第18話 本性
「星空煌理がウチに相談してきたんだ。
『ミステリーを書きたいんだが良いトリックが思いつかない』ってな」
「ウチ?」
私が訝しげにそう訊ねると、
ジミィはますますニヤニヤしだした。
「そうウチ。ウチの事務所」
「事務所?何の?」
「芸能事務所」
「芸能事務所?何それ?」
「芸能事務所は芸能事務所。そのまんまだよ。そんなのも分かんねーの?」
ムッ。
何よ、こいつ。偉そうに。
「芸能事務所くらい私だって知ってるわよ!私が聞いてるのは、
どうしてパパがそんなところに相談したのかってことよ!」
「うるせーなあ。そんな大声出さなくても聞こえてるって」
「はぁ!?あ、あんたね・・・・!!!」
きっと今、私の顔には青筋が立ってることだろう。
ああ、もう、コイツ!!!
何枚猫の皮被ってたのよ!?
信じられない!!!!
私の恋心を返して!!!
「お、落ち着け、愛実」
パパが立ち上がった私をなだめる。
「何言ってるのよ!元はと言えばパパが悪いんでしょう!?」
「そうだけど・・・その芸能事務所の社長さんとパパは昔からの知り合いなんだ。
社長さんがパパの本をよく読んでくれててな」
「それってもしかして、駅前にいたデブオヤジ?」
「デブオヤジって、お前な・・・あの人は社長だぞ?門野さんって言うんだ」
門野がどーした。
あんな面して純愛小説なんか読むなっ!(偏見)
「門野さんとこは大きな事務所じゃないが、自分の所のタレントを色んなドラマに出してる。
ミステリードラマにもな。
だから、面白いトリックとかを沢山知ってるんじゃないかと思って相談したんだ」
「それで!?」
「そ、それで・・・」
いきり立つ私にパパがドン引きする。
きっと心の中でまた「これだから現実の女は・・・」とか思ってるんだろう。
「それで、話の拍子に『娘の愛実がミステリー好きだ』って話になったんだ。
そしたら門野さんが『それならその娘さんにトリックを考えてもらいましょう』って言い出したんだ」
「トリックを?私が?」
「そうだ」
パパの話をまとめるとこうだ。
主人公は「藍原愛実」。
事件は「藍原家の愛犬がさらわれる」こと。
容疑者は「突然現れた腹違いの弟」「藍原家を観察する黒ずくめの女」「横柄な警官」「腰の低い鑑識」「怪しい探偵」。
場を盛り上げる効果として「予告状」と「愛犬の写真」。
門野社長はそんなありきたりな設定のドラマを考えた。
そして設定だけを考えて、肝心の犯人やトリックは「藍原愛実に考えてもらおう」ということらしい。
また現実味を出すために、全員自分以外の登場人物を知らされておらず、
(だからジミィは日ノ出探偵を見て「凄いのが出てきたな」と言ったのだ)
言動もほとんど本人に任されていた。
って、なんだそれ!?
人を勝手にドラマの主人公にしないでよ!!!
「じゃあ、私以外の登場人物って・・・」
「事務所に所属してるタレントだよ。俺を含めてな。あ、でも柏木って警官は本物だぞ?
あの人は森蔵さんを引き取りに来た社長から今回の『ドラマ』の内容を聞かされて、
『あまり周囲に迷惑をかけないように』って愛実のパパに注意するために、駅に来てたんだ」
いつの間にか私の目の前まで歩いてきていたジミィが言う。
いや、こいつの本名は「ジミィ」なんかじゃないか。
「ジミィ」はパパがトミィに引っ掛けて付けた名前なんだろう。
私は精一杯の虚勢を張った。
「ふんっ。タレント?あんたなんか知らないわよ。売れてもないくせに偉そうな口叩かないで」
「俺はまだデビュー前なんだよ。社長に『デビューする前にOJTして来い』って言われたんだ」
OJT・・・
On the Job Training.
つまり、実地研修。
「・・・ふざけんなっ!!!」
「愛実!」
ローテーブルの上の花瓶を振り上げた私の腕を、パパが掴む。
「だから、落ち着け!」
「離して!こいつ、一回殺さなきゃ気がすまない!!!!」
「お前なんかに殺されてたまるか」
「殺す!絶対殺してやる!」
「愛実!」
「キャンキャン!」
「ジミィ!トミィの真似しないで!」
「俺、ジミィなんて名前じゃねーし」
「死ねー!!!!」
この日、近所からの通報で藍原家に警官の柏木さんが駆けつけたのは、
言うまでもない。
「さっさと行ってよ」
幸い血の雨が降らなかった翌日。
私は背中を蹴飛ばしたい衝動を一生懸命に押さえてそう言った。
「うるせーな。俺の顔見たくないなら見送りになんかくんな」
ジミィが駅の改札で切符を買いながら、うっとうしそうにため息をつく。
もう眼鏡はかけていない。
もちろん、私だって見送りになんか来たくなかった。
でも!
パパは「そんな謎解きじゃ小説にならない!もっと登場人物を活用しろ!もうすぐ締め切りなのにどうするんだっ!」とか私に文句言って(なんでよ)机にかじりついてるし、
ママはママで旅行のお土産をご近所に配り歩いてるから、
私が仕方なく来てやったんじゃないっ!
「見送りなんていらねーし」
「はぁ!?こんだけ人に荷物持たせたといて言う台詞!?」
私は自分の両手に握られているずっしりと重い鞄を睨んだ。
「俺ってさー、お洒落だから服が多くって」
「~~~~~」
こいつ、顔さえ良ければなんでも許されるとでも思ってんの!?
せっかく人が、どう見ても一人じゃ持ちきれない荷物を運ぶのを手伝ってやってんのに!
どーゆー神経してんのよ!?
この鞄、今すぐそこの線路に放り込んでやろうか!?
ついでにあんたも一緒に!
「俺に惚れてたくせに」
「違う!」
「照れんなって」
「~~~~~~~~~~」
「ジミィィィ、トミィがいなくなっちゃったぁ、どうしようぅ~、ってな」
重い鞄を思いっきりジミィ目掛けて投げつける。
が、ジミィはそれを軽やかにかわし、鞄はあっけなく地面に落下した。
「あーあ。中のもん壊れてたら費用請求するからな」
「うっさい!」
「あ、電車が来る。愛実、あんまパパを責めんなよ。いい小説書こうって必死なんだから」
「あんたに言われなくても分かってる!さっさと行ってよ!」
「へいへい。じゃーな」
ジミィは私から鞄を奪い取ると、
自分が持っていた鞄と合せて右肩に担いだ。
細身なのに結構力持ちらしい。
そう言えば、林森蔵(芸名なんだと。聞いたことないしッ!)を殴った時も強いと思ったんだっけ。
「・・・そうだ。私も聞きたいことがあった」
「ん?」
改札に切符を通しかけたジミィが振り返る。
「あの時怒ったのは本気だったの?」
「あの時?」
「警察で、林森蔵に怒ったじゃない」
「・・・」
あの時ジミィは、私をストーカーしていた林森蔵に「愛実は俺のだから。邪魔すんな」と言った。
今思えば、あれは素のジミィだった気がする・・・なんてね。
「自惚れんな」
案の定、ジミィがぷいっ前を向く。
「森蔵さんは俺の先輩だぞ。あんなこと本気で言うわけねーだろ。演技だ、演技」
殴ったのも?
・・・ふーん。
「だよね」
「当たり前だ。まあ、日ノ出探偵役の奴には本気でイラッとしたけどな。
なんかどんどん愛実にヒントを出すからさ。あいつ、本気で愛実に惚れてたみたいだな」
「林森蔵もでしょ。ふふん、私も捨てたもんじゃないわね」
「・・・ありゃ演技だろ。そうに決まってる」
ジミィは何故か自分に言い聞かせるようにそう言うと、
改札をくぐり、そこで再び足を止めて振り返った。
「そーだ。どうせならお前がパパの代わりに書いてやれよ、推理小説」
「はぁ?なんで私が」
「お前、馬鹿だけど推理力と観察力はあると思うから、
パパよりはいい推理小説書けるかもよ」
「馬鹿は余計よ。それにパパ・パパ言わないで。私のパパなんだから」
「愛実こそ、俺のことジミィ・ジミィ言うな。俺の本名教えただろ」
教えてもらったけど。
ジミィはジミィだ。
今更本名なんかで呼べない。
「じゃーな」
「何回言うのよ。さっさと行ってってば」
「分かってるって」
そう言ったくせに。
突然、
ジミィは改札を逆走してきた。
私の目の前の改札のガードが、
侵入者に敏感に反応しバタンと閉まる。
ジミィの足はそのガードにぶつかって止まったけど、
上半身はガードにもたれかかるようにして少し外に傾いていた。
そしてその顔は・・・
私の顔のまん前に、
いや、
私の顔と同じ位置にあった。
辺りに改札の警報音が鳴り響く。
「・・・ちょ、ちょ、ちょっ・・・」
私は、公衆の大注目の中、真っ赤になって後ずさった。
が、ジミィの顔には大胆不敵な笑みが浮かんでいる。
「俺は絶対売れる。
俺とキスしたことがあるなんて、一生自慢できるぞ」
「~~~~~~」
「頑張って推理したご褒美だ」
ジミィは、不機嫌そうな顔をしている駅員さんに営業スマイルを送ると、
私に背を向けて歩き出した。
「携帯。番号変えずにいてやるから、なんか困ったことがあったら連絡してこいよ」
「誰があんたなんかにっ!」
「あはは。んじゃ、今度こそ『じゃーな』」
こうして嵐の男・ジミィは私の日常から消えていった。