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テディの弟

作者: スケキヨ
掲載日:2026/03/13

注意書き

作中に実在した犯罪者が登場しますが、本作は何もかもがフィクションです

 小学3年生の時、隣の席のA君が書いた作文が炎上した。


 

 きっかけは国語の授業で出された課題だ。


 『わたしの尊敬する人』をテーマに作文を書く宿題が生徒に課された。

 四百字詰め原稿用紙を最低1枚使用、架空の人物は却下。歴史上の人物で、実在したかどうかが微妙な人はセーフ。

 

 うちのクラスはなかなか香ばしい生徒が多く、『太宰治』とか『ニーチェ』と書いて早めの黒歴史を作る生徒が続出した。


 しかしA君の作文はそんな猛者たちをもってして一線を画した。


「ぼくのそんけいする人はデイビッド・カジンスキーです


 そんけいする理由は、デイビッドが、お兄さんの書き方のくせをしっていたからです。


 ぼくにも兄さんがいるけど、どんな文しょうをかくのか、しりません。


 きょうだいのことをよくしっていて、デイビッドはえらいとおもいます」


 途中で先生がストップをかけ残りの授業は自習になった。

 A君は職員室に連行された。

 両親が学校に呼び出され、担任と学年主任同席のもと聞き取りが行われた。



 セオドア・ジョン・カジンスキーはアメリカ合衆国のテロリストだ。


 爆弾で23名に重軽傷を負わせ3名を死亡させた連続爆弾魔で、別名をユナボマーと言う。

 

 その弟がデイビッドだ。

 デイビッド・カジンスキー。

 A君は『尊敬する人』にシリアルキラーの弟を選んだのだ。


 校長室での取り調べ、もとい聞き取りによると、A君は『驚き!本当にあった世界の大犯罪』的なテレビ番組で知識を得たらしい。


 さいわいA君は犯罪関連には「こわいなあ」程度の関心しか抱かなかった。

 

 A君が強く興味を惹かれたのは、「弟が兄の文章に気が付いた」という点だった。

 

 A君は思った。もし自分が何かの文章を読んで、それが兄の書いたものだと分かるだろうか。兄が好んで使う単語、記号をどのように用いるか、句読点を差し入れるタイミング、それらをヒントに、これは兄が書いたものだと気が付けるだろうか。

 

 きっと無理だ。A君はそれが残念だった。

 

 兄とは仲がよいつもりだったのに、そう思ったらひどく残念で、同時にデイビッドという人はすごいなぁと思った。

 だからA君は『尊敬する人』にユナボマーの弟を選んだ。

 ただそれだけの事だった。






 しかし、ひとつ大きな問題があった。 






 A君は、ひとりっ子なのだ。






 A君が兄について語るあいだ、両親の顔色はどんどんと蒼白になっていった。

 

 事実上・戸籍上ともに、A君には兄も姉も居ない。


 弟妹が今後出来る可能性があるとして、A君が夫妻の間に生まれた最初の子である点は間違いなかった。

 A君は初子で長子でオンリーチャイルド、正真正銘のひとりっ子だった。

 

 彼に兄は居ないのだ。

 

 ではA君の語る「兄さん」とは誰なのか。






 スクールカウンセラーが呼ばれ、長時間の聞き取りが行われた。



 A君は「兄さん」に関するさまざまな質問を投げかけられ、戸惑いながらも落ち着いて答えた。


 「兄さん」との年齢差を聞かれると、「そういえば兄さんが何歳か知らない」と答えた。

 

 また、いつも2人でどんな遊びをするのか問われた際、「一緒に遊んだことはないけど、お母さんが居ない時、音読の宿題に〇をつけてくれる」「お父さんはもうしてくれないけど、兄さんはお願いすると時々おんぶしてくれるよ」と答えた。


 「兄さん」は「イマジナリーブラザー」なのかもしれない。

 寂しさからA君の心が作り出した存在。

 

 実際、回答内容からは彼が家庭において両親と疎遠で、孤独を感じている様子が伺われた。






 しかし、事態は一転する。

 





 A君の父親の不倫が発覚したのだ。






 父親はあろうことか結構近所に不倫相手とその子どもを囲っていた。

 なんなら自宅に呼んだ事が複数回あった。

 子どもはA君より2つ年上の男の子だった。

 

 学年主任は当時を振り返ってこう語る。

 「そういうのは自分()でやってほしかった」と。

 

 父親はA君がスクールカウンセラーに連れられて席を外し、妻と担任がA君の授業態度や家での様子を話し合っている途中、ソファに深く身を沈め俯いた状態で唐突に不貞を告白した。


 しばしの沈黙の(のち)、奇声を上げた妻が振りかぶった湯呑が豪速で夫の蟀谷(こめかみ)にめり込み、ちょっと冗談みたいな量の血が噴き上がった。

 警察と消防の迅速な対応により場は収拾され、妻は拘束、夫は緊急搬送された。



 もう地獄である。

 しかし事態はもう一段階悪化した。

 

 なんと今度は妻の側の不貞が発覚したのだ。

 不貞相手には連れ子がおり、中学生の男子児童だった。

 こちらは自宅に招いた事はないと妻・不貞相手両名が証言したものの、男子児童は「1度だけこっそり行った事がある」と自供した。



 男子児童C君は父親が人妻と道ならぬ関係にある事に気づいていた。

 C君はそのことについてたいへんな嫌悪感を抱いており、何度か父親に物申したが、その(たび)にまるで相手にされなかった。


 学校の友人達に悩みを打ち明けたところ、そのうち数名が「その人知ってるかも」となり、なんと相手の女性が結構近所に住んでいることが判明。


 驚異の行動力でその日のうちにC君は女性の自宅(=A君の家)に突撃した。

 父親と別れてくれるように頼むつもりだったらしい。

 

 たどり着いた先はたいそう立派な一軒家だった。玄関が分かりづらく、周囲を見回していた時、生垣の向こうから話し声が聞こえ、慌ててC君は身をひそめた。


「ネズミのままなの?元にもどらないの?」

「そうだよ。ぼうやは二度と人間に戻れないんだ」


 低木の隙間からは何も見えなかったが、自分より幼い少年の声と、自分より年上だが、父親よりも年下の、男性の声がかすかに聞こえた。


「だけどぼうやは少しも悲しくないんだよ」

「そうなの?どうして?」

「ぼうやにはおばあちゃんしか家族が居ないんだ。ネズミの寿命は短いけど、ぼうやはおばあちゃんより長生きしたくなかったんだよ」


 会話が途切れた。


 しばらく耳をそばだてていたが、2分程経っても無音が続く。C君はそっとあとずさり、





 物凄い勢いで低木を突き破って飛び出したむきだしの青白い細い長い長い腕に掴まれた。






「君はどう思う?」






 その後のことについてC君は、死に物狂いで走って逃げたことしか覚えていない。




 結局A君の兄についての問題は解決しなかった。

 A君に腹違いの兄とC君の顔写真を見せたところ、A君は「これは兄さんじゃない」と答えた。


 C君の証言により、何者かが兄を装いA君に接触していた可能性が浮上、家宅捜索が行われた。


 A君宅の天井裏から食べかけの菓子や脱ぎ捨てた衣服が発見された。人が生活していた痕跡があった。

 

 男性のDNAらしきものも検出されたが、A君、A君の家族、婚外子、不貞相手、連れ子等々誰とも一致しなかった。


 ちなみに湯呑で脳天をカチ割られたA君の父親は特に後遺症もなく回復し、傷害で妻を告訴した。

 A君の母親は秒で控訴しそのまま泥沼の離婚調停に臨んだ。

 歴戦の調停委員が胃を患って搬送されるという史上まれに見る(おぞ)ましい争いの末、両名とも資産・社会的地位・信用を大いに損失し、友人を失くし健康を損ないズタボロになって終わった。





―――――――――――――


「なんと言ったらいいのか、とりあえず、お疲れさま、で、合っているかわからないけど...」

「ははは。ありがとう。まあ、お疲れなのは両親の方かな。おれは今の父さんのところですくすく楽しく暮らしてただけだし。母親とか父親とかが無心に来ても父さんが追い払ってくれて、特にしんどい思いはしてないんだよね」

「はぁ、まぁ、君がやな思いしてないならよかったよ」


 20数年ぶりに再会したA君は溌剌としていて、壮絶な過去を微塵も感じさせなかった。


「まあ、未だに『兄さん』がなんだったのか、よくわかんないのはアレなんだけどね。まあ、あのへんホームレスの人が多かったし。誰かこっそり上がり込んでいたのかもなあ」

「えっそうなの?」

「いやわかんないよ。でも家出した高校生がうっかり住み着いたとかが有力説だと思うよ」

「うっかりって...でも、A君はその人を自分のお兄ちゃんだと認識していたんでしょう?」

「そう。こっそり住み着いていたらおれに見つかっちゃって、『ぼくは君のお兄ちゃんだよ~』って思いこませたんじゃないかなぁ」

「ええ...まあ、もしそうなら、素直に術中に嵌って良かった..のかな?」

「そうだねぇ。口封じに命を、なんて事にならなくてよかったよ」


 別れ際、ふと気になってA君に訊ねた。


「ところで、叔父さん、今のお父さんは、どっち(かた)の?」

「どっちかた、って?」

「ああ、ええっと、ご両親...いや元ご両親の、母方、父方の...ごめん、失礼な部分に踏み込んでしまった」

「別に大丈夫だよ。あの人たちの事はもう全然気にしてないし」


 A君は爽やかに笑ったあと、つぶやいた。


「あれ、どっちだっけ」


 ふと胸騒ぎがした。


 そんな事って、あるだろうか。


 遠い親戚ならまだしも、叔父伯母程度の続柄を忘れることって、あるだろうか。まして現在自分の父親である人の。


「そういえば歳も知らないんだよね。世話になってるのに親不孝だな。なんか申し訳なくなってきたな。ケーキでも買っていこ。じゃあね」


 そうしてA君は去っていった。


 「父さん」の話をするときのA君は、いい顔をしていた。

 いまの生活を気に入っていて、幸福そうだった。「なんのケーキにしようかな」とひとりごちる姿は、楽し気だった。


 だから、これでよいのだ、ということに決めて、わたしも去った。



子どもの頃、ロアルド・ダールをよく読んでいました。ダールぐらい巧みに文章を書いてみたいものです


最後まで読んでくださってありがとうございました

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