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第1話 理想の恋愛

「発表がありまーす!」


夏休み直前。

期末テストも無事終わり、久しぶりの部活の後に更衣室で友達と着替えていると、

谷田さなえが突然そう言った。


「なにー?彼氏できたとか?」

「うん」

「えっ」


とたんに、浜口葵が身を乗り出す。

私はといえば、「えっ」の形であんぐりと口を開けたアホ面のままだ。


「うそ!?こないだまで、好きな人いないって言ってたじゃん!誰と、誰と!?」


さなえがわざと胸を張り、「まあまあ」という仕草をする。


「4組の水谷君。昨日『付き合って』って言われちゃったー」

「ええ!?水谷君!?かっこいいじゃん!」

「でしょ、でしょ?私もビックリしちゃった」

「これでさなえも彼氏持ちかあ。いいなー。ねえ、愛実めぐみ?」

「・・・いいなぁ・・・」

「・・・」


私の呟きに実感がこもっていたのか、さなえと葵は顔を見合わせた。


「美和も洋子も眞子も穂波も莉加も、さなえまで・・・みんな彼氏持ち」

「何言ってるの、愛実。愛実はかわいいからモテるじゃん。

彼氏なんて作ろうと思えばすぐ作れるでしょ」


さなえが私の顔と身体を指差す。


まあ確かに、世間的に見ればちょっとは見栄えする顔かもしれない。

165センチ、45キロ。スタイルも悪くないと思う。

だからちやほやしてくれる男の子はいなくもないけど、

本気でモテるかどうかは別問題だ。


「1組の遠藤君は?

あの子、入学してからずっと愛実のこと好きみたいだし、結構かっこいいし」


遠藤・・・ああ、あの騒がしい子ね。

かっこいいというか、かわいい系。

もっと言うと、かわいい猿系。


「誰でもいいって訳じゃないもん」

「でも彼氏欲しいんでしょ?だったら取り合えず付き合えばいいじゃん」


そこまでは割り切れない。

中学の時に彼氏がいたことはあるけど、

やっぱり好きな相手じゃなきゃ、取り合えずな付き合いでも疲れるって分かった。


それに。


私はスカートのホックを止めると、拳を握り締めた。


「私は、ドラマチックな恋愛がしたいの!」

「ドラマチック?例えば?」

「超イケメンの先生と恋に落ちるとか!」

「ないない」

「事情があって生き別れになってたお兄ちゃんと再会して、恋に落ちるとか!」

「愛実、お兄さんいるの?」

「いないけど!」

「でしょ?そんな星空煌理ほしぞらきらりの小説みたいなこと、有り得ないわよ」

「ほ、星空・・・」


思わず「うっ」と息が詰まる。


「とにかく!そんなドラマチックな恋がいいのよ!!普通の恋なんてつまらない!!!」


言い切る私を見て、さなえと葵は同時にため息をついた。




ラブラブモード全開のさなえと「いいなー!」連発の葵と一緒に、

スティックを担いで更衣室から出ると、

更衣室の前に誰かが立っているのが見えた。

噂をすればなんとやら、だ。


「よう、藍原あいはら

「・・・」


男の子の割には華奢な身体つきに、明るい色の髪。

まぎれもなく遠藤だ。

人懐っこい笑顔がトレイドマークだけど、何故か私の前ではいつも仏頂面で、

今日もそれは同じ。

そのくせ、仏頂面のままこうやって私に何かとちょっかいをかけてくる。


よく分かんない奴だ。


ハッとして振り返ると、

さなえと葵のニヤニヤ視線とぶつかった。


「じゃあねー、愛実。私、今から『カレシ』とデートだから」

「私も、用事あるから先行くねー」


2人はそう言うと、私と遠藤を残して、

なんと本当にさっさと帰ってしまった。


ちょっと!薄情者!

2人きりにしないでよ!


「部活、終わった?」

「見たら分かるでしょ」


私はスティックを背負いなおした。


誤解のないように言っておくと、別に遠藤が嫌いな訳じゃない。

私には仏頂面だけど面白い奴だし、気も合うと思う。


でも嫌だ。

何が嫌って、友達からステップアップして恋人になる、という「普通」が嫌だ。

それならせめて、さなえみたいに「予想外のイケメン同級生に告白されて付き合う」方がよっぽどいい。


遠藤なんて意外性がなさすぎるっ!



遠藤は相変わらずの仏頂面のまま「駅まで一緒に行こうぜ」と言って、

私の返事を待たず廊下を歩き出した。

一緒に行こうぜもなにも、駅までは一本道だから同じタイミングで学校を出るなら、

一緒に行かざるをえない。


ところが、仕方なく私が遠藤から2歩ほど遅れて歩き出すと、

不意に遠藤が足を止めた。

そしてなんか1人でブツブツ言い出した。


・・・怖いんですけど。


私に呪いでもかけてるのかな?

自分に惚れるようにとか?

それじゃあ呪いとは言わないかな?


ブツブツ言うこと約20秒、

ようやく遠藤が私に振り向いた。

そこにはさっきまでの仏頂面とは打って変わって満面の笑みがある。


「・・・気持ち悪いよ、遠藤」


正直にそう言うと、たちまち遠藤の顔が曇る。


「なんだよ。せっかく人が態度を改めようと思ったってのに」

「態度?」

「うん。三浦に『もっと藍原に愛想良くしないと振り向いてもらえないぞ』って言われたから、

頑張って愛想良くしてみた」


頑張らんでいい。


ん?三浦?

三浦ってあの学校一のイケメンで超秀才でスポーツ万能の三浦君?


遠藤、あんな天に何物なんぶつも与えられた子と仲いいんだ。

一緒にいたらかすんじゃうだろうに。


それに、どうせ好かれるなら遠藤じゃなくて三浦君がよかったなー。

でも三浦君は好きな子がいるみたいだし、

私も三浦君はちょっと王子様過ぎて恋愛対象にならない。

向こうも私のことは「うるさい女子」程度にしか見てないだろう。


私はどっちかって言うと、もうちょっと3枚目で砕けた人がいい。

明るくて、面白くて、気さくで、一緒にいて疲れないような人。


「それって俺じゃん」

「自己申告しないで。ほら、さっさと行こうよ。

次の急行逃したら、20分は待たないとダメなんだから!」

「俺と一緒に待とうぜー」

「嫌!!!」


私は遠藤を置いてさっさと走り出した。







「ただいまー」


私が玄関の扉を開けてそう言うと、

ママの「おかえり」の声より先に、愛しのトミィが私に抱きついてきた。

そして人目もはばからず、私にキスをし、事もあろうに口に舌まで入れてくる。

でもこれが最高に気持ちいい。


「トミィ・・・ダメよ、こんなところで」


私はトミィの首に腕を回した。


「ママに見られたらどうするの?パパだっているのに・・・」

「愛実。何1人芝居してるの?さっさと手洗ってきなさい」

「・・・」


せっかくいいところだったのにママの声が私とトミィを引き裂く。


失礼しちゃう。

1人芝居じゃないもん。

1人と1匹芝居だもん。


私が手を離すと、無情なことにトミィは尻尾を振りながらママのいるキッチンへ走っていった。

お腹がすいたらしい。

所詮私への愛なんて、ドックフードの前では何の意味もなさないのね?

裏切り者!


私は鼻息荒く洗面所に駆け込み手を洗うと、その勢いのままキッチンに飛び込んだ。


「お腹すいた!!!」

「お行儀悪いわね。せめて着替えてらっしゃい」

「待てない!ラクロスで疲れたし!何か食べさせて!」

「はいはい。冷凍のチャーハンでいい?もうすぐ夕ご飯だから少しだけよ?」

「はーい」


という会話から3分後には、私の前にホクホクと湯気を立てるチャーハンが鎮座していた。

現代技術は素晴らしい。

しかも美味しい!


「もぐぐぐぐ、ももも?」

「はい?」

「んぐっ。そういえば、パパは?」

「ちゃんと飲み込んでから話しなさい。パパはもちろん仕事場よ」

「仕事場って・・・」


私は思わずチャーハンをすくう手を止めた。


「パパ、仕事してるの!?」

「ええ。今朝急に『閃いた!』って言ってからずっと篭ってるわ」

「そっかー、よかった。パパにしては長いブランクだったね。

このまま断筆になったらどうしようかと思ったわ」

「ほんとね。ママも冷や冷やだったわ」


ママも本当に嬉しいのか、鼻歌なんか歌いながらお皿を拭いてる。

よくみるとエプロンも新調されていて、なんか食器洗い洗剤のCMに出てくる主婦みたいだ。



私のパパこと藍原信夫あいはらのぶお・43歳は、

星空煌理ほしぞらきらりという冗談みたいなペンネームで小説家をやっている。

売れっ子小説家かどうかは、この平凡な建売一戸建てを見てもらえれば分かると思うけど、

「ベタな設定・展開がなんとも言えない!」と一部のファンには大うけだ。


ちなみに「ベタな設定・展開」というのは、

引っ込み思案な野球部のマネージャーがエースに一目惚れしちゃうとか、

やっぱり引っ込み思案な女の子が突然イケメンに告白されるとか、

やっぱりやっぱり引っ込み思案な眼鏡の秀才が、「ヤンキー」(この言い方どうなの)に惚れるとか。

最後はもちろんハッピーエンドばかりだ。


私が憧れる「イケメン教師との恋」とか「お兄ちゃんとの恋」をさなえは「星空煌理の小説みたい」と

言っていたけど、実際にはパパの小説にそんな話はない。

だってパパの中では「イケメン教師との恋」とか「お兄ちゃんとの恋」なんて、

SF並みに有り得ない出来事だ。

ただみんなが勝手に「ベタな恋愛話」=「星空煌理の小説」と思い込んでるだけ。


でもだからこそ、ますます「私のパパが星空煌理です」なんて口が裂けても言えない!

そんなこと暴露した日には私まで白い目で見られるに決まってる!


友達には、パパはルポライターをやってるとか適当に言ってるけど、

いつバレるかと冷や冷やだ。



どうかこのままバレることなく残り2年8ヶ月の高校生活が終わりますように・・・

できれば一生が終わりますように・・・



私はスプーンを握り締めたまま「アーメン」のポーズをして、

再び勢い良くチャーハンを掻き込んだ。








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