第13話 捕り物
部活のない夏休みの日。
いつもなら起こされるまで起きない、
というか、起きてもベッドから出ないけど、
今日は目覚ましをセットするまでもなく私は朝5時にベッドを出た。
着替えて10分後には家を出る。
化粧をしてる時間も惜しい。
パパ達が帰ってくるのは今日の夜。
正確には夜7時30分に最寄り駅に着く電車で帰ってくるのだと、
ジミィが教えてくれた。
つまりタイムリミットまで後14時間20分。
「僕も行くよ」
玄関でランニングシューズの紐をくくっていると、後ろから声がした。
「まだ寝てていいのに」
「僕もトミィが心配だからね。・・・それに早く見つけて僕への疑いを晴らしたい」
ジミィが私の横に座り、ハイカットのシューズを履く。
日ノ出探偵に疑われたことを気にしているらしく、
その表情は真剣だ。
「私はジミィを信じてるって」
「でも100%じゃないでしょ?」
「そんなこと・・・」
「絶対に僕が犯人を捕まえて、愛実の信頼を取り戻してみせる」
「・・・」
なんて芝居児じみた台詞。
でも、こんなかっこいい顔でこんな真剣に言われると、
思わず「頑張って」なんて心から応援したくなる。
ジミィのことは信じてる。
・・・正直に言うと信じたい。
だから、私も早く犯人を捕まえたい。
タイムリミットまで後14時間13分。
私たちは家を出て、別々の方向に歩き出した。
私はまず、学校へ向かった。
家の近所は昨日もう探しつくした。
他にトミィが行きそうな場所は思いつかないけど、
私の匂いがする学校に行っているという可能性もある。
だけどやっぱりこれは空振りだった。
次に、車で行ったことのある少し遠い有料の公園。
アスレチックが豊富で、広い芝もあってペットOKという場所なので、
私が小さい頃はよく週末に家族で出掛けた。
電車で行くのは初めてで、
少し迷いながらも学校から40分ほどでなんとか到着した。
が、まだ開園前。入ることすらできない。
鉄の柵越しに「トミィー!」と何度か叫んでみたけど、
トミィは出てこなかった。
その後も昨日のようにことごとく空振りに終わり、
私は仕方なく一度家に帰ることにした。
トミィが自力で帰ってきているかもしれない。
わずかな期待を胸に、
家への最後の角を曲がった時、時間はすでに12時近かった。
・・・あれ。
誰かいる。
うちの前に、誰かが立っている。
私は一瞬、デジャヴにおちいった。
前にもこんなことが・・・そうだ、一昨日だ。
一昨日、私が部活から帰ってきたら黒づくめの怪しい女がうちの2階を見上げてたんだ。
今日の「誰か」も一昨日の女のように、うちの2階を眺めている。
でも、一昨日の女じゃない。
だって、ジーパンにTシャツにキャップ、身長は180センチくらい。
どう見ても男だ。
しかも、私、見たことがある。
キャップを目深に被ってるから顔ははっきり見えないけど、
あの背格好、雰囲気。絶対知ってる。
男はほんの10メートルほどしか離れていない私に気付くことなく、
ポケットに両手を突っ込んだままじっと2階を見ていた。
何をしてるんだろう。
誰に用があるんだろう。
ジミィ?パパ?ママ?
それとも、私?
気持ち悪い。怖い。とは思わなかった。
思うより先に身体と口が動いた。
「あんた誰!?」
私は叫びながら男に駆け寄った。
男が私に気付き、ギョッとしたような表情になる。
やっぱり。この顔知ってる。でも誰だか思い出せない。
男は私に背を向け走り出した。
「待ちなさい!あんたがトミィを連れ去ったの!?待ちなさいって!!!」
私も普段部活で鍛えた脚力をフル活用したけど、
さすがに大人の男の足には敵わない。
私と男の距離は、10メートルから次第に広がっていった。
ダメだ!
逃げられる!
私の前を走る男がトミィと関係があるのかどうかは分からない。
でも、関係ないとも言い切れない。
私は息をするのも忘れて必死に走った。
その時。
まさに神様のお導きとしか言えない事が起きた。
男の向かう先にジミィの姿が見えたのだ!
「ジミィ!そいつ、捕まえて!!!」
あらん限りの声で叫ぶ。
ジミィは私たちが走っている道を横断するように歩いているけど、
私からジミィまではかなりの距離がある。
聞こえるとは思えない。
でも、お願い。
届いて!
ジミィ!!!
ジミィの顔がこっちを向く。
その中の大きな目が更に大きくなる。
私にはその一部始終がスローモーションのように見えた。
が、そのスローモーションは動き出したジミィの足によって破られた。
ジミィと男は向かうようにして走っているので、当然その距離はグングン縮まるのだけど、
その速度が異常に早いのは、私の気のせいではないだろう。
ジミィは男に戸惑う間を与えることなく男の目の前まで辿り着いた。
そしてそのまま足を止めることなく、男に激突する。
「こいつ!愛実に何をした!?」
ジミィと男が地面に転がり、
男の帽子が飛ぶ。
男はジミィから逃れようと右へ左へ転がったけど、
ジミィは男の上にまたがり、それを許さなかった。
私もようやく2人のところへ辿り着き、
ジミィに加勢する。
「あんた、誰なの!?」
「や、やめろ!離してくれ!」
この声!
もしかして・・・!
ジミィも気付いたようで、
男の前髪をグイッと持ち上げた。
「あんた!昨日の警官じゃない!!」
私は思わず叫んだ。
そう。
昨日とは全然違う情けない表情をしているけど、
間違いなく、あの横柄な警官の顔がそこにあったのだ。
「お前っ・・・!愛実に何をしたんだ!?」
ジミィが声を荒げ、
問答無用で警官を殴りつけた。
その威力は凄まじく、警官の身体は簡単に一回転してしまう。
いつもジミィじゃない。
昨日、日ノ出探偵に疑いを掛けられた時の不機嫌なジミィだ。
本気で怒っているジミィはもはや私の手には負えず、
結局その一方的な喧嘩は、近所の人が別の警察を呼ぶまで止まることはなかった。