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青春無駄遣い‐弐‐


「ばーか、お前みたいな妖怪女と素面で組むわけねぇだろうが」


 胆試しの経路である旧校舎二階通路。その中間地点に位置する美術室倉庫に私は閉じ込められた。

 唯斗の罵声の後ろで女子のなんとも愉しげな声が轟いている。


「キャハハハハ、如月くん、ひどーい」

「一晩ここで頭冷やせー、妖怪女」

「もう唯斗に付きまとわないでよね」

「美術室の幽霊と結婚すればー」 


 遠ざかる声。使われていない画材そのままの倉庫は絵の具の臭いが鼻につき、窓を開ければ空は夕暮れ。下を見下ろすがここは二階。運動音痴の私には二階から飛び降りる勇気は全くもってない。そこでハッ、と思い立ち部屋の天井を見上げるが電灯らしきものがひとつも見当たらない。これでは後一時間もしたら真っ暗闇だ。引いてもカチャカチャ虚しくなるだけの扉を前に諦めの溜め息を吐き、一晩明かせる寝床を探した。

 美術室の幽霊の噂は、この学校の七不思議のひとつだ。第一期生である美術部員がこの倉庫で、持っていたパターナイフを首に突き刺し自殺したと言われている。夜になるとパターナイフにその血をのせ、キャンバスを描く音が校舎中に響くという。完成した絵を見たものはその場で黄泉の世界へ連れ去られてしまう。

 そのキャンバスは右後部のイーゼルに立て掛けられて──。


「うらめしや~」

「ぎゃぁあああ──もふっ」

「静かにしろよ、叫んだらあいつらの思う壺だ」

「ふがふが、カヲル?」


 イーゼルの影から突然現れた男に口を塞がれ、半べそで見上げてみれば変態陰陽師だ。


「助けに来てくれたの」

「見てわからんか、先入りだ。俺も閉じ込められてる」

「は?」


 嬉しくて抱きつこうとした手がピタと止まる。


「女子高生と戯れ中に如月唯斗の企てを聞いてな。いじめとやらを体感しにきたのさ」


 悪意なく笑うカヲルを前にして、ついに私の目も眩んだ。

 いじめ──。

 その三文字を異世界人であるカヲルに叩きつけられ、酷く惨めな気分になった。私が認めなければ成立はしない、そう思いきかせていたのに。目をそらしていたのは被害者である私だけ。この状況は第三者から見れば「いじめ」に他ならない。

 それも他でもない、カヲルに言われてしまった。


「あはは……、軽蔑したでしょ?」


 普段自分をボコボコに虐げている女が、こっちの世界ではいじめられっ子だなんて。振り絞った言葉と笑みは弱々しく倉庫内に響き、惨めさが増した。

 こんなところ、カヲルにだけは見られたくなかった。


「アホか──、超萌えんだろっ!」

「へ?」


 がっちり抱き締められた。

 身体が驚愕し、いつもなら金的かます膝が上がらない。


「まさに記憶に残る青春の一ページ」

「あ?」

「いじめられっ子のおさげ眼鏡女子にイケメン陰陽師、こんな最高の絵面があるか。ドラマになるぞ」

「自分でイケメンいうな」

「そんな二人がこの汚ならしい閉鎖空間で一晩明かす。やることはひとつだな」

「そのひとつを口に出してみろ、上がらない膝を上げてやる」

「そうだ、その調子だ」


 はっ、と見上げればカヲルは柔らかな笑みを落としている。不覚だ、変態に慰められるとは。

 カヲルは私を抱き締めたままその場に座り込むと、棚を背もたれに自分の胸へと私の頭をこすり付けた。


「奥ゆかしいな、学校という集団生活は」


 こんなシチュエーション漫画の中だけだと思ってたぜ、とカラカラ笑う。


「学園生活において孤立した意志は存在し得ない。故に多数意見が善とみなされるのだろうな。それが例えどんな鬼畜で阿呆な結論に至っても、団結という靄に隠される。一時的な快楽となるなら尚更だ」


 異世界人、それも年下が年寄りくさい説法口調で尤もな発言を始めた。


「もういいよ」

「よくない。お前は全くわかっていない」

「なにがよ」

「娯楽に溢れた文化のなかで、時間と規則に縛られた未成年者は背徳心の塊だ。わかるか? 背徳するばかりに偽りの美を求め、本来の美と共に己を見失っている。おさげ眼鏡女子がこんなにも美しいということも」


 カヲルは私の髪をほどき優しく眼鏡を外すと、棚に置かれていた鏡をこちらに向けた。


「な──、ふざけないでよ」

「ほれみろ、己を見失っている。お前は自身の美を理解していない。如月唯斗という、至極馬鹿な男もな」

「唯斗?」

「幼馴染みという鉄板ルートを辿っておきながら、千速という天然素材をまるで可視できていない。間違った格付けの末、千速を虐げる皆の賞賛を浴びるため、優越とした顔を晒し過ちを犯す。馬鹿だ、馬鹿。お前には相応しくない」

「唯斗を悪く言わないでよ。私が相応しくないんだから」

「まだ言うか、自分の顔をよく見ろ。今お前はこの学校の誰よりも美しいぞ」

「それは言い過ぎでしょ」

「すまん、少し盛った──ガッ!」


 私の石頭に顎を頭突きされ、悶絶するカヲルの胸の中で鏡を見据える。見ろったって、埃が被った上に私のど近眼じゃ何も見えな──。


「……みえた」

「あだだだだ舌噛んだ、ぁあ?」

「みえた、ゆゆゆゆゆ幽霊! かかかかか影が鏡に映ってる!」

「そんな霊気、ここには一欠片も──」

「ひ!?」


 がちゃがちゃとドアノブが震え、カヲルの首に飛び付く。私が怯えた影は扉に嵌め込まれた磨りガラスに映るものだったようだ。心の準備なく扉が奥から開け放たれた。


「いちいちビビッてんじゃね──」

「唯斗……?」


 何時ものように顔を歪ませ入ってきた唯斗は、瞠目と共に言葉までも失った。

 私の胸に埋もれたカヲルがクツクツと声をだして笑う。

 私の胸に埋もれた?


「はぅあぁあっ」

「ふはは、見たか如月唯斗。俺は天国を見たぞ」


 だらしない顔で至極馬鹿な発言してる!


「な、誰だあんた」

「不知火神社の婿だ」

「「は?」」


 唯斗とリアクションが被り、カヲルがムッと膨れた。


「やい、如月唯斗。学園生活最後の文化祭をB級エンターテイメントで棒にふりやがって。どうせなら美人教師とか保健室の先生と乳くりあえ馬鹿、ばーか。青春の一ページは一生思い出に残るんだぞっ」


 トンガリヘア並みの陳腐な言い詰りだ。さっきまでの説法はどこへいった。


「お、おい千速、何なんだこのイカれた外人」

「否定しない」

「いいさ、イカれた俺は一生思い出に残る青春の一ページを築く」

「は?」


 私の「は?」は唯斗のそれに被さることなく脳内で駆け巡った。



 ──唇が塞がれ、声にならなくて。



「……続きは神社に帰ってから」


 放心状態の私を小荷物のように肩へ担ぎ上げたカヲルは、スタスタと倉庫を退いていく。すれ違い様にみえた唯斗はただポカンと口を開け突っ立っていた。



 

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