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樹上のフォレスティア  作者: 菊日和静
第二章 花を守る。それは何と難しいことか
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突然の別れ

「つまり……ミズガルズに芯蟲が侵攻しているってこと?」

「あぁ、それも一体二体とかの数じゃない。恐らくだが……千近い数になるだろうな」


 孤児院に戻ったクヌギたちは、傷の手当を終えて今このミズガルズに迫り来る危機について、リーフから説明を受けていた。

 戻ったとき、出迎えたカトレアはルナリアが気絶していることにショックを受けたが、テキパキとした様子で、傷の手当、子供たちの対応、ルナリアの介抱を行った。ただの食料調達にいったはずなのに、こんな風に心配を掛けて申し訳なく思った。


 本来ならば、クヌギも介抱に加わるべきなのだろう。実際、ルナリアのあんな様子を目の当たりにして、起きるまで傍にいてやりたかった。しかし、それ以上に芯蟲の存在が気がかりであり、今後もそんなことが起きる可能性があった。


「でも、何故芯蟲がリアースまで? 本来ならユグドラシルの守りと君たち樹士の手によって、さらに下層で食い止められているはずじゃ?」


 樹士隊の仕事は、大まかに二つに分かれる。ミズガルズの治安を守ること、そして、ミズガルズを襲う外敵から守ることである。

 それ故に、ミズガルズにまで芯蟲が襲ってくることはなかった。少なくとも、今まではという意味にはなるが。


「それは少し違うな。ユグドラシルの守りは完璧ではない」

「……というと?」

「周期的に、ユグドラシルの防衛機構が弱まることがある。それに伴い、芯蟲の群れが襲い掛かってくる」

「そんなっ!」


 初耳だった。自分たちがすむ場所が、そんな危険に晒されることになるだなんて思いもよらなかった。


「だったら何故そのことをミズガルズの皆に伝えないんだ! 知っていたら避難とかできるじゃないか!」

「どこに避難するというんだ?」

「あっ……」


 そうだ。ここフォレスティアは樹上世界――つまりは、ここ以上に避難するところなんて何一つない。むしろ、芯蟲の大群がせめて来るのならば逃げ場なんてものは、このミズガルズにおいて他はない。


「だからこそ、民には不安を煽ることのないように情報制限されている。それに、フォレスの実が生れば、ユグドラシルの防衛機構の弱体化も収まるからな。問題は、実が生るまでの間、芯蟲の群れを食い止めるられるかどうかだ」

「……フォレスの実はそういう役目があったのか」


 クヌギが認知していたのは、フォレスの実はユグドラシルの循環機能が弱まり、コミューン全体の植物の栄養が行き渡らなくなるのを防ぐための活性剤的な意味合いがあるものだと教えられていた。しかし、実態はそういうことらしい。


「これが、今のフォレスティアに起きている真実だ」


二人の間に沈黙が流れた。余りにも唐突で、予想もしていなかったこの事態に、口を軽々しく開くことが憚られた。

 思い返せば、フェンネルが何か言おうとしたのも芯蟲のことなのだろう。


――僕はどうしたらいいんだろうか?


 表には出さず自問自答していると、


「安心しろ。お前が無理して樹士になる必要なんてない」

「リーフ……」

 親友は、クヌギの心を見抜いたかのようにそう言った。


「俺が樹士になって守りたいものがあるのと同じように、お前だって守りたいものがあることは知っている。カトレアさんやルナリア、子供たちを守ってやればいい」


 いつだってリーフの言葉は真っ直ぐだ。偽ることをしない。彼の言葉を聞くと何だって大丈夫なような、強く信頼できる力強さを秘めている。

 だから、謝る言葉は二人にはいらない。


「ありがとう」 

その一言で十分伝わる。


「そう言えば、ルナリアは芯蟲と遭遇したことがあるのか?」

「ルナリアが?」


 リーフが話を変えて、そんなことを聞いてきた。

 妹が芯蟲と遭遇したことがあるか。少なくとも、当然というか、クヌギの記憶の中にはそんなことは一回もなかった。


「いや、ないはずだけど。何で?」


 すると、話を振ったはずのリーフが何か言い難そうな顔をしていた。


「あそこまで錯乱したルナリアは初めて見たからな。それで気になったのだが……お前がそう言うのならばないのだろう。しかし、ルナリアが起きたときは芯蟲のことなど思い出さないよう気遣ってやった方がいいだろう」

「そうだね」


 今は眠っているルナリアのことを考え、二人はそうすることに決めた。


「とはいえ、今日は色々あって疲れたよ。結局、食料調達もできなかったからね」

「そうだな。ルナリアやカトレアさんの手料理にありつけなかったのは残念だな」


 重くなった空気を入れ替えようと、クヌギは話を変えた。大変だったと口では言っているが、顔は全くそうは言っていないと軽口を叩いた。


「お弁当は食べたじゃないか。そんなことも忘れたのかい?」

「む。確かにあの弁当はうまかったが、それとは別に食べたかったんだ」

「毒キノコの区別がつかないのにかい?」

「赤いのが毒キノコだ——いや、それ以外も一杯ある」

「結局わかってないじゃないか」


 普段の会話。普通のやりとり。そんな一言一言が染み入るように楽しかった。いつもとは違う日常になったせいか、いや、おかげかその大切さを再確認できた。


「クヌギ。お前こそフェンネルとはどうだったんだ?」

「あー、おかげさまで仕合させられたよ」

「やはりな。それを目的に付いて来たような奴だからな」

「本当にリーフの同僚だと感じさせられたよ」

「あいつと同じにされるのは心外だな……」

「同じことフェンネルも言ってたよ」


 もう堪えられなくなり、声を出して笑い出した。


「さて、俺もそろそろ城に戻るとしよう。フェンネルが先に報告しているはずだが、俺の方も詳細な報告を提出しなければならないからな」

「ん、わかった。ルナリアが起きたらまた顔を出してあげて」

「了解した」


 リーフがスッと椅子から立ち上がり、ドアノブに手をかけたところ、玄関先からドタドタとした数人の足音が聞こえた。子供たちだろうかと一瞬頭をよぎったが、明らかに鈍重な音だったため、すぐに違うとわかった。


 誰だ? ――そう思っていると、カトレアの声が玄関から響いた。


「何をするんですか。子供たちが怯えるじゃありませんか!」


 尋常ではないことが起きていると判断したリーフとクヌギは、剣を持ちすぐさま玄関の方に駆けつけた。

 そこにいた連中の格好を見て、二人とも驚いた。むしろ、リーフの方が驚きは大きかったのかもしれない。――なぜなら、そこにいるのは樹士だったのだから。


「姉さん。大丈夫?」

「クヌギ。えぇ、私は大丈夫よ」


 困惑した様子を見せるカトレア。確かに、怪我などはないようだが、少し顔色が青くなっている。気丈な様子を見せてはいるが、ルナリアの看病をしていたら、よくはわからないが樹士が現れたのだ。困惑しないほうが無理だ。


「貴様ら! 一体そこで何をしている! 誰の命令でこんなことをしているのだ!!」

「リ、リーフ隊長!? 何故ここにっ?」


 カトレアと樹士隊の間に割って入り、リーフが怒鳴りつけた。リーフがいることを知らなかったのか、樹士隊の面々は驚いたように姿勢を正した。


「能書きはいい。ここは俺の知人の家だ。無礼を働くようならば容赦はせんぞ!」

「い、いえ! そんなことはしておりません!」

「ならば誰の命令でこんなことをしている!」

「はっ! こ、これを!」


 一般樹士が恐る恐る差し出した書面をリーフは乱暴に引っ手繰った。そして、書面にかいてある内容を確認していると――リーフの目が驚きで大きく見開いた。


「なっ! 大臣からの勅命だと……!? どういうことだ!」

「い、いえ。我らも詳しいことは何も……。命令を遂行するようにしか言われておりませんので、たとえリーフ隊長といえども命令の停止は……その……無理かと」


 ゴニョゴニョと樹士の一人が言いよどんではいるが、リーフの方もそれがわかっているらしく、それ以上の叱責はしなかった。


「リーフ。この人たちは何しに……?」


 穏やかでない話になった。こんなちっぽけな孤児院に大臣の命令が下るような何かがあるとは思えなかったからだ。


「……ルナリアを城で保護しろとの命令が下った」

「はっ……?」


 思わず、ただ聞き返してしまった。ルナリアを保護する。リーフが言ったその一言が一体何を意味しているのかが不明だった。


「ちょっ、リーフ。どういうことだよ、それは!」

「わからん。詳細は何も書いてないのだ……すまない」

「ふざけるなっ!!」


 クヌギの怒鳴り声が孤児院に響く。ガタガタっとドアの付近から音が鳴った。何が起きているのか気になった子供たちが、こっそりとその様子を見ていたようだ。クヌギの怒った顔に泣き出す子がいて、カトレアがなだめに部屋の奥の方へ下がった。


「ルナリアがあんな状態になって、理由もわからず保護するだとっ! そんなこと認められるわけないだろっ!」


 リーフの胸倉を掴み、問い詰めるクヌギ。しかし、リーフも命令に逆らうこともできず、苦渋の表情を浮かべるしかなかった。


「もうやめて。クヌギ」


 ギィっと、ゆっくりと開いた扉からルナリアが姿を見せた。まだ具合が悪いのか、どことなく足元がふらついていた。


「ルナリア。まだ寝てなきゃ駄目じゃないか!」


 クヌギがルナリアの体を支えた。


「大丈夫だよ。僕と姉さんがルナリアを連れさせていかないから。ねっ。ちゃんと事情を話せばわかってもらえるからさ」


 妹に言い聞かせた言葉なのか、それとも、自分に言い聞かせたのか。クヌギはルナリアを説得しようとしたが――ルナリアは首を横に振った。


「ううん。いいの。いつか、こうなることはわかってたから」

「ルナリア……? 一体何を……」


 クヌギは戸惑い、焦りを覚えた。いつもは弟や妹たちにからかわれても笑っていて、リーフのことで恥ずかしがったりした、そんな年相応な子だったはずなのに、今の彼女はそれとは違った。

 初めて出逢った頃のような――諦めた瞳をしている。


「リーフ。私行くよ」

「……いいのか?」

「うん。多分、これが私の運命なんだよ」

「……わかった。行こう」


 リーフが孤児院から立ち去ろうとすると、樹士隊の面々もそれに付いて出て行った。

 そして、ルナリアが玄関の前で振り返った。


「クヌギ。今まで本当にありがとうね」

「どういうことだよ……。何でお前が行かなくちゃいけないんだ!」


 わからない。どうしてルナリアがこんなことを言い出しているのか。何故、こんなにも何かを諦めたような顔をしているのか。


「ごめん。それは言えないよ。皆に迷惑がかかるから……」

「迷惑って何だよ!? 家族だろ! 迷惑ぐらい一杯かけろよ!!」


 本心だった。たとえ血が繋がっていなくても、ここにいる皆は兄弟で家族だ。だから、こんなにも何も相談されず、何も頼りにされないことが悲しかった。


「ごめんね。本当にごめんなさい」

「ルナリア……」


 ポロポロとルナリアの瞳から涙が流れる。


「じゃあ、もう行くね。カトレアお姉ちゃんや皆によろしくね」


 泣いているのに笑っていた。

 笑っているのに泣いていた。

 そんな妹の悲しい笑顔が、何よりもクヌギをその場に貼り付けた。

 そして、彼女は告げる。


「さよなら」


 別れの言葉を。

 一人だけいなくなったこの家が、少しだけ広く感じた。

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