青春!!努力!!汗!!
風紀委員室の扉を開ける。
「……なんでいる」
思ったまま口に出ていた。
いつも通り、結衣は奥の机に座って何やら作業をしている。
そこまではいい。
問題は、その向かい側に——
制服を着崩したギャルが、堂々と椅子に座っていたことだ。
「ひどくない? 一応確認はしたんだけど」
あかりはそう言って、勝手に風紀委員室の備品みたいな顔をしている。
「許可した覚えはない」
「結衣ちゃんがいいって言ったもん」
即座に視線を向けると、結衣は困ったように微笑んだ。
「ちょうど来たところで……追い返すのも、ね」
その言い方がもう答えだった。
追い返す気は最初からなかったのだろう。
「で?」
俺は鞄を置き椅子に腰を下ろし、あかりを見る。
「で、今日は何の用だ」
「えー、用事ないと来ちゃダメ?」
「ダメだな」
「即答かぁ」
あかりは不満そうに頬を膨らませたあと、
急に何かを思い出したように手を叩いた。
「あ、そうだ。今日ね、依頼箱見たらさ——」
「待て」
その言葉に、結衣がぴくりと反応する。
「……依頼箱?」
あかりは、少しだけ楽しそうに笑った。
「今日ね、依頼箱見たらさ——」
その瞬間、俺の中で一つの疑問がはっきり形になる。
(……なんでコイツ、依頼箱見てんだ)
いや、おかしいだろ。
ここ、風紀委員室だぞ。
依頼箱って名前からして、関係者限定感すごいだろ。
そもそも、勝手に開けていいものじゃない。
少なくとも、ギャルがノリで覗く類の箱ではない。
俺が言葉に詰まっていると、結衣が小さく咳払いをした。
「……一応、見せただけだから」
フォローになってない
「あのな」
そう言いかけてから、俺は一度口を閉じた。
言っても無駄な気がしたからだ。
あかりは悪びれる様子もなく、楽しそうに続ける。
……嫌な予感しかしない。
あかりは、一枚の紙をひらひらと振った。
「ほら、これ」
その仕草がやけに様になっているのが腹立たしい。
まるで元々自分の仕事みたいな扱いだ。
俺は紙を受け取らず、あかりに音読してもらった。
『部活の人数が足りません。
大会前の練習で、どうしても人手が必要です。
一日だけでいいので、助っ人をお願いできませんか』
「……風紀、関係あるか?」
思ったまま口に出すと、あかりは肩をすくめる。
「ないね」
即答だった。
「でもさ、依頼箱に入ってるってことは“困ってる”ってことでしょ?」
「それはそうだけどな……」
結衣が紙を覗き込み、小さく頷く。
「でも、確かに人数が足りないのは大変そうね。大会前なら、なおさら」
やっぱりそう来るか。
「結衣、これは風紀委員の仕事じゃない」
「ええ、分かってるわ。でも——」
その“でも”が出た時点で、だいたい負けは決まっている。
あかりがにやっと笑った。
「ほらー、結衣ちゃんもそう言ってるし」
「で、どこの部活だ」
そう聞くと、あかりは一瞬だけ間を置いてから、
「野球部」
と、悪びれもせずに言った。
あかりの言葉を聞いた瞬間、俺の中で一つの予測が静かに確定した。
ああ……来たな
野球部。
人数不足。
助っ人。
一昔前のラノベで、嫌というほど見てきた展開だ。
断っても結局行くやつ。
最初は渋って、最後はなぜかグラウンドに立ってるやつ。
つまり――**逃げられない。**
「……それで?」
俺は、思ったより落ち着いた声で続きを促した。
あかりは一瞬きょとんとしたあと、すぐに笑った。
「え、いいの? もっと嫌そうな顔すると思ってた」
「する意味がない」
そう言いながら、無意識に前傾姿勢になる。
どうせ後から、
「風紀委員として学校行事への協力が〜」とか、
「困ってるから」とか、
それっぽい理由がつく。
だったら、最初から話を聞いたほうが早い。
結衣が俺を見る。
その目には、はっきりとした違和感が浮かんでいた。
「……珍しいわね。止めないの?」
「止めても無駄だろ」
肩をすくめる。
「こういうのは、断る前提で話を聞いて、気づいたらグラウンドにいるって決まってる」
「なにそれ」
あかりが吹き出す。
「めっちゃ悟ってるじゃん」
悟りというより、経験則だ。
結果が分かっているなら、過程を省くだけ。
内心で静かに頷く。
怪我人。
欠席。
人数不足。
ノックの相手。
球拾い。
どれを引いても、汗をかく未来しか見えない。
それなのに。
「……まあ、助っ人くらいなら」
自分の口から出た言葉は、驚くほど淡々としていた。
あかりが目を丸くする。
「え、マジ? ノリよくない?」
結衣も、少しだけ眉をひそめる。
「……無理してない?」
「してない」
即答だった。
「どうせ断れないなら、最初から行ったほうが早い」
二人は顔を見合わせる。
「なにそれ……」
「ちょっと、変わってるね…」
あかりが苦笑いしながら言った。
うるせぇよ
内心で返す。
知ってるからこそ、先に進む。
熱血でも青春でもない。
ただ、**イベント処理**だ。
「ユニフォームとか持ってないけど」
「大丈夫大丈夫、わかって依頼してるでしょ」
即答だった。
やっぱりな。
三人で風紀委員室を出て、校庭の方へ向かう。
フェンス越しに見えるグラウンドでは、すでに練習が始まっていた。
「でもさ」
あかりが歩きながら言う。
「絶対あとで『ちょっと楽しかった』ってなるやつじゃん」
「ならない」
即答した。
……たぶん。
結衣は小さく息を吐いて、困ったように笑う。
「あなたがそう言うと、逆に怪しいわ」
グラウンドに近づくにつれて、掛け声と金属音がはっきり聞こえてくる。
「あ、無理しなくていいからね?ほら、もともと運動部じゃなさそうだし」
あかりがチクリと刺してくる。
無理しなくていいは期待してないの言い換えだと改めて理解した。
さて
「いっちょ青春しますか…」
誰にも聞こえないように、静かにそう呟いた。
---
「じゃあ、とりあえず守備入ってもらいます」
顧問でも主将でもなさそうな三年生が、軽いノリで言った。
「打撃練習やるんで、外野でボール拾いお願いしまーす」
……あ、これ嫌なやつだ。
最初は外野。
次は内野。
ノック、ノック、またノック。
「次、風紀委員の人たち、ショートとレフト!」
「相馬くん、走れる?じゃあセンターで!」
ポジションの扱いが雑すぎる。
というか、打席は?
結衣は最初こそ「すごいねー」なんて言われていたが、十分もすると肩で息をしている。
あかりはあかりで、黙々とボールを拾い続けていた。
「……あの、打つ方は……?」
恐る恐る聞くと、三年生は一瞬だけきょとんとして、
「あー、今日は守備中心なんで!」
即答だった。
最初から最後まで守備。
これ、人数合わせですらなくない?
ノックの音が、やけに乾いて響く。
青春って、もっとキラキラしてなかったっけ。
そのとき、あかりが小声で言った。
「……でも、ちょっと楽しそうだね」
それは俺と結衣、両方に向けられた言葉だった。
結衣は苦笑いして、
「うーん……まぁ、最初だけね」
最初“だけ”って言葉が出るあたり、ちゃんと現実見えてきてるな。
「いや…思ってたのと違って全然楽しくないんですけど…」
俺は反論する。
「え、でも結衣ちゃんも楽しいでしょ?こういうの青春って感じしない?」
「え、うん…まぁ…」
やめてやれ結衣さん疲れてるだろ…
この場で俺だけを青春全否定野郎にするのもやめてくれ…
俺は空を見上げて、飛んできたボールをまた一つ捕った。
やっぱり、ラノベのノリって現実だとこうなるんだよな。
翌日。
椅子に座るだけで、太ももが悲鳴を上げた。
ゆっくり、ゆっくり腰を下ろす。
……なんで守備だけでこんなことになるんだ。
俺の体貧弱すぎるだろ…
足だけじゃない。
肩も、背中も、腕も、全部が重い。
「相馬」
隣から声がした。
山本だった。
「昨日、何したの?」
「……野球」
「野球?」
一瞬だけ、間が空く。
「野球部の手伝い。守備」
「へえ……」
山本は俺の動きをじっと見てから、少し眉をひそめた。
「それ、筋肉痛?」
「たぶん」
「たぶんじゃないでしょ」
教科書を開きながら、山本は小さく息をつく。
「無理するからだよ。相馬、運動部じゃないでしょ」
正論で殴られるタイプのやつだ。
「人数足りないって言われたら、断れなくてさ」
そう言うと、山本は少しだけ困った顔をした。
「……真面目だね」
その言葉に、なぜか胸の奥がちくっとした。
真面目。
悪い意味じゃない。
でも、褒め言葉とも限らない。
チャイムが鳴って、山本は前を向く。
「湿布、貼った?」
「まだ」
「放課後、保健室行きなよ」
それだけ言って、何事もなかったみたいにノートを取り始めた。
俺は背もたれに寄りかかりながら、ゆっくり息を吐く。
風紀委員の仕事って、こういう後遺症が残るやつだっけ。
昨日のグラウンドの土の感触を、今日の筋肉痛が、やけにリアルに思い出させてくる。
風紀委員は何でも屋じゃねぇんだよ…ぽつりと呟いた。
一回やってみたかったやつ。
感想お待ちしてます。




