第7話 心配
家の隅から隅まで探したけど、結局トミィは見つからなかった。
「トミィ・・・」
私は力なくリビングの床に座り込んだ。
今までトミィがいなくなるなんてこと、
一度だってなかった。
トミィは人見知りが激しく、臆病者だから、
散歩中にリードを外しても私のそばから離れることすらない。
そんなトミィが家の中からいなくなった。
信じられない。
朝日はすっかり顔を出し、
部活に行く時間が迫っていた。
でも、とてもじゃないけどラクロスなんてやる気分じゃない。
「愛実。僕、警察に行って来るよ」
ジミィが難しい顔をしてリビングに入ってきた。
私はそのジミィをぼんやりと見上げる。
「・・・警察?警察が犬なんて探してくれるの?」
ジミィは首を横に振った。
「そういう問題じゃないんだ」
「どういうこと?」
「トミィは家の中にいない。ってことは、外に行ったってことだけど、
玄関も窓も全部鍵がかかってたから、自力じゃ出られなかったはずだ。
やっぱり愛実が最初に言った通り、誰かが連れ出したんだ」
「え?」
「今、家中の窓や鍵を見て回ったけど、どこも壊されたりこじ開けられたりした様子はなかった。
つまり、その『誰か』はよほどのピッキングの技術の持ち主か、
この家の合鍵を持ってるってことになる」
ピッキング・・・合鍵・・・
生々しいその言葉に、背筋に冷や汗が流れる。
「全然見当違いの考えで、実はトミィは勝手に出て行った、って可能性もあるけどね、
万が一ってこともある。何か、なくなってる物とかない?」
「なくなってる物?」
「現金とか通帳とか。もしそういう物がなくなっていたら、警察も話を聞いてくれるかもしれない」
「分かった!」
私は慌てて立ち上がり、
パパとママの寝室に走っていった。
そこにあるウォークインクローゼットの作りつけ棚に、
印鑑や通帳、生命保険の証書や家の権利書が置いてある。
「何かあった時のために」とママが場所を教えておいてくれたのだ。
「・・・」
「どう?なくなってる物、ある?」
クローゼットの中で棚をチェックしてると、
ジミィが入っていいのかどうか分からない、という感じで恐る恐るクローゼットを覗き込んだ。
私は首を振った。
「全部ある」
「じゃあ、泥棒が忍び込んだ訳じゃないんだね」
「うん・・・」
でも、トミィはいなくなった。
勝手に出て行くことは絶対にない。
物理的にも不可能だけど、トミィの性格や行動パターンを考えると、絶対有り得ないと断言できる。
これが人間の子供だったりすると「絶対」とは言えないかもしれないけど、
皮肉にもというか、トミィは犬だ。
だから「絶対」と言える。
動物の本能は「絶対」だ。
トミィは、家に忍び込んだ誰かに連れ去られた。
「・・・でも、警察は真面目に取り合ってくれないよね、きっと」
「そうとも限らないよ」
ジミィは励ますように私の肩を抱いた。
「やっぱり、警察に届けよう。愛実は部活があるでしょ?
僕がやっとくから、心配しないで」
「でも・・・」
「警察に話が終わったら、トミィを探しに行ってみるよ」
「うん・・・」
それでも煮え切らない私を、ジミィが立たせる。
「駅まで自転車で送っていくよ。僕はそのまま警察に行く。
何かあったら、携帯に連絡するから。大丈夫だよ。
お父さん達には連絡する?」
そうだ。
パパ達に知られたほうがいいかな?
いいよね?
でも、私たちの勘違いってこともあるし、
パパとママが2人で旅行に行くなんて、初めてかもしれない。
変な心配をかけたくない。
「まだ知らせないで」
「分かった。じゃあ愛実も元気だして。トミィはきっと無事だから」
「うん」
私はようやく少し笑顔になり、
ジミィが漕ぐ私の自転車に揺られながら駅へと向かった。
「ギリギリセーフね。何やってたの?」
ウォーミングアップのストレッチをしながら、
さなえが訊ねてきた。
「うん、ちょっとね」
曖昧に言葉を濁す。
さなえと葵に秘密にする必要なんてないんだけど、
話しているうちに自分が落ち込んで行きそうで話せない。
「もしやジミィと朝までガンバッてたとか?」
「もー、葵。何その、オヤジ発言」
さなえに小突かれて葵がケラケラ笑う。
まあ、朝まで頑張ってたには違いない。
意味が違うけど。
「・・・ねえ。鍵を壊さずに家に忍び込むのって、どうやったらできる?」
「はい?」
さなえと葵が笑顔を顔に貼り付けたまま固まる。
「どうしたのよ、愛実。泥棒にでもなるの?」
「そんな訳ないでしょ。昨日テレビで『警察24時』みたいなのやってたから」
「やってたっけ、そんなの?」
「さー。私、昨日の夜、出掛けてたから知らない」
「あ、デート?」
「へへへ、うん」
「いいなー、新婚さんは!」
会話がどんどん逸れて行く。
いつものことだ。
「ねえねえ、さなえ、どうなの?さなえも彼氏と朝までガンバッたりするの?」
「ほっといて。葵ってほんと、発言がオヤジ臭いよねー。ねえ、愛実?」
「うん・・・」
また会話が止まる。
2人が私の顔を覗きこんだ。
「愛実。本当に何かあったの?」
「ううん」
「なんだっけ、鍵を壊さずに家に忍び込む方法?」
さなえが本題に戻す。
「ピッキングしかないんじゃない?」
「・・・だよね」
「じゃなきゃ、コレだよ」
葵が、腿のストレッチをしながらパチンと指を鳴らす。
「なに、それ?」
「指を鳴らしたら、鍵が勝手に開くの」
「あのね・・・」
「漫画や小説の怪盗ナントカとかだったら、コレで鍵なんて簡単に開けちゃうじゃん?」
「現実の世界でそんなことある訳ないじゃん。真面目に答え、」
私はアキレス腱のストレッチの姿勢のまま言葉を切った。
怪盗。
怪盗って・・・なんだっけ。
私も最近そんなこと考えたような気がする。
怪盗・・・怪盗・・・泥棒・・・盗み・・・
予告状。
「あああ!!!」
「な、何?どうしたの?」
勢い良く立ち上がった私を、2人が見上げる。
でも私は2人に構うことなく、
校舎に向かって駆け出した。
後ろから顧問の「藍原!どこ行く!」と言う怒鳴り声が追いかけてくる。
そうだ。
2週間前の変な手紙。
「藍原家のお宝を頂戴する」ってやつ。
「お宝」ってトミィのことだったの?
あれはただのイタズラの手紙じゃなかったの!?
あの手紙は私の部屋のゴミ箱に捨てた。
もう2週間も経つ。
でも、もしかしたらもしかして、まだ残ってるかもしれない!
私は更衣室に駆け込み、携帯を開いた。