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よく柿食う客は

 ちゃぶ台の上にのっているのは温くなった緑茶。私は覚えたばかりの呪を小さく、口ずさむようにして唱えた。


「ね!? じーさん、凄いでしょ?」


 その茶を啜り、祖父は畳で転がりもがいた。起き上がった顔にはふっくらとした明太子がのっている。


「うん、じーさんビックリした。もうポックリ逝ってしまうかと思った」

「そりゃあ、よかった」


 もう喚ばれる時間だ。唇に火傷をこさえた祖父を放置し立ち上がった。


「待たんか、千速! まぁたお前京都へいくんか」

「うん、今日も泊まってくるから」

「まったく毎週毎週ふしだらな……次こそは婿殿に来てもらうんじゃぞ! それにお前、まぁた柿残すんじゃな──」


 すまんじーさん、神社の柿は渋くて嫌いだ。すたこら土間を抜けゲートのある納屋へ向かう。その間にも柿の木を何本と通りすぎ、境内を見渡せば食事にきたカラスが黒々と埋め尽くしている。

 不知火神社がちっとも儲からない理由のひとつがこれだ。

 鳥居を塞ぐカラスの大群。カラスが食い荒らした柿の腐臭。近所の小学生には「息を止めて通りすぎないと呪い死ぬ」と噂されている。近所の奥様方には「害鳥肥やす主婦の敵」とされ、みんな初詣にも来やしない。柿もカラスも疎ましいが、氏神様がお怒りになるので切るに切れないのだ。

 私達としてはもう掃除の一手しかない。今日も健気にお母さんが石畳をゴシゴシ束子で磨きながら、いらぬ声援を投げかけてきた。


「いい男釣ってくんのよ!」

「は、はぁい」


 毎週土日、陰陽師修行で家を空ける私は変に疑われぬように「京都で婿探しだ」と家を出てきている。今のところ両親にも祖母にも反対されていない。それほど我が家では婿養子問題が深刻だ。

 ただ一人、神主の祖父はくち五月蝿くてしかたがないので、先日もう目処はついてると言ってしまった。今度は会わせろの一点張り。

 困ったものだ、本当は婿探しなんてしてないし、目処なんてついてないのに。

 師匠であるカヲルが婿だなんてあり得ないし──。


「て、もう鏡都か。はい、ジャンプ」

「おおぉ…………」


 なんだなんだ。

 噂の陰陽師がジャンプを受け取らずに両手をわしゃわしゃ動かしてこちらを警戒しているぞ。


「やめてよ、それ。気色悪いんだけど」

「わかった。俺ちょっと昼寝するわ」

「はあ?」


 次にはその場でごろごろ転がった。ちょっと今から妖怪退治にいくんじゃないの。


「ジャンプ買ってきたんだから早く連れていきなさいよ!」


 これ片手じゃ重いんだから早くして。


「あぅっ、もうちょっと上」

「ぁあ!? お望み通り綺麗な顔ぼこぼこにしてやろうかぁっ」


 顔面にローファーの踵を食い込ませようとした瞬間、カヲルは御馳走を食べたような至福の笑顔を浮かべた。そりゃもう、ぱぁあっ──と。思い残すことはありません、成仏できますみたいな。


「うはは、イチゴ柄」

「きゃぁあああ!?」

「ごふっ──」


 容赦なしに顎関節へストライク。鈍い音をさせてカヲルはそのままこと切れた。

 忘れていた──今日は制服着てきたんだった。


「南無三」

「何が南無三だ、本当に天に召されるかと思ったぞ」

「生きていたか変態陰陽師」


 せっかく人がアイロンがけして着てきてやったというのに、誉め言葉もなしにパンチラ堪能してオワりか。きりかえ早いな、さっさと沓を履き厩舎へ急ぐ。


「──って、私まだ着替えてな」

「いいから、いいから」


 萌えるから、と無理矢理馬へ乗せられ降り立った先は小さな農村。畦道のど真ん中で童子達に囲まれた。


「陰陽師様だ!」

「陰陽師様がいらっしゃった」

「何して遊ぶ?」


 農民が陰陽師など滅多にお目にかかれないのだろう、畑からぞろぞろと人が集まり、神を崇めるように大行列を成した。

 皆揃いも揃って鼻水垂らしツギハギの着物。貧しい小さな村にカヲル自ら出向くとは、もしや村一帯滅亡の危機──今宵、大妖怪との対決なのでは。

 ゴクリと喉を鳴らしカヲルの後をついていくが周りの眼がチラチラと鋭く突き刺さる。やっぱり着替えてくればよかった。


「陰陽師様、失礼ですが後ろに侍る御方は識神であらせられますか」

「うむ。ギャルという名の小人の精だ」

「やはりそうでしたか、ははぁー」


 小人の精て何っ、コロボックル的なやつか。皆うんうん頷いてるよ。セーラー服を妖精服みたいにジロジロみないでぇ!


「陰陽師様、こちらでございます」


 名主らしき長老に案内されたのは畑から一寸離れた雑木林。成る程、昼日中だというのに陽光届かず、木々は苔むし薄気味悪い。

 特に剛々と聳え立つ大木は洞穴を造るように肥えた葉を繁らせ、下生えの雑草からにょきにょきと根をうねらせている。まるで生をうけたように今にも動きだしそうだ。


『汝、我の生け贄か』


 今にも動いた!

 

「生け贄って……まさか私のこと? ねぇ、カヲル! ねぇ…………え?」


 振り返るがカヲルだけでなく村人一人、影ひとつ見当たらない。

 歩いてきた道が消え、木漏れ日さえも遮り、木々の枝が隙間なく犇めき半弧の閉鎖空間を生みだしている。仄暗闇に聴こえるのは、ざわざわと擦れる葉音だけ。


「うそ……神隠し?」


 私ったら、本当に神隠しにあっちゃったよ。捕まったら湯屋で働かされるぅ!


『捕まえた』

「きゃぁああああっ!」


 逃げる隙なく、一歩も動けぬまま枝が足に絡み付き宙吊りにされてしまった。

 まさかこの妖怪──樹木子じゅもっこ

 古戦場に残る人の生き血を養分に根を生やした吸血樹、人が通りがかると枝で締め上げ血を吸いとる。

 湯屋派遣どころか血を吸われて干からびてしまう!


「絶景なり」

「あ?」


 その腑抜けた声に南無三っ、と瞑っていた瞼を開けてみれば、真下でカヲルが腕を組みこちらを見上げていた。


「おっと、眼鏡が落ちそうだ。大切な萌え要素を汚さぬよう回収してやろう」


 手を伸ばし、落ちかけていた眼鏡だけ拐っていく。その間にも枝がキュウキュウ締め付けてくるというのに。


「眼鏡より大切なもの見えない!?」

「イチゴのパンツか」

「生きて帰れたら殺す──、へぶっ」


 眼力を落としていたら自分の身体ごとすっぽり、カヲルの腕に収まった。辺りでは火を焚くようなパチパチという音が落ち葉に弾んでいる。

 

「生け贄回収、そっちは?」

『大丈夫だぁ』


 わたくしには志村さんが見えますが、幻覚ですか。

 肩を並べているおじさんはカヲルと同じ身長180cmはあるが、なんと三頭身だ。大きな頭はニスが塗られたように艶やかなオレンジ色。形はまるで柿の実の様──。柿?


「タンコロリン?」


 タンコロリンとは柿をとらずに放っておくと現れる妖怪だ。柿の木をほったらかしにする人間を襲うだけでなく、自ら枝を切り柿を回収する枝切り名人──。枝切り名人?

 うねる枝をパチパチ手際よく切り落とし、ついには大木の動きが完全停止した。


『これでもう二度と悪さしねぇべ』

「ありがとな」

『なんの、それはわいの台詞だがや』


 そう言うなりタンコロリンは雑木林の闇に消えてしまった。

 戻ってきたのは木漏れ日降り注ぐ平穏な秋の情景。


「……どういうこと?」

「柿食いながら話してやろう」


            *


 カヲルに抱かれたまま名主の邸へと連れ込まれた私は今、擦り傷だらけの脛に御札をぺたぺた貼られている。敷居隔てた差し向かいの縁側には子供達が集い、行儀よく並んで柿を食べていた。

 平和だ。一件落着らしい。


「この御札は何? 邪気払いのひとつ?」


 丁寧に札を貼っていくカヲルの真剣な眼差しに問いかける。


「治癒符だ。嫁入り前の肌に傷をつけてはいかんからな──、よし」

「わぁっ、凄い!」


 カヲルが呪を結び、御札を剥がせば綺麗さっぱり傷が消えてしまった。


「医者いらず」

「この程度ならな」

「教えて!」

「ああ、もちろんだ。お前には立派な助手になってもらわんとな」

「カヲル……」


 脚に傷が残っていないか念入りに調べるカヲルの顔は下向いたまま。

 樹木子に宙吊りにされた自分を思い返し、胸が痛む。亥の一番に餌になるなんて、助手どころか識神にもなれないのに、こんな情けない私をカヲルは責めたりしない。

 

「ありがとう」


 これ以上足手まといにならないためにも、しっかり教示を受けなくちゃ。


「とりあえず、脚なでまわすのやめてもらえますか。もう傷ないんで。気色悪いんで」

「はっ──、すまん。後一歩遅ければ理性ぶっ飛んでた」

「子供がみてますよ」

「俺は気にしない。視姦大歓げ──、ぶっ」


 しまった。師匠を崇めたい手が勝手に平手打ちをっ。


「従順な助手になってやりたいので、さっさと今日の件をこと細かく説明せんか、お師匠さま」

「顎に足かますとは、全く崇めておらんだろ」


 まぁ、悪い気はしないからこのまま話そうと幸悦とした笑みを手向けてくるので成敗。畳から煙がでるほど頭めり込ませてから話を聞いた。


 今日の件、本来の依頼はタンコロリン退治。

 村を囲う柿はとても食べきれる量ではなく、落ちた柿は腐り、カラスが集まる。夕暮れ時にはタンコロリンが村を襲いにやってくるので、柿林を隔てた向こう側にある稲畑へ行けない。このままでは柿だけでなく畑の作物が腐ってしまう。その話を初秋に聞いていたカヲルは村の柿を刈り取り、村人には干し柿の作り方を伝授した。


「どうだ、怒りは鎮まったかとタンコロリンに問えば、今度は彼方さんから話を持ちかけられた」


 タンコロリンは、村の柿が腐り落ちていないか監視しながらもひとつ気がかりがあった。

 それが村に根を生やす大木。

 古くは鬼の社木。

 鬼は昔、村に住む生娘を生け贄に生を長らえていた。その時代の陰陽師が鬼を退治し村に平和が訪れたが、遺された社木がどうも鬼の血を吸っているようだ。幸い村には生娘がいないが、いつかその血を嗅げば樹木子に化けるだろう。

 だが難しいのはこの社木。切ってしまえばいいだろうと、そんな簡単な問題ではない。千年樹である社木を壊しては木霊が怒り、村が祟られる危険がある。

 では、社木の鬼の気を宥めるためにはどうすればよいのか。樹木子は樹木。鬼血の循環には周期がある。生娘を求め鬼血を集めた裾の枝を断ち切れば、宥和する。

 そこで現れたのが枝切り名人、タンコロリンだ。枝を的確に断裁し、見事社木を宥めることができた。


「つまり、私は囮だったってわけ」

「うむ。村は平和、お前の生娘確定、まさに一石二鳥」

「ありがとう、返上!」

「──ぐふっ」


 コロコロ転がり庭で潰滅したカヲルを尻目に、子供達と和気藹々語り合い。皆さん、よくそんなに干し柿貪り喰えますね。


「小人さんもどうですかな」

「村長さん、小人は干し柿はどうも」


 渋柿も干し柿も好きになれません。小人を言い訳にお断りいたします。


「この村の柿はどうも舌触りが悪くてね。干し柿が駄目ならこちらを是非お試しください」

「柿そのまんまではないですか」

「騙されたと思って、さぁ」

「はぁ……て、美味しっ! うちの柿と全然違う! ザラザラしない!」

「でしょう?」


 なんて、村長と柿を貪り喰っている間にカヲルが生気を取り戻したが、既に空は夕闇に染まり時は火灯し頃。

 知らぬ間に寝所で転がっていた私は疲れた身体をふかふかベッドの帳台に沈み込ませ、抱き枕なる仔猫を引き寄せた。


「ミケにも食べさせてあげたかったなぁ」


 村長に勧められた柿、凄く美味しかった。

 ふつうの柿なのに、ツルンとしてて、喉でトロッて蕩けて。鼻からぬける、不思議な香り……あれ何だろう。


「酒だ、ばか」

「ふぇ?」


 ミケが人語喋ってる。気のせい?

 あれお酒の匂いだったんだぁ。残念、ミケは食べれないね。

 

「干し柿は食べれる?」

「俺は好かん」

「私も。気が合う~」


 でもこの邸の一間を埋め尽くすほどの干し柿が村から献上されている。今件の報酬だ。干し柿が報酬て。


「ほんと、甲斐性なしだよねぇ。カヲルって……うふふ」


 子供達から聞いた話だとカヲルはこの二週間、毎日のように村へと足を運んでいたという。昼間のうちに柿を刈り取り、夕刻現れたタンコロリンに、刈り残しがないか調べてもらう。村を襲っていた妖怪は、いつしか子供達の遊び相手になっていった。

 更に今件、樹木子の枝を切るくらい剣術に長けたカヲルには朝飯前なのだが、より確実性があるからと態々タンコロリンの力を借りた。妖怪の宥和を妖怪に委ねることで、人と妖怪の双方により深い信頼関係を築くためだ。タンコロリンは村に情を移し、村人は彼を長い年月、敬い続けるだろう。


「カヲルって……凄いなぁ」


 悪しき鬼や人を喰らう妖怪は容赦なく叩き斬るのに、望みあるものには優しい。子供達が慕うわけだ。

 依頼主の貧富の差別なく最善を尽くす。

 たとえ報酬が干し柿でも。


「あーあ、カヲルがお婿さんだったらなぁ……」

「にゃ!?」

「……あっ、ミケ?」


 カヲルはやらんっ、と言わんばかりにミケは帳台を飛び出していってしまった。そうだよね、離れたくないよね。

 鏡都の方が明らかに需要あるし。平和な日本に婿入りしたら、カヲルの力は宝の持ち腐れだ。

 

「そもそもカヲルが私と結婚したがるわけないし……」


 ミケが消え寝返りをうつと、帳台にかかる几帳に人影が映った。


「カヲル……?」

「入っていいか」

「うん? いいけど……」


 一ミリでも触れたら殺す。


「千、具合はどうだ。大丈夫か」


 いや、お前が大丈夫か。

 盛大なタンコブは治癒符で治したのか、いつものサラサラブロンドヘアを風に靡かせ帳台へ上がってきた。


「すまん。酒で渋味をとる方法を村長に教えたのは俺だ」

「へぇ……、お酒でとれるんだぁ」


 それなら神社の柿も美味しくなるかなぁ。


「千に食わすように促したのも俺だけどな」

「今、剣呑な発言されました?」

「いやぁ、効き目絶大ですな」

「それどういう意味?」


 お布団めくり上げて添い寝決め込んできやがったので、肘鉄食らわせようと思うのに腕が上がらない。


「そういう意味かぁ」

「なぁ、千。俺が不知火神社に婿入りしたら嬉しいか」

「そりゃ嬉しいさ……」

「その言葉に嘘はないか」

「うん」


 だってカヲルが婿入りすれば、私が修行する手間省けるじゃない。カヲルが婿入り、イケメン凄腕陰陽師現る、神社大盛況、黒字万歳!


「ちょ……、重い」


 全力で身体預けないでよ、寝苦しいな。


「既成事実をつくるのだ。酔って忘れたじゃ敵わんからな」


 あぁ、ぶち殺したい。

 頭突きしたいのに頭上がらない。もどかしい。


「婿入りするんだ、いいだろ?」

「うん……、でも」


 カヲルはそれでいいの?

 生まれ故郷を捨てて貧乏神社に婿入りだなんて。


 陥落したとはいえ、この国の皇子なのに──。


「やっぱり水が合わない、なんて理由で……帰られたくないよ……」


 金稼ぎが中途半端に終わるじゃない。

 近付いてきていた美顔がピタリ止まる。


「このばか、俺の心配なんかしやがって」

 

 胸苦しさが消え、寝返りをうつ。カヲルがあけた布団の穴をミケが埋め、程無くして私の安眠は訪れた。




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