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いつもの週末

 陰陽師とは女のように妖艶でつかみどころなく、人が恐るる妖し、怪奇に強き公達ではないのか。


「よー、(せん)。本物のぬらりひょんてマジ怖いな」


 千とは私、不知火(しらぬい)千速(ちはや)の頭文字をとった仮名である。千と何とかの神隠し的な匂いがプンプンするが、為方ない。真名を隠すのがこの国の護身法だ。


「そうですねー、さっさとやっつけちゃってください」


 えー、やだこわーい、と渋りまくるこの男。古文や小説に出てくる陰陽師とは程遠い優男である。名をカヲルという。


 出逢いは高校最後の夏休み。

 逢魔が時、何時ものように神社の境内を掃除していると、何の前触れもなく目の前に現れた。

 金髪サラサラヘアーにキラキラ碧眼。真顔で初見だったなら、目が眩み卒倒するほどの艶やかな顔立ち。だがこの時、カヲルは残念なことに目を泣き腫らし鼻水を垂らしていた。更に残念な顔の下は残念なほど金ぴかな袴姿。

 最初は日本かぶれの外国人観光客かと思った。

 開口一番が「失恋したから慰めてくれない?」だったので、縁結びの御守りをつきだして六百円請求したものだ。

 大人気もなくシクシク泣いているので話だけでも聞いてやるかと厄払い待合室で茶を出したところ──なんと、陰陽師だというではないか。

 勿論、直ぐには信じなかったが、呪いの人形や心霊写真が運び込まれるその場で浄めていくその術に、私は涎を垂れ──いや、のめり込んでいった。

 何故なら不知火家は神主の祖父いわく陰陽師末裔。試しにこの男から教わった呪文を唱えてみれば、私にも容易にお浄めができた。

 これは、貧乏神社に金儲け旋風吹かす大チャンス!

 跡取り娘として、是非とも陰陽道を(金儲けに)極めなければと、意を決して弟子入りを頼み込み、土日限定で妖怪退治に付き合っている次第である。

 ──この異世界で。

 

「なんか杖的なやつ振り回してんぞ。あれデス魔法じゃねぇの」

「そうですねー、もう手遅れなんじゃないですか」

「お前、シレッと俺を盾にするんじゃない」


 教えるにも日本にゃ滅多にものの怪は現れないと断られ、では何処へ行けばいいのかと食らい付けば、俺の国に来いと言う。

 それがこの鬼ヶ島──その名も鏡都。

 物心ついた頃から妖怪心霊マニアのこの私でも、お腹いっぱいになるほどこの世界はものの怪化物だらけ。

 目の前のぬらりひょんは、人の内臓啜ってあら美味しいみたいな顔をしている。

 そりゃ陰陽師の背中にも(ぽよん、と)へばりつく。


「乳、弱点はないか」

「乳じゃない千だ、私は孫悟空の嫁か。ぬらりひょんといえば源はタコでしょう。茹で蛸にでもすりゃいーんじゃないですか」

「なるほどな」


 頭部がやたらとデカく、色褪せた束帯装束を引きずり這うその妖怪は、とある邸の堀池に棲み着いている。

 ぬらり、ぬらりと邸を徘徊しては童子を驚かせ、ついには女主人を卒倒させた。

 床に伏せる主を思慮した舎人が、陰陽師に依頼状を出し今に至る。


「あっ、逃げた」

「…………」

「…………」

「……追いなさいよ!」

「走るの面倒くさい」


 水温を上げる呪でも唱えたのだろうが、覚られ逃げられる始末。

 欠伸を溢し邸へ戻れば、「今夜一晩泊めて」と女主人に媚びる。

 

「そうしていただけると助かりますわ。わたくし、怖くて怖くて」

「ですよねー」

「お部屋はそのチンチクリ……お連れの方と一処でいいのかしら」

「あー、このチンチクリンですか、ただの助手なんで共に雑魚寝で結構」

「恐れ多いことを。国を担う陰陽師様にそのような無礼は働けません──」


 チンチクリン除く!

 と私に敵意剥き出しの女房家主は三十路前の色っぽい未亡人。この世界、陰陽師のような金髪もいりゃ、未亡人のような褐色美女もいる多国籍平安京ワールドだ。その褐色美女は明らかにイケメン陰陽師と一夜のアバンチュールご希望。

 

 通された出居にはこの仄寒い初秋に薄っぺらい妙一枚。「わたくしの部屋へいらっしゃれば肌で温めてさしあげてよ」的なサインか、これは。


「わたくしの部屋へいらっしゃれば肌で温めてさしあげてよ的なサインか、これは」

「同じこと考えないでくれる、気持ち悪い」

「まじか。俺達、相性抜群だな」

「すぐフラグ立てようとしないで。さっき唱えてた呪文教えてよ」

「あー、あれ。一回しか説かんから一発で覚えろよ」

「はーい」


 陰陽道は口伝だ。

 IT花盛りの現代不知火家に陰陽道の「お」の字も遺されていない理由がこれだ。 

 ちなみに教示の対価は週刊ジャンプ、一説二四〇円也。


「やべー、今週のキュン度半端ねぇ」

「普通、海賊的なヤツから手をだすんじゃないの。初っぱなラブコメ読むな、気色悪い」

「いやぁ女子高生の制服とは、誠にけしからんな。千も着ているのか」

「着てるよ、制服なんだから」

「では、来週着てこい」

「なんで」

「パンチラが見た──ぐはっ」


 この世界へ来ると、まず一番に唐衣裳と呼ばれる十二単に着替えさせられるのだが、重いわ殴り蹴りにくいわで、私は下衣の上に袿のみを好んで着ている。お陰で袂が長くても変態陰陽師を庭まで吹っ飛ばせるって訳だ。

 師匠だろうが、カヲルは齢十六歳。セクハラはこの先輩お姉さまが許しませんことよ!


「お、俺を蹴り落とすとは死罪──」


 とか何とかいいつつ、女主人の寝所がある母屋へと回廊を渡っていく。


「ちょっと待ちなさいよ。どこいく気」

「男と女二人、することといえばひとつだろうが」


 くるもの拒まずっ、と親指たてて揚々といい放った。

 ちょっと待て。

 私は女にカウントされないんですかね。


「変態ヲタすけこましが!」


 こうなったら、このチンチクリン様が妖怪退治して進ぜようと続けて部屋を出た。

 庭を一周した後、女主人の部屋をチラリ覗けば宣告通り、カヲルは未亡人と酒酌み交わしイチャついている。もう今にもアハンなことが始まりそうな雰囲気だ。

 フツフツッと腸が煮えくり返ってくる。

 お酒は二十歳になってからー!


「呪い殺してやろうか!」

「呪い殺してやろうぞ」

「そうだ、そうだ──え?」


 覗いていた簾から顔を離せば、向かいにぬらりひょんが。


「なんで?」

「この部屋は私の寝所ぞ。妻もろとも皆殺しにしてくれるわ」


 えっ、皆殺して私も?

 杖光ってる! デス魔法だ!


「おやおや、チンチクリンも罠にかかったか」


 沙、と簾を上げカヲルが現れた。殺意むき出しのぬらりひょんがカヲルに飛び掛かろうとするが、二本足と杖が板場に貼り付き動けない。目を凝らせば蒼白い魔法陣が闇に浮かび上がっていた。御霊を呪縛する方術だ。

 

「こいつはな、ぬらりひょんじゃない。老いた自身を自嘲し妖怪に化けた人の怨霊さ。死んですぐ嫁さんが寝所へ男を連れ込むもんだから、怨めしかったんだろ」

「あなた……、なの?」


 背後で襟元を乱した女がぬらりひょんに問う。ぬらりひょんはそんな妻を見たくもない、と顔を背けシワだらけの後頭部を振った。


「この邸を私の嫡男へあけ渡せ。それで消えてやろう」

「だってさ」

「そんな……!」


 女は愕然と肩を落とす。

 郷は島外れの貧困漁村。

 老い先短い長老に見初められ、優雅な貴族の生活を手に入れたばかりなのに。


「喪が明けてないのに何人も男を連れ込むあんたが悪い。諦めて郷へ帰るんだな」


 カヲルは女主人にそういい放つと、ゆっくりと腰の朱鞘から太刀をぬいた。

 これでいいんだろ、とぬらりひょんの肩へ太刀を落とす。カヲルは除霊に武器を使う稀な陰陽師らしい。コクリと頷いたのを見届け、刃身に呪を込めた。


「成仏しろよ──」





            *


 仕事を終えた私達は依頼主の邸には泊まらず、騎馬でカヲルの邸へと向かっていた。一頭に二人股がり窮屈にパカラ、パカラと海沿いを走る。既に陽は沈みきり、黒ばかりの水平線だ。この国の月星は宝石みたいに煌めいて溜め息がでるほど。いつものように夜空を見上げ瞳に星光を映しながら、カヲルの胸に頭を預けた。


「やめんか、ドキドキするわ」

「お酒に酔ってるだけでしょ」

「確かに、あれはいい酒だった」


 何を思い浮かべているのか、名残惜しそうに舌なめずりをする。


「私のことなんかほっといて、未亡人とアバンチュールの続きしてくれば」

「お前、本気でいってんの? ヤキモチ妬きなくせに」

「だぁれが、変態陰陽師なんかに」

「じゃあ、なんで覗き見してたんだ」

「よ、妖怪退治によ」

「じゃあ、なんでその妖怪様と仲良く肩並べて覗き見してたんだ」

「カヲルが依頼主に手ぇだすからでしょうがぁ!」

「依頼主に手ぇだしてはいけない決まりはない」

「じゃあ、アバンチュールしてくれば!」

「ヤキモチ妬かないか?」

「だぁれが、変態陰陽師なんかに!」

「本当にいくぞ、いいのか?」

「はい、いってらっしゃーい!」

「がはっ──」


 コロコロ転がり去るカヲルをアデュー、パッパカ邸を目指し急坂を登る。カヲルの邸は海を一望できる高台に建てられている。不用心にも開けっぱなしの東門を潜ると、いつも泊まっている西の対へと一直線に突き進んだ。


「もう寝よ、寝よ!」


 毎週末泊まりにくる私のことは気にもとめないくせに、色っぽい美女を前にしたらすーぐ盛る。

 あの変態陰陽師、私のことを一女子どころかジャンプもってきてくれる乳としか見ていないのだ。

 そりゃ私は地味な上に瓶ぞこ眼鏡かけてるし、今時一度も染髪したことない黒髪は呪われた日本人形みたいだと同級生にはからかわれ、生まれてこのかた女子扱いされたことは一度もない。

 カヲルにしてみれば、新しい飼い猫程度の存在だろう。

 こっちだって金ヅルにしか思ってないんだからと、鼻息荒く御帳台へ上がった。

 

「ただいま、ミケ」


 私が夜を過ごす帳台には小さなミケ猫が棲んでいる。カヲルは飼い猫同士仲良くやってろと広い邸の中、わざわざこの帳台を選んだつもりだろうが、私にとっては当たりくじ。

 きょろきょろと辺りを見回し、無人を確認。

 よし、オッケー。

 顔の筋肉を全力で緩ませ、猫ちゃんに抱きついた。

 猫好き、大好き、可愛いすぎ!

 甘え上手なミケしゃんは一番好き好き!


「しゅきしゅきしゅきー! 一週間、ミケに会えなくて寂しかったよぅっ」

「にゃおーん」

「ミケも? ふぇーん、今日はいっぱいギューてしてあげるね?」

「にゃんっ」


 ミケは人肌を好み直ぐに着物の中へ潜りたがる。くすぐったいけど、もうメチャ可愛いっ。

 夜着に着替えると間もなく懐へ入り込んできた。


「今日はね、ぬらりひょんて妖怪に化けた御霊を除霊したんだよ?」

「へにゃー」


 そして何時もの事後報告。

 ミケは猫なのに飽きもせず私の独り言に相槌をうってくれる。


「人の怨霊だったなんて、わたし全然気付かなかった。やっぱりカヲルって凄いよねっ!」

「にゃはーん」

「いつも腑抜けた顔してるくせに、太刀をぬくときとか呪を唱える時だけ真剣な顔つきでカッコいいの」

「にゃおー?」

「いつもあのシリアス顔だったら、ドキドキしちゃうよねっ」

「にゃ、にゃお!」


 ミケが耳を尻尾をたてて喜んでいる。

 ご主人様が褒められて嬉しいらしい、やはり人の言葉が理解できるようだ。妖怪猫娘だったりして。でもミケは雄だしな。


「それにね、カヲルが私のこと、助手っていってくれたんだよ。私なんて、足手まといなだけなのにね」


 ふふふっ、と笑いながら猫をなで回す。

 カヲルは優男だ。優しいのだ。ジャンプだ、乳だ、なんて言いながら私みたいな厄介者を嫌がりもせず連れていってくれる。怖がりな私を和ませる為にわざとふざけたりするし、危険な修羅場の前には私を遠ざける為に喧嘩を売ってくる。

 道を極めているからこそできる心遣いだ。

 そんな十六歳には息抜きにアバンチュールも必要だ。


「今頃カヲルは、未亡人の胸で寝てるのかな」

「にゃおにゃお(お前の胸だ)」

「だらしない顔が目に浮かぶなぁ」

「にゃぱー(こんなかんじか)」


 ひしゃげた顔の猫を埋めた胸がキリリと痛む。

 冴えない私には到底築けない男女の関係。

 失恋が決まってる恋はしたくない。

 だからこれでよかった。朝帰りしたカヲルのにやけた顔をみれば、きっと見切りがつく。


「ねぇ、ミケ。私もいつかカヲルみたいな陰陽師になれるかなぁ」

「にゃおん」

「うふふ、ありがとうミケ。わたし頑張るね」

「にゃああーん」


 日中遊び疲れたのか、仔猫がいっちょまえに大きな欠伸を溢した。

 つられて私も。ゲートを潜るだけで疲れてしまうから、帳台の上ではいつも朝まで爆睡だ。再度ミケをぎゅうっと引寄せ、寝る体勢へと入った。

 ミケはいつも私の胸を枕にして脇に埋まる。


「はぁい、おやすみのちゅう」

「ちゅー」


 猫らしからぬ声がしたけど、もう眠いから気にしない。

 また明日の朝にはミケはいなくなってるんだろうなぁと思うと余計に愛しくて、胸にぎゅうと抱き締めたまま眠る。


「カヲル……」


 瞼をとじ垂れた涙は、ミケの舌がすくいとっていった。


            *


 縁に膳が並ぶ平穏な朝。

 やっぱり私は爆睡で、起きたらミケはいなくなっていた。帰る準備と身支度を整え帳台を下りると、やっぱりいつも通りカヲルが先に膳の前に座っている。普段は母屋で食べているが、私が寂しがるだろうと態々識神に運ばせているらしい。子供じゃないんだから、別にいいのに。


「ん?」


 隣に座ると、カヲルはいつものように腑抜けた顔で欠伸と胡座をかかず、何故か真剣な顔つきでビシッと正座している。


「どうしたの、気持ち悪い。もしかして昨日の打ち所悪かった?」 

「下半身に悪かった」

「は?」


 あれか。コロコロ落馬した際、打ち所悪く。


「お前のツンデレはラスボス級だな」

「そんなに痛かった?」

「もう、ズキューンと」


 そうかぁ、それはちょっと酷いことをしたなぁと後悔──はしないものの、来週はリクエスト通り制服着てきてやるかと考える。


「それで? アバンチュールは楽しんだ?」

「しつこいぞ。あれはぬらりひょんを誘き寄せるための演技だ。未亡人に興味はない」

「そう?」


 宮中では、子持ちの女官や後宮女人に手をだしまくってたくせに?


「千、俺はな──」


 突如私の腰を引き寄せ、じっと上から見据える。期待していたにやけ顔ではなく、キラキラと目映いシリアス顔で。


「なっ……、なに」

「次に抱くのは、女子高生と決めている」

「……ぬらりひょんと一緒に成仏してこ────い!」

「ぎゃふー」


 回し蹴りキメる私、庭木のごとく土にめり込む変態陰陽師。

 紹介してやりたいがお生憎様、冴えない私に女子高生の友達は少ない。普段の学園生活を思い出し心鬱つになりながら、タンコブこさえてお仕事に向かうカヲルを見送った。


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