第19話 生きる世界
「おかえり!」
私と葵は満面の笑みでグラスを掲げた。
中に入っているのはもちろんジュースだけど、
5年後、これがお酒に変わっても、
私たちは「こういう事」で「おめでとう!」と言い合ってる気がして怖い。
祝われてるはずのさなえが1人、プーッと膨れる。
「人が失恋したってのに、もうちょっと慰めてくれてもいいんじゃない?」
「自分から振っといて何言ってんの。しかもクリスマスイブに。酷い女ね。
水谷君がかわいそう」
「だってー。なんか合わなかったんだもん」
「身体が?」
「そこまで行ってない」
「そうなの?じゃあどこまで行ってたの?」
「内緒」
「後学の為に教えてよー」
ガールズパワーは恐ろしい。
クリスマスイブだからか、待ち合わせのカップルで溢れてる真昼間のカフェでもこの会話だ。
それにしてもこんな日に振られるなんて、ほんとかわいそうだな、水谷君。
「とにかく!独身へおかえりなさい!」
「女3人でクリスマスイブを楽しもう!」
「おう!って、あれ?愛実、遠藤君は?」
「・・・遠藤は別に彼氏じゃないもん」
そう。いまだに猿の遠藤は私に言い寄ってきている。
秋にはグループでだけど、一緒に遊園地も行ったりした。
それなのに!なんで肝心のクリスマスイブには誘ってこない訳!?
遠藤のこと、好きって訳じゃないけど、
クリスマスイブに強引に誘われたら、
シングル女子としてはちょっとときめいたりもするじゃない!?
これだから猿は!!!
女心を全っぜん!分かってない!
「自分から誘えばよかったじゃん」
「なんで私が遠藤なんか誘わなきゃいけないのよ!」
誘うまでもなく、遠藤は友達の三浦君たちと帰っちゃったしっ!
「しっかりチェックしてるじゃん」
「違う!」
「愛実に彼氏ができるのはまだまだ先みたいねー」
「ほっといて。
私は超イケメンの先生とか、超カッコイイ腹違いのお兄様と恋に落ちてみせるんだから!」
「まだ言ってるよ。成長しないね、愛実も。あ、ねえねえ、カップルと言えば!
三浦君て、クラスメイトの飯島さんと付き合ってるらしいよ!今日も一緒に帰ってたもん!」
「ええ!?うわー!学校1のイケメンがついに!!!やだーっ!」
「葵がヤダーって言っても、仕方ないじゃん」
あっさりと立ち直るさなえ。
そしてあっさりと放置プレイされる私。
ま、いいけど。
私は騒ぐ二人を横目に、ズズズーっとジュースを飲み干した。
「そうだけど!あれ?三浦君て、遠藤君と帰ったんじゃないの?」
そうそう。私見たもん。
「だから。遠藤君と飯島さんと、あと他の友達何人かと帰ったみたい」
正確にはあと2人ね。
あれは確か溝口君って子と、高山さんって子だったわ。
「クリスマスイブなのに、飯島さんと2人で過ごさないのかな?」
そーよねー。
遠藤も気を利かせなよ。
「どっかで別行動するんじゃん?」
ああ、なるほどね。
で、その後は2人っきりって訳か。
「~~~~いいなぁ~~~~」
私は、空になったコップが倒れるのも気にせず、ガバッとテーブルに突っ伏した。
私の心からの叫びに、さなえと葵が顔を見合わせる。
「遠藤君で我慢しときなさい。現実はそんなもんよ。王子様なんていないんだから」
「いるっ!」
「あ!王子様で思い出した!ねえ、コレ見て!」
また私を放置プレイして、葵が通学鞄から雑誌を取り出した。
「NYOJYO」というアイドル系雑誌だ。
のそのそとテーブルから顔を上げると、
表紙の爽やかな笑顔の男の子と目が合った。
!!!こいつはっ!!!
「この表紙の子!明日デビューするんだって!超かっこよくない!?まさに王子様!」
「うわぁ!ほんとだ!やばっ!なんて名前?」
「KAZUだって」
「へぇ~。うわー、これは本当にかっこいいわ」
さなえがマジマジと雑誌の表紙を見つめる。
私はと言えば、すっかり見慣れたそんな顔を今更見る気にもなれず、
再びテーブルに顔をうずめた。
・・・でも、あれから5ヶ月も経つ。
ちょっと懐かしい。
私は目だけテーブルから上げ、もう一度その笑顔を見た。
心なしかさっきの爽やかさは消え、
「ほーらな。愛実も俺の顔を見たいんだろ?」と自信満々で言っている気がする。
別に。
あんたの顔なんか見たくないわよ。
さなえも葵も一度見たことのある顔なのに、まるで気付いていない。
眼鏡をしてないからかな?
それに化粧もちょっとしてるんだろう。
化粧・・・
あいつが。
きっと「なんで男の俺が化粧なんてしないといけないんだよ!?そんなもんしなくても、
俺は充分カメラ映りに堪えられる!!!」とか大騒ぎしたんだろうな。
プププ。
ダメよ、KAZUクン。
芸能人なんだから。
笑いを噛み締める私を無視し、
2人は雑誌を開いて大騒ぎを続けている。
「えーっと、何々?3月31日生まれ、現在中学3年生・14歳、だって」
「14歳!?見えない!大人っぽい!」
「家族は両親と双子の妹」
「いいなー、その妹。こんなかっこいいお兄さんがいるなんて!」
「趣味は読書」
「いいねぇ。賢いんだ」
「最近はまってる本は星空煌理の『御園探偵』」
ブッ!!!
私は思わず吹き出した。
「どうしたの、愛実?」
「う、ううん!何でもないっ!!!」
私はまた机とお見合いを始めた。
「御園探偵」。
パパの新作だ。
だけど実はそれ、私が書いてたりする。
ミステリーを書く!と豪語していたパパだけど、
やっぱりパパの頭は純愛路線から離れることはできず、
結局締め切り前夜になっても原稿用紙は白いままだった。
そこで仕方なく私が一晩で代筆したのだけど、
これが何故かそこそこ売れている。
編集者からは既に「第2弾をお願いします!」なんて言われていて、パパはホクホクだ。
「愛実!また頼むぞ!」とか勝手なこと言ってるし。
(小説家のゴーストライターってどうなのよ)
冗談じゃないわ。
「御園探偵」は、22歳の眼鏡探偵・御園英志が怪盗ラパンと頭脳戦を繰り広げる、
というミステリーファンとしては赤っ恥なくらいありきたりな設定のお話だ。
あんなベタな話の第2弾なんて、ありえない。
だって、一晩で書いたのよ!?
時間がなかったのよ、時間がっ!
もっと時間があれば、もっともっといい話を書けたはずだわ!
・・・それにしても。
アイツは「御園探偵」を書いたのが私だと気付いて、
「最近はまってる本」なんて言ったんだろうか。
まさかね。編集者にだって言ってないんだから。
私は何故かさなえと葵の目を気にして、
わざと面倒臭そうに制服のポケットから携帯を取り出し、開いた。
待ち受けになっているのは鼻中心のトミィのドアップだ。
アイツとはあれ以来一度も連絡を取っていない。
だからどこで何をしているのか知らなかったけど、
取り合えずこの雑誌のお陰でどこで何をしているのか分かった。
携帯番号を変えずにいてやるなんて言ってたけど、
今でも繋がるんだろうか。
私の指は無意識にアイツの番号を呼び出していた。
「雑誌見たよ。デビューしたんだ。おめでとう」
くらい言ってやっても罰はあたらないよね?
でも、アイツは今は遠い世界の人間だ。
もう私のことなんて忘れているかもしれない。
はまっている本が「御園探偵」っていうのも、ただの偶然かもしれない。
だけどアイツは気付いてるだろうか。
「御園探偵」の主人公・御園英志の名前の由来。
みそのえいじ。
並べ替えたらすぐに分かる。
ちょっとストレート過ぎたかな?
その時、私の手の中で急に携帯が鳴り出した。
ビックリして画面を見たけど、そこに表示されていたのは残念な名前だった。
葵が携帯を覗き込んでくる。
「遠藤君からじゃん!」
「どーでもいー」
一気に現実の世界に引き戻される。
だけどココこそが、今私が生きている世界だ。
・・・まあ、出てやってもいいか。
「はい」
「今、どこいる?」
「どこでもいいでしょ」
あんたは三浦君カップルのお邪魔虫でもしてなさい。
すると、葵が私の手から携帯を奪い取った。
「学校の近くのcafe Jにいるよ!」
電話の向こうで遠藤が「サンキュー!」とか言ってるのが聞こえてくる。
これだから猿は困る。
「遠藤君、すぐこっち来るって。三浦君に邪魔するなって言われたみたい」
「あっそ」
「よかったじゃん。クリスマスイブにデートする相手ができて」
「別にデートするなんて言ってないし」
葵が返してきた私の携帯の画面を見ると「通話 0:48」としるされていて、
数字はそこで止まっていた。もう遠藤は電話を切って本当にこっちに向かっているようだ。
数秒して「通話 0:48」が消え、画面が再びさっき私が見ていたアドレス帳に戻る。
そこにあるアイツの名前と番号。
きっと私はこの番号に電話することは一生ないと思う。
したくない、とか、そんな必要ない、とかいうんじゃなくて、
これからは雑誌を開けばアイツを見ることができるし、
繋がるかどうか分からないけど私の携帯にアイツの番号が入っている、というので充分だ。
私は私の、
アイツはアイツの世界を歩いていくんだ。
私は携帯をポケットにしまうと、窓の外へ目をやった。
空が白い。
雪が降りそうだ。
それまでに遠藤はここに辿り着けるかな?
――― 「私のパパは小説家」完 ―――
推理半分・恋愛半分でどっちつかずな小説でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございます!ジミィの正体、途中で気づかれましたか?彼は昔こんなこともしてたんです(笑)
また単発でこんな小説も書きたいと思います。ありがとうございました。