う。


 問題はルナリアの現在の居場所だ。城壁の外から見ていてもわからなかった。


 さすがに、そこは忍び込んだ後で誰かから聞かなければいけないわけだが、リスクがあまりにも高い――が、どこかでそれをしなければならない。

 身を隠し、比較的人気のない場所から城内部に侵入が成功した。暗がりの部屋の中で、来るまでに使った神経を休ませ、深呼吸する。


 ――そこで部屋に近づく足音が聞こえた。


 瞬時にクヌギの手が剣に伸びる。

 好都合だ。遅かれ早かれ誰かに接触しなければならなかった。覚悟を決めて、クヌギは扉の影に隠れる。


 そして、一歩、二歩と音が近づき、ドアが静かに開けられる。


 瞬時に、クヌギは入ってきた誰かを捕らえようと手を伸ばした――が、クヌギの手が逆に相手に捕らえられることとなった。

 マズイ! クヌギの頭に危険という文字がよぎる。持っていた剣を片手で抜いて、剣の腹で相手を払おうとしたが、その相手はすかさず一歩引き距離を取った。

 かなりの腕前の持ち主だ。一体どんな奴が入ってきたのか――クヌギは、相手の顔を見て、自分の不幸を呪うことになる。


「にゃっは~。誰だお前?」


 入ってきたのはフェンネルだった。


(……最悪だ)


 外套を羽織っていたおかげで自分の正体はまだ気づかれていないようだ。

 しかし、そのおかげでフェンネルは顔は笑っているが完全に警戒態勢に入っていた。隙を少しでも見せれば簡単にやられる――そう思わせるぐらいの危機感を抱かせる。


「賊か? 賊だよな。全く城に入って来るとはいい根性だ。アタシがボコってやるからかかってきな。言っておくがお前に選択権はない!」


 ここで顔を見せるべきか? 否、手伝ってもらえるかわからないのに、それは少なくとも出来ない。身元はまだ明かすべきではない。

 ならば、やることは一つ。

 逃げる。


「あ、てめ! 待てコラ!」


 部屋にあった布を投げつけ、クヌギはすかさずドアから逃げ出した。

 とはいえ、このまま廊下を走ったところで捕まるのは火を見るより明らであるので、早々とルナリアを見つける必要があるのだが、


「おーい! 賊だ賊だ!! 誰か捕まえろ! そして、アタシと戦わせろぉぉぉぉぉぉ!」


 それすらできなくなりそうだった。


 迷惑をかけているのは間違いなくこちらなのに、何故だか傍迷惑なのはフェンネルのような気がしてならないのは、気のせいではないだろう。

 今更ながら、リーフが苦労していると言ったことが理解できた。

 困ったことに、フェンネルの一言で、近くにいた樹士たちが自分を追ってくる羽目になった。予想はしていたものの、何一つ情報を得られないうちにこうなるとは……ついていないにも程がある。


 捕まらない内に逃げ出さなければ――クヌギは城を駆け回る。

 樹士の姿が見えるごとに曲がり角を右に左に曲がっているため、自分がもはやどこにいるのかがわからなくなった。


 どこか空いている部屋にでも入ったほうがいいかとも考えたが、そこが窓も何もない部屋だったら一巻の終わりだ。できれば、ある程度外が確認できる場所がわかるまでは走った方がいいだろう。幸いにも、まだ見つかって時間は経ってはいない。樹士たちが浮き足立っているのがわかる。


 ――ルナリア。どこだ!


 焦るような心と、異様なまでの冷静さで、自分の置かれた状況を天秤にかけながらルナリアを探す。とりあえずは、樹士たちの目を欺いたことだし手ごろな部屋に入り込むことに決め、外からの灯りが漏れた扉があるのを見つけた。そこならば、いざというとき追い込まれても逃げることが可能になるかもしれない。そう思い、意を決して入った。


 フワっと夜の風が、羽織っていた外套をはためかせる。

 扉を抜けるとそこは広い半円上に広がる場所だった。眼下には、市街区の灯りがキラキラと輝き揺らいでいる。

 これだけの大きな空間が城にあるとしたら――使用目的などそう多くはない。


「樹士の訓練場かな」

「その通りだ」


頭上から声が降ってきた。


「っ!」


 こんなすぐに追っ手が来るなんて!?

 舌打ちすらしたい気持ちを抑え、訓練場の中央へと移動する。まさかという思いが頭をよぎる。もしかしたら、追っ手を振り切ったと自分が思っていただけで、ここに来るようへと誘導されたのかもしれない。


 だが、今更そんなことを考えても無駄だ。この訓練場は城の結構な高さにあり、そして訓練場の扉は跳び降りてきた樹士によって抑えられている。


 倒さなければ――道を切り拓けない。

 剣を構える。揺らめく炎の灯りが、対峙する樹士の顔を闇から映した。


「リーフ……!」

「やはりお前か。クヌギ」


 闇から現れたリーフは、厳しい目をクヌギに向ける。ここに来たことを責めているような、悲しんでいるような、そんなやるせない表情をしていた。


「ルナリアはどこかな? リーフ」


 正体がばれたのならば仕方がない。クヌギは外套を脱ぎ捨てリーフを直視する。

 場所がこんなところでなければ、普通の会話にしか聞こえないはずの邂逅。しかし、今は互いに剣を持ち、友人という立場でなく、樹士と侵入者の立場にある。


「それを知ってどうするつもりだ」

「もちろん、連れて帰るよ。家族を迎えに行くのは当然でしょ」

「そうか。なら俺はお前に伝えなくてはならないことがある」

「何かな?」


 一息つき。リーフは言う。


「ルナリアからの伝言だ。『帰らない』とのことだ」


 決別の言葉を。

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