第6話 事件発生
ベッドの中で寝返りを打つ。
そう言えば今日、葵が「来週、部活の後に彼氏がいない者同士一緒に映画行こうよ」って、
嬉しくない誘いをしてくれたっけ。
失礼しちゃう、「彼氏がいないもの同士」だなんて。
まあ確かに、彼氏いないけど。
そう言えば昨日、遠藤からも「飯食いに行こう」って誘われたんだっけ。
もちろん、早く帰るためにスルーしたけど。
もう1つ寝返りを打つ。
そう言えば2週間前、怪盗気取りの変ないたずらの手紙が来たっけ。
「藍原家のお宝を頂戴する」とかなんとか。
パパにもママにも見せずに、ゴミ箱へ直行便で送ってやったけど。
第一、うちには「お宝」なんてないし。
そう言えば、2週間とちょっと前、夏休みの宿題が出たんだっけ・・・
「うわっ!全然やってない!」
私はベッドから飛び起き、
机の端にエベレストの如く積み上げられている夏休みの宿題集団を呆然と眺めた。
すっかり忘れてた・・・
だって、夏休みが始まってすぐジミィがうちに来て、
それどころじゃなかったから・・・
でも。
言い訳しても夏休みの宿題が減る訳でも、
先生に「そうか、そうか、それは仕方ないな。藍原は免除してやるよ」なんて言ってもらえる訳でもなく。
私は恨みを込めてシャーペンをカチカチやりながら椅子に座った。
が、私の視線は机には向かわず、左の壁へと向かった。
ジミィも今頃、隣の部屋で勉強してるのかな。
1時間前のジミィの告白には驚いた。
でも、ジミィが弟でもなんでもない、と言う事に驚いたのではなく、
「突然かっこいい弟が現れたけど、実は血は繋がっていませんでした」という、
私が頭の中で思い描いていたことがそのまま現実になったことに驚いた。
話が上手すぎない?
だけど現実にジミィは私の弟ではないらしい。
ジミィ曰く、
ジミィの「お父さん」は、ジミィのお母さんが私のパパと別れた直後に付き合い始めた男だそうだ。
「でも、もしかしたらジミィはパパの子かもしれないじゃない」
「うん、母さんも妊娠が分かったときにはどっちの子供が分からなかったって。
でもその時にはもう、後の男の人とも別れてたし、どっちの子でもいいやと思って産んだらしい。
そしたら、生まれた子供の・・・僕の血液型がAB型だったから、
どっちの子供かはっきりしたんだ」
AB型。
パパはO型だ。
O型の親からは絶対にAB型の子供は生まれない。
例えもう片方の親が何型でも。
「・・・パパはジミィが自分の子じゃないって知ってるの?」
「知らないと思う。母さんがお父さんに『あなたの子だから1ヶ月預かって欲しい』って言ったら、
自分に子供がいたことに驚いてはいたけど、
特に不審がる様子もなく『分かった』って言ってたから」
ジミィがちょっと肩を落とした。
パパを騙したことを申し訳なく思っているんだろう。
「本当の父親は行方知らずなんだ。僕には親戚もいない。
だからお父さんに・・・愛実のお父さんに、頼るしかなかったんだ。ごめんね」
「そんな・・・私はいいけど・・・」
違う。
パパは気付いてる。
だけど人のいいパパはそれでも昔付き合っていた女の人の頼みを断れず、
ジミィを預かったのだろう。
そしてパパは私がジミィに密かな恋心を抱いてるのにも多分気付いてる。
今日突然旅行へ出掛けたのも、私の恋を応援してのことかもしれない。
ママもだ。
ママもジミィがパパの子でないことを知ってるから、
ジミィに優しくできるんだ。
そうでなきゃ、夫と浮気相手の子供になんて優しくできないよね。
つまり、知らなかったのは私だけってことだ。
なんかちょっと悔しいけど、怒りは感じない。
どんな形であれ、ジミィと知り合えてよかった。
パパとママがジミィをパパの子供として預かっているのなら、
私もそれに合せよう。
そして1ヶ月経ったら・・・
1ヶ月経ったら、私とジミィはどうなるんだろう?
ジミィは地元に帰って、私はもうジミィと会うことはないんだろうか?
そんなの寂しすぎる。
結局私は、
浮かれた気持ちと、間もなくやってくるジミィとの別れを惜しむ気持ちの板ばさみで、
宿題に全然集中できなかった。
事件は真夜中に起きた。
ううん、本当はもっと前から起きてたんだけど、
私がそれに気付いたのが真夜中だった。
午前1時24分。
ふと目が覚めて開いた携帯にはそう表示されている。
どうしてこんな時間に目が覚めちゃったんだろう、とその時は思ったけど、
後から考えれば「虫の知らせ」というやつだったのかもしれない。
私はなんとなく喉が渇いて、1階のキッチンへと下りた。
冷蔵庫からガラス製のポットを取り出し、コップに麦茶を注いでいると、
ちょうど顔の角度的に、キッチンの隅が視界に入ってくる。
そこに置かれていたのは・・・
私はコップをシンクに放り投げ、
2階へと駆け戻った。
「ジミィ!!ジミィ、起きて!!!」
深夜とは思えない勢いでドアを叩いたけど、
ジミィは起きていたのか、ノブはすぐにカチリと回った。
「愛実、どうしたの、こんな夜中に」
「ジミィ!ジミィは!?ジミィはどこ!?」
「は?」
ジミィが目を丸くする。
「落ち着いてよ、愛実。僕はここにいるから」
「あ。違う!トミィ!トミィはどこ!?」
「トミィ?」
今度はジミィの目が怪訝そうに細まった。
「あれ・・・そういえば、見ていないね」
「でしょ!?」
パパとママの旅行や、ジミィの突然の告白に気を取られて忘れていたけど、
私、部活から帰ってから一度もジミィ、じゃなかった、トミィを見てない!
「パパとママが連れて行ったのかな!?」
「いや、そんなこと聞いてない。それに2人を見送った時、確かにトミィは僕と一緒にいたよ」
「じゃあ、いついなくなったの!?」
思わずジミィの胸にすがりつく。
というか、ほとんど胸倉を掴む勢いだ。
「待って。思い出すから。
えっと・・・お父さん達が出掛けて、僕、トミィと散歩に行ったんだ。
で、帰って来てトミィに水をあげて・・・」
確かにさっき、キッチンの隅に飲みかけの水が入ったトミィのお皿があった。
私はそれを見てトミィのことを思い出したのだ。
ジミィが「そうだ」と言ってパッと顔を上げた。
「僕、その後、トミィを家に置いたままコンビニにジュースを買いに行ったんだ。
・・・コンビニから戻ってから、トミィを見てない」
「じゃあ、ジミィがコンビニに行ってる間にいなくなったってこと?」
「そうだと思う」
「・・・」
ジミィの肩が落ちる。
「ごめん・・・ちゃんとトミィも連れて行くべきだった」
「そんなこと・・・」
うちから近くのコンビニまでは歩いて5分。
コンビニで10分買い物したとしても、
往復で30分もかからない。
それくらいの時間、トミィは大人しく1人(1匹)で留守番できる。
私もコンビニに行くぐらいなら、トミィを1人で残していく。
もっと長い時間、1人の時だってある。
それを知ってるジミィがトミィを置いていったことを、責めれるはずがない。
「鍵は掛けて出た?」
鍵を掛けてても掛けてなくても、
室内犬のトミィは1人で出て行ったりしない。
それでも聞かずにはいられない。
するとジミィは自信たっぷりに頷いた。
「それは間違いないよ。僕、居候の身だから、戸締りだけはきちんとしようと思ってるんだ。
窓の鍵も全部締めて出た」
クーラーをつけてないくせに、防犯の為に窓を閉め切って蒸し風呂状態の部屋にいたジミィが言うのだから、
それこそ間違いないだろう。
ということは・・・
どういうことなんだろう?
ジミィが腕を組む。
「トミィは自力じゃ外に出られなかった。つまり・・・」
「誰かが連れ出したってこと!?」
「いや、家の中のどこかに隠れてるのかもしれない。もしくは、間違って閉じこもってしまったか」
「!!!」
そんな当たり前のことに気付かないなんて!
私、よっぽどパニックしてたのね。
その夜、私とジミィは家中のカーペットまでひっくり返してトミィを探し続けた。