13番目の星座
リハビリということで短編を書きました。最初はファンタジー風ミステリのつもりで始まり、途中でバトルものにシフトしつつ最終的に何が書きたかったのか、自分自身でも分からなくなってしまいました^^;
このお話は星座を元に作りましたが、独自解釈も多分に? 含んでいます。「これ、なんか違うんじゃない?」という部分があるかもしれませんがご容赦ください。
長々となりましたが、続きは後書き、ということで――――どうぞ、楽しんで頂けたらと思います。
生まれも育ちも私が住んでいるここ、サビクから一歩も出たことは生まれてから一度もない。私が生を受けて15年の内、たった一回も。このことを友達に言ったら、とても驚かれた。それも当然だと、私も思う。
なにせ、この国には鉄道があるのだ。出来たばかりの当時はそれこそ、お金持ちしか乗れない贅沢の代名詞のような乗り物だったけれど今は庶民でも普通に利用できるくらい安くなった。
それくらい今ではすっかり馴染みの乗り物である鉄道に乗ったことは勿論のこと、私は馬に乗って遠出すらしたことはない。そのことは、私の身分的にはややありえないことだったのだが――そのことに思い当たるのはまだ先の話だ――私はそのことを何ら不思議に思わなかった。ふと、「ああ、そう言えばこの国からは一歩も出たことがないな」と、今日の天気を話すかのように話題に上がっただけの話なのだ。
しかしもしも。もしもこのことをもっと深く、もっと重要視して考察していたならばこの先の未来は変わっていただろう。少なくとも、私はそう思う。
まあそれは、今更言ったって意味のないことなのだけれど。
◆◆◆
私――ラルス・アルヒィージの朝の習慣は、まずパンを買いに行くことから始まる。アルヒィージ家は名門貴族としてサビクでは知らない者はいないほどの大貴族だったらしい。何故過去形なのかと言うと、今から8年前、貴族制の廃止が決定されたからだ。
8年前に起こった、とある貴族の国家転覆事件。事件は大事になる前に防がれたそうだが、このことを重く見た宰相の鶴の一声であっさりと貴族は駆逐された。
お父様は、この事件が解決されて貴族制の廃止が正式に成立した際、「宰相はこうなることを分かっていてわざと見過ごしたのではないか」と、同じ貴族にこぼしていたのを、幼い私はこっそり扉の隙から窺っていたことを覚えている。
貴族という階級は過去の遺物になってしまっており、多少のわだかまりはあったにせよ今ではすっかり皆平等に生活をしている。財産の差し押さえなどあったらしいけど、アルヒィージ家は昔から貧乏だったので生活に大した差はない(名門であることと裕福であることは必ずしもイコールではないということのいい例だと思うが、どうだろう?)。
それはそれとして。
私が貴族の娘でありながら、こうして召使い(であっているかな?)のように朝からパンを買いに行く理由は以上の通りである。まあそれだけが理由ではないのだけれど。私は左腕にバスケットをぶら下げながら、ご近所のパン屋さんに入った。
扉を開けると、食欲をくすぐる匂いが鼻をふわりと撫でた。店の中には既に10人程のお客さんが来ており、皆悩ましそうに商品を見ている。それもその筈、この店はサビクで最も人気があるパン屋だ。むしろ、今日はお客が少ないくらいで、いつもはこの倍の数が来ている。
ラッキー、と朝一番の幸せを噛みしめて私も品定めするお客の中に加わった。
ステップ、ステップ。
誰がどう見ても、今の私は嬉しさで飛び上がらんばかりなのだな、と分かるだろう。なにせ、《ワン・デイ・ベーカリー》のパンを2つ、それも滅多に残ることはない人気商品が手に入ったとなれば、そうなるのもやむ形無しというものだろう。
だから今の私は、別に〝痛い子〟という訳ではない。うん。そう自分を納得させて、ふと――本当にふと何気なく家と家の間の路地に視線を移した。
なんか人が倒れていた。
ぼろぼろの外套に、袖からちらりと見える服も袖がぼろぼろになって元の色も判別しがたい。そのボロ雑巾のような姿から連想されるのは物語に出てくる不死身の怪物だ。
しかし、別に腐っている訳でもないので人間なんだろう、とは思う。いや、そう見せかけた死体だったりするのかもしれないけれど。
胸の辺りが動いているのが微かに見えたので、死体という線はないようだった。どうやら行き倒れらしい。まじまじとその倒れている人を見て、今の私の状況を考えてみた。
①私はパン屋の帰りでパンを持っている。
②今日は偶然、いつも買うバゲットの他にパンを買っている。それも2個。
③今目の前に行き倒れている人がいる。
以上の点から私が取るべき行動は一つ。
勿論スルーした。
「ストップ。……普、通そこ、は、優しくパン、を渡してくれ、るとこじゃ、ないのか……?」
「あら、意識あったんですね」
途切れ途切れだが、確かに声がした。どうやら、匂いに釣られて意識を取り戻したらしい。気を失った人間を起こすほどいい匂いのパンを褒めるべきか、気を失っていてもパンの匂いで目を覚ますこの行き倒れを褒めるべきか。微妙に悩ましい問題だったが、この際気にしないことにした。
「で? いい加減手を離してくれませんか。私、急いでいるんですけど」
「アンタには血も涙もないのか……」
「血も涙もありますけれど、貴方にかける情けはありません」
未だにぶっ倒れたままの行き倒れの抗議の声を、ピシャリと言い返した。ぐうの音も出ないのか、私の足を掴んだままうつ伏せに転がったままだ。
代わりに腹の虫がぐう、と抗議するように鳴った。流石に哀れだった。
◆◆◆
「ああ、ほうとう、いありはとう」
「口にものを入れたまま喋らないの、みっともない。せめてどっちかに専念しなさい」
どうやら食事を選択したらしい。そのまま無言でもぐもぐとパンを咀嚼する。今は胡坐をかいて座っているので、倒れていた時には分からなかった行き倒れさんの全身を、私はまじまじと観察した。
髪の色はやや薄いアッシュグレイ。目は黒く、精悍な顔つきをしている。立てば身長も高いのだろう。座っているだけでも屈んでいる私と視線の位置が一緒なのだから、よほど足が短くない限り確実だ。
そのままの姿なら、町娘が話題にするくらいの魅力があっただろう。しかし、今の全身砂まみれのぼろ布のような有様からはそんな魅力も半減しようというものだ。
「くはー、食った食った。星の導きに感謝します」
満足そうに腹を撫で、祈りを捧げる。その口上と動作から、どうやら彼は星職者のようだった。
星職者。
この職業を、知らない人に説明するには一言では少々難しい。まず最初に話さなければいけないのは、「この世界は〝星の加護〟によって成り立っている」ということだ。
例えば、遠い東の国には〝占星術〟と呼ばれるものがあるらしい。星の動き、位置、輝き方など、様々な要因を基に未来や吉兆凶兆を占う。これを聞けば気付く人は気付いて貰えるだろうが――ぶっちゃけた言い方をすれば「星には不思議な力が宿っている」、ということである。
そのことに気が付いた人間は、太古の昔から星を神聖なものとして崇め、星座を作り宗教として確立した。星座は、実際にあった神話をもとに作られたものが大半だ。が、中には人間の想像で作られたものもある。星職者は、〝星の加護〟を第一義星屑教会にて神聖視されている12の星座に仕える神父たちのことだ。
粗野を表す牡羊座。
保守を表す牡牛座。
鋭敏を表す双子座。
感得を表す蟹座。
自信を表す獅子座。
分析を表す乙女座。
機転を表す天秤座。
情熱を表す蠍座。
冒険を表す射手座。
自我を表す山羊座。
独創を表す水瓶座。
交感を表す魚座。
数々の星座の中でも最も重要で、かつポピュラーなのがこの12の星座だ。それぞれ体現する性質を持っていて、お守りや儀式などに使われたりする。
さらにもう1つ、この12の星座が持つ特性が属性の概念だ。火、地、風、水の四元素は世界を構成する要素であり、魔法の源だ。そして、星の力――〝星の加護〟を利用する魔法を星感魔法と言う。まあ、普通はそんな固っ苦しい言い方をせずに〝法術〟と呼ぶ人の方が多いけど。
少し話が反れたかな? とにかく話を戻すと、12星座をかの四属性に当てはめるとこうなる。
火:牡羊座、獅子座、射手座
地:牡牛座、乙女座、山羊座
風:双子座、天秤座、水瓶座
水:蟹座、蠍座、魚座
思い出しながらだったけど、これで大まかな説明は出来たと思いたい。星職所は〝星の加護〟のありがたさを子供たちに説く役目を担う人たちでもあり、また悪用されないように常に目を光らせている。
それを考えると、この目の前にいる行き倒れていた聖職者からは、何のありがたみと言うか、凄みと言うか、そういう一種の威圧感めいたものは一切感じなかった。と言うか行動といい、発言内容といい、軽さしか感じ取れない。本当に星職者か? と訝しげな視線を向けたのに気付いたのだろう。目の前の星職者は慌ただしげに説明を始めた。
「えーと、まずはパンを恵んでくれてありがとう。俺、いや、私はリアン・ウヌクア。星職者見習いだ……です」
「……別に言いにくかったら普通にしてていいわよ」
「あ、そう? じゃあお言葉に甘えて……さっきも言ったけど俺は見習いなんだ。だから、一人前になるための儀式――各国の大教会で宣告を貰うって内容なんだけど――の途中なんだけど……寄る町々で子供たちにパンを配っていたら資金が底をついちゃってね。鉄道や馬車に乗るお金もないから歩いてきたんだ」
「で、行き倒れた訳ね……」
私が呆れて顔に手を当てると、彼も「お恥ずかしながら」とポリポリと頭を掻いた。
「と、いう訳でここにある教会がどこにあるか教えてくれないかな? 寝泊まりは寄った町の教会ですることになっているから」
そういう訳なら案内しない訳にはいかないだろう。私はため息をついて、膝の汚れを落として立ち上がった。
◆◆◆
私は彼を教会に送り届けた後、急いで家に戻った。朝食に使うパンを買いに行っただけに、随分と時間を食ってしまった。
キッチンで軽く食べられる朝食を作り、皿に盛りつけてテーブルに置く。そして、私はお父様を起こしに二階の部屋に向かった。
お父様は貴族制が廃止されるとすっかり趣味に走って外に出ることも無くなってしまった。お母様はいない。私を生んですぐに死んでしまったらしい。かなり体が弱かったそうだから、それも当然なのかもしれないけど……。
ドアをノックして、朝食が出来たことを告げる。お父様は私が起こしに来ない限りずっと眠ったままでいるから、今ではすっかり習慣と化している。寝ぼけた声で返事があったので、あと数分すれば出て来るだろう。私は出来たてのコーヒーを用意するため再びキッチンへと戻っていった。
コーヒーの準備も完了した頃、お父様が下りてきた。ヨレヨレになったシャツに無精ひげを生やした姿からは、本当に元貴族かと疑いたくなるものだが、私は無言でイスに座った。お父様も腰を下ろし、祈りを捧げてからささやかな朝食を始める。カチャカチャと食事の音だけが静かな部屋に響く。
「今日はいつもより朝食が遅かったみたいだが、何かあったのか?」
と、普段会話のない食事に声が聞こえたことに驚いて、私は思わずまじまじとお父様の顔を見てしまった。お父様は視線を手に持つ紙の束に向けたまま、ちらりともこちらを見ない。幻聴かと自分の耳を疑い始めた時、再びお父様の口が開いた。
「どうなんだ?」
今度は私の方を確かに見た。そのことに目を白黒させて驚いて、思わず「いえ」と声を出していた。
「あ、えと、ありました。ちょっと、パンを買った帰りに星職者の方と話をして……何でも、見習いから一人前になるための儀式の途中なんだそうです」
「名前は?」
「え……」
さらに質問までされるとは思いもよらなかったから、一瞬呆けてしまった。が、すぐに持ち直してその星職者の名前を聞いているんだろうと思い当たる。えー、何だったかな。名前、なまえ……。
「確か、リアンさん。リアン・ウヌクアさんだったかと思いますけど……」
「そうか」
そう一言言ってお父様は紙に視線を戻した。一体何だったのだろうか?気にならないでもなかったけれど、お父様はそのまま部屋に戻ってしまい、質問する機会はついぞ無かった。
◆◆◆
昼。鐘の音が鳴り響いて、正午になったのに気が付いた私は本をめくる手を止めて、買い物の用意を始める。
貴族だったころは1日3食だったそうだけど、今はそんな財政的な余裕はない。だから、昼は抜きというのは割と普通の事である。実際、サビクでも余程の富裕層でもない限り1日3食なんて贅沢をする家は無い。
買い物籠を腕に下げて、今日の夕ご飯は何にしようかと考える。昨日はパスタだったから……今日は煮込みものとか良いかもしれない。
ぶらぶらと道を歩いていると、中央広場の噴水前に子供の人だかりが出来ているのに気が付いた。何だろう、と近づいてみるとどうやら神父が説教をしているようだった。
「人は皆星の下で生まれました。故に、人の運命は星と共にあります。〝星の加護〟を信じなさい――そうすればきっと、貴方の元に幸福は訪れるでしょう」
私は、その神父が輝いているように見えてじっと見入ってしまった。それは、神父の説教が終わって彼が話しかけてくるまでぼーっとなっていた。
「あら、朝に助けてくれたお嬢ちゃんじゃん。こんなトコで何してんの?」
「えっ!?」
はっ、となって意識を浮上させると目の前に朝に行き倒れていた神父――――リアン・ウヌクアが立っていた。道端で倒れていた時と違い、埃一つない奇麗なカソックに教会の紋章が施された手袋を嵌めている。
前にも思ったことだが、それなりに清潔な服装をしていれば元々魅力のある青年なのだ。突然話しかけられたことに加えて、整った顔が目前にあることに私は少しどもりながら神父の名前を記憶から引っ張り出した。
「あ、えーとウヌクア…神父」
「リアンでいいよ。固っ苦しいから嫌いなんだそっちの名前」
肩を竦めながら言う彼に、どうやら本当にそう言われるのが嫌そうだと察した私はその言葉に甘えることにした。
「はい、リアン神父……でも、珍しいですね。法名を呼ばれるのが嫌な神父様だなんて」
法名は教会に入るときに与えられる名前だ。これは外界と接点を断つという昔の習慣から今でも続けれているらしい。普通は誇るものだと思うのだが、ウヌクア神父――いや、リアン神父は眉を顰めて言葉を濁らせた。
「あー、ちょっと、ね。……というか、朝に遭った時と口調が変わってない?」
「何の事ですか?」
首を傾げて聞くと、「い、いやなんでもないです。はい」と彼は慌てたように言った。不思議だなぁ、別に聞いただけなのに。彼は蛇に睨まれたカエルのように縮こまっていた。ふふふ。
「それを言うなら、リアン神父もちゃんと私の名前を言って下さいよ。お嬢ちゃんだなんて子ども扱いしないでください」
「え、だって俺君の名前教えてもらってないよ?」
「そうでしたっけ?じゃあここで、改めて紹介させてもらいますね――――ラルス・アルヒィージです。どうぞよろしくお願いします」
「うん、よろしく。ラルスちゃん――――っと、それはそうと、今からどっか行くの? 見た感じ、買い物みたいだけど」
ちゃん付けに私の眉がムッと寄せられたことで焦ったのか、リアン神父は露骨に話題の転換を図った。じろりと一瞥をくれてから頷く。
「ええ、夕ご飯の買い出しに」
そう言って私は手に持つバスケットを持ち上げて見せる。リアン神父は再び納得した風に頷いて、「じゃあ荷物持ちは自分がしよう」と言って、ひょいと手の中にあったバスケットを持って行ってしまった。
「え? え?」
何が何だか分からずに目を白黒させていると、リアン神父は振り返って照れた様に笑った。
「朝のお礼だよ。レディに重い荷物をお持ちさせる訳にはいきませんから」
慇懃に腰を折ってスッと手を差し出される。取り敢えず私は、「からかわないで下さいっ!」とバスケットを取り返すことから始めた。
◆◆◆
リアン神父がサビクにやって来て5日が経った。それと同時に、最近とある事件が起こる様になっていた。その事件が明るみになるのは決まって朝方だ。
詳しい内容は何も聞かされていない。お父様も、「危険だからなるべく出かけないように」としか言わない。でも、私はその事件の内容を詳しく知ることになる。
◆◆◆
「いやあああああああああああああああああぁぁぁぁ!!」
朝、私が日課であるパンを買いに行く途中の事だった。流石に買い出しに出ない訳にはいかないので、人通りが極端に少なった往来を歩いていると、視線の先にある店――――《ワン・デイ・ベーカリー》から女性の悲鳴が迸った。
俄かに騒がしくなった道の真ん中で、突然のことにビックリしているとカソックを着た人影が走って来るのが見えた。その人物に見覚えのあった私は、悲鳴で集まり始めた人の輪を避けながら店に近づいて行った。
周囲の人々はザワザワと囁き合って立ち止まっている。なんとか最前列まで躍り出た私は、首を伸ばし店の中を覗く。そこには、一体の石像が鎮座されていた。
精緻に掘り込まれた表情は、一目見て恐怖だと分かる。はて、どこかで見たことがあるなと首を傾げて――――〝ソレ〟が何なのか理解した瞬間、胃がギュッと縮んで背筋に氷を突っ込まれた気分になった。
〝ソレ〟は――――パン屋の店主のカタチをしていた。
◆◆◆
ぐらっと地面が揺れる。目の前が暗くなって、凄まじい吐き気を感じて私はあっと言う間に気を失った。
目を覚ますと、心配そうに私を見下ろす顔があった。
「ああ、良かった。目の前で倒れた時はビックリしたよ」
「リアン……神父?」
そう、私を見ていたのはリアン神父だった。そういえば、私はリアン神父を見かけたからパン屋に近づいたんだと思い出す。そして、その記憶と一緒に石像になった店主の変わり果てた姿を思い出してまた気分が悪くなってきた。
顔色が悪くなったことに気付いて、リアン神父は私の背を優しくさすってくれた。何とか気分が持ち直してきて、目の前にいる、この事件について何か知っているだろう人物に質問をする。
「それで……あれは、何なんですか……?」
「はぁ、やっぱり気になるよね」
眉間に皺を寄せて、目に見えて困った顔をするリアン神父。無言でじっと言葉を待っていると、根負けしたのか再びため息をついて口を開いた。
「……このことは、部外者にあまり話しちゃいけないんだけどな――――実は、俺はただの見習い神父ではないんだよ」
「え……?」
私はリアン神父の意外な言葉に思わず声を漏らしてしまった。
「表向きはそういう風に装っているってだけでね……。実際は調査員のような役割を担っている。神父っていうのは嘘じゃないけどな」
これ以上は言えない、と難しい表情を浮かべてリアン神父は口を閉ざした。正直、リアン神父がそんな重要な役を背負っていたとは思わず、寝耳に水で驚いている私にリアン神父は厳しい口調で続けた。
「いいかい、ラルスちゃん。この街は今危険だ――――絶対に、一人で外に出ちゃいけないよ」
リアン神父の強い剣幕に、私は頷くぐらいしか反応を返せなかった。「送っていくよ」というリアン神父の言葉に甘えて送って貰い、その日は結局、家に閉じこもって過ごした。
「ええ、予想通りでした――――明日、計画通りに決行します。――――ええ、ええ。……よろしくお願いします。では」
それと同時に、私の知らない水面下で私の運命は決まっていた。
明日、私は――――死ぬ。
◆◆◆
朝は、保存のきく塩漬けしたベーコンを出すくらいしか朝食に出せる者が無くてさて、どうしようかと眉を寄せていると玄関を叩く音が私の耳に届いた。こんな朝早くから珍しい、と玄関を開こうとすると、後ろから私の肩に手を置く感触があった。
驚いて振り向くと、予想はしていたがお父様が立っていた。基本的に朝は私が起こさないと昼過ぎまで寝ているのに、今日は私が起こす前に起きて、しかも服装もしっかりしていることに驚愕を隠しきれないでいると、お父様は私を後ろに寄せて外にいるだろう人に声をかけた。
「こんな早朝に何のようかね?」
「教会の者です。現在、不穏なことが多発しているようなのでこうして見回りをしています。確認のため、どうか扉を開けて頂けないでしょうか?」
「ええ、そういうことなら喜んで」
そう言って――――お父様は懐から一本の棒を取り出した。乳白色に輝くそれは、磨かれた骨。
霊的な加護が宿るとされる、動物の骨。それを玄関の扉の前で、不可思議な模様を描く。
♌――――獅子座。
宙に赤い光が滑り、模様が完成した瞬間――――棒の先端から猛烈な勢いで噴射された炎の牙は扉をぶち破り、向こう側にいた人影を吹き飛ばした。
「――――!!」
「ふむ、少々強すぎたかな」
目の前の惨状は悲惨の一言に尽きた。扉は粉々に砕け、散らばった破片は黒焦げたり微かな火種となって小さな火柱を作っている。そしてさらに向こうには、うつ伏せに倒れた見覚えのある人物が倒れていた。
「リアン神父!」
倒れている彼はここから見ている私からでも重症であることが窺えた。風よけの外套は丸く焦げた大穴を覗かせ、右腕で庇ったのか右袖も真っ黒に炭化している。私が様子を確かめようと一歩踏み出した時、気絶しているとばかり思っていたリアン神父がむくり、と上半身を起こした。
「リアン神父!?」
さっきとは別のニュアンスで名を呼ぶと、彼はにやりとニヒルな笑みを向けた。
「驚いた、やっぱり?」
「と、当然です! 怪我とか、無いんですか!?」
「あー、ないない。見ての通りピンピンしてるよ」
私は、そのどこかふざけた口調で無事を保障する彼にほっと胸を撫で下ろしてからキッ、とお父様の方に向き直った。
「どういうことですか、お父様! いきなりリアン神父に法術をぶつけるなんて――――」
そう言って私はお父様の顔を見て――――その強く眉根を寄せて激怒とも、困惑とも取れる厳しい表情に、思わず後ずさってしまった。
ここまで強い感情を乗せた表情を見るのは初めてで、困惑より恐怖の方が先に立つ。ピシリと固まってしまった私など意に介さないかのように、お父様はリアン神父に問いかけた。
「君は――――アレを防いだと言うのかね」
「ええ、勿論ご覧の通りに。まぁこっちもただじゃあ済まされんでしたがね」
そう言って立ち上がりながら真っ黒になった右腕を示す。
「俺がこんな右腕じゃなきゃ、腕ひとつ失くしているとこでしたよ」
焦げた服を、リアン神父は右肩から一気に破る。そこにあったのは――――
「……義手、か」
そう。かれの右腕は肩から金属に覆われ、その指先まで騎士が纏う甲冑のような形をした義手だったのだ。炎がぶつかったと思われる個所には、先の攻撃のいかに高熱であったかを窺わせる焦げた跡があった。
が、目立つ部分と言えばそれだけで溶けた様子も凹んだ様子も見当たらない。熱か或いは法術に強い耐性があるのか分からないが、異様な光景ではあった。
「ま、いわゆる特別製って奴で。――――そんなことより、俺が来てすぐさま攻撃をしてきたってことは、どういう事情で俺がここに来たのか。アンタは理解していると考えて良いんだよな、アルフィージ男爵閣下様。いや、こう言った方が良いか――――魔術師・アルフィージ?」
◆◆◆
魔術師。
その言葉は畏怖と嫌悪を持って呼ばれる、法術を悪用する者に冠せられる、いわば悪名である。私は、お父様にその悪の象徴たる言葉を向けられて、一瞬何がなんだか分からずに呆けてしまった。
「魔術師? 私が? これは面白いジョークだ。滑稽だよ」
手を広げて肩を竦めるお父様に、リアン神父は真っ直ぐに視線を注ぐ。
「本来――――この国で昔貴族と呼ばれた特権階級者たちは、厳しい条件を課せられていたそうだな」
そう口を開いたリアン神父の言葉に、お父様はピタリと動きを止め、感情の読めない表情を向けた。
「貴族の中にも当然階級が存在した。ただ貴族と認められるにも、5代に渡る血筋に加え、働かずに50年は過ごせる財産を保有していないとならなかった。最低でも、だ。しかし、俺がこの街で話を聞けばここで一番有名だった貴族は、貴族制が撤廃される頃にはすっかり凋落していたそうだな」
私はその言葉に微かな違和感を覚えた。アルフィージ家は何代も続く名家だったと聞いているが、私の記憶が確かならばその頃にはすっかり金庫はすっからかんであったことを覚えている。
リアン神父の言葉を信じるなら、財産の徴収以前からそんな状況だったというのはあり得ないというのに。
「なら、何故かの家は有名でかつ貴族を名乗れたのか。その理由は、家柄の特殊性にあるから。そうだろう?」
「特殊性……?」
私の疑問の声にリアン神父は頷き、言葉を続ける。
「何代も続いていながら、貧乏でも貴族と名乗れる――――大昔では、それが許されていたんだよ。その家が、代々魔術師の家系だったらな」
「当時、貴族と魔術師はお互い交流があったのさ。他家や目障りな人間を消すのに、魔術師の力は便利すぎたからな。貴族は金を払い、魔術師は貰った金で悪事を働く。だが、貴族が貧乏な格好をした奴においそれと会う訳にはいかない。だから、魔術師は表向きには貴族を名乗って本物の貴族に会う際のカモフラージュにしたのさ」
その言葉にある記憶がふと甦った。それは、扉の隙間から部屋の中を覗く幼い私の光景。あの時お父様が向かい合っていたのは貴族だった。
「今この街で起こっている異常が、もし何者かが意図的に起こしている物だったとしたら。……それは魔術師である可能性が一番高い。そして、最も魔術師である可能性のある人物はアンタ以外いないんだよ」
お父様はリアン神父の発言に黙って耳を傾けるだけだった。私は信じられない、信じたくないと恐る恐る尋ねる。
「本当なんですか、お父様……?」
「――――そうだ」
返ってきた応えは肯定だった。
「そんな……!!」
私はショックと何故あんなことを――――人を石にするようなことをしたのかという怒りでお父様に縋り寄った。
「何でなんですか!? 何であんな酷いことを! 応えて下さい、お父様……!」
「酷いこと? 何のことかな」
お父様は、さも心外だと言う風に肩を竦めて見せた。
「はぐらかさないで下さい! 人が石化するなんて、普通の人が出来るわけがないじゃないですか!?」
「そうだな、確かにそうだろう。だが、私はやってない」
「おいおい、いい加減認めろよ魔術師。あんたがやっていないと言うなら、一体誰がやったって言うんだよ?」
そのリアン神父の問いかけに、お父様はにやりと口を歪ませた。私はその不気味な笑みに、思わず恐怖を抱いてリアン神父の背後に隠れる。
「誰が、か……。ふむ、一般人では不可能で、かつ私自身は人を石化するようなことは一切おこなっていない。そもそも、私はここ数年一歩も外に出ていない。それは、私の娘も分かっていることだろうし、神父、君もその辺りの事は情報収集の段階で分かっていることではないのかね?」
「まぁ、その通りだ。それだけが解せねぇ……一体、どんな手品を使いやがった?」
「決まってる!! 人が出来ないなら、別の存在にして貰えばいい」
お父様は演説するかのように手を大きく広げた。その表情も、どこか熱に浮かされているように見える。
「はっ……、ラリッてやがるぜ。アンタ。人以外でそんなことが出来るのは、それこそ……」
そこまで言ってリアン神父は不自然に口を閉じた。見れば、顔の筋肉が固まっているのか目をカッと見開いてお父様を見つめていた。
「それこそ……怪物くらいしかできない、だろう? 分かっているよ、勿論な」
そう言って――――お父様は懐から手に持っていたのとは別の動物の骨を取り出した。獅子の物とは違い、鋭く、細い。それを宙に滑らせるように、一つの紋様を描いてゆく。
「本邦初公開。とくと味わってくれたまえ、教会の神父殿」
皮肉げに唇を曲げて、お父様は紋様を描ききった。その瞬間――――世界がドクンと跳ねた。
◆◆◆
辺り一帯に、不可思議な静寂が訪れた。鳴いていた鳥や虫は黙り、風に揺られていた木々は動きを止める。それはまるで、嵐の前の静かさ。自分たちの力では、到底抗うことのできない巨大で破滅的な存在が近づいている為に、存在を気取られることを恐怖したのか。
果たして、そのバケモノはすぐに現れた。
リアンの背後から。
「!?」
リアンは背後に異様な気配を感じ、全力で前に跳んだ。実際、彼の判断は正解だった。もしも、ラルスを助けようと手を伸ばしていたら、一巻の終わりであったに違いない。何故なら。
今現在、異様な気配を振りまいているのがラルス本人なのだから――――。
前転から素早く体勢を立て直し、背後を振り向く。そこには、苦しそうに喉を抑えるラルスの姿があった。同時に、彼女の体から時折、ゴキッ、メキッと骨がきしむ音が響く。まるで体中の関節が外れていっているかのような――――そんな不気味な音だった。
冷や汗がつっと流れる。リアンとしては、予想していた中では、予想外に最悪の状況と言えた。石化の点は、確かに人が行うには少々無理があるように思えた――――かと言って、魔術師に限らず、法術を扱う者ならば方法は誰でも知っている。この際、難易度は一切考慮しないで、という注釈付きではあるが。
果たして――――彼の脳裏に流れた一瞬の考察の間にラルスから聞こえる不気味な物音は鳴りを潜めていた。ぴたりと止まる動き。そして――――
ズルリと音がする様に彼女の口から途轍もなく巨大なモノが這い出た。延々と、それこそ彼女の体内の一体どこにこれ程の質量が入っていたのか。そう疑問に思わずにはいられないほどの物体が、やがて勢いを減じさせつつすべての姿をリアン達の目の前に晒した。
その胴の太さは子牛程もあり、ぬめりのある緑色の光沢を反射させながらとぐろを巻く。口からは紫色の気体を吐きながら、まるで戒めであるかのように目を閉じていた。
同種の生物からは考えられない大きさ。頂きに冠せられた刺々しい突起は、まるで王冠のよう。
誰が見たとしても、一目でその存在の名前を浮かべることが出来るだろう。口から出でるガスは千の生物を殺し、その一睨みは万の生き物を石へと変える。名はバジリスク、別名蛇の王。
世に知れ渡る怪物の中でも、跳び抜けて危険で対処法のないバケモノ。
リアンはその絶対的な威圧感に思わず無意識に喉を鳴らしていた。
「ははっ、とんだサプライズだ。泣きたくなって来るぜコンチクショウめ」
目の前にいる存在に、リアンは悪態をつかずにはいられなかった。神話でも、明確な退治された逸話もなく、過去確認された記録では、一国が石になってしまったという。その唯一確認された個体も、行方不明となって死んでいるのか、はたまた今でもどこかでひっそりと生き永らえているのか分かっていない。
「驚いたろう? 何せ、娘は私の〝最高傑作〟なのだからな」
「最高……傑作だと?」
リアンの疑問の声に、魔術師はあっさりと頷いた。
「その通り。お前はもしかしたら勘違いしているかもしれないが……〝娘〟は元々人間ではない。正体はバジリスク。それに嘘はない。例えるなら狼人間が良いだろう――――狼人間は元は人間が狼化したものだが、人間狼は全くの別物だろう? それと一緒さ。言わば、人の皮を被っていたバジリスク。まさしく脱皮したという訳だ」
彼は興奮しているのか、頬を上気させながら一気呵成に喋った。まるで、子供がお気に入りの玩具を自慢げに紹介しているような――――そんな、いっそ無邪気と言っていい姿に、言いようのない狂気を感じてリアンは鳥肌が立つのを抑えることが出来なかった。
「さーて、こうして見られてしまったからには……お前には死んでもらおう、教会の使徒よ」
アルフィージはそう言って手に持つ杖を指揮者のように振るう。
「殺れっ、〝ラルス〟!」
魔術師の命令に、蛇の王は口から猛毒のガスを噴射する。一息でも吸い込めば、肺どころか内臓すら溶かしかねない紫の気体が、勢いよくリアンに降りかかる。
大気どころか、触れた地面までもが鉄板に焼かれたか油のように大きな音を弾かせる。さらに、直接触れないまでも周囲に生えていた草花は目に見えて萎れ、枯れていった。まさしく、死の息吹。
不幸中の幸いとでも言えばいいのか、勢いのあった分、指向性が強くて風に乗って広がらなかったのは奇跡だろう。もしも、町中に広がっていれば人死には100人、いや1000人では済まなかったであろう。
この時、ラルスの意識は正確に現状を把握していた。今彼女の中には、〝人間としてのラルス〟と〝バジリスクとしてのラルス〟があった。人間としての彼女は、肉体から意識が抜けているかのように身体を操る操作権を持っていない。しかし、彼女は精巧な寸劇を見ているかのように現場を俯瞰している。
実際の肉体は目を閉じているが、周囲を把握できているのは蛇が持つピット機関――――サーモグラフィーのように温度の分布を視覚的に視ているに過ぎない。倒れているリアンに気付くことが出来たのも、ただの偶然ではなくこの力が働いていただろうに難くない。
そのことを直感的に理解していたが、彼女の脳内に巡っていたのはそんな些細なことではなく、自分がバケモノだったという事実だった。こうして、自分の身体が異形と化している以上、これは夢でも何でもない現実だということは理解したくはないが理解していた。
しかし、自分が見た石化したパン屋の店主の姿思い出し、「あれは自分がやったことなんだ」と分かった瞬間、彼女はどうしようもない混乱の真っただ中に堕ちることになった。たとえ、無意識で記憶すら無く、悪意すら持たなかったにせよ自分が行ってしまったことに、深い罪悪感と絶望が彼女を攻め立てた。
今まで人間として生きてきた人生が、自分の本来の有様によって引っくり返させられたとあっては、どんな人間であっても正気を保たずにはいられなかってであろう。
いっそ、〝人間としてのラルス〟を殺してしまった方が楽ではないか――――そう思った時、〝バジリスクとしてのラルス〟が毒によって煙を上げる中に不自然な温度を察知した。それはまるで、人間のような――――
その瞬間、毒煙の中から爆風が生まれた様に不自然に霧散した。
◆◆◆
ヴァンエスト・アルフィージはいわゆるところの天才だった。彼の魔術師としての才能は、数いる同業者のなかでもずば抜けて高く、そしてプライドも人一倍高かった。故に、貴族制の廃止は誰よりも彼に衝撃を与えることになる。
何代も続く、魔術師としてのステータス。アルフィージ家を知らぬものはなく、自身も歴代最高党首であると自認していた中で、突然「明日から貴族は全て撤廃する」などと言われた時、彼は理解が追いつかずに途方に暮れた。
そして、彼が気が付いた頃には全てにおいて手遅れだった。それから、彼は何かに憑りつかれた様に部屋に籠りっ放しになる。結局、彼に取り残されたのは〝復讐〟だけだったのかもしれない――――。
不自然な気流が煙を切り裂く。その中央には、この世で最高峰に危険な毒を受けたにも関わらず、その身に何ら傷を負うことなくリアンは立っていた。
「……バカな、バジリスクだぞ……蛇の王だ。それを、それなのに、お前は何故毒を受けても平然と立っている! 答えろ、星職者ぁ!!」
震える指を向けながらアルフィージは叫んだ。目の前のことを、理解できない。理解したくないと、恐怖で顔が歪む。
「現在、教会が法術の紋様として認めているのは十二宮――――黄道に並ぶ12の星座のみだ。だが、お前が先程使ったのはそのどれにも属さないものだった――――本来無いはずの13番目。実際は大昔に削除されたものだった……」
うつむきながら、リアンは一歩足を動かした。同時に、右腕の袖を引き千切る。空に浮かぶ雲が、太陽の光を一時遮って周りは少し薄暗くなる。金属光沢を放つ義手。その彫られた溝に沿うように、一瞬光が瞬いた。
「話は変わるが、教会には表には口に出せない暗部があってな。まぁそれはどこにでもある、世の常という奴なんだが、その中でも一層、一般人には知られていない部署がある」
指が一本、指揮棒のように伸ばされた。それが宙に、緑色の燐光を放ちながら一つの紋様を描いてゆく。
「いわゆる、外法狩り部隊とでも言えばいいか。その部署の長は、12人居るっつう話なんだけど、噂ぐらいは聞いたことがあるんじゃねぇの?」
その噂は、確かにアルフィージも聞いたことがあった。しかし、そのことを今話す意味は一体どういうことなのか。そのことを考えると、彼の額から一筋の汗が伝った。
ゆっくりと、指を動かしてリアンはある紋様を描き上げた。それは、先程アルフィージが描いたものとまったく同一。
「その噂にくっついて、もう一つの噂があるんだよな。それには、13番目がいるっていうんだけど」
彼の義手に、再び光が走った。今度は、よりはっきりと緑の閃光を伴って。
「協会が消した13番目。外法狩り部隊の13番目の長。ここまで言えば、流石にもう分かるよな?」
同時、義手の装甲が大きく展開した。複雑に形を変えながら、中からあふれ出した様々な部品が再び位置を変えながら腕の形状へと戻って行く。
最後のパーツが無事収まる。その姿かたちは、最初と比べて二倍も大きくなっていた。白色の装甲に、緑のラインが美しいコントラストを添え、肩の部分には彼が宙に描いた紋様が輝く。
「へびつかい座――――それが、教会が闇に葬った13番目の星座だ。確かに、蛇の王たるバジリスクを操るに、これ以上の星座はないだろう」
バジリスクは目の前に〝表れた〟力に、本能的な恐怖を覚えて命令も無くその両目を開いた。直視すれば、万物を石化させる魔眼を――――!
しかし、どれほど睨んでもリアンが石になることはなかった。彼の足元や、背後の木々が石になったにも関わらず。
「無駄だ。俺の腕は、へびつかい座の元となった英雄の腕の再現――――それは、蛇に対する絶対的なアドバンテージを意味する。俺に蛇に関する攻撃は効きはしない」
そう言って、彼は右手で見えない何かを掴むように握りしめた。
「今お前が、バジリスクを曲がりなりにも使役できているのはへびつかい座の効果によるもの――――もし、それより上位の力が強制的に割り込みをかけたら、どうなるか?」
「ひ、や、止めろ……」
「答えは簡単、お前にあった命令権は全て失われる」
「止めろ……! 止めろ……!! 止めろ……!!!」
「因果応報、一度お前も、石になってみるといい」
「止めろぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!」
プツリ。
そう微かな音が聞こえて。
バジリスクは己の意思で父に襲いかかった。
◆◆◆
屋敷の裏側、崖に面した所に小さな墓があった。薄汚れた石板に、かろうじて読める文字が彫られているのが分かる。
《ラルス・アルフィージ。安らかにここに眠る 945~949》
そこに、一人の少女がスッと花束を捧げた。
「ここに居たのか」
その声に振り向くと。新しいカソックに着替えた少年神父―――リアンの姿があった。
「どういう気分だ、自分の墓を見るってのは」
「不思議な……気分です。正直、私は死んだ記憶なんてありませんし……」
ラルスは、そう言いながらも墓石から目を反らすことはなかった。
あの後、元の人間の姿に戻ったラルスは自分の命を断とうとした。自分はバケモノなのだからと。しかし、それは出来なかった。束縛の法術をリアンが破ったことにより、主人の更新が行われたためである。
ラルスは激しく抵抗したが、結局は彼の決定に抗うことは出来なかった。今はこうして冷静になれてはいるが、出来ることならすぐにでも自殺しようという気持ちに変わりはない。
「……教会への連絡も終了した。後始末も教会がする。……荷物はまとめたか?」
「うん」
これから、リアンと一緒に教会本部に同行することになっている。そこで何を言われるかは知らないが、このまま一生状況に流され続けるのではないかと不安になる。
「行くぞ」
そう言って足を進めるリアンに彼女は着いて行き、最後に振り向いてもう戻ることのない「行ってきます」を呟いた。
書き終わってみると、「何か考えていた物と違う……」と首を傾げてしまいました。小説を書いている方々にとっては、結構身に覚えのある方も多いのでは? と思います。
一応、今の所続きは一切考えていません。中途半端です、ええ。自分でもそう思いますもん。
これを機に、執筆の止まっていた作品を再開する同源力にできたらな、と思います。
まぁ、もしかしたら書いていなかった期間に思いついた作品を投下するかもしれませんが……。(ちなみに、冒険ファンタジー系と学園ラブコメもどきです)
もしよろしければ、他の作品に興味を持っていただけたら幸いです。勿論、感想、誤字脱字のご指摘等気楽にして頂けたら非常にうれしく思います。
最後に、今まで更新されるのを待っていた、という方がいらっしゃったら本当に申し訳ありませんでした。今途中の作品も、書き次第投稿を再開していこうと思うのでよろしくお願いいたします<(--)>
それでは、最後までありがとうございました!!