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それぞれに、色々と

 空は遠くて、窓から入る風は立冬の匂いがする。きっと鏡都の空はもっと青くて、もっと寒い。

 文化祭明けの金曜日、放課後廊下を掃除していると同じ班の唯斗が珍しく並んだ。いつもなら部活を理由にサボるのに。


「ありがとう」

「は?」

「胆試し、暗くなる前に鍵開けてくれたでしょ?」


 唯斗は唖然と口を半開き、箒の裾をとめる。


「お前頭弱いの? 閉じ込めた張本人になんで感謝してんだよ」

「いや、悪役になりきれないところが唯斗らしいなって」

「はぁ? 担任に見つかりそうだったから逃がしただけだし」

「そう?」


 あの時間、教員は全員文化祭の片付けで出払っていたはずだ。誤魔化しきれないところもまた、悪役になりきれてないと思うんだけど。ヘラヘラ笑う私に心底嫌気が差したのか、一掃き二掃きで箒を投げ付けてきた。


「……あの外人、まだ居んのかよ」

「ハーフだよ。明日には自分の国に帰るんじゃない」

「へぇ、残念だな。この一週間小銭稼げたろうに」

「確かにね」


 どこから噂を聞き付けたのか、女子高生から近所の主婦までカヲル見物に大賑わい。売れるのはおみくじ御守り程度だが。


「そっか居なくなんのか。そうだよな、あんなイケメンが千速を相手にするわけないよな」


 嬉しそうににやける。唯斗は私の幸せを気持ちがいいほど全く望んでいない。

 

「外人が神主なんて聞いたことねぇし」

「ハーフだよ」


 どうみてもフランス人だけど。

 気分が良くなったのか、ふんふん鼻唄を歌いながら私をジロジロ見下してくる。


「……なぁ、千速。ちょっと眼鏡外してみろよ」

「なんで」

「いや、あの時暗くてよく見えなかったけど……お前さ」


 唯斗の手が眼鏡の縁にあたる。指にはタコができていて、練習頑張ってるんだなぁと感慨深くみつめてしまう。だがその向こうでは教室の時計が三時を指していた。


「もう、そんな時間!? カヲルが帰っちゃう!」


 投げ付けられた箒を自分の分ごと投げ返す。


「なっ、……千速!」

「ごめん、カヲル以外の男の前で外さない約束なの!」


 約束しないと、もう教えないっていうから仕方なくなく!

 倒れた箒を真面目にかき集める唯斗はやっぱり悪役になりきれていないと思うが、またキレられても困るので知らぬ存ぜぬ尻を向け、一目散で下校した。

 置いていかれたら三週連続修行なし、これは洒落にならない。

 

 

「ただいまぁ……あ?」

「三進み、ほい上がり! じーさん弱すぎ」

「もう一度じゃ!」

「ビンボー神に憑かれてんのに?」

「次のターンで消える!」

「じーさん負けず嫌いだな」

「婿殿ほどではない」


 あははー、と喉かに居間で桃鉄繰り広げる変態陰陽師とじーさん。平安貴族なら囲碁にしなさい。

 文化祭の夜だけでなく一週間泊まり込んだカヲルはすっかり不知火家に馴染んでしまった。


「お待たせ、カヲル」


 よかった、この一週間不知火家には馴染んでも私には冷たかったから、下校前に帰っちゃうかと思った。


「ああ、待ちくたびれた」

「え、ごめん」

「さっさといくぞ」


 ご機嫌斜め直らず!

 目も合わすことなく納屋へと急ぐ。

 婿殿ってば千速に尻敷かれてないっ、なんてじーさんはカヲルを羨望の眼差しでみている。

 うちの男連中は揃ってもやしだからな。


「何をそんなに怒ってるの? 私カヲルに何かした?」


 された覚えはあっても、した覚えはない。覚え思いだし、顔面の熱があがる。


「……じーさんに聞いたぞ。お前は陰陽師修行ではなく、婿探しに鏡都へ来ているらしいな」

「はぅ!?」 

「俺なりに調べた。この神社はどうも財政逼迫にあるようだ。お前が婿探しに困窮するほどに」

「まあ、否定はしないけど」


 いつの日か婿がいるのは事実。

 だからって金持ちのお坊っちゃまを婿入りさせて楽しようなんて、身の程知らずなことは考えていない。神社の赤字は私の陰陽師修行で何とかしてみせる。

 カヲルは蒼白い光柱の魔法陣に足をつけると、眩しそうに目を細めながら私の手を引いた。


「お前は己を見失ってる。だから誰でもよかったんだ、婿に来るなら誰でも。そこに愛はなくても」

「そんな節操なしじゃない」

「そうだな。……あんなに泣きそうな顔をするくらいだ」

「顔?」 そんな顔、いつしたっけ。

「──着いたぞ」


 見上げれば見事な晴天。やっぱり鏡都の空は怖いくらいに澄んでいて、青い。


「……さぶ!」

「これを着ろ」


 赤い糸で縫われた袿を私の肩に被せる……て、これチャンチャンコやないかい。


「似合うぞ」

「私は座敷わらしか」

「なぁ、千。お前が選ぶんだ、俺が口出しすることじゃないが……如月唯斗だけはやめておけ」

「なんで?」


 まぁ彼方に選ばれることは未来永効ないだろうけど。


「星が悪い」

「あ、そう」


 陰陽師らしい先読み発言を吐き捨て一人スタスタと母屋へ向かう。このままご機嫌斜めじゃ肩凝るなぁと思っていたら、救世主が現れた。

 豪奢な桜柄の唐衣裳に身を包むこの国の中宮、輝かしき時の皇后だ。豊穣の艶やかな髪を靡かせ回廊を滑り渡る姿の壮麗なこと。


「カヲル、久しぶりー」

「折姫……!」


 カヲルが抱きつこうとした瞬間、霊剣という名のビームサーベルがザザザン千本降ってきた。黙示録か。死の七日間か。


「殺す気か!」

「殺す気だ」


 邸の回廊を串刺しにしたのは、この国の皇帝だ。束の間の睨み合いの後、二人はがっちりと握手を交わした。


「久しぶりだな、帝!」

「先帝の引き継ぎが忙しくてな」

「嘘いえ、半月は新婚旅行だろ。土産は」

「酒と肴だ」


 両手いっぱいに泡盛とビーフジャーキーて!

 どこに新婚旅行行ってたの。


「早速呑もうぜっ、ジャンプ二十冊もたまってんぞ」

「それは忙しいなっ」


 ソワソワと見目麗しい男二人、邸の奥へと消えていく。

 取り残された私と折姫中宮は顔を見合せ、二人にこやかに西の対へと流れた。

 今でこそ華の中宮だが、元は私の従姉であり、日本人の保育士だ。帝に見初められ拉致監禁の末一年半ほど後宮で暮らしていたが、晴れてこの秋、正妃として正式に迎えられた。鏡都の美女を選び集めた御所の中でも群を抜いて美しく、そして誰よりも清らかで優しい、大好きな親友。三つ年が離れているし、親友だなんて私が思ってるだけだけど……。


「ちーちゃんにもお土産あるよー」

「ジャガポックルて」 

 

 日本一周か。国のトップは格が違うな、お土産は庶民派だけど。お茶をいれようと立ち上がる私を、折姫が袂をふるい引き留める。


「いいよ、ちーちゃんは座ってて」


 折姫がチッ、と小さく呪を口ずさむだけで、折り紙でできたリスがお茶を運んでくる。これがまたリスが淹れたとは思えないほど美味しい。お茶の神様を使役してるんじゃないかと思う。

 折姫は名前の由来となるほど折り紙が得意だ。紙切れ一枚を巧みに操り妖術をかける、この国で最も優れた女陰陽師。


「凄いなぁ」


 従姉の折姫にできて本家の私ができないなんて、じーさんが知ったらきっと悲しむ。


「私だって修行に一年かかったんだから。ちーちゃんも、必ずできるようになるよ」

「そうかなぁ」

「これ、もうひとつのお土産」


 折姫がお茶の真横に差し出したのは、分厚い巻物。紐を解けば先程のリスやクマなどの形をした折り紙がいくつも挟んである。


「折り方……?」

「そう! 絵が下手だから、実物作って貼ってみた。かける呪は口伝だから、カヲルに習ってね」


 よくみれば折り紙の横に属性や特質が細かく書き込まれ、折り目には折り順となる番号が小さく丁寧にふられている。お手製の折り紙ドリルのようなものだ。


「嬉しい、ありがとう……!」

「こちらこそ! こーゆーの作るの大好きだし、寝所に入るまでの時間稼ぎになったから」

「なぜ時間を稼ぐ」


 さぁ何故でしょう……、と綺麗な顔に哀愁を漂わせている。肌は艶々だが若干寝不足のような。訝しげにみつめていると、折姫は巻物を結び直しながらにっこりと笑った。


「実はこれ、カヲルに頼まれたの」

「カヲルに?」

「ちーちゃんを立派な陰陽師にしてあげようって、カヲルなりにちゃんと考えてるのよ」

「そうなんだ……」


 不意をつかれ心がポカポカするぞ、変態陰陽師。


「ちーちゃん、なんかあった?」

「へ?」

「変顔になってるよ」

「あぅ」


 私に自覚はないが、感情が昂ると変顔を決め込むらしい。みんなに妖怪女だと怖がられる由縁でもある。故に冷静でいるために、六年変わらぬこの地味スタイルと冷眼と変態にはツッコミで平常心を保っているのだ。


「まさかカヲルに襲われた!?」

「う、ううん」 辛うじて。

「あの男、チャラいから気を付けるのよっ、簡単に許しちゃだめよ!」

「肝に銘じております」


 カヲルは今年の夏までは御所に住まう皇太子だった。真面目な帝に反し、毎夜のように後宮女人を自身の局へつれこんでは逢瀬を交わすドラ息子。同年の帝に玉座を譲るため艶聞を振り撒いていたらしいが、やることはやってたんだからそりゃチャラい。

 キスなんて、おままごとのひとつでしかないだろう。

 美術室倉庫に閉じ込められたあの日も、唯斗やクラスメイトを見返すためだけに婿だなんて言って、キスしてくれたんだと思う。唯斗の背後にいた女子はみんなショックで卒倒していた。


「……やっぱり、なんかあったでしょ!」

「へ?」

「今にも泣きそうな顔してる!」

「あぅ」


 顔にペタペタ手を這わすが変顔治らず。


「余程いいことがあったんだね」

「ど、どうして」

「泣きそうな顔はいつも、ちーちゃんが嬉しい時にでるもん」 

「あぅ」


 親も自分も知らない私の本質を見透かしてしまうなんて、折姫はやっぱり凄いと思う。

 その日は夜が更け、御所から遣いの御料馬がくるまで、それぞれに語り合った。


「土産の酒飲み干すまで居座るなよな」

「読みきれんかった。またくる」

「俺はお前の図書館か」

「ちーちゃん、またね」

「うん、バイバイ」


 皇帝夫妻は二人仲良く手を繋ぎ、門前にたつ馬へ向かう。折姫は一度馬の背に腰を据えたものの、何を思ったか一人ちまちまと戻ってきた。


「なんだ、忘れもんか」

「カヲルに言い忘れた」

「なんだ、お別れのキスか?」

「またそんなこと言って、……耳かっぽじって聞け馬鹿! 私の親友泣かせたら、ただじゃおかないからね!」


 それだけ言うと、中宮たるもの衣裳を振り乱し馬へ戻っていく。帝は苦笑いで折姫を抱き上げた。


「……俺だって、帝がお前を泣かせたら……、容赦しねぇよ」


 小さく呟く、その声は震えている。

 そんなカヲルを見ていられなくて、東門をでた私は馬の尻尾が見えなくなるまで見送った。


「えへへ……、親友って、いってくれた」


 羽衣をまとう天女みたいに儚げに綺麗で、天使みたいに優しい私の親友。


 ──カヲルの、失恋相手。



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