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風紀委員は何でも屋じゃありません。  作者: ハンサムアジフライ
16/18

デビューライブ

文化祭一日目の朝は、校門をくぐった瞬間から騒がしかった。

普段は静かな廊下も、今日は人の声と装飾と、どこからか漂ってくる食べ物の匂いで満ちている。


風紀委員の腕章をつけると、自然と少し背筋が伸びた。

伸びるだけで、別に仕事が増えるわけじゃない。


校内を一通りパトロールする。

巡回は結衣と二人だった。

廊下を歩きながら、立ち止まっては軽く注意をする。

スカートの丈、廊下に出すぎた展示物、必要以上にうるさい呼び込み。


「今日は多少は大目に見るけど……限度は守ってね」


結衣はそう言って、きっぱりと線を引く。

文化祭特有の浮ついた空気の中でも、彼女の声だけはぶれない。


その横顔を見ながら、俺は何となく視線の先を追った。

少し先の廊下、焼きそばの屋台の方。

一瞬だけ、結衣の視線がそちらに向いた気がした。


 でも、何も言わない。

 

そのまま前を向いて、次の教室へ進む。

「…あとで、焼きそば買ってくか…」

「巡回が終わったらね」


結衣は薄く微笑んだ。



昼頃になると自分のクラスで演劇の受付を任された。

「浦島太郎」タイトルだけ聞けば昔話だが、中身はだいぶ怪しい。


浦島太郎がいじめられている亀を助けて竜宮城に連れて行ってもらおうとしたら、実はその亀はワニガメで、いじめていたのは市の職員。

結果、公務執行妨害で連れて行かれるのは竜宮城ではなく留置所。


受付に立ちながら、俺は台本を思い出して内心で首を傾げる。

誰がこの話でゴーサインを出したんだ。


観客の反応は、まあ、そこそこだった。

笑うところで笑って、首をかしげるところで首をかしげる。

文化祭なんてそんなものだ。


深く考えなければ、それなりに楽しい。


校庭の端でさっき買った焼きそばを食べていると、あかりがいた。

いつも通りの調子で、焼きそばを持って笑っている。


「恒一、これ意外といけるよ」


「だな」


そんな他愛ない会話。

変わらない、いつもの距離感。


ただ、周囲の視線が少しだけ気になった。

直接何か言われるわけじゃない。

ひそひそ声も、聞こえない。


それでも、気配だけが残る。


俺は気づかないふりをした。

知らないふりをして、焼きそばを口に運ぶ。


今は、それでいい。

少なくとも、今は。


気づけば夕方で、

一日目は、特に何事もなく終わった。



片付けを終えてから、ジミヘンとあかりと合流する。

そのまま、駅前のスタジオへ。


大きな変化はない。

でも、音は前より揃ってきていた。


ズレるところはズレるし、ミスもある。

それでも、止まらずに最後まで通せる。


「ロックの魂が一つになってきたな」

「なんだよそれ塊魂かよ」

「でもほんと!前より全然良くなったよね!」

あかりがそう言って、特に反論もなく、全員がなんとなく頷いた。


上手いわけじゃない。

でも、悪くもない。


スタジオを出る頃には、

明日のことを考えないようにしている自分に気づいた。


文化祭一日目は、

そんなふうにして終わった。



二日目の朝は、校門の前からもう騒がしかった。

看板を抱えた生徒、腕章をつけた委員、なぜか気合いの入った衣装のまま歩いている連中。昨日より明らかに人が多い。


校内放送が流れ、文化祭二日目の開始を告げる声が少し上ずって聞こえた。


俺は風紀委員の腕章をつけながら、軽く息を吐く。

今日は考える暇がない日だ。そういう日に限って、余計なことを考えてしまうのが俺だけど。


俺たちの舞台発表は午後からだった。

体育館の裏手、控室代わりに使われている倉庫前は、独特の匂いがする。

汗、埃、ケーブルのゴム。それに少しの緊張。


あかりはドラムスティックを指でくるくる回しながら、やけに落ち着いていた。


「ね、恒一。昨日よりはマシだよね?」


「……基準が低すぎる」


「そんなもんでいいんだ!ロックの魂は成長を恐れない」


ジミヘンはそう言って笑う。

強がりでも虚勢でもない、いつもの二人だ。


ジミヘンはアンプの前にしゃがみ込んで、黙々とケーブルを確認している。

袖のないシャツから伸びた腕、指先の硬さが一目で分かる。


「客、ほとんど知らねぇ曲だろうな」


ぽつりと言った。


「だろうな」


ジミヘンが短く答える「だったら」。


「知らせてやればいいんだよ」


それだけ言って立ち上がる。

逃げ道を用意しない言い方だった。


本番は、思っていたよりあっさり始まった。


『メタリカのメタル・マスター』。


照明が眩しくて、客席はよく見えない。

でも、人は多い。

ざわつきも、期待も、全部まとめて押し寄せてくる。


MCはない。

カウントが入る。

あかりが少し早い。

俺は出だしで指を滑らせる。


―ひどい。


頭の中で、昨日と同じ言葉が浮かぶ。

でも、止まらない。


ジミヘンのギターは多少走りながらも、正確な音で前に出続ける。

合わせに行くしかない。

知ってる人間は少ないはずなのに、手拍子が起きる。


理由は分からない。

ズレてるし、ミスも多い。

完成度なんて高くない。


それでも、案外、盛り上がっているように見えた。


『騒音だ』とでも言いたそうな校長。

その顔が何だか、可笑しかった。

振り返るとあかりと目が合った。

心底「楽しんでる」という顔だった。


最後の音が切れた瞬間、拍手が起きる。

まばらだけど、確かに。


俺は深く息を吐いた。



舞台袖に戻ると、全身から力が抜けた。


「最っ高にロックだったな〜!」


ジミヘンが言う。

大げさでも、冗談でもない声だった。


「あんまりうまくやれた気はしないけどな」


「あぁ?途中で投げ出さなかっただろ」


それだけで十分だ、と言うように肩をすくめる。


「あと校長の校長のしかめっ面は最高だった」と続けた。


あかりは満足そうに汗を拭いている。


「楽しかった!」


それが全てみたいな顔で。


そのとき、少し離れた場所から結衣がこちらを見て、控えめに手招きしできることに気づいた。


俺は一瞬、二人の顔を見る。


「風紀委員か、まじめだね〜」


ジミヘンが軽く笑う。


「ん。いってらっしゃい」


あかりが小さく頷く。


俺は、片手を軽く上げてその場を離れた。




舞台裏の通路は、少し静かに感じた。


「……お疲れさま」


結衣はそう言ってから、少し言葉を探す間を置いた。


「相馬くんに、共有しておくべきことがあるわ」


声は事務的で、でも目は真剣だった。


「あかりさんの噂が出てる」


彼氏が何人もいる。

誰にでも軽い。

頼めばやらせてくれる。


聞いたことのある噂だった気がする。

だからこそ、胸の奥が冷える。


「もちろん、根拠はないわ。庇ってくれてる人もいる。でも……信じる人も、いる」


俺は黙って聞いていた。


「私たちは、それが噂でしかないって知ってる」


結衣は、はっきりそう言った。


「だから、あかりさんの前では、知らないふりをする。今は、それでいいと思う」


確認だ。

相談じゃない。


「……分かった」


それしか言えなかった。


結衣は小さく頷いた。


「じゃあ、戻りましょう。今日は、まだ文化祭だから」


その言葉が、やけに重く響いた。


俺はもう一度、舞台の方を振り返る。

あかりと石井は、何事もなかったみたいに話している。


この距離を、まだ保てる。

そう信じたかった。


舞台ではダンス部の踊りが始まっていた。

大音量の音楽も、歓声も、今はあまり聞こえなかった。


 二日目は、まだ終わっていない。

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