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第11話 いがみ合い

「ほほう。予告状に、人質の写真。

いいですなー!血が騒ぎます!これぞ探偵業!

いや、失礼。決してお犬様がさらわれたことを喜んでいるんじゃありませんよ?」


いっそ生類憐みの令の時代にぶっ飛んで行ってほしい日ノ出探偵が、

髭をピクピクさせながら予告状とトミィの写真を見比べた。


ちなみに私たち3人は玄関から移動して今はリビングにいる。

正直、日ノ出探偵を家に上げたくなかったけど、

玄関の扉の向こうからの夏の暑さと、日ノ出探偵の泣き落としに負けてここまで後退してきたのだ。


優しいジミィが日ノ出探偵にお茶を勧める。


「どうぞ」

「これはこれはありがとうございます。ちょうど喉が渇いていたもので」


そりゃあれだけ泣いたら、水分不足になるでしょうよ。


私が心底呆れ返っていると、

ガブガブとお茶を飲む日ノ出探偵を見てジミィがボソッと呟くのが聞こえた。


「また凄いのが出てきたな・・・」


ぷぷぷ。凄いのって。

確かに凄いけど。


人当たりの良いジミィも、この日ノ出探偵はさすがに手に負えないらいし。

でも、ジミィが「また」と言いたくなるのも頷ける。

さっきの警官も別の意味で凄かった。


氷が一ミリたりとも溶ける前に麦茶を飲み干した日ノ出探偵は、

ほうっと息をつくと唐突に胸ポケットから茶色い皮の手帳を取り出した。

新品なところを見ると、やはり日ノ出探偵の事務所は繁盛しているとは言い難いようだ。


「では早速依頼人のお話を聞かせてください」


依頼してないけどね。


「お犬様がいなくなったのはいつですか?」

「・・・。昨日です」

「時間は分かりますか?」

「えっと、」


隣を見ると、ジミィが「僕が話すよ」と言うように頷いた。


「昨日の朝、ここの両親が旅行に出掛けました。

10時30分の電車に乗るって言ってたから、出て行ったのは10時くらいだったと思います」

「ふむ」


日ノ出探偵の手が手帳の上を走る。


「その後、トミィと少し散歩に行って・・・20分くらいだったかな?暑かったし。

帰ってきてトミィに水をあげたけど、僕も喉が渇いてコンビニまで飲み物を買いに行ったんです。

それで帰ってきたらトミィはいなくなってました。11時は過ぎてたと思います」

「ふむふむ」

「でもその時はトミィがいなくなったことには気付きませんでした。

夜、愛実が気付いたんです」

「なるほど」


日ノ出探偵は手帳から顔を上げると、ジミィの顔をまじまじと見つめた。


「なかなか見栄えの良いお顔をされてますね」

「はあ?それはどうも・・・」


ジミィが鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。

一方の私は般若のような顔になった。


「なかなか」じゃない!

「とっても」よ!「とっても」!!

こんなイケメン、そうそういないわよ!?


私が日ノ出探偵を睨むと、日ノ出探偵はコホンと一つ咳払いをし、

再びジミィを見た。


「あーえー、少し質問してよろしいですか?えっとジミィさんでしたっけ?」

「はい」

「変わったお名前ですね。しかもいなくなったお犬様と似ている。偶然ですか?」

「あ、それは・・・」


いきなりまともな質問を投げかけられ、ジミィは答えに窮した。

私もこの変な探偵の口からこんな質問が出てくるとは想像もしておらず、

ジミィと一緒に固まる。


日ノ出探偵は更に突っ込んできた。


「さっきあなたは『ここの両親』と言いましたね。

つまりあなたはここのお子さんじゃない。それなのにここのお犬様と名前が似ている。

どういうことでしょう?」

「・・・」

「それと、喉が渇いたからコンビニに行ったと言われましたが、

暑い中、またわざわざコンビニまで行かれたんですか?

家にある飲み物で間に合わすことはできなかったんですか?」

「・・・」

「最後にもう1つ。

お犬様がいないことに夜まで気付かなかったと言いましたが、そんなことあるでしょうか?

家の中にいるべきお犬様がいないなんて、普通はすぐに気付くと思いますが」


な、何、この人・・・。

見かけによらず、頭の回転、速いじゃない。


私はジミィを横目でチラッと見た。

確かに、日ノ出探偵の言う通りジミィの話にはおかしなところがある。


すると・・・


ジミィは怒りを湛えた目で日ノ出探偵を見ていた。

というか、明らかに睨んでいた。

こんなジミィ、初めてだ。


だけどジミィはすぐに気を取り直すかのように、

小さく深呼吸をしていつもの優しい顔に戻った。


「名前のことはプライベートなことなので話せません。

飲み物を買いにコンビニへ行ったのは、単に飲みたい物が家になかったからです」

「ほう。暑くてお犬様の散歩は少ししかしなかったのに、

コンビニへ行くのは暑くなかったんですか?」

「・・・別に意味なんてありませんよ」


ジミィの声が低くなる。


「トミィがいなくなったのに気付かなかったのも説明のしようがありません。

気付かなかった、それだけです。

僕は犬を飼ったことがないから、家にトミィがいなくてもピンとこなかっただけだと思います」

「随分と非論理的なお話ですな」

「人間の行動なんて、全部が全部論理的な訳じゃないでしょう」


2人の視線がバチッと音をたててぶつかった。

どうやら、日ノ出探偵はジミィのことを信用していないらしい。

ジミィももはや、不機嫌を隠そうとしない。


そして私は、そんな2人を見てなんとも言い難い違和感を感じていた。


確かにジミィの言う通り、人間の行動は他の動物と違って論理的じゃない。

怒ってても怒ってない振りをしたり、悲しくても笑ったりする。

「あ。あれが食べたい」と一度思ったらお腹がすいてなくても、

何が何でもそれを食べたくなったりもする。

だからジミィが暑い中、欲しい飲み物を求めてコンビニまで行くというのも有り得ることだ。


それにトミィがいなくなったのに気付かなかったことに関しては、

私の方が「非論理的」だ。

何年もトミィと一緒に暮らしてきたくせに、

トミィがいないことに何時間も気付かなかった。

いつもなら気付くと思う。

でも昨日はたまたま気付かなかった。


人間だもの。

そういうこともある。


日ノ出探偵はそんなジミィの「人間らしさ」を責めている。

ジミィが怒るのも当然だ。


一方で、私は日ノ出探偵の言うことにも納得していた。

ジミィの行動は確かに非論理的だ。

それも、誰かがトミィをさらうのにとても都合がいいように、非論理的だ。


これもたまたまと言ってしまえばそれまでだけど・・・


でも私が感じた違和感は、

日ノ出探偵がジミィの非論理的な行動を責めていることに対してでも、

ジミィの行動が確かにちょっと首を捻らざるを得ない部分があるということに対してでもない。


この2人・・・なんで初対面からこんなんなんだろう?


ジミィは簡単に不機嫌になる人じゃないし、

日ノ出探偵のことは知らないけど、こんな「怪しい人物をいきなり挑発する」なんて、

小説の中の探偵みたいのこと、現実にするものなんだろうか。


なんかどっちも「らしく」ない。


私は火花を飛ばす2人の横で、途方に暮れてしまった。






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