第16話 待ち伏せ
「どうしたの?」
ジミィの部屋の扉をノックすると、
すぐにジミィが顔を出した。
さっきまでの不機嫌はどこへやら、すっかりいつものジミィだ。
いや、実は案外さっきのジミィが「いつものジミィ」なのかもしれない。
ジミィは出掛けるつもりだったのか、
さっきとは違う服に着替えていた。
「あれ?お風呂に入ってたの?」
ジミィが私の髪が湿っているのに気付き、そう訊ねる。
「うん、シャワー浴びてたの。考えもまとまったから、身も心もさっぱりしたわ」
「考え?」
「うん。ジミィ、私今から出掛けてくるね」
「え?どこに?またトミィを探しにいくの?」
「ううん。パパたちを迎えにいくの」
私がニッコリと微笑むと、
ジミィは少し焦ったような表情になった。
「まだ6時半だよ。電車が到着するまで1時間もあるじゃない」
「いいの。駅前で待ってるわ」
「え、でも・・・」
「いってきます」
ジミィの意見を聞かず階段を下り始めると、
ジミィは慌てて私の後を追いかけてきた。
「愛実、待って!」
「どうして?」
「いや、だから・・・」
「止めても無駄よ」
階段の真ん中辺りで振り返り、ジミィを見上げる。
ジミィは階段の手前で立ち止まって私の目を見返した。
一瞬、空気が張り詰める。
「・・・分かったよ。僕も行く」
ジミィはそう言うと、
いつもよりゆっくりとした足取りで階段を下りた。
駅前のコンビニにジミィと入り、
私は真っ直ぐに雑誌コーナーへ、
正確にはその中の成人向け雑誌のコーナーへ向かった。
このコーナーの前にある窓から、駅の改札がよく見えるからだ。
ジミィはもう何も文句を言わず、私の横に並んで立った。
店員の目が気になるので、雑誌を手に取り(さすがに成人向け雑誌じゃないけど)、
「買おうかな、どうしようかな」と悩んでいる素振りをする。
でも、視線はずっと改札へ向けたままだ。
6時48分。
東京からの下りの電車が到着し、
改札から人が溢れ出てくる。
もちろん、まだその中にパパ達の姿はない。
一度目を雑誌に落とし、ページをめくってからもう一度改札を見る。
6時53分。
ホームに電車はなく、改札をくぐる人の波は駅の外から中への一方通行だ。
すると、その波に乗るかのように、
赤い上下のジャージを着た20代前半のニート風な兄ちゃんが歩いているのが見えた。
でもその兄ちゃんは電車に乗るつもりではないらしい。
改札の少し手前でその波から抜けると、
券売機の端の壁に掛けられている時刻表の前で足を止めた。
目を惹く男だ。
赤い派手なジャージを着てるくせに、その髪は不釣合いなくらいに真っ黒だから。
そうだよね。
鑑識があんまり茶髪じゃ変に思われちゃうもんね。
6時55分。
今度はジーパン姿の男だった。
その表情は渋い。
大方、今日警察で絞られたことを面白くなく思ってるのだろう。
ジャージの兄ちゃんは私生活でもそいつより下の立場なのか、
低姿勢でヘラヘラしながらそいつの愚痴を聞いている。
6時58分。
ジーパン男の顔が更に渋くなる。
なんとうちの近くの交番の柏木というお巡りさんが現れたのだ。
ただし服装は昼間とは違って私服になっている。
お巡りさんは2人と話をしたくないのか、少し離れたところに立っていた。
それから遅れることわずか十数秒。
小走りにやって来たのは、全体的にブラウンが多いナチュラル系の服を着た女だった。
肩にかからないくらいの長さのふんわりした髪を花型のピンで止めている。
かなり幼く見えるけど、多分20歳くらいだろう。
ウィッグと黒いコートの下にはあんな可愛らしい女が隠れてたんだ。
女って凄いな。
7時ちょうど。
来て欲しくないけど来るだろうと思っていた人物が現れた。
ステッキは持ってないけど立派な口髭は健在だ。
あれは付け髭じゃなかったんだと分かって、私はちょっと嬉しくなった。
7時2分。
多分これが最後だろう。
腹回りが立派で高慢な感じの男が現れた。
お巡りさんを除く4人が急に姿勢を正し、高慢男にお辞儀をする。
こいつは多分、お巡りさんが言っていた「林森蔵の後継人」だ。
男は「ふん」という感じで4人を見ると、
視線をお巡りさんに移し、何かを話し始めた。
この人達がどういう関係なのかは分からない。
だけど繋がっていた。
それは確かだ。
「ジミィ」
「何?」
ジミィも当然私の横で、同じ光景を見ているはずだ。
それでも顔色一つ変えないのは大したものだ。
でも、だからって私は見逃してはやらない。
「ジミィは行かなくていいの?」
「どうして?」
「7時にあそこであの人達と待ち合わせしてたんでしょ?」
「・・・」
別に7時という確信があった訳じゃない。
ただ、時間帯的にそれくらいだろうと思っただけだ。
ジミィは無言のまま動かなかった。
そのまま秒針が更に進む。
7時8分。
下りの電車がホームに入ってきて、
その1分後にはまた駅の中から外へ向かう人の波で改札は覆い尽くされた。
私はその人の波を一つずつ丁寧に見る。
だけど大した苦労もなく、
目当ての人物はすぐに見つかった。
「いた」
私はそう呟くと、雑誌を元の位置にしまい、
視線を改札へ向けたままコンビニを出た。
ジミィも私の後に続く。
いくら大勢の人がいたって、いつも見ている顔くらいすぐに分かる。
しかも、あんな目立つ物を持っているから尚更だ。
改札へ向かって真っ直ぐ歩いている途中、
さっきの6人が私とジミィを見つけて視線で追ってくるのがわかった。
ジミィもチラッと6人の方を見る。
だけど私はそれら全てを無視して、改札から出てきたその人の前で立ち止まった。
「おかえりなさい、パパ」
「・・・愛実」
パパは驚いた顔でその場に立ち尽くした。