第4話 手紙
改札を出ると、意外な、そして嬉しい笑顔がそこにあった。
「おかえり、愛実」
「ジミィ!」
思わず、さなえと葵が一緒なのも忘れてジミィに駆け寄る。
「どうしたの?」
「おばさんが『そろそろ愛実が部活から帰って来る時間だわ』って言ってたから、
お迎えに来たよ」
「ほんと!?」
「あはは、半分ね。実はこの辺の散策もしてみたかったんだ」
ジミィが右手の紙袋を軽く持ち上げる。
駅前の本屋のものだ。どうやら本を買ったらしい。
でも!
他にも目的があるにせよ、「弟」が駅まで迎えに来てくれるなんて!
しかもイケメン!
理想的な弟だわ!
私が「どう!?」と言わんばかりに胸をそらして振り向くと、
間抜けた顔でジミィを見るさなえと葵の顔があった。
私と目が合い、二人がハッと我に返る。
「・・・あ、は、はじめまして!浜口葵です!」
「谷田さなえです。君が噂のジミィ君ね。確かにイケメンだわー」
でしょ、でしょ?
葵がジミィに大接近して、顔を見つめる・・・というか、観察する。
ちょっと、そんなにジミィに近づかないでよね。
「ふうん、なるほどね。こりゃ、愛実が惚れる訳だわ」
「あ、葵!!!」
「中学3年?こんなかっこいい中学生、見たことない」
それから葵とさなえは私の家までひたすら、
「かっこいい、かっこいい」と連呼し続けていた。
って、さなえ。あんた、彼氏できたばっかでしょっ!
「見学に来た甲斐があるってもんだわ」
葵の言葉に、私はむうっと頬を膨らませた。
「『見学』なんて言わないでよ。ジミィは人間なんだから」
「でも、葵がそういうの、分かる。
あれはもはや、ちょっとした造形美よね。見学っていうか鑑賞したくなる」
「うんうん。眼鏡がまた素敵よね」
「あれ?葵って眼鏡クン好きだっけ?」
「イケメンならなんでもアリっしょ」
「だね」
リビングの端でトミィとじゃれあってるジミィを見て、
さなえと葵が頷きあった。
必要ないと思うけどややこしいからもう一度言っておくと、
ジミィは私の腹違いの弟で、トミィはペットのミニチュアダックスフンドだ。
トミィはすっかりジミィにべったりで、甘噛なんかしてじゃれてる。
「それにしても、人見知りの激しいトミィがあんなになつくなんて、珍しくない?」
さなえがグラスに入った麦茶を飲みながらそう言うと、
キッチンからママの声が飛んできた。
「そうなのよ。さなえちゃんにも葵ちゃんにもいまだになつかないのにね。
なんとなく家族って分かるのかしら」
そうなのだ。
トミィが私とパパ・ママ以外になつくなんて今までなかった。
それなのに何故かジミィには昨日の初対面から一度も警戒心を抱くことなくなついてる。
ママが言う通り(ママが言うのも変だけど)、
トミィはジミィを家族だと分かっているのかもしれない。
それにジミィも「昔、犬を飼ってたんだ」だそうで犬の扱いはお手の物らしく、
トミィと全身で触れ合っている。
それがまた「動物と戯れる美少年」なんてタイトルがつきそうな光景で、
惚れ惚れと見とれてしまうんだな、これが。
「何してても絵になるわねぇ」
私と同じことを考えていたらしい葵が、
感嘆のため息をつく。
「ちょっと。私、葵が妹になるなんて嫌よ。
弟だってできたばっかりなのに、妹までいらない」
「できたばっかりだろうとなんだろうと、ジミィは愛実にとっては弟であって、家族でしょ?
どうせ結婚はできなんだから、私にちょーだい」
「嫌」
私はきっぱりと言い放ってグラスを持つと、
遊びに夢中で私たちの会話なんてきっと耳に入ってもいないであろうジミィとトミィを眺めた。
確かにジミィもトミィも、葵の言う通り私の家族だ。
でも、犬のトミィはもちろん私と血なんか繋がっていない。
・・・ジミィも・・・
どうせならジミィも本当に、私と血が繋がってなければいいのに。
私とは赤の他人だったらいいのに。
そうしたら、それこそさっき学校でさなえが言ってたみたいに、
「ジミィは何者ってなっちゃうし」だけど、それでもいい。
誰かに「実は愛実とジミィは姉弟じゃないんだよ」って言って欲しい。
パパの浮気を呆れる気持ちと、それをまだどこかで信じ切れていない気持ち。
パパの浮気のお陰でジミィが生まれたのだという感謝に近い気持ちと、
どうして私とジミィは血が繋がってるのよ、という理不尽な気持ち。
なんだかよく分からなくなってきた。
私はさなえと葵を門のところで見送ると、
軽く息をついて、家の北側にある部屋の方を見た。
我が家で一番日当たりが悪いそこは、パパの仕事場だ。
なんでも、暗くてじめっとした所の方が「浮かぶ」らしい。
今もあそこで自称・ミステリーを書いているはずだ。
パパは作家だから当然かもしれないけど「執筆オタク」で、
ペンを執り始めてから二十数年、とにかく純愛小説を休むことなく書き続けてきた。
そんな、純愛路線と途切れることのない出版が持ち味のパパが、
私が高校に入学した頃ぐらいから「浮かばない」と言い出した。
そしてそのまま約4ヶ月のスランプが続き、突然のミステリー宣言。
どうしちゃったんだろう。
もしかして、ジミィと何か関係があるんだろうか?
今まで音信不通だった元愛人と息子から急に連絡があって動揺したとか?
ちなみに「音信不通だった」というのは私の想像だけど、多分そうなんだと思う。
だって今までパパは、外に女の人がいる気配がなかったどころか、
基本、ひきこもって小説を書いているので、外に出ること自体あまりなかった。
浮気を続けていたとは考えにくい。
でも、だからってどうしてミステリーなんて・・・
そう思いながら、ふと郵便受けを見ると、
中に何か入っているのが見えた。
白い封筒のようで、ダイレクトメールにしては地味だ。
郵便受けから出すと、
そこには、差出人はおろか宛名も書かれておらず、もちろん切手も貼られていなかった。
パパへの投げ込みのファンレターかもしれない。
たまにいるんだよね、こういう熱狂的なファンが。
あんなワンパターン小説のどこがいいのかと思うけど、
蓼食う虫も好き好きだからそこは目を瞑るとしよう。
でも、「星空煌理」を女だと勘違いして、
男の人がラブレターまがいのファンレターを送ってくるのはやめて欲しい。
確認の為に封筒を開く。
几帳面に4つに折られた無機質な便箋が一枚、それだけだ。
これは。。。
「星空煌理を女だと勘違いしちゃってる男性ファン」の可能性高し、だな。
男の人って、便箋や封筒に気を使わないもんね。
パパに渡さずこのまま捨てちゃおうかな、と思ったその時、
便箋の裏から「藍原」という文字が反転して透けて見えた。
パパは本名を公開していない。
もちろん、これをうちの郵便受けに直接入れているのだから、
これを書いた人はうちの苗字を知っているんだろうけど、
パパのファンならパパのことは「星空煌理さん」とか「先生」とか書くはずだ。
「藍原」とは書かないだろう。
不思議に思って便箋を開き、
私は目を丸くした。
そこには立派な毛筆で、
「藍原家のお宝を頂戴する」
と、デカデカと書かれていたのだった。