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第15話 ヒント

「では、昨日来た警官と鑑識は偽物だったんですか?」

「そうらしいんです」

「ふーむ・・・」


リビングで私の話を聞いた瞬間、

日ノ出探偵の表情が、「探偵」のそれに変わった。


左右対称な口髭がピクピクと動く。


「トミィがいなくなったのと、何か関係があると思いますか?」

「なんとも言えませんな。ただ、一つ重大なことがあります」

「え?」

「指紋です」


私は日ノ出探偵が何を言いたいのか分からず、

私の隣に座っているジミィを見た。

ジミィは私が日ノ出探偵に林森蔵のことを話している間ずっと黙っていたけど、

やっと口を開いてくれた。


「あの鑑識も偽物だったという事は、

犯人の指紋らしき物が出なかったっていうのも嘘だって事だよ」

「あ!」

「そうです。実は私も昨日愛実さんにお話を聞いた時からおかしいと思ってました」

「ほんとかよ」


ジミィがすかさず日ノ出探偵の言葉に突っ込む。

だけど日ノ出探偵は落ち着き払ったままだ。


「本当ですとも。4つしか指紋が出なかったということに疑問を感じていました」

「どういうことですか?」

「この家の住人は現在、愛実さんとジミィさん、それに愛実さんのご両親だけです。

ですが、ここに出入りしている人間は他にもいるでしょう?

親戚や友達なんかが」

「・・・あ・・・そうですね」

「それなのに、指紋が4つしか出なかったというのはおかしい。

少なくとも玄関のドアノブには普通10種類以上の指紋がついているものです」


確かにそうだ。

ということは、もしかしたらその中に犯人の指紋があるかもしれない!


「もう一度、本物の鑑識の人に来てもらえばいいんですね!?」

「それは難しいでしょう。いなくなったのは人間ではなくお犬様ですからね。

例え本物の警察が動いて指紋を全て採取してくれたとしても、

前科のある人間でないと割り出せない」

「・・・」

「それに、愛実さんは今日の夜までにこの事件を解決したいんですよね?

後3時間ほどしかありません。

でしたらこのまま自力でお犬様を探す方が手っ取り早いと思います」


これもまたその通りだ。


私は日ノ出探偵の言葉に激しく納得した。

だけどジミィはそんなこと激しくどうでもいいらしい。


「ところで今日は何しに来たんですか?何か進展でもあったとか?」


まるで期待のこもっていない声でジミィがそう言うと、

さっきまで余裕たっぷりだった日ノ出探偵の態度が急に変わった。

家の前で私とジミィを見つけた時の、あのキョドキョドした表情になったのだ。


「ええっと、それは、その。ご様子伺いというか、なんというか」

「ご様子伺い?愛実の?・・・もしかして、あんたまで愛実に惚れたとか言わないよな?」

「ま、まさか!」


とたんに日ノ出探偵が名前の如く太陽のように真っ赤になる。

顔だけではなく、首や手までまっかっかのお猿さんだ。


「わ、私は46歳です!そ、そ、そんな、30歳も年下の少女に、こ、恋など・・・!」


わー。私、モテモテじゃん。

嬉しくないけど。

あ。猿と言えば遠藤だ。

あいつ、昨日は学校で見なかったな。

風邪でも引いたのかな。

馬鹿でも風邪引くんだ。


1人で「まさか、まさか」とブツブツ言っている日ノ出探偵と、どうでもいいことを考えている私。

そんな2人を見てジミィは、

「疲れたからちょっと寝る」と言ってため息混じりに2階へ上がっていったのだった・・・。





「今日は失礼致しました」


ようやく落ち着きを取り戻した日ノ出探偵は、

玄関で深々と私にお辞儀をした。


「この歳になってこんな恋心が芽生えるとは・・・お恥ずかしい限りです」

「はあ」


当事者の私としてはなんと答えていいものやら。

まあ、どうやっても応えてはあげられないけど。


日ノ出探偵が靴べらを踵に突っ込む。


「一つだけ誤解のないように言っておきますと」

「はい」

「私は本気です」

「・・・はあ・・・」

「分かりましたね?私は、本気なのです」


何か意味があるのか、「私は」の部分を強調する日ノ出探偵。

その目は真剣に私を見ている。

・・・照れくさいなあ。

せめてもっと若ければいいのに。


「ですから、一つヒントを差し上げましょう」

「ヒント?なんのヒントですか?」

「まずは事実をしっかり見つめなさい。それから人の言動をしっかり思い出すのです。

そうすればおのずと解決の糸口は見つかるはずです」


事実を見つめる・・・

言動を思い出す・・・


「それって、どういう、」


ピピピピ!


私の言葉を遮り、リビングの方から電子音が聞こえてきた。


「あ、電話だ」

「では、私はこれで失礼します」

「え、あの、」


止める間もなく、日ノ出探偵はスーツの裾を翻して家を出て行った。

日ノ出探偵の言葉が気になったので追いかけようかとも思ったけど、

私は思い直してリビングへと引き返した。


もしかしたらパパとママからの電話かもしれない。


だけど、宅電のディスプレイには見慣れない番号が表示されていた。

それも近所の番号だ。

非通知ならちょっと怖いけど、

ちゃんと通知設定してあるということは、怪しい電話じゃないだろう。


私は受話器を持ち上げた。


「はい」

「藍原さんのお宅ですか?交番の柏木と申します」


さっきのお巡りさんだ。


「はい、藍原です。どうしたんですか?」

「さっきの林森蔵のことで話があるんだが、今いいかい?」

「はい」

「実は・・・林森蔵の後継人という男がやって来てな。

その人が、今後こんなことがないように責任を持つと言っていて・・・

藍原さんさえ良ければ、釈放しようかと思っとるんだが」


声もしゃべり方も間違いなくさっきのお巡りさんだけど、

なんだかさっきより元気がない。

元気がないというか、自信がなさそうな感じだ。


・・・もしかして、その「林森蔵の後継人」がヤクザみたいに怖い人で、

今まさにそいつにナイフを突きつけられてるとか?


頭の中に、人の良いお巡りさんが倒れている光景が浮かんだ。

その胸にはナイフが深く刺さっている。


って、冗談じゃない!!!


「釈放してください!全然してください!今すぐしてください!」

「あ、ああ。いいのかい?」

「いいです!」

「分かったよ。ありがとう」

「あの!」

「なんだい?」

「その後継人ってどんな人ですか?」

「あー・・・そうだな。うん、まあ普通のサラリーマンだな」


またお巡りさんの声に動揺が混じる。

これは本当に危ないのかもしれない。


受話器を持つ手が汗ばんだ。


「その人、今もそこにいますか?」

「いや、もう帰ったよ」


あれ。


「もういないんですか?そこに?」

「ああ、いない。どうしてだい?」

「・・・」


どうやらアテが外れたらしい。

もちろん、それに越したことはないけれど。


いや、ちょっと待って。

もしかしたらその後継人が私の知ってる誰かってオチはないだろうか?

例えば・・・日ノ出探偵とか。

あ、でも日ノ出探偵は今までうちにいたか。


「その人、どんな容姿してました?ステッキ持ってました?」

「ステッキ?そんなもんは持ってなかったぞ。

ずんぐり太ってるけど、なかなか切れ者な感じの男だったよ」


太ってて切れ者。

うーん。心当たりがまるでない。


そもそも「後継人」ってなんだろう。

親代わりのことかな?


私は受話器を耳に当てたまま、天井を見上げた。

ちょうどこの上はジミィの部屋だ。


親代わり。

親。

ジミィの親。



―――まずは事実をしっかり見つめなさい。それから人の言動をしっかり思い出すのです。



日ノ出探偵の言葉が頭の中に蘇った。




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