第2話 突然の来客
ミニチュアダックスフンド独特の小さくて、それでいて案外がっしりした身体をなでながらチャーハンを食べていると、
突然リビングの扉が開いた。
ママはキッチンで夕ご飯の準備をしているし、トミィは私の膝の上だから、
扉を開ける人物は一人しかいない。
パパだ。
「~~~~母さん、腹が減った」
「あたりまえでしょ。朝から何も食べずに仕事場にこもってたらお腹もすくわよ」
そう言いながらママの手はすでに冷蔵庫へ伸びている。
「取りあえず愛実と同じ冷凍チャーハン食べといて。すぐに夕ご飯作るから」
「わかった」
伸び放題のぼさぼさ頭のパパは、黒縁の眼鏡をかけなおしながら椅子に座った。
きちんとした格好をすれば中々見れる顔なのに、
今は半纏をプラスすれば立派に「一昔前の売れない漫画家」状態である。
これが「星空煌理」だなんて、イメージダウンもいいとこだ。
私は羨ましそうに私のチャーハンを覗き込むパパに訊ねた。
(もちろんチャーハンを分けてやったりはしない)
「閃いたんだって?」
「そう!そうなんだ!画期的な小説を思いついたんだぞ!」
「あっそ。で、主人公はどんな女の子?」
パパの「画期的」を真に受けてはいけない。
星空煌理の小説の主人公の9割は「引っ込み思案な女子高生or女子中学生」だ。
画期的と言っても、それが「引っ込み思案な小学生の女の子、もしくはOL」になる程度だろう。
ところが。
「主人公は男だ」
「え?」
私はスプーンを落っことしそうになった。
「男の子?」
「ああ」
どうだと言わんばかりに胸を張るパパ。
・・・確かにそれは画期的だわ。
だけど私は不安になった。
もちろんパパの小説の幅が広がるのはいい事だ。
でも星空煌理小説ファンのほとんどは、今の作風をこよなく愛している人が多い。
男の子が主人公の小説なんて書いたら、そういう固定ファンが離れていくんじゃないだろうか。
代わりに新たなファンが増えればいいけど・・・
「ちょっとパパ。私が社会人になるまでは今まで通りやってよ。
路頭に迷ったらどうするのよ」
「大丈夫だ!今度の小説はベストセラー間違いなし!ドラマや映画の話もきっと来るぞ」
きっと来ないぞ。
「ちょ、ちょっと待って。出版社の人に渡す前に私に見せてよ。評価してあげる」
「それは嬉しいな。愛実好みだと思うぞ」
「私好み?・・・それってもしかして・・・」
「ミステリーだ」
パパはますます胸を張り、椅子ごとひっくり返りそうなくらいふんぞり返った。
そして私は別の意味で椅子ごとひっくり返りそうになったのだった。
パパがミステリー?
無理!絶対に無理よ!ありえない!
チャーハンを食べたにも関わらず夕ご飯もしっかりいつも通り食べて自分の部屋に戻った私は、
江戸川乱歩の小説片手に部屋の中を歩き回った。
本を読みながら歩き回ってる訳じゃない。
この本を持っているといつも落ち着くのだ。
でも残念ながら、今日ばかりはその効果も期待できそうにない。
そうなのだ。
パパは今まで純愛物以外書いた事がない。
いきなりミステリーなんて無理がありすぎる。
どんなハチャメチャなミステリーでもいいなら書けるかもしれないけど、
仮にもパパはプロの小説家だ。
パパの書いた小説は本になり、お客さんはお金を出してそれを買っていく。
つまりこの江戸川乱歩、とまではいかなくても、
それなりに質の高いミステリーが求められる。
そんなの、パパに書ける訳がない。
私はパパの小説への反発のせいか、子供の頃からミステリーばかり読んでいた。
パパの小説も一応全て読んでるけど、私に言わせればまさに子供だましだ。
あんな小説にお金を出す人の気が知れない。
もっともパパに言わせれば「子供に子供だましは必要ないが、大人には必要なんだ」だそうだ。
私、そんな大人になりたくないんですけど。
とにかく、パパのミステリー執筆はなんとしてでも阻止したい。
出版社の人だって、まさかパパのミステリーを出版したりしないだろう。
それなら出版社の人にもパパのミステリーを見せるべきじゃない。
「星空煌理はやっぱりろくなミステリーを書けない」という烙印を押されるより、
見せないままにしておいて「書けるかもしれない」と思われている方がいい。
よし!何が何でも邪魔してやる!
と、せっかく江戸川乱歩に誓ったのに、
まさか邪魔が入るのは私の方だとは、この時は夢にも思わなかった。
それも飛び切り甘美な邪魔が。
パソコンいじって、お風呂に入って、パジャマに着替えて、後は寝るだけ!
になった時、急にパパにリビングに呼ばれた。
まさかさっき言ってたミステリーがもう完成したんじゃないでしょうね?と思ったけど、
いくらなんでも早すぎる。
別の用件だろう。
私は階段を降りながら考えた。
じゃあ、小説の内容に関する相談とか?
それならわざと混乱するようなことを言って、パパに書くのを諦めさせるって手もある。
だけどさすがにそれはかわいそうかな。
それに一ミステリーファンとしては、
ミステリーに関して滅茶苦茶なことを言うのはプライドが許さない。
でも恋愛小説家の星空煌理がミステリーを書くことも許せない。
うーん。どうしたものか。
ところが。
パパが私をリビングに呼んだのは全くの別件だった。
それは、リビングのソファに行儀よく座っている極上の美少年を見ればすぐに分かる。
って、誰?この子。
私はパパに勧められるがままに、美少年の向かいに座った。
鼻筋の通った小顔に、細身の長身。
でもガリガリではなく、ちゃんと筋肉がついてて姿勢がいいし、
薄い色のジーパン姿ではあるけど襟付きのシャツを着てるので品良く見える。
四角いフレームの眼鏡と凛とした雰囲気で、いかにも賢そうだ。
でも、顔立ちが幼いところを見ると、多分中学生だろう。
私が「足長いなー」と思いながらその子を見ていると、
パパがその子の隣に腰を下ろした。
「愛実。この子は曽野江ジミィ君、中学3年生だ」
思わず肩の力が抜ける。
「じ、じみぃ?ハーフなの?」
まあ、そんな風に見えなくもないけど。
「いや、ジミィ君は純日本人だ。それは間違いない」
「・・・ふーん」
そんな名前のくせに?
そりゃ、名前はジミィ君のせいじゃないけどさ。
純日本人の息子に「ジミィ」なんて名前をつける親を見てみたい・・・
と、思っていたら、
何故か急にパパが鼻の穴を膨らませた。
「どうだ。顔も名前もかっこいいだろ?」
「・・・そうね」
本人を目の前に、「変な名前ね」とは言えない。
しかし私の適当な相槌で、パパの機嫌が更に良くなる。
いや、良くなりすぎたようだ。
「そうだろ、そうだろ。なんて言ったってパパの子だからな」
「ふーん・・・って、は?」
「ジミィって名前もパパが付けたんだぞ?我ながらいいセンスだ。うんうん」
「ちょ、ちょっと待って」
顔がかっこいいとか、名前が変とかは、置いといて。
今、なんて言いました?
パパの子?
誰が?
私が?
・・・え?ジミィ君が?
それって・・・え?
どういう意味?
私が混乱していると、
ジミィ君が、女の子なら誰しもうっとりするであろう笑顔で私を見て言った。
「はじめまして、お姉さん」