風紀委員は、役に立たない日もあります。
月曜の放課後。
風紀委員室の鍵を回した瞬間、今日が「静かな日」になることを直感した。
教室に入ると、校内のざわめきが少し遠くなる。
机の上には先週の掲示物の残りが置かれたままになっていた。
誰もまだ来ていないのか、椅子は全て定位置に収まっている。
開いた窓のそよ風が、机の上の紙を軽く揺らしていた。
「……今日は早いのね」
背後で結衣の声がした。
彼女はゆっくりと部屋に入り、肩から鞄を下ろすと依頼箱の前に立った。
その動作にはいつもと同じ、わずかに緊張した空気が漂っている。
彼女は静かに箱の蓋を持ち上げ、中を覗いた。
数秒の沈黙。
期待も不安もなく、ただ空っぽであることを確認した結衣が、肩をすこし落とす。
「……空っぽね」
思わず口に出してしまったのは、予想通りだったからだ。
月曜の午後はいつもこんな感じだと、頭では理解している。
けれど、毎週この瞬間、心のどこかで「何か来てほしい」と思う自分もいる。
「だろうな」
淡々と返す。
口に出してしまえば余計な言葉はいらない。
安心感も、物足りなさも、淡々とした現実の前では一緒くただ。
結衣は小さくため息をつき、箱をそっと閉じる。
「でも、悪いことじゃないわよね」と、微笑む顔がいつもより少し柔らかく見える。
善意に支えられた微笑みは、ここでは救いにもなるし、過剰な気遣いにも見える。
「まあ、平和って、そういうもんだろ」
自分でも気づかないうちに呟いた言葉に、微妙な皮肉が混じっている。
結衣は反応せず、ただ作業のために机に向かう。
それから二人は、プリント類の整理や机の上を軽く掃除したり、授業で出た課題を終わらせたりなどして時間を消費していく。
手を動かすたびに紙が擦れる音、窓から入る風の音、廊下を通り過ぎる靴音。
小さな音が積み重なって、部屋の空気を満たしていく。
途中、一人の生徒が軽くドアをノックして入ってきた。
小柄で黒い髪をボブに切り揃えている。
顔は緊張しているように見えるが、言葉は出ない。
彼女は、確か黒澤美琴、1年の時同じクラスだった。
「あの……」
何か言おうとして、言葉を飲み込む。
ボブの髪が少し揺れている。
数秒の間をおいて、「やっぱ、いいです」とだけ言って、そっと退出した。
結衣は少し眉をひそめ、窓の方へ視線を送る。
声をかけるべきだったのか迷ったらしい。
でも何もせず、静かに椅子に戻った。
「今は、来なかったってだけだ」
俺は軽く返す。
問題が起きなかっただけで、誰かを助け損ねたわけじゃない。
そんなことを確認するために、こうして雑務をこなすんだろう。
結衣は小さく頷き、作業に戻る。
その背中を見て、少しだけほっとした。
作業が一段落した頃、結衣が思い出したように口を開く。
「そういえば……あかりさん」
「元気?」
「ええ。元気そうでした」
一瞬、沈黙が部屋を満たす。
窓の外の冷たい光が、二人の間に微妙な間を作る。
「……彼氏さんとは、別れたみたいだけど」
「ふーん」
「でも、あんまり気にしてなさそうで。『まあ、そういう時もあるよね』って、笑ってたわ」
結衣は少しだけ、不思議そうに首を傾げる。
「強いわよね…」と。
俺はその光景を思い浮かべながら、心の中でひとつだけ呟く。
——強い、って言うより、折り合いをつけるのが早いだけだ。
そのことが良いことか悪いことかは分からない。
少なくとも依頼箱に入る話ではない。
「依頼、しなくていい問題もあるんだろ」
俺はそう言うと、結衣はわずかに安心したように頷いた。
静かに作業を再開する。
夕日が部屋の奥まで差し込み、依頼箱の影を長く伸ばす。
紙の端が風で揺れ、少しだけ光が反射する。
この静けさの中で、時間だけが淡々と進む。
問題がない日と、
問題が見えない日と、
見ないことにしている日。
それぞれの線引きは人によって異なるけれど、今日はどれも混ざっている。
「まあ、今日はそういう日でいいんじゃないか」
最後に呟いて、窓の外を見つめる。
部活の声はいつも通り、校庭から聞こえる。
依頼箱は空のまま。
でも、世界は静かに回っている。
——今日は、何も起きない。
少なくとも、この部屋では
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