私は完璧だった
私はきっと幼稚園に通う頃から完璧だった。
6月というそこそこ早い生まれだったので早生まれの子に比べたらなんでもできていたのだ。身体の成長も早かったので足も周りの子に比べたら速かったし、絵もよく描いた、平仮名だってわかったし簡単な足し算ならできていた。受験をするような勉強をしていたわけではないから、それに比べたらまぁ 劣ってしまうがいい子のカテゴライズではあったのだろう。
小学校に入っても身長はずば抜けて高いわけではないが後ろから数えるとだいぶ早かった。授業の内容はスラスラと入ってきたし、提出のプリントも期限内に出せていた。誰にでも意地悪をするような子とはなるべく関わらず、イジるわけでも話しかけに行くでもない適度な距離を保った。給食だってキノコ類以外はよく食べて、最後になることはなかった。
九九も7の段と8の段が鬼門だったが結局覚えられていた。
この時代の十代なのでコロナウイルスが流行り始めて家にいるようになった。そこでも私は完璧だった。外に行くような遊びはしなかったし、マスクを途中で外すこともなく、キッズケータイを持っていなかったけれどアナログな手紙でなんとか友好関係を築いていた。
中学生になり、マスクもまぁだんだんととる人が多くなり頑なにマスクを外さないような子ではなく、みんなが取るときにはずしていた。空気を読むということが上手くなり、完璧だった。部活もそこそこに。一番上手いわけではないが2番目に上手いくらいのポジションにはなれていた。定期テストだって30番以下は取ったことがないように努力したし、その努力が実る程度の才能も持ち合わせていた。
高校生になった。なんなら1番憧れの学生感がある。
親が急に大人扱いするようになってきた。あんなに、いちいち確認していたプリントも私に任せてくれて、あんなに口うるさく志望校についてヤイヤイ言っていたのに、あんなに運動会の順位を気にしていたのに、「あなたなら大丈夫」という信頼を急に増やして私に一任してきた。高校一年生の4月のことだ。きっと、大人扱いされ始めているのだろう。
嬉しい限りである。
高校2年生の4月のことである、私は奨学金に纏わる書類を親に出し忘れていた。完全に自分が悪く、完璧ではない行動だ。謝ればいいのだ、反省の意を込めて。しっかりと返事をして、
そう、謝ればいいのだ。あんなに確認されたのに全く気づかなかったから。
あまり真摯に受け止めなかったのが悪いから。
謝ればいいのだ。許してくれるかどうかではなく誠意を伝えることが大事なのだ。
そう、理解している。だが、親の怒りを込めた目を覗き見ると喉が音を出さないのだ。
私は完璧だからきっと親の前で涙を流し、言い訳がましくしたりしない。客観的に見ると、何しにきたんだろう?怒りを増幅させにきたのではないか、という行動になってしまう。そうしていつまでも謝る機会を無くしてしまう。困った限りだ。
全くもって、完璧な行動ではない。恥である。
完璧な行動をしていないと価値がないような気がしてくる、死にたくなってくる。
しかし、それで死ぬ決心がついて、死への恐怖を克服する完璧な勇気は待ち合わせていない。自分の死体を誰かに片付けさせるほどの完璧な度胸もない。そして、結局こうして過去の完璧に浸り、対した内容のない文字を連ねていくのだ。




