表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風紀委員は何でも屋じゃありません。  作者: ハンサムアジフライ
10/15

偶然は予定調和のように訪れる。

重ねて言わせてもらおう。

夏休み。それは素晴らしいものだ。


冷房の効いた部屋、溶けかけのアイス、昼過ぎまで寝ていられる自由。平日の昼間にテレビをつけると、やけに元気な子ども向け番組が流れていて、世界から一段切り離されたような気分になる非現実感。


もっとも、それは「何も予定がなければ」の話だが。




その日、俺は一人で駅前まで出てきていた。


目的は特にない。強いて言えば、夏休み中盤にして1週した生活リズムが2週目に突入する前に、外に出る理由を作りたかっただけだ。


夏休みということもあり、商店街は平日の昼間にしては人が多い。学生、主婦、観光客らしき人間が入り混じり、どこか落ち着かない。


早めに帰ろう。


そう思った、その時だった。


「あ、相馬くん?」


聞き覚えのある声に呼ばれて、俺は反射的に足を止めた。


振り向くと、そこにいたのは結衣だった。隣にはあかりもいる。二人とも私服で、いかにも「遊びに来ました」という雰囲気だ。


結衣はいつも通りというか想像通り清楚なのだがあかりが意外にも清楚な私服を着こなしていてギャップを感じた。


「……偶然だな」


「ほんとだね! 何してたの?」


「暇つぶし」


即答すると、あかりがクスッと笑った。


「恒一、夏休み早々それは終わってない?」


「放っておけ」

後呼び捨てやめろ、友達かと思っちゃうだろ…


結衣は楽しそうに辺りを見回している。


「私たち、雑貨屋さんを見てから本屋さんに行こうって話してたの」


なるほど。夏休みらしい過ごし方だ。

それと結衣は店に「さん」を付けるタイプらしい。


「相馬くんも一緒に来る?」


断る理由はあった。だが、断る気力はなかった。


「……少しだけなら」


結衣は満足そうに頷いた。




最初に入ったのは、駅前の雑貨屋だった。


店内は夏色で溢れている。ガラスの小物、意味のわからない置物、使い道の怪しい文房具。正直、俺一人なら五分で出てくる場所だ。


「見て、これ可愛いわ…」


結衣が手に取ったのは、まるで海外の呪物のような人形のキーホルダーだった。


「……そうだな」


「絶対使わないやつじゃん…それ、センス謎すぎ…」


あかりの容赦ない一言に、結衣がむっとする。


「使うわよ…」


「え〜いつ使うの?」


「えっと……その……」


結衣が言葉に詰まる。


俺は内心で思う。使わない。絶対に使わない。


だが、それでいいのだろう。


意味がないものを買って、意味がないまま置いておく。それを無駄だと切り捨てるのは簡単だ。でも、楽しいという感情自体は確かに存在する。


「相馬くんは何見るの?」


結衣に聞かれて、俺は適当に棚を指した。


「……文房具」


「うわめっちゃらしい」


あかりが即座に納得したように言う。


「どういう意味だ」


「無難って意味!」


褒めているのか、貶しているのか微妙なラインだ。


俺はシャーペンを一本手に取る。二千円くらいするちょっと見た目がメタリックでかっこいいお高めのやつだ。


「恒一、そういうの好きそう」


「悪かったな」


「褒めてる褒めてる!一応」


一応、らしい。


結衣は楽しそうに店内を回っている。風紀委員だとか、善意だとか、正しさだとか、そういうものを一旦全部置いてきたみたいに。


こういう場所では、誰も正しくある必要がないらしい。




次に向かったのは本屋だった。


自動ドアを抜けた瞬間、空気が変わる。冷房の効いた静かな空間。さっきまでの雑貨屋とは別世界だ。


三人は自然とバラけた。


結衣は実用書や教育関係の棚へ。

あかりは雑誌と漫画。

俺は文庫本のコーナーに足を向ける。


背表紙を眺めながら、この本何巻まで家にあったか…と考えていると。


「恒一」


声をかけられて顔を上げると、あかりが立っていた。


「本屋だと急に静かだよね…急に別の世界みたいに」


「……ここだと、無理に喋らなくていいからな」


少し考えて、あかりが頷く。


「それ、ちょっとわかるな…」


意外だった。


あかりは、いつも賑やかな側の人間だと思っていたから。


その時、結衣が戻ってきた。手には何冊か本を抱えている。


「やっぱり真面目ちゃんだね!」


あかりがからかうように言う。


「ちがうわよ、これはただ……」


結衣は言い訳を探すみたいに視線を泳がせる。


「好きで選んでるんならいいだろ」


俺がそう言うと、結衣は少し驚いた顔をして、それから小さく頷いた。




会計を済ませて外に出ると、日差しが強かった。


「今日はありがとう」


結衣が言う。


「偶然だろ」


「でも楽しかったでしょ?」


否定はしなかった。




本屋を出ると、外は相変わらず夏の匂いがしていた。

アスファルトが焼けて、どこか甘ったるい風が流れている。


「……で、このあと相馬くんは?」

結衣が、何気ない調子で聞いてくる。


俺は少し考える。

特に予定はない。

アイスを買って帰って、エアコンの効いた部屋で録画を消費する。それだけだ。


「帰るけど」

「即答ね」

「夏休みだぞ?」


あかりが横から割り込む。

「えー、じゃあさ! もうちょい一緒にいよ! せっかく会ったんだし!」


断る理由はない。

行く理由も、特にない。

でもそのどちらでもない隙間が、今は妙に居心地が悪かった。


「……どこ行くんだよ」

「アイス! 夏はアイスでしょ!」


決まったらしい。




三人で並んでアイスケースを覗き込む。


「あ、これ新作じゃん!」

「またそういうの買うの?」

「だって期間限定だよ? 限定は正義!」


あかりは迷いなく二つ手に取る。

一つは自分用、もう一つは結衣に押し付ける。


「はい!」

「え、私は――」

「細かいこと言わなーい!」


その様子を見ながら、俺は一番安い棒アイスを選ぶ。


「相馬くん、それでいいの?」

「これでいいんだよ」


これでいい。

その言葉が、思ったよりもしっくり来てしまう。



近くの小さな公園。

遊具は色あせていて、子どもの姿もほとんどない。


ベンチに座り、無言でアイスを食べる。

あかりはブランコを軽く揺らしながら、こちらを見て言う。


「ねぇ、恒一ってさ」

「なんだよ」

「夏休み、暇そうだよね」


即答できなかった。


暇、というより――

一人で完結する予定しかない、が正しい。


結衣が静かに続ける。

「でも、それって悪いことじゃないと思うわ」


俺は少しだけ驚いて、結衣を見る。

「結衣ならそう言ってくれると思ってたぜ…」


「一人の時間が必要な人もいるもの」

「でも確かに二人はなんかちょっと同類感あるよね!」

「失礼ね」


結衣さん、君も失礼だよ…



あかりが笑う。

「でもさー、たまには混ざってもよくない?

一人の世界に、ちょっとだけ他人が入る感じ」


「……それ、勝手に入られる側は迷惑だけどな」

「うわ、めんどくさ!」

「事実だろ」


でも、今日は。

今日だけは、そこまで嫌じゃなかった。



アイスを食べ終え、立ち上がる。


「じゃ、そろそろ」

俺が言うと、あかりがすぐ反応する。


「え、もう?」

「もう十分だろ」


結衣が少し考えてから言う。

「……また、どこかで会うかもしれないわね」


約束にはしない。

でも、偶然だけにもしない。


「その時は、その時だな」

「なにそれ、恒一らしい」


三人で歩き出し、駅前で別れる。


背中に夏の日差しを感じながら、俺は思う。


夏休みは理想的な時間だ。

だが――

予定があっても、悪くない日もあるらしい。



帰り道。

駅から家へ向かう道は、昼間の喧騒が嘘みたいに静かだった。

アスファルトに残った熱が、溶けきらず、足元からじんわりと伝わってくる。


コンビニ袋も何も持っていない。

本当に、ただの散歩みたいな帰り道だ。


――だから、気を抜いていたのかもしれない。


向こうから歩いてくる人影に、見覚えのある笑顔を見つけた瞬間、俺は内心で舌打ちした。


貼り付けたような、でも崩れない笑顔。


「あ〜!」


声を上げたのは、向こうの方だった。


「恒一くんだぁ〜」


「……副委員長」


反射的にそう呼ぶと、阿津間梓は少しだけ不満そうに口を尖らせる。


「もー、梓ちゃんでいいって言ってるじゃん」


「慣れてないんで」


「真面目〜」


そう言いながら、阿津間梓は俺の隣に並ぶ。

歩調を合わせるでもなく、半歩だけ前を行く距離感。


「なにしてたの?」


「いや、別に……」


「なにその間」


「買い物してただけです」


「へー」


一瞬、俺の両手を見る。


「……何も持ってないのに?」


「何も買わない日だってあるでしょう」


「あ、そっか!」


納得したように、ぱん、と軽く手を叩く。


「確かに! 梓ちゃんもよくある〜」


本当に納得しているのか、ただ会話を続けたいだけなのか、よく分からない。

でも、そういうところが阿津間梓だ。


「そういえばさ」


歩きながら、何気ない調子で言う。


「月曜組って、面白いことしてるよね?」


一瞬、足が止まりかける。


「……月曜組?」


「そ。恒一くんと結衣ちゃんでしょ?」


ああ、そう見えているのか。


「依頼箱、だっけ? あれ」


「……別に、大したことじゃないですよ」


「えー、でも聞いたよ?」


阿津間梓は、楽しそうに笑う。


「落とし物拾ったり〜、愚痴聞いたり〜、喧嘩の仲裁したり〜」


「……」


「なにそれ面白!て思った」


心底可笑しそうに笑う。


「それ、風紀委員でやる必要ある?」


悪意はない。

本当に、ただ不思議そうに聞いているだけだ。


「……必要かどうかは、分かりませんけど」


「だよねぇ」


あっさり同意する。


「でも結衣ちゃん、そういうの好きそう」


その名前が出た瞬間、空気が少しだけ変わる。


「知ってる?」


阿津間梓は、思い出話をするみたいな軽さで言った。


「結衣ちゃんね、中学生の時から依頼箱みたいなことやってたんだよ」


「……そうなんですか」


俺は知らなかった。


「うん、ロッカーの上にさ、勝手に箱置いて」


勝手に、という言い方に少しだけ引っかかる。


「相談事とか、お願い事とか。『誰にも言わないよ』って書いてあるやつ」


阿津間 梓は肩をすくめる。


「まあ、先生に見つかってすぐ注意されたけどね」


「……」


「でもさ」


ちらっと、俺の方を見る。


「結衣ちゃんって、昔からああなんだよ」


ああ、の中身は説明されない。


「放っておけないタイプ」


その言葉は、褒め言葉にも、呆れにも聞こえた。


「面倒ごと、自分から拾いにいくの」


面倒。

その単語が、胸のどこかに引っかかる。


「……それ、褒めてます?」


「んー」


阿津間 梓は、少しだけ首を傾げる。


「どっちだろ?」


答えを出す気はなさそうだった。


「でもさ」


また、軽い調子に戻る。


「恒一くんも一緒にやってるんでしょ?」


「……たまたまです」


「ふーん」


興味があるのかないのか、分からない返事。


「恒一くんって、不思議だよね」


「何がですか」


「結衣ちゃんみたいな人の隣にいるのにさ」


一拍置いて、


「全然いい人っぽくないところ」


思わず、口元が緩む。 

阿津間 梓が隣にいると、いつも。


「それ、悪口ですよね」


「あはは!」


楽しそうに笑う。


「でも梓ちゃんはさ、好きだなぁ…恒一くんのそういうところ…」


その言葉は、やけに軽かった。

張り付いた笑顔は、駅前で会った時から少しも変わっていなかった。


人通りが減り、会話の区切りが近づいているのが分かる。


「じゃ、梓ちゃんはこっちだから〜」


阿津間梓は、何事もなかったみたいに手を振る。


「夏休みだしさ」


振り返りざまに、もう一言。


「あんまり難しいこと考えないで、楽しみなよ」


そう言って、人混みに紛れていった。


俺は手を振り返さず、その背中を見送る。


――楽しむ、か。


さっきまで一緒にいた結衣やあかりと別れた時と、同じ言葉のはずなのに。


なぜか今は、少しだけ重く聞こえた。


俺は歩き出す。

夕日が、いつもより長く影を伸ばした気がした。


読んでいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ