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風紀委員は何でも屋じゃありません。  作者: ハンサムアジフライ
18/18

黒澤美琴は、実は強い子でした。

放課後の校舎を、西日が照らしていた。

傾いた光は窓ガラスを通り抜け、廊下の床に長い影を落とす。

時間そのものが、ゆっくりと溶けていくような色だった。


廊下全体が、オレンジ色に沈んでいく。


俺は黒澤美琴と、あかりを連れて委員室へ向かっていた。

二人の足音は、微妙に揃わない。

あかりは普段より少し歩幅が小さく、黒澤は一歩遅れてついてくる。


黒澤美琴は、言っていた。


いじめは、もう収束している、と。


その言葉は、決して嘘ではないのだろう。

パシられることも、物を隠されることも、露骨な無視も、もうない。

少なくとも「事件」と呼べるようなものは、表面上は消えている。


だが。


いじめが収束したという事実は、

そのまま健全な学園生活を意味しない。


クラスには、それぞれの居場所がある。

誰と誰が話すのか、どこに座るのか、昼休みをどう過ごすのか。

言葉にしなくても共有されている、暗黙の了解と関係性。


既に出来上がった輪。


その中で、黒澤美琴だけが、ゼロから始めなければならない。


学園生活も。

友達作りも。


誰かに声をかけるにも、理由が要る。

笑うにも、タイミングを計らなければならない。

間違えれば、「浮く」。


しかも彼女は、「助けてもらえなかった過去」を背負っている。

見て見ぬふりをされた記憶を、クラス全員と共有したまま。


それは彼女一人の問題じゃない。

周囲の人間全員が、無意識に抱えている負い目だ。


そんな彼女の目に、いまのあかりは、どう映っただろうか。


派手で。

声が大きくて。

いつも誰かの中心にいるように見える、ギャル。

そのギャルが、今は根も葉もない噂の標的にされている。


きっと。


「なぁ……黒澤美琴って、知ってるか?」


ふと、以前の会話を思い出す。


俺の問いに、ジミヘンは少し考える素振りをしてから言った。


「よくは知らねぇな。話したこともねぇし。……けど、アイツも持ってるのは確かだ。ロックの魂」


相変わらず、何を基準に言っているのか分からない。

だが、不思議と否定する気にもならなかった。


意味不明なようで、妙に納得できる言い方だった。


人を見る目は、あるらしい。

なら、きっとそういうことなのだ。


俺は委員室の扉を開ける。

軋んだ音と共に、視線が集まる。


困惑した表情の結衣を尻目に、二人を中へ通し、椅子に座らせた。


あかりは、状況を把握しきれないまま周囲を見回し、

黒澤は、背中を少し丸めたまま視線を落とす。


「ちょっと、相馬くん?これ……どういう状況?」


結衣の声には、警戒と困惑が混じっていた。


「ちゃんと説明する。だから落ち着け」


そう言って、俺は結衣を連れて委員室を出る。

扉を閉めた瞬間、廊下の静けさが戻ってきた。


「あかりさんと、黒澤さんよね?あの二人が、どうしたの?」


結衣は歩きながら、すぐに問いかけてくる。


「あかりは……噂を知ってるらしい」


「え?」


「前に、俺たちが恋愛相談に乗っただろ。

それで結果的に別れた、あの元彼」


一瞬、結衣が思い当たったように眉を寄せる。


「そいつと別れた頃から、ずっと続いてたらしい」


結衣は、言葉を失った。


「……でも、それが最近になって悪化した」


「どうして?」


「黒澤美琴が、あかりを庇った」


「黒澤さんが?でも……庇ったなら、どうして悪化なんて……」


「元いじめられっ子だ」


俺は淡々と続ける。


「クラスメイトは、あいつがいじめられてたことを当然知ってる」


見て見ぬふりをしていたという、負い目付きで。


「そんな子がさ。

挙動不審で、言葉に詰まりながら、ギャルを庇いに出たら……どう思う?」


結衣は、はっとしたように息を呑む。


「俺たちは、あかりがいい奴だって知ってる。

でも周りは違う」


「……言わされてる、って?」


「そうだ。いじめられっ子が、ギャルを庇った。

きっとこの子は、脅されてる。利用されてる―ってな」


却って、噂の信憑性が上がった。


結衣は唇を噛み。


「しかも周りは、彼女を助けなかった罪悪感を持ってる」


その言葉に、俺は頷いた。


「だから塗り替えるんだ。その罪悪感を正当化するために」


あかりは悪い奴で。

ビッチで。

いじめっ子で。


そういう存在だった、という物語に。


「そんな……」


「だったら、どうすればいいと思う?」


「どうって……そんなの……」


「要はさ」

俺は言葉を選びながら続ける。

「あかりが黒澤美琴をいじめてないって、客観的に分からせればいい」


「それは……そうだけど」


「毎週月曜日。放課後。もし二人が仲良く、依頼を解決してたら」


結衣を見る。


「それって、いじめてないってことになるだろ」


結衣はしばらく黙り込んでいた。

廊下に差し込む西日が、彼女の横顔を濃いオレンジ色に染める。


「……それってさ」

ぽつりと、結衣が言う。

「噂を消すっていうより、上書きするってことだよね」


「そうだ」

俺は即答した。

「正義で殴るより、日常で潰す」


「でも、それは」

結衣は俺を見る。

「二人とも、相当しんどいと思うわ」


「分かってる」


だから俺は、目を逸らさなかった。


黒澤美琴は、もう一回前に出ることになる。

恐怖も、不安も、全部抱えたまま。


結衣は唇を噛む。


「……あかりさんも」


「そうだ」


あかりは、噂の中心に立たされる。

何もしなくても、勝手に悪役にされた。

だったらもう、逃げ場なんてない。


「でもな」

俺は、委員室の扉の方を見る。


「それでも、二人とも選べるんだ」


黙って耐えるか。

誰かと並んで立つか。


その違いは、致命的だ。


「……相馬くん」

結衣は小さく息を吐いて、

「あなた、最低ね」


「よく言われる」


「でも」

一拍置いて、彼女は口元を緩めて言った。

「それ、風紀委員の仕事じゃないと思うのだけれど」


「知ってる」

俺は苦笑した。


扉の向こうで、椅子が軋む音がした。

中で、誰かが身じろぎしたのだろう。


「でも……困ってる、だろ?」


それだけは、間違いなかった。


人は、他人の人生の責任を背負えるほど人と関わることはできない、だが、もしもお互いに支え合い背負い合う関係が成立したなら、もしもそれが「人生」なんて大それたものではなく、「青春」あるいは「日常」くらいならば、もしかすると。


問い。他人の人生の責任は背負えません、ならば。

責任を軽くして分散すればいい、簡単な答えだった。

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