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花言葉に涙を託して

 花言葉で何か書きたいと思ったらうまくいかなかった。それでもどうぞ。



 どうか聞いてください。もうすぐ死ぬ私の、愚かな懺悔の恋を聞いてください。



 正直、誰でもよかったんです。でも、気づいたらあの人じゃないとダメになってる私がいました。特別かっこいいわけでも、可愛いわけでもありません。でも、いつも等身大の自分を卑下することなく、胸を張って歩いているあの人の姿に、私はいつしか本気で惹かれていました。


 どちらかというと、私の方がお姉さんで。でも、私を撫でてくれるその手の大きな包み込むような温かさが、コロコロと万華鏡のように表情を変えるその顔が、ふとした瞬間に見せる闇のようなものが、あの人を構成する全てが、私にはとても愛おしく感じられました。それら総てが、私の心を締め付けて離さないのです。


 でも、きっと罰があたったんでしょう。あの人の前に、私なんかと比べるまでもないほど素敵な女性が現れました。あの人の婚約者として、現れました。その女性は、家柄も性格も学歴もいいとこずくめで、同性の私ですら惚れ惚れとするような程の美人で、嫋やかなお嬢様でした。でも、婚約者として彼女が現れたとき、私が彼と付き合っていることをご両親も知っていたはずです。…いえ、そのことはしっかりと覚えていました。


 婚約者を紹介されたその日の夜。私はご両親に内密に呼び出されました。そうです。お察しのとおり、彼と別れるように促すものでした。金は好きなだけ渡すから、二度と彼に会うなと、告げられました。勿論、拒否しました。すると、彼のお父様は苦しそうに事情を話してくださいました。曰く、お父様の会社をさらに成長させるための、所謂政略結婚のようなものだと。これで無事結婚できれば会社は世界屈指のものになり、彼は確実に幸せになれると。


 私は、私にはそれほど大きな力などありません。確実に幸せにできるなんて言えません。婚約者の彼女と張り合えるものなどひとつもなく、勝るものなど持ち合わせておりませんでした。自信など、あるはずもありませんでした。


 私は臆病でした。いえ、今も臆病者ですが。完璧と言っていいような婚約者の登場によって、あの人から別れを告げられるのが怖くなったのです。言われるくらいなら、いっそこっちから終わらせてやるって。お嬢様にほほ笑みかけられた彼は、耳まで赤くなっていました。ただそれだけのことに、くずおれそうなほどに動揺する自分がイヤで。


 お金の件は、丁重に断りました。ですから、一銭も受取りませんでした。お金で動く程度の女だと思われたくなかったのです。それは、なけなしのプライドでした。


 そして、彼に会いに行きました。借りていたマンションの一室から、私の荷物を全て片付けて、車に乗せて。彼の荷物は宅配にして、契約解除をして。その時の私は、どうやら私が思っていたよりも酷く脆い顔をしていたようで、いつも口うるさいはずの管理人さんが、何も言わずに無理を聞いてくださいました。


 夕方になってから、彼に会いに行きました。ご両親にお願いして、彼がその一時間後には重要な会議にでなければいけない時間を教えてもらって、会いに行きました。なんの因果か、その日は奇しくも私たちが付き合ってちょうど7年目の記念日でした。


 スイートピー(優しい思い出)、カンナ(堅実な未来)、ハナミズキ(あなたへの返礼)、シオン(あなたを忘れない)、胡蝶蘭(あなたを愛しています)、ガーベラ(悲しみ)、ワレモコウ(感謝)、ポインセチア(祝福)、スズラン(幸福が訪れる)、リナリア(私の恋を知ってください)、トウワタ(行かせてください)、アネモネ(儚い恋)、それらにかすみ草を混ぜて作った花束の中に、彼からもらった合鍵を忍ばせました。


 そして、いつものように彼の家へ行き、出てきた彼に作ってもらった花束を押し付けるように渡して、笑顔を作って言いました。



「これでおしまい。バイバイ、サヨウナラ。ありがとう」



 一方的に別れを告げ、逃げるように車に乗り込みました。彼は追いかけてきませんでした。それもそうです。わざと遅くに行ったんですから。ハイ。私は逃げました。


 それからは実家にしばらく身を寄せ、その後は海外を転々としました。ケータイは彼以外のデータのバックアップを取った後、壊して別のものに変えました。実家のことは彼に教えたことはありませんでしたし、調べられないように手を回してもらいました。海外に行ったのは、気分転換と言う名の逃走でした。


 もう、ずいぶん前の話です。彼の会社は、世界に名を馳せるほどに成長しました。でも、彼については元気に生きている、ということ以外の情報を知りません。だって、怖いんです。突然彼を捨てた私を恨んでるかもしれない。私のことなんかなかったことにして、婚約者だった彼女と幸せな家庭を築いているかもしれない。はたまた、未だに私のことを待ってくれているのかもしれない。それらを思うと、とても怖いんです。


 本当は、ただの独りよがりな自己満足で、あの人を傷つけてしまったかもしれないということこそが、私が一番恐れていることです。


 でも、逃げ回っていたことの罰があたったのかもしれません。海外を飛び回って久しぶりに帰国したと安心した途端、体が動かなくなったんです。どこかで病気でも拾ってしまったのかもしれません。ともかく、最早明日をも知れぬ身の上と成り果てました。


 あの人に知らせて欲しいわけでも、看取って欲しいわけでもありません。ただ、知って欲しかっただけなんです。ただの自己満足です。誰にも知られないまま、消えてしまうのが怖かっただけなんです。


 ただの、そこらへんに埋没してしまうような、しがない臆病者の、ただひとつ語れるような物語。語り手がこんな有様では、締まるものも締まりませんけど。


 でも、やはり小説のようにはいかないんですね。私、今でも心のどこかでひとつだけ願っていることがあるんです。最後にひと目でいい。あの人を見たい…なんて、それこそ小説のヒロインのような願い事、私には似合わないんですけど、それでも、願わずにはいられないんです。


 嗚呼、なんだか眠くなってきました。ねえ、今まで私の話を聞いてくれた貴方…お名前を聞くのを忘れてしまったわね。でも、名前も知らない貴方に感謝しています。静かに聞いてくれたこと、私のそばにいてくれたこと。


 何故かしら?貴方からはあの人に似た空気を感じたせいか、少ししゃべりすぎてしまったようね。とっても疲れたわ。でも、とても清々しい。


 名前も知らない貴方、ありがとう。おやすみなさい。一貴さん、愛していました。







「奏恵は…」


「さっき、永眠したよ」


「…そうか。いつも勝手に僕を置いていくんだね、君は」


 眠るように死んだ彼女は、記憶にあるよりずっとやせ衰えて。でも、その死に顔は幸せな夢を見ているように微笑んでいて。それがひどく、優しくて、切なくて。自分でも驚くくらいに、彼女を見とってくれた人と、僕は泣いた。


 彼女の想いがどうなったかは、みなさんにお任せしようかなと思います。

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