第9話 写真
トミィは私の10歳の誕生日に白い袋に入ってやってきた。
「誕生日プレゼントだよ」とパパに袋を手渡された私は、
それが急に動き出したので驚いて袋ごと投げ出したっけ。
そしたら袋の中から「キャンッ!」という声がして・・・
ずっと犬が欲しかった私は、飛び跳ねて喜んだ。
それから家族会議を開いて、私たちは新しい家族の名前を考えた。
ありきたりな名前じゃつまんないけど、あんまり奇抜な名前も呼びにくい。
そして結局パパが考えた「トミィ」に落ち着いたのは、
「元々外国の犬だから、外国の名前の方がしっくりくる」というおかしな理由からだ。
でも呼びだしてみるとトミィには「トミィ」以外の名前はありえないと思える程ピッタリだった。
この命名はパパのベストジョブだ。
でも、生まれてすぐ母犬と離されてうちに来たトミィはとても神経質で、
誰にも懐かなかったし、ろくに食事もしなかった。
散歩に連れて行こうとしても嫌がり、
リビングの隅で一日中丸まっていることがほとんどだった。
私は心配の余り、なぜか小学校の先生に相談したら、
たまたまその先生も犬を飼っていて、私にこうアドバイスをしてくれた。
「トミィはきっと寂しいのね。藍原さんだったら寂しい時、
家族の人にどうしてもらったら嬉しい?」
その日から、私は毎日トミィと一緒にベッドで眠った。
最初の頃はトミィはそれも嫌がっていたけど、
私がベッドの中で羽交い絞めにして離さなかったので、
やがて諦めて私と一緒に眠るようになった。
これは効果覿面で、トミィは少しずつ私に心を開いていった。
するとそれにヤキモチ(?)を妬いたパパが、
「今日からパパとママがトミィと一緒に寝る!」と宣言し、
その習慣は今でも続いている。
トミィはパパとママにとっては永遠の子供で、
私にとっても姉弟みたいなものだ。
「トミィ・・・」
警官が家にやってくるという非日常的な出来事のせいで、
警官達が帰った後しばらくぼーっとしてた私とジミィだったけど、
そんなことをしていてもトミィが見つかるはずもないので、
私は近所を探し回った。
ジミィも。
だけど今こうやって玄関に靴を履いたまましゃがみこんでいるのを見ればわかるように、
トミィは見つからなかった。
ジミィの靴がないところを見ると、ジミィはまだ戻ってきてないらしい。
それもそのはず。
私とジミィが家を出てまだ1時間しかたっていない。
でも、私はどうしても頭の中の疑問を払拭することができず、
トミィ捜索に集中できずに帰ってきてしまった。
疑問というのはもちろん・・・
ジミィが言っていることを信じれば、
昨日、ジミィがコンビニに行っている30分弱の間に、
何者かが家に忍び込み、トミィを連れ去ったことになる。
でも、犬を連れ去るなんて言うは易いしで、なかなかできることじゃない。
特に人見知りの激しいトミィのことだから、逃げ回ったり噛んだり、色んな抵抗をしただろう。
だけど家の中にはそんな痕跡は全くない。
ということは、やっぱり顔見知り(犬見知り?)の犯行・・・
もしくは、動物園で獣医さんがやるみたいに、
麻酔のハリを動物の背後から吹き矢で刺す、とか・・・
「そんなのヤダ!」
自分で想像しておいて、私は思わず声を出した。
トミィのあの身体に、矢が刺さるなんて、考えたくない!
それぐらいなら、まだ「顔見知り」の犯行の方がいい!
・・・「顔見知り」っていうのはつまり、ジミィ、もしくはジミィと共犯者ってことだけど。
私は落ち込みそうになる心を奮い立たせ、
必死に考えた。
もし本当にこの事件にジミィが絡んでいるなら、
トミィを私が探し出せるような場所に隠すはずがない。
それなら探し回っても無駄だ。そう思ったから帰ってきたんだ。
私がやるべきことは何?
ジミィを問い詰める?
でも、そんなことでジミィは本当のことを言うかな?
そもそも、ジミィの目的は何なんだろう?
パパへの復讐?
でも、ジミィはパパの子じゃないのよね?
なんだかよく分からなくなってきた。
よく分からないと言えば、あの変な予告状もそうだ。
ジミィが犯人ならあれもジミィが出したことになる。
だけどそれこそ目的が分からない。
単に私たち家族が困ったりトミィを心配したりするのを楽しんでいるだけだろうか。
これが小説なんかだと、
犯行の予告状というのは犯人の挑発や挑戦であることがほとんどだ。
そしてたいていの場合、予告状は1枚では終わらない。
犯人は次の犯行の時も、その次の犯行の時も予告状を出す。
それが主人公や警察を翻弄して・・・
ちょっと待って。
私は玄関の床から立ち上がり、
さっき閉めた玄関の扉を見た。
小説の中では、予告状は1枚では終わらない。
じゃあ、現実の世界ではどうだろう。
そう思ったとたん、身体の中から飛び出てくるんじゃないかという勢いで、
心臓が音を立て始めた。
まさか・・・
まさか。
恐る恐る玄関の扉を押す。
そのくせ、郵便受けが目に入った瞬間、
私はそれに飛びつくようにして蓋を開いた。
そこには、見覚えのある白い封筒が一枚、入っていた。
とにかく無我夢中で封を切る。
すると、その中からひらりと一枚の写真が私の足元に落ち、
もはや懐かしいとさえ思える姿がそこに見えた。
トミィだ・・・
どこで撮った写真なのか、
トミィは大きなクッションの上で寝そべっている。
ちょこんと出された短い前足も、
「小腹がすいたなー」というような人間染みた目も、
いつものトミィそのままだ。
「~~~よかった・・・」
私は写真を胸に押し当て、また地面にしゃがみ込んだ。
そして、ジミィが帰ってきて「どうしたの!?」と言って私の肩を抱いて立たせてくれるまで、
立ち上がることができなかった。