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青春無駄遣い

 今週末は高校の文化祭で休日丸潰れである。只でさえ憂鬱な学校生活を二週間休みなしで過ごさなくてはならないとは地獄に等しい。団子屋のレジで項垂れながら何度も溜め息を吐き、午前中の稼ぎを指で勘定していた。

 その時を見計らったように近付く不穏な影。

 手の空いている生徒なら他にもいるだろうに、クラスメイト女子が態々計算中の私を選んで話しかけてきた。


「ごめーん不知火さん、きな粉買ってきてくれる?」

「……わたし?」

「黒ゴマも。帰ったら白玉茹でといて、足りないから」

「どうせ不知火さん、ライブとか興味ないでしょ」

「……、うん」


 私の返答を合図に上履きのかかとをパタパタと廊下で弾ませながら、女子生徒が体育館へと吸い込まれていく。午後の音楽祭に華を添える大人気バンドを観に行くためだ。ボーカルが同じクラスの男子だから尚更気合いが入っている。

 彼女達の話していた通り興味がない私はひとり、学校近くのスーパーへ足を急がせた。


「待てよ。千速は観に来ないのか」


 下駄箱で靴に履き替えていると、噂の男子に呼び止められた。校内だけでなく地元のライブハウスでも名が知れているロックバンドのボーカル、そして残念なことに私の幼馴染みでもある如月唯斗だ。


「午後に売るお団子の材料が足りないの、買いにいかなくちゃ」

「買い出しなんて野郎に任せればいいだろ」

「白玉も茹でなくちゃいけないから、ごめん」


 唯斗に群がる女子を押し退け、校外へ出る。


「ほんとは観たいくせに」

「強がっちゃって馬鹿みたい」

「妖怪女なんてほっといて、いこうよ」


 女子に引っ張られ、体育館を目指す唯斗は眼鏡の奥に潜む瞳を不愉快そうに歪ませ私を見据えていた。


 唯斗は同じ街の同じ氏神を祀る神社の次男坊だ。小学生までは仲がよくて、毎日お互いの境内で遊んでいたから「不知火神社に婿入りすれば」なんてよく、如月家やお母さんに茶化されていた。

 でも今や唯斗は高校一番の人気者。人受けがいい可愛いらしい顔立ちで今時の格好、加えバンドマン。

 一方、私は妖怪女なんてあだ名でクラスメイトに虐げられているはみ出し者。小学校からの腐れ縁どもは私と唯斗の過去を掘り下げ「唯斗を神に祀る中二病女」と吹聴している。唯斗は毎日のようにクラスメイトから「呪いの契約は果たしたか」とか「金縛りで襲われたか」と挨拶されるのだ、私は唯斗にとって疫病神でしかない。


「あーあ……、白玉喚ぶ呪はないもんかな」


 彼女達の言う通り、観たくない訳じゃない。

 軽音に興味はないが、幼稚園の頃から知ってるあの唯斗がどんな声で、どんな顔して唄っているのかは気になる。私達にとって最後の文化祭、観れる最後のチャンスだもの。体育館の裏から少し覗ければそれで充分なんだけど。


「間に合いそうもない……な?」


 白玉粉を抱え調理室への廊下を歩いていると、前方出入り口に人だかりが出来ている。それも前列が腰を抜かし後列と入れ替わるという大騒動。腰を抜かした女子をよく観察してみれば、紅潮させた顔を廊下に突っ伏し熱を冷やしている。火事か?

 救急呼びますかと問いかけても誰ひとり聞く耳を持たないので、女子の足の隙間をくぐり調理室へと侵入。


「大丈夫ですかぁ、──あ?」

「きたきたきな粉。さっさとまぶせ~」

「ぁああ!?」


 調理室には颯爽と白玉茹でる金髪碧眼がひとり。その周りには足の踏み場もないほど、女子が屍のように倒れている。


「カヲル!?」

「よ、きなこ」


 黄色い粉末扱いするな!


「何しに来たのっ」

「何しにって……、俺にこの国の水が合うか確かめに来たんだ」


 よっ☆ と、カヲルがにこぉー笑えばまた前列の女子が目を眩ませパタパタと倒れていく。未成年女子をいちいち悩殺すんな。


「それに何だ、その格好はっ」

「じーさんのお下がりだ」


 うちのじーさんはこの高校の第五期卒業生だ。当時と変わらぬ我が校の黒い学ランをシレと着こなしている。

 それ以前によくもじーさんを丸め込めたな!


「いやあ、来てみたかったんだよなあ、文化祭。淡い青春の一ページ」

「そのフランス顔じゃ全く馴染めませんが」

「団子は出来たぞ千速、俺を案内しろ」


 初めて真名で呼ばれ、不覚にもドキリと胸が浮き立つ。


「なっ、なに、どうして急に名前で」

「こっちで千、じゃおかしいだろ。早く行こうぜ、チ、ハ、ヤ」


 くそう、そのキラキラ顔で名前を呼ぶんじゃない!


「白玉の報酬だからね」

「はい、はい」


 女子皆殺しで文化祭を台無しにされては困るので、鼻眼鏡をかけさせ校内を徘徊。カヲルは初めて見る風船や食べ物に目を輝かせた。


「浮いてるぞっ、人魂かっ」

「ガスという名の化学物質だ」

「焼きそばうまいっ、この調味料はなんだ!」

「ソースという名の化学調味料だ」

「フォークダンスはやるのかっ」

「今時そんなベタなことする学校、漫画の中だけだ」


 酷く残念そうだ。鼻眼鏡の内側が涙目だ。


「その代わり、うちの学校では胆試しがある」

「胆試し?」

「男女一組ずつ、あの旧校舎の中を一周するのよ」


 私が指を差したのは生徒立入禁止の木製校舎。建物、設備に問題はないものの黄色いテープが貼られたまま立ち入ることができない。

 昔自殺した生徒がいるとか、校舎を壊そうとすると祟りが起きるとか下らない噂が飛び交い、ついには今年胆試しという究極に下らない理由で開放された。


「現代の若者の考えは解せんな。ダンスの方が萌えるのに」

「齢十六歳が腐るな」


 旧校舎の時計は三時をまわる。もうすぐ唯斗の出番だ。


「さっきから時計気にしてばっかりだな、若者が」

「時間超越した平安生まれには、わかんないわよ」

「そんなもんか」


 こうしてぼぅと校舎を眺めているくらいなら、カヲルを連れて体育館へ行こうかな。なんて悩んでいる間に、カヲル(の悩殺スマイル)免疫ができた女子に囲まれてしまった。鼻眼鏡だけではイケメンオーラを隠しきれなかったようだ。中にはクラスメイトの女子までいる。


「ねぇ、この人不知火さんの知り合い?」

「……うん」


 クラスメイトは嬉しそうに肩を弾ませる。こういう時だけの友達面だ。


「後は私達が案内するからさ、ライブ観に行ってくれば? 如月くんが探してたよ」

「唯斗が?」


 気のせいか、カヲルのこめかみがピクリと波打った。


「でもカヲル……(という珍獣を野放しにはできないのですが)」

「俺を使徒扱いするな」


 あぅ、心読まれた。


「行ってくればぁ? 俺は大好きな女子高生に囲まれていい気分だ」

「──あ、そう」


 ふんぞり返り、さも満足そうに私を見下す。周りの女子は嬉々と黄色い悲鳴をあげた。そうか変態陰陽師め、この女子高生ハーレムを目的に日本へやってきたな。屋台飯のように手当たり次第校舎裏に連れ込み食べるつもりか。お望み通りにしてやろうと踵を返し体育館へと向かった。

 私が目指す二階建ての自転車置き場はちょうど体育館裏に位置し、二階の窓からは中が覗ける。毎日私が一人で昼休みを過ごす場所でもある。スロープを上がれば案の定誰もいない、柵から身を乗り出しステージを見下ろした。


「わぁあ──唯斗、まだ続けてたんだ」


 思わず独りで歓声をあげてしまった。ボーカルだと聞いていたから、てっきりマイクだけを握っていると思っていたのに。唯斗は気持ちよさそうに、手慣れたスティックさばきでエイトビートを奏でていた。

 日本太鼓の名手である唯斗のお父さんは家の屋根裏に太鼓とドラムセット一式を置いていた。小学生の頃、隠れて叩いては叱られたっけ。唯斗はお父さんに習っていたから、小六には私のピアノとセッションできるほど上達していた。


「叩きながら歌ってる……、凄いなぁ」


 体育館に響き渡る綺麗な声。

 軽音は唯斗の才能をひきたてていると思う。天才ドラマーに神社の跡取りは似合わない。


「頑張れ、唯斗」


 その小さな呟きは体育館に沸き起こる歓声と拍手でかき消された──、と思っていた。


「やっぱりここか」


 汗だくでTシャツ一枚の唯斗が自転車置き場の柵に並んだ。

 体育館裏の勝手口は演奏者の出入り口、考えなくてもわかることなのに何やってんだ私は。


「聞いてくれた?」

「うん、ちょうど時間空いたから」

「上達したろ、俺」

「うん。凄かった」

「お前、ライブハウス来るような柄じゃないから。最後に聴かせたかったんだ」

「そうだね、──うん。最後に聴けてよかった」


 唯斗はへへっ、と恥ずかしそうに、額に浮いた汗をタオルで拭き取った。


「千速さ、胆試しのペア決まってんの?」

「普通聞く? 私とペアになる物好きなんていないよ」

「じゃあ、俺と組もうぜ」

「は?」

「は? とか言うな。ヘコむから」

「だって」


 唯斗とのペアは夏休み前から女子の間で争奪戦が繰り広げられていた筈だ。


「それに、いっこ下の彼女は」

「今はフリー。だから普通の女子と下手に組むと後で面倒だろ?」

「そういうこと」


 私には後で酷いしっぺ返しが待っていそうですが。


「神社の子供同士、最速でゴールしてやろうぜ」

「……うん!」


 カヲルは胆試しの話を面白くなさそうに聞いていたし、何よりも唯斗の無邪気な笑顔を前に断ることができなかった。

 一時間後、私は泣きたくなるほど後悔することになる。




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