司馬仲達は働きたくない!
リハビリ短編です。
『どうしてこうなったかな〜』
なぜ、私はここに居るのだろうか?
目の前に広がる光景から目を反らし、暫し物思いにふける。
私は平穏な暮らしをし、誰に気兼ねする事もなく書物を読み耽っている生活をしたかっただけなのに……
何処で間違ったのだろうか?
そもそも、私がこんな所に居るのはおかしいのではないか?
だが、しかし、今の私のこの状況は……
チラッと後ろを見ると天幕の入口にて膝立ちし拱手している二人の伝令が居る。その二人と目が合ったと思ったら二人は互いに顔を見合わせると私の側ににじり寄って来た。
「斥候より報告を、魏の軍勢が此方に向かって来ているもよう。旗印に張の文字あり。その数凡そ数千」
「本陣より伝令から『その場を死守せよ』との事です!」
「ああ、うん。そうか、そうか〜はぁ〜」
伝令からの報告を口答で受け取った。
内容は私にとって非常に不味い物だ。
数千、数千かぁ~
それにここを死守、死守か〜
確かにここは要地では有るが、死守ねぇ〜
二つの報告を受けその内容を聞き思考するが、私の本心は戦いを望んではいない。
『あぁ、誰か代わってくれないかなぁ〜』と周りを見ると皆が私の命令を待っている。
その彼らの目は私の命を今か、今かと待ちわびている。
分かっている。分かってはいるのだ。
私は流されてしまった。
いや、逃げて、逃げて、逃げまくったのだ。
逃げた結果が今の私の状況だ。
もう、逃げ場はないのだ。やるしかあるまい。やるしかないのだ。
あぁ、でも、本当に面倒くさい。面倒くさいなぁ〜
誰か代わってくれないかなぁ〜
建興六年 街亭にて蜀の司馬仲達は魏の張郃と相対し、これを破る。
後漢書 司馬仲達伝より
これより二十年以上前、司馬仲達は故郷の河内で先祖伝来司馬家の土地に居た。
そこで彼は父司馬防と兄司馬朗が都に出仕しているの為、実家の留守を任されていた。
家の事は使用人が何もかもしてくれるので、彼は時には書物を読み耽り、時には釣り竿片手に河に行き、自由を満喫していた。
そんな彼を見て司馬家の者達は
「また坊っちゃんは読み物ばかりで」
「先日は河魚を釣ってらして」
「ほんとうに当主様や、兄君様、それに弟君様とは違いますなぁ〜」
微笑ましいやら、呆れるやらされていた。
そんな彼も父司馬防の勧めにて嫁を貰い受けたが、その行上は一向に改善される事は無かった。
そんな或日
都より彼を訪ねる者が現れた。
彼を訪ねて来た者は『自分は司空様の使者である』と宣った。
当然、司空の使者を名乗る者は突然彼を訪ねて来た訳ではない。
前もって訪ねる事を下人を使って知らせていた。
しかし、当の本人はその事を真剣には捉えていなかった。
かなりのほほんと構えていたのだ。
司空と言えば、漢の皇帝を奉戴して許都の都にて政務をなさっている。それはそれは偉い人である。
ちなみに父と兄の上司にあたる人でもある。
名を『曹孟徳』後の魏王である。
曹孟徳の名は河内でも有名で、その有能さ、苛烈さは伝えられていた。
その有名な司空様が自分みたいな者に使者を寄越すなんて、あり得ないだろうと高を括っていたのだ。
しかし、悠長に構えていた彼の前に華麗に着飾った使者がやって来たのだ!
その使者の様子を伝え聞いた彼は恐れ慄いた。
父や兄の手紙(竹簡)にて曹孟徳の気性やら何やらを事細かに書かれていたを思い出したのだ!
ちなみに中身は仕事の愚痴が六割、上司(曹孟徳)の文句が三割、近況が一割という内容だ。
彼は瞬時に何故使者がここにやって来たのか理解した。
『都に来い』(俺の所に就職しろ!)と言いに来たのだ!
恐怖!
彼の頭の中は就職という恐怖に襲われていた。
仕事したくない!仕事したくない!仕事したくない!
働きたくな〜い!
と彼は心底思っていた。
自分は裕福な家の出だ。家は兄が継ぐ事が決まっている。次男である自分は家を守っていればいい(引きこもっていれば良い)。
働くなんて論外だ!
どうすれば良い?どうすれば良い?どうすれば良い?
彼の脳髄は彼の働きたくない心が働き、物凄い勢いで思考されていた。
そして、禁断の答えを導き出す!
なんと彼は寝台に横たわったまま、使者を迎えたのだ!
そんな無礼を使者が黙っている筈もなく、使者は彼の無礼を咎める。
すると彼は使者の怒り等知った事ではないと無視し、『何の用なのか』と尋ねた。
使者は相手が漢の有力者の子息である事を知っているので彼の無礼を一旦脇に置き、自らの使命を果たす事を優先した。
使者は司空(曹孟徳)の言葉を彼に伝えた。
『俺の所で働け』
彼が予想した通りの内容だった。
使者は彼がどう答えるのかと注目する。
そして、彼は寝台から起き上がると自らの足を指さしこう答えた。
『ああ、すみません。残念ながら今の私は足を怪我してしまいまして、この足が完治するのにどれくらいかかるか分かりません。直ぐにも都に当城せよと言われても、この足ではとてもとても。ハハハ』
見れば彼の足には痛々しくも布が巻かれていた。
しかも、血が滲んでいるではないか。
使者は彼のこの姿を見て今までの憤りは霧散し、返って彼に憐れみを感じてしまった。
確かに彼は足を怪我している。無理に動いて怪我が悪化してしまうかも知れない。ここは彼の今の状況を上司に報告した方が良いだろうと判断した。
使者は彼に怪我の具合を尋ね、やはり歩けるのに時間が係ると聞くと『一度都に戻りその後連絡を寄越す』と言って帰って行った。
まぁ、直ぐに帰った訳ではなく、三日程滞在した後に帰ったのだが……
使者が割と素直に帰った事で彼は安堵のため息をついた。
「良かった。本当に良かった」
彼の本音だった。
「何が良かったもんですか!」
彼の嫁張春華は呆れていた。
「突然、御台にやって来て『鳥を捌いて血をくれ』と言った時は今度は何をなさるのかと思えば、こんな事に使うなんて」
そう、彼の足の怪我は真っ赤な嘘である。
布に血が滲んでいたのは、鳥の血であったのだ。
「そんなに都に行きたくないのですか?」
妻の呆れた質問に対して彼は
「私が真面目に出仕する姿なんて想像出来るかい?」
彼はいつもの軽い感じで返した。
「本当、呆れた人」
妻は彼のこの行動に半分は納得し、半分は呆れていた。
しかし、話はこれで終わらなかった。
一月後、再び司空の使者が現れたのだ。
彼は今度も寝台に横たわったまま使者に会った。
そして使者は彼に告げる
『足が不自由と聞いた。ならば都にて静養すればよい。断るならば家を焼き払う。それならば都にやってこれよう』
曹孟徳曰く『足なんか怪我してねえんだろ?分かってんだよこっちはよ。うだうだ言ってねぇでさっさとこっちに来い!さもねえとテメエの土地を焼き払ってやるからな!そうすればなんの未練も無くやってこれんだろうが、ガハハハ』(現代語訳)
彼は使者の口上を聞いて顔面蒼白になった。
しかし、直ぐには回答しなかった。
ここに及んでもまだのらりくらりと返事を先延ばしにしようとしたのだ。
まさか本当に焼いたりしないよなと思いながらも、曹孟徳ならやりかねないとも思い、どうするか考える時間が欲しかった。
流石に使者も彼を気の毒に思ったが、しかしながら手ぶらで帰れば上司に何をされるか分からない。彼の決断を待つ事にした。
使者が別室に下がると彼は寝台から飛び起き辺りをぐるぐると回り始める。彼が物事を深く考える時の癖なのだ。
どうする?どうする?どうすれば〜くそ~!
彼、司馬仲達はとにかく働きたくはないのだ!
今までもそしてこれからも、なんなら死ぬまで働きたくなんかないのだ!
そして彼は考えた。
考えに考えて考え抜いた!
うん!そうだ!これしかない!
彼が結論を出したちょうどその時、妻が部屋に食事を持ってきた。
「春華!逃げよう!」
「は?」
突然何を言っているのだこの夫はと妻は呆れた。
「何処に逃げるのです?」
ここは河内。
司馬家の持つ土地はここら一帯だ。他に土地等有っただろうかと妻は考えた。だからこそ聞いてみた。ここ以外に何処に逃げると言うのか?
「益州だ!」
「え、えきしゅう?」
こうして彼は弟司馬孚らと使用人を連れて益州に逃げたのだ。
ただ働きたくないが為に……
ちなみに父と兄には手紙にて『後は宜しく』と書き残したのだった(無責任過ぎる)
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