第3話 恋?
「腹違いの弟が突然現れた?しかも極上の美少年?」
「すごーい!星空煌理の小説みたい!」
だから。
星空煌理の小説にそんなのはないんだって。
私は心の中で、葵の言葉に訂正を入れた。
学校はもう夏休みに入ったけど、
もちろん部活はある。
今はその15分休憩で、さなえと葵と一緒にいつも通り校庭の木の下座って、
早速昨日のとんでもない出来事を話している最中だ。
「全然凄くない。だって腹違いってことは、パパは浮気してたってことだよ!?」
「昔の話なんでしょ?」
「そうだけど!」
ジミィは中学3年生。
私と1学年しか変わらない。
つまりパパは私が生まれるか生まれないかの頃に浮気していた訳で・・・
さいてー。
さなえが三角座りに体型を変える。
「そっかー。そりゃ確かに娘としては複雑ね。おばさんも怒ってるんじゃない?」
「それがさー、そうでもないのよ。ジミィが夕ご飯食べてないって言ったら、
ニコニコして『ジミィ君は何が好きかしら?』とか言いながらご飯作ってたし」
私は冷凍チャーハンだったのに!
なんで浮気相手とパパの子にそんなに気を使う訳!?
「ただのヤキモチじゃん」
「違う!」
「じゃあ、そのジミィってのがすごいヤな奴だったとか?」
「・・・違う」
「やっぱりただのヤキモチじゃん」
「・・・」
「で、どうして急に弟が現れた訳?」
「それがさ!聞いてよ!」
私は急に息を吹き返して、前のめりになった。
「ご、ごめんね、ジミィ君」
パパに2階を案内してあげなさいと言われた私は、
2人きりになると取り合えずジミィ君に謝った。
するとジミィ君はちょっと困ったような笑顔で首を傾げた。
眼鏡の奥で細められた目は、
思春期真っ只中の中学生の男の子とは思えないほど優しげだ。
思わず胸がキュンとなる。
「どうしてお姉さんが謝るんですか?謝るのは僕の方だと思うんですけど」
「別にジミィ君は悪くないわよ。
ただ、ジミィ君にとってはこの家、あんまり居心地良くないかな、と思って」
私がそう言うと、ジミィ君は今度こそ正真正銘満面の笑みになった。
「そんな心配してくれるなんて嬉しいです、お姉さん」
「そ、そう」
うう。眩しいくらいにイケメンだわ。
3枚目好みの私も、くらっときてしまうほどに。
私は顔が赤くなってるのを隠すために、頑張ってジミィ君から目をそらした。
「ジミィ君、夏休みいっぱいうちにいるんだっけ?」
「はい。母が仕事で1ヶ月海外に行くんですけど、僕は受験生だから残る事にしたんです」
「そっかー、大変だね。困ったこととか頼みたいことがあったら、なんでも言ってね」
「すみません、お世話になります。・・・じゃあ、早速一ついいですか?」
ジミィ君にあてがう部屋の扉に伸ばした手を止め、
私はジミィ君に振り返った。
「何?」
「僕のことはジミィって呼び捨てにしてもらえませんか?一応姉弟なんだし」
「・・・」
呼び捨て、か。
本人が言うのだから、そうしてもいいんだけど、
ちょっとそれは気が引ける。
だって、ジミィって名前はパパが付けたのだという。
実は犬のトミィもパパが命名したのだ。
ジミィとトミィ。
どうもパパはこういう名前が好きらしい。
でも、息子とペットの名前が似てるってどうなのよ?
パパにとって、愛人の子はペットレベルなの?
もちろん、藍原家ではトミィはペットというよりもはや家族だし、
パパもかわいがってる。
それにトミィを飼い始めたのは、ジミィが生まれたずっと後だ。
パパがジミィを育てられない代わりに、
ペットにトミィという名前をつけてかわいがっているのだとしたら、
それはそれで筋の通った話かもしれないけど、
犬に向かって「トミィ!」といい、弟に向かって「ジミィ!」というのは、
違和感がある。
私が返事に困ってると、
ジミィ君は私の考えを察したのか、ある提案をしてきた。
「その代わり、僕もお姉さんのこと『愛実さん』って呼んでいいですか?
今までずっと一人っ子だったのに、いきなり『お姉さん』って舌が回らなくて」
「ふふふ、そうよね。わかった、じゃあ私、ジミィって呼ぶよ。私のことも愛実でいい」
「えっ。でも・・・」
「学校の同級生がね、『弟が私のこと、名前で呼び捨てにするの』って言ってたの。
その子は、お姉ちゃんって呼んでほしいみたいなんだけど、私は仲のいい姉弟でいいなーって思った。
だから、愛実でいいよ」
「わかりました」
「です・ます、もなし」
「あはは。うん、わかったよ、愛実・・・こんな感じでいいですか?」
「まあ、いいでしょう」
この時見せたジミィの笑顔は、その日一番輝いていた。
「ちょっと、ちょっと。何、恋する乙女みたいなこと言ってるのよ」
さなえがわき腹をつついてくる。
「だってー」
「愛実は3枚目専門でしょ?」
「専門って訳じゃないし」
すると、葵が勢いこんで聞いてきた。
「ねえねえ、そのジミィって子、三浦君とどっちがかっこいい?」
「え?1組の三浦君と?」
「うん!三浦君て、私が今まで見た中で一番イケメンだからさ、どっちかなと思って」
ジミィと三浦君、かあ。
そう言えば、ジミィと三浦君ってちょっと似てるかも。
イケメンはイケメン故に似るのかもしれない。
「うーん。ジミィのがかっこいい」
「うそ!?それ、絶対愛実の欲目でしょ!?三浦君よりかっこいいなんて、ありえない!」
「そんなことないよ。客観的に見ても、三浦君よりかっこいいと思う。
なんか、浮世離れしたかっこ良さだもん」
そしてそのくせ、王子様王子様してる三浦君と違って、
ジミィはおちゃめでかわいいところもある。
それがヤバイ。
そして更にヤバイのが「突然現れたかっこいい弟」という誰しも胸がときめく設定。
贅沢を言えば「兄」がよかったけど、それはあのかっこよさに免じて許そうぞ。
ついでにパパの浮気も、あんなイケメンを世に輩出したという意味では、
目を瞑ってやってもいい。
と、さっきまでおちょくりモードだったさなえが、
急に真面目な顔になった。
「愛実。キャーキャー言うだけならいいけど、本気になっちゃダメよ」
「本気なんて・・・」
「それこそ小説の世界じゃないんだから、弟との恋なんて報われる訳ないじゃん。
それに1ヶ月したら、地元に帰っちゃうんでしょ?やめときなよ。
彼氏なら、遠藤君がいるじゃん。愛実なら頑張れば三浦君だってその気にさせられるかもしれないし」
別に、遠藤に対してはもちろん、三浦君に対しても頑張る義理はない。
・・・それに、ジミィにだって、頑張るつもりないし。
分かってる。
腹違いでも弟は弟だ。
好きになったりなんかしない。
今はドラマチックなこの状況にちょっと酔ってるだけ。
すぐに目が覚めるわよ。
それにしても。
「イケメンなのよぉ~!」
「全っ然覚めてないじゃないっ!」
「だってー!」
私は頬を膨らませた。
あんなレベルの高い男の子、そうそうお目にかかれるもんじゃない。
「弟といいつつ実は血が繋がっていませんでした、ってオチになんないかなあ!?」
「思いっきりジミィに恋しちゃってるじゃん、愛実・・・。
無理無理、そんなどんでん返し、現実の世界にある訳ないよ。
それに、百歩譲ってもしそうなったとしたら、ジミィは何者ってなっちゃうし。
そんなのただの押しかけ居候じゃん」
「うっ・・・。でも、ジミィならそれでもいい」
「めーぐーみー!しっかりしてよぉ~」
本気で心配するさなえと、無責任に面白がる葵。
私の恋はどうなることやら。
てゆーか、恋なんだろうか?
ま、いーや。