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風紀委員は何でも屋じゃありません。  作者: ハンサムアジフライ
12/18

問い、他人の人生の責任は背負えません。ならば…

夏休みが終わり、二度目の月曜日。学校の廊下には生徒たちの足音が反響していた。空調の効いた教室や吹き抜ける廊下の風に、夏休み明けの名残が漂っている。


放課後、委員室のドアを開け中に入る、俺はため息をついた。結衣は微妙に落ち着かない表情で、椅子に座る俺に話しかける。


「相馬くん、話してみようと思うの」

「……黒澤本人に?」

「ええ。無理に言わせるんじゃなくて、少しだけでいいから話してもらえれば」


俺は眉をひそめる。黒澤が何を求めているのか、わからない。学校内でのいじめは、少なくとも見えている範囲では収束したように思える。だが本当に終わったのか、まだ何か残っているのかすらわからない。情報があまりにも少ない。無理に動くことで、状況を悪化させる可能性もある。


そんな考えを、俺の表情から読み取ったのだろう。


「相馬くん、話すのは危険じゃないわ。私が側にいるから」

「でも、状況が把握できてないんだ。無理に動けば……」

「もう呼んでしまったのよ」


結衣の言葉に俺は言葉を飲む。委員室のドアの向こうから、黒澤が静かに入ってきた。背中を少し丸め、黒いボブの髪が揺れる。目は伏せられ、言葉を発する気配はほとんどない。


結衣が優しく声をかける。

「美琴さん、少し話せるかしら」


黒澤は一瞬顔を上げたが、すぐに視線を逸らし、低く小さく告げた。

「もう……かかわらないで……」


結衣は眉をひそめ問いかける。

「…まだ、終わってないのね」


黒澤は否定も肯定もしないまま何も告げずに委員室を後にした。

その後姿が、夏休み前のあの時と重なった。

去っていく足音は、聞こえなかった。


俺は小さく首を振る。


「続いてたとして、情報がなさすぎる、今の俺たちにできること…」

「情報って何?いじめが起きてて困ってる、それで十分でしょ」


「充分…」じゃないとは、言えなかった。

言葉に詰まる。俺はこの後どうすればいいのか、考えあぐねる。


「……今日は帰るわ」

「まちなさい。今日の依頼がまだ解決できていないでしょ」

「あれくらいなら、二人もいらないだろ……」


俺は軽くため息をつき、委員室を後にした。



帰り道、妹に頼まれた洗剤を買うために、商店街の店先を歩く。

結衣は出会った時から変わらず、優しくて、道徳的に正しい、だがそれ故に危うくもある。

中途半端な介入は、より最悪な状況を作り出すだけだ。

店の棚に手を伸ばし洗剤をカウンターに持っていく、レジの機械的な音がやけに頭にこだまする。

俺が洗剤をカバンに仕舞いながら自動ドアを抜けると、視界の端を見覚えのある黒髪ボブが通り過ぎていく。

大きめのレジ袋をもち、コンビニから早足で路地裏へ消えていく。


なるほど……場所も時間も、攻撃内容も、口撃材料も変えて、まだ続いているのか。

この問題は、表面上は収束しても、リセットされて再編成される。結衣が風紀委員として介入しても、まだ終わらない、完全には終わらない。


学校で注意を受けたうえで続けている程の執着だ、恐らく主犯格の女生徒二人だろう、ならばここで俺が路地裏にババンと突撃して「やめるんだ!」と叫べば、きっと今日の分のいじめは終わる。


だがもしも…もしももっと大勢だったら、逆に俺が返り討ちにされ、この学校にいじめられっ子が一人増えるだけかもしれない。


もしも、その行為が『黒澤美琴が周囲に告げ口した結果』と捉えられてしまえば新たな口撃材料を与える事にもなる。

やはりリスクが大きすぎる、情報が少なすぎる。


俺が、今この問題に介入するのはきっと悪手だと、考えることにしたー


俺はカバンのファスナーを締め肩に掛け直す。

夕暮れの商店街に、静かな風が吹いた。



翌日、風紀委員集会が開かれた。

新学期最初の集会だ。校舎の一角にある風紀委員室、今日はいつもより狭く感じる、基本的には『休み明けでたるんだ生徒の取り締まりに目を光らせろ』とか、そんな話で特に大きな話題もないまま、淡々と議題をこなす集会を眺めていた。


途中、阿津間 梓が俺たちに向けて含みのある視線を向ける。

結衣は何も言わないまま小さく肩をすくめ、机の上の書類に視線を落とす。表情にはわずかに疲れが滲んでいた。昨日の黒澤とのやり取りのせいだろうか。


俺は目の前の議題を追いながらも、内心では昨日見た商店街の黒澤の姿が頭を離れない。場所も時間も内容も、すべて変えてまだ続いている。問題は解決していないのだ。


廊下に出た瞬間、空気が少し緩んだ。


集会はいつも通りだった。規則の確認、注意喚起、形式的な拍手。

何も起きていない、という顔をした学校。


その「何も起きていない」の中で、結衣だけが少し元気がなかった。


だから、なのだろう。


「ねえ、恒一くん」


背後から、やけに明るい声がした。


振り返ると、阿津間梓がいた。

いつも通りの笑顔。いつも通りの距離感。

でも、目だけが妙に合う。


「結衣ちゃん、今日も元気なかったね」


言い切りだった。

確認じゃない。報告に近い。


「……そうか?」


「うん。梓ちゃん、そういうの分かっちゃうタイプだから」


肩をすくめる仕草は軽いのに、言葉は逃げ道を塞いでくる。


「なんかあったのかなあ。風紀委員のお仕事? それともー」


わざとらしく、間を置く。


「美琴ちゃんの件、とか?」


心臓が、一拍遅れて鳴った。


「……さあな」


できるだけ平坦に返す。

知らないふりは、もう癖みたいなものだ。


阿津間梓はそれを聞いて、少しだけ笑みを深くした。


「恒一くんは、何もしないんだね」


責める調子じゃなかった。

失望でも、怒りでもない。


ただ、事実を並べただけ、みたいな声。


「この状況で、何もしないし、動かないし、踏み込まない」


一つ一つ、指折り数えるみたいに言う。


「でも」


阿津間梓は一歩、距離を詰めてきた。


「梓ちゃん、そういうところ好きだよ」


意味が、すぐには飲み込めなかった。


「人を助けることを、ちゃんと怖がってるところ」


視線が、逃げ場を塞ぐ。


「責任、取りたくないんでしょ?誰かの人生を勝手に変えちゃうの、嫌なんだよね」


それは、否定しきれない言葉だった。


「わかるなぁ〜…でもね」


阿津間梓は首を傾げる。


「結衣ちゃんは、そうじゃないよね、だから今、すごく苦しそう」


可笑しな事を言うように。

軽く言う。

でも、逃がさない。


「このままだとさ。助けようとした人と、助けなかった人。二人とも、同じ場所に立てなくなっちゃうね」


それだけ言って、阿津間梓は手を振る。


「じゃーね!お疲れさま、恒一くん」


背中を向けるまで、振り返らない。

振り返る必要がないと、分かっているみたいに。


蝉はもう、鳴いていなかった。



その日の夜、部屋に戻ってからも、どうにも落ち着かなかった。


机に向かっても、本を開いても、スマホを眺めても、

頭のどこかで、夕方の廊下の声が反芻される。


『何もしないんだね。』


理由なら、いくらでも並べられる。

情報が足りない。下手に動けば悪化する。責任が重すぎる。


正論だ。

少なくとも、俺の中では。


それでも、じっとしているのが無理だった。


財布だけ持って、家を出る。

少し遠出して、普段は行かないコンビニへ向かった。


夜の空気は、まだ生ぬるい。

夏の名残が、しつこくまとわりついてくる。



アイスケースの前で、しゃがみ込んでいる影があった。


迷うでもなく、悩むでもなく、

ただ、じっと中を覗いている。


「あかり?」


声をかけると、ゆっくり振り返った。


「あ、恒一」


間の抜けた声。

昼間の重さを知らない、いつも通りだ。


「なにしてんだ、こんな時間に」


「アイス選び。人生で一番大事な時間」


真顔で言うな。


「何にするんだ?」


「あたしはね、チョコミント派!と見せかけて、今日はバニラ」


そう言って、一つだけ取る。

俺は何も取らなかった。


会計を済ませて、二人で外に出る。


「食べる?」


「ああ、俺はいい」


「ふーん」


あかりは気にせず袋を開けて、木のスプーンを差し込んだ。




近くの小さな公園。

街灯は一つだけで、遊具も古い。

近所の子供がしゃーなしで遊ぶ公園。


ベンチに座ると、あかりはすぐにアイスを食べ始めた。


「……今日さ」


先に切り出したのは、あかりだった。


「結衣ちゃん、元気なかったでしょ」


答えない。

否定もしない。


「あたしさ、ああいうの分かるんだよね。

あれ、完全に自分のせいだって顔してる」


スプーンが、アイスを抉る。


「……結衣が勝手にやったことだ」


言い訳みたいに聞こえたのは、自覚してる。


「情報もなかったし、どうしようもなかった。

人の人生の責任なんて、取れないだろ」


一息で言った。

止めたら、崩れそうだったから。


あかりは一度だけ、俺を見た。


「それ、格好つけて言ってるだけじゃん」


間髪入れない。


「正論っぽい言葉で逃げてるだけ。きも」


即死判定。


「……お前な」


「でもさ」


あかりは肩をすくめる。


「間違ってるとは言わないよ。責任、取れないのは本当だし」


少しだけ、トーンが落ちる。


「でも、言った言葉の責任くらいは取れるでしょ」


胸の奥を、細い針で刺されたみたいだった。


「結衣ちゃん、言ってたよ、最初来たときは二人で話して深追いしないようにしようってなったって」


「でもそういう時とめるのは恒一でしょ?多分」


答えは出てる。


「あの子、自分が悪かったって思ってるよ。あの時話しかけてれば、もっと上手くいったかもしれないって」


あかりはアイスを食べ終えて、空のカップを見つめた。


「それ、違うでしょ」


俺は、ようやく口を開いた。


「……止めたのは、俺だ」


声が低くなる。


「動くなって言った。慎重に行けって。だから結衣は動かなかった」


夜風が、少しだけ冷たくなった。


言葉を選びながら、吐き出す。


「人は、他人の人生を背負えるほど、深く関われない」


だから中途半端に関われない。


「だったら……責任を負う必要のない人間なら、どうなんだろうな」


あかりは、しばらく黙っていた。


「さあね」


最後に、そう言って立ち上がる。


「でも恒一」


振り返りもしないで言う。


「その考え方、たぶん、もっと最悪なこと起こすよ」


街灯の下で、影が伸びる。


「じゃ、おやすみ」


一人残されたベンチで、

俺はしばらく、立ち上がれなかった。

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