第12話 整理
「では、何か進展がありましたらお電話いたします」
ちゃっかりうちの電話番号までゲットした日ノ出探偵は、
玄関口でしゃがんで靴を履きながらそう言った。
ジミィも一応見送りの為に私と一緒に玄関にいるけど、
相変わらず不機嫌は悪い。
結局2人は最後まで火花を散らしていた。
扉の向こうから陽が入ってきていない事に気付き携帯を見ると、
いつの間にかもう夜の7時だ。
疲れた・・・
横柄な警官やらおかしな探偵やらが押しかけてきて、
変な一日だったもん。
「・・・そうだ」
私は急にあることを思い出した。
もう一人、変な人物がいたっけ。
「どうしました?」
日ノ出探偵が玄関口から腰を浮かし、私を見る。
「昨日、学校から帰って来た時、うちの前に変な女の人がいたんです」
「変な女?」
日ノ出探偵の目がパッと輝く。
どうもこういう「いかにも」な話が好きらしい。
「全身真っ黒な服を着てました。夏なのにコートまで」
「ふむ。顔は見ましたか?」
「いいえ、サングラスをつけてたから見えませんでした。
髪は長かったです」
「ほう・・・まさか犬用のゲージを持っていた、とか?」
「持ってなかったと思います」
持ってたらさすがに気付くだろう。
鞄くらいは持ってたかもしれないけど、覚えてない。
推理小説だとここで「そう言えば右手に傷がありました!」とかいう手がかりが出てくるけど、
現実はそう上手くはいかない。
日ノ出探偵はまた手帳を取り出して、私の話を書き始めた。
「そんなこと、一言も言わなかったじゃない」
ジミィが不機嫌なまま私に言ってくる。
「うん。忘れてた」
「・・・気をつけてよね」
「うん、ごめん。ちゃんと言うようにするよ」
「そうじゃないくて。変な人間に気をつけてってこと」
ジミィが、必死にメモを書いている日ノ出探偵をチラッと見た。
どうやらジミィの言う「変な人間」には、日ノ出探偵も含まれるらしい。
・・・そうだ。
「あのこと」も言っておいた方がいいかな?
いいよね?
私は思い切ってジミィを無視し、日ノ出探偵に向かって口を開いた。
「それと。ジミィは私の腹違いの弟なんです」
「愛実!」
ジミィに止められる前に、一気に捲くし立てるように話す。
「いつもは別々に暮らしてるんですけど、ジミィのお母さんが海外出張へ行くから、
この夏休みの間だけジミィをうちで預かってるんです。
ジミィもトミィも名付けたのは私とジミィの父親です」
「なるほど。自分で育てられない息子の代わりに、
お犬様に息子と似た名前をつけて一緒に暮らしているという訳ですな?」
「そうだと思います。でも、実はジミィと私は血が繋がってないんです」
「血が繋がっていない?父親も違うということですか?」
私はなんだか怖くてジミィの方を見れないまま、
「はい」と言って頷いた。
「なんであんな奴に、本当のこと話すんだよ」
ジミィは玄関の鍵をしっかり掛けると、想定の範囲内というか想定のど真ん中な質問をしてきた。
だから私もあらかじめ準備しておいた言葉を返す。
「別に。あんな探偵だけどトミィを見つけてくれるかもしれないから、
知ってることは全部話しておいた方がいいと思っただけ」
「・・・」
「あ。私は別にジミィを怪しいって思ってる訳じゃないよ?
でも、例えばだけどジミィのお母さんが犯人だったりするかもしれないじゃない?」
「母さんはそんなことしないよ。第一母さんは今、海外だし」
「分かってる。例えばの話よ」
失礼な例え話だというのは分かっている。
だけどこうでも言わなきゃ、日ノ出探偵に本当のことを話した理由を上手く説明できない。
確かに私は、ジミィの秘密を知る誰かが犯人の可能性がある、とは思ってる。
でも、日ノ出探偵に本当のことを話したのはそのためじゃなく、
また非論理的な話になるけど「なんとなく」だ。
なんとなく、あの人は信用できる。
だから正直に全部話した。それだけだ。
だけどジミィはそれじゃあ納得してくれない気がする。
ううん、いつものジミィなら納得してくれるだろうけど、
今のジミィは納得してくれないと思う。
するとやっぱりジミィは、
腹に落ちないという感じで「ふーん」とだけ言って2階へ上がっていった。
私は何故か張り詰めていた糸が切れたような気がして、
ヘナヘナと床に座り込んだ。
1人、勉強机で頬杖を付いて目を閉じる。
整理しよう。
腹違いの弟だという曽野江ジミィをパパがうちに連れてきたのが2週間前。
その次の日、遊びに来たさなえ達が帰った後、
ポストに「藍原家のお宝を頂戴する」という予告状を見つけたけど、
私は単なるイタズラだと思ってそれを捨ててしまった。
そして昨日、怪しい女がうちの2階を眺めていた。
ジミィの話が本当なら、この時既にトミィは何者かに連れ去られていたことになる。
だけど私は、
パパとママの突然の旅行や、実は私とジミィは血が繋がっていないというジミィの告白に驚いて、
怪しい女のことは忘れてしまい、こともあろうにトミィがいなくなったことにも気付かなかった。
それに気付いたのは、昨日の夜、というか今日の明け方。
そう、1時24分だ。
携帯を見たから間違いない。
それからジミィと家の中を探し回ったけどトミィは見つからず、
私は部活へ、ジミィは警察へ行き、
横柄な警官と腰の低い鑑識がうちへやって来た。
そして警官達が帰った後、私とジミィはトミィを探し回り、
帰ってきてからポストの中のトミィの写真を見つけた。
おかしな日ノ出探偵が現れたのはその直後だ。
・・・こんなところかな。
昨日、今日で随分色んなことがあった気がする。
でも、トミィを見つける手がかりは何一つない。
明日の夜にはパパとママが帰ってくる。
その時トミィがいなかったら、2人はどんなに心配するだろう・・・
なんとしても、それまでにトミィを取り返したい。
私は思考に戻った。
一体、誰がなんの為にトミィを連れ去ったのか。
もう何度も何度もそれを考えたけど、
予告状にも写真の裏にもそれをほのめかすようなことは書かれていないし、
恨まれる覚えもないから全く心当たりがない。
・・・ううん、それはどうかな。
自分では恨まれているつもりはなくても、
知らず知らずのうちに誰かの恨みをかってるかもしれない。
特にパパ。
「星空煌理」の小説を読んでいる人の中に、
理不尽にパパのことを恨んでいる人がいてもおかしくない。
たまに「これは私のことを書いている!星空煌理はこっそり私を盗み見てるんだ!」なんて
激しい勘違いをするファンもいるくらいだ。
もしかしたら、その手の人間の仕業かもしれない。
・・・ん?パパ?
何かが私の中で引っかかった。
パパは昔浮気をしていた。
そしてその浮気相手はパパと別れた直後に別の男と付き合い始め、
その男との間に子供ができた。
それがジミィだ。
だけど浮気相手はパパに「あなたの子だから1ヶ月預かって欲しい」と言ってジミィをうちに預けた。
ジミィはパパが「自分に子供がいたことに驚いてた」って言ってたけど、
私は多分、パパはジミィが自分の子じゃないって気付いてると思ってる。
・・・ダメだ。
何かが引っかかるのに、それが何か分からない。
私は本棚に視線を移した。
真ん中より少し下の段に星空煌理の小説がずらっと並んでいる。
私の好みではないけれど、パパの書いた小説だから一度は目を通すようにしているのだ。
そう言えばパパ、ミステリーを書くって言ってたっけ。
あれはどうなったのかな?進んでるのかな?
・・・できれば、進んでて欲しくないけど。
パパの推理小説執筆を邪魔しようと思っていたけど、
取り合えず今はそれどころじゃない。
まずはトミィを取り返すことが先だ。
でも、どうしたらいいんだろう?
私はまた袋小路に陥った。