プロローグ
8月7日。
雲一つない澄み渡った青空から降り注ぐ容赦のない太陽の日差しが連日続いたためこの日も昼前にもかかわらず32度を記録し昼過ぎには35度を超えて猛暑日になることは間違いない。
道行く人達もすでに身体中から汗が洪水のように湧き出しては肌を伝い落ちていく。服がベットリと体に張り付き、不快感が増していく。
多くの人が外出を控えそうな天気だがこの風越町の駅前には人が溢れている。家族連れやカップル、学生など老若男女様々な人が改札を通り過ぎていく。
決してこの町が都会と言うわけでも都会が近い地方都市と言うわけでもない。ならなぜこんなに人が溢れているのか…簡単に言えばお祭りだ。
風越七夕祭り。
今は8月だろ?と思う人が多いかもしれないが別に1ヶ月延期になったとか勘違いとかではない。この風越町は七夕伝説が根深い地域の一つでその影響から七夕は旧暦、つまり8月7日にで行われる。
少し廃れたこの町では唯一の一大イベントなので毎年町を挙げて大々的に催されるのだ。なかなかに盛況でわざわざ遠くから足を運ぶ人もいる。多くの人が訪れることは嬉しいことなのだが、一方でこの時期町の各所で慢性的な人手不足に陥る。
元々田舎町と言えなくもないため仕方ないことなのだがこれが結果としていろいろな所から働けそうな人は例外なく外に引っぱり出されることになる。
現在の僕のように………。
「どうぞ割引券もついているのでどうかご利用ください。」
30度を超える炎天下の中ビラ配りというある種の地獄を体験している僕は笑顔で駅前から中央広場へと向かう人達にビラを配り続ける。無視されることもあるがかなりの人が手にとってくれて大変ですねと声を掛けてくれる。地獄ではあるが最初仕事を言い渡された時に想像したよりもマシであった。
「おーい、祀。」
もうそろそろ12時という所で僕と同じくビラ配りに駆り出されていた親友の声が聞こえ人混みの中にその姿を発見する。僕の親友、高野太一は学校の夏服に法被という出で立ちの上に赤みの強い茶髪と人混みの中でもよく目立つ。
「どうかした?太一。」
「昼休みやってさ。探したぜ、人多い上に見つからんしやっぱ人混み疲れるわ。」
揉みくちゃにされた法被の中のシャツが汗で濡れているのを見ると相当苦労したことが伺える。
「ご苦労様、もうあと二枚だしノルマはクリアでしょ。」
「あと二枚!?」
「何かおかしいか?」
「いや百枚近く渡されて一時間でもうその枚数とか!?俺なんてまだ半分以上あるんやで。顔か?やっぱ顔なのか……。」
時々自分の世界に入ってブツブツとしゃべり続ける変な癖があるが不良のような見た目に反して友達思いのいい奴だ。
「おーい、戻ってこい。昼休みなんでしょ?」
「はっ!?そうやったな…。一時間しかないし油売ってる場合やない。さっさと行こか。」
油売ってたのは太一な気がするが…と反論する間もなく当の本人はスタスタと歩いていくので大人しくついていく。
「そういや祀は短冊書いたんか?」
「いや忙しかったし書いてないよ。太一はどうなのさ?」
「俺?俺は書いたで『Babel―神々の塔』の世界にトリップしたいってな!!」
「子供かっ!?」
あまりに堂々と言うものだから一瞬納得しかけたが小学生並みに低レベルだった。
「でもさ、俺もそこそこだけどお前がhonamiとしてトリップしたら無双じゃん。楽しそうや。」
「まぁ、あれチートだしね。」
『Babel―神々の塔』とは一年前に発売された世界初VROMMOゲームだ。話題性は元々高かったのだがそのクオリティから未だにその人気は衰え知らずでプレイヤー数が増え続けている。概要としては異世界・クルセリスのある大陸中央にそびえ立ち天を貫くバベルの塔を攻略すると言うものだ。
まあ、塔にたどり着くまでにも結構なレベルが必要な上に着いたとしても塔のダンジョンは桁違いに強くなるし階数がハンパないため未だにゲームをクリアした者はいない。現在の最高記録は400階で正直先が見えない。僕はこのゲームの初期からやり込んだプレイヤーで最高記録を持っているのも実は僕だったりする。
「だろ?だから祀も書いとけよ。特に書くこともないだろ?叶ったら叶ったでやりたい放題じゃん。」
「叶うってありえないでしょうけど太一一人だけ痛い子ってのも可哀想だから付き合ってあげるよ。」
「おーし、じゃあ昼休み終わったら書きにいこうぜ。」
僕は親友とそんなことを話ながら人ごみを抜けていき、昼食が待つ休憩所を目指していた。このあとに待つ僕の人生を狂わすできごとが待っていることも知らずに…。






