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ウォーレン・ウォルボルグの死を称えて

掲載日:2026/01/03

急啓 さて、今回私にはできるだけ早く、あなたへお伝えしたいことがあったため、筆を執った次第です。それというのも私、ウォーレン・ウォルボルグは徴兵され、お国のために戦う使命を授かったためです。この戦いで私は命を散らすことになろうともそれが本望であります。なので勝とうと負けようと、あなたの心の中に私は永遠に生き続けるでしょう。

 つきましては、あなたにはまず生き延びることを第一にしてほしいのです。間違っても、やけになって捕まる羽目になんてなってはいけません。あなたの命を思う人は多くいます。こんなくだらない戦いに巻き込まれて命を失うなんて馬鹿になってはいけません。あなたは生きるのです。お願いします。

                                  草々

「書けたか?」

 おれに声を掛けたのは、徴兵されてからできた親友のアベント・アーバンだった。こいつは生まれついての孤児だから親の良さってものを知らない。でもその代わりに、友達の良さはこの世の誰よりも知っているやつだ。おれもこいつに親友ってものが、どれだけ自分の心の支えになっているか分かった。

「ああ、そりゃ当然書けてる。お前はどうなんだよ、そんなこと言って、そっちこそ書けてないんじゃないのか?」

「あっ、おい! やべ、バレたか」

おれが奪って見てみたアベントの手紙には、何も、書いていなかった。

「書けばいいじゃんか! 親だけじゃなくてさ、誰かを思って書くのも悪くはないんじゃないかな?」

「そうかい?」

 アベントの笑いは俺の見る限りどこまでも虚しい笑顔だった。

 アラームが鳴る。朝礼の合図だ。俺は制服に着替えるとできるだけ疲れていないようなふりをして隊長のもとへ向かう――そっちの方がなんとなく兵として適格そうだったからだ――。俺たちは第五歩兵連隊だから基本、戦場には出っぱなしになる。そうなると少しづつ精神も消耗されてくる、俺の行動だっていずれは正気とは言えないものになっていくんだろう。

「おまえら! 遅かったな」と隊長はいつものように言う。

 相変わらずの強面だ。こんな顔じゃ女どころか男さえ怯えて逃げ出しそうだ。

「はい! 少し辺境の家族に手紙をしたためておりました!」

「私は彼が『初めて手紙を書くので、書き方を教えてほしい』とせがむものですから、時間を割いて教えていたところ、私自身で思っていたよりも説明に熱が入ってしまったため遅れてしまいました」

 アベントは嘘の達人だ。よくこんな嘘がスラスラといえるもんだな。しかし、隊長の目はごまかせない。

「ほう? つまりお前がしっかり教えていたのならこいつは遅れなかったのだな? アベント、お前はあの山に行って一度野宿をして来い。そしてウォーレン。お前は被害者だが、遅れは罪だ。今日の訓練には

お前が「標的」をやってもらうからな。いいな?」

 そんなのどうせ「はい」というしかないんだろう。俺は心を表に出さないように大きく「はい!」といってやった。隊長は眉を吊り上げていたが、何も言われなかったから不問で済んだようだ。

 「標的」。この軍に昔から存在している訓練内容だ。やることはいたって簡単。ある一人をほかの皆が銃をもって追い回す、ただそれだけだ。打つのはあり。ただし殺しはいけない。もし殺してしまえば、とんでもなく厳しい処罰が下されるという。実際にそれが下された例はたった二度しかないらしい。

「標的、開始!」

 隊長の号令とともに高らかに笛が鳴る。

 ガサゴソ、ガサゴソ。俺は草を掻き分けながら、逃げ惑う。制限時間は隊長が納得するまでだ。

 かすかに銃声が聞こえた。音の方向を確認しながらそれとは反対の方向へと逃げる。逃げる。逃げる。逃げる。ぶつかった。

「痛って……え!? なんでこんなところに女が」

 この訓練場および山は非常に海に近いところに面している。他は高い塀、有刺鉄線などで不法侵入は不可能になっているのだが、どうやら別の国から迷い込んでしまったようだ。その証拠に、俺がぶつかった女は異国の言葉を話していた。

 また銃声。しかも、さっきよりも少し大きくなっている。まずい。彼女は頭を押さえているが、このままにしておけば、血の気の多いやつらが撃ち殺してしまうかもしれないし、なんだったらこの女をあいつらは――

「いこう! 手を掴むんだ!」

 女は俺に気圧されたのか、おずおずと手を掴む。さあいこう、どうせいる意味なんかなかったんだ。こんなところ。

 俺は彼女の手を引いたまま、隣国につながる海へと泳ぎだした。彼女は俺の首に手をまわして水に浮かんでいる。俺の人生はきっとここで狂ったんだろう。



急啓 弟よ、お前は今俺が、他国の女と身分を偽って一つ屋根の下の生活をしていると思っていたか? だが俺としては、この生活は悪いものではないから、心配は無用だ。今回伝えておきたいのは徴兵のことについてだ。お前は生まれつきの病弱だったから、憧れの兵士になれなくて悔しがってたな。でも言っておく。兵士になるのは覚悟を伴う。ただの憧れだとか、成れぬ兄弟のために入ってしまう無謀は推奨されない。だから今俺は、こういう状態になっているのだ。頼む。逃げ切ってくれ。今、母親もいるだろうから、言っておく。二人とも心から愛している。

                                  草々

 こんな日にも郵便は機能する。なんて執念なのだろうか。俺は今あの女――彼女の発音ではエニマというようだ――と共に息を潜めて魔の手から逃れている。ずっと平和な日であるとはこれっぽっちも思っていなかったが、まさかこんな急に平和が崩れるとは。

 屋根裏の女は体を震わせながら俺に抱きついている。いつもは雷だとか蜘蛛だとかはまったく平気、俺より勝ち気なクセして、こんなことは俺よりもビビり散らかしていた。か細く繰り返される言葉が祈りの言葉か、助けを求める言葉かは分からない。

 俺らの家のドアが勢い良く開く。自警団のやつらだ。

 良いことをしたように見せてふんぞり返っているが、俺からすればただの身勝手以外の何物でもない。度を超えたことも多く、立場を濫用して女を無理やり、ということをやっているのを幾度も目撃した。しかし立場をある程度持っているために、刃向かうことも許されてはいない。刃向かうものはどんな立場だろうと極刑。火あぶりや石投げ。古い時代の処刑のようなことを平然と行うのだ。

 やつらが入ってきたことで、女のしがみつきがさらにきつくなった。なだめようと抱き返すと少し緩くなる。

 あいつらは今、この国にいるらしい裏切者を探している。――俺がそれを知ったのは、自警団の中に一人、俺の国の言葉を話す奴がいたからだ。

 あいつらの怒号。物をひっくり返しながら、探し回っている音とともに聞こえてきた。

 俺は今どうすることもできない。ただ危険が去ることを待っているのみだ。

「どうすればいいんだ……」

 あいつらに聞こえないように小さくつぶやいた言葉は女を不安がらせてしまった。女は感情を読み取るのに長けすぎている節がある。

 ずっと息をひそめて待っていると、やがて何も音がしなくなった。気配もしない。危険は去ったかと思いきや、下から嫌な臭い、煤のような臭いが漂ってくる。屋根裏の窓から玄関先の道を覗くと、自警団のやつらが玄関に放火していた。俺は怒りを覚えるとともに、すぐにここから逃げ出さなくてはならないため、屋根裏の窓を開けると、女と一緒に飛び降りる。当然女に傷やケガは追わせないようにして。自警団の一人を緩衝材にして降りると、撃たれてしまわぬうちにどこかへと一心不乱に逃げ出した。

「まずこの町を出よう」

 俺の国には戻れないし、この町を逃げ回り続けるわけにもいかない。となれば、俺たちがいけるのはほかの町へと続く道のみである。女を抱きかかえながら俺は道を駆けていく。もうすぐ亡くなるのだろうから、自分は身勝手に生きたくなっていた。



急啓 お母さん、ウォーレン・ウォルボルグが亡くなったという報道を聞きましたか? あれは嘘っぱちです。新聞でやっている通り、確かに戦争は激化していますが、間違っても私が戦死したと悼むのはよしてください。

 私は以前弟への手紙で伝えた通り、とある女性と戦争の魔の手から逃れる生活を送っていて、今現在私は、山の中で誰も来ないような小屋を発見したので、籠っています。お願いとしては、できるだけ私との関係がないように偽ることです。私は無謀にもいけないことをやりました。私にはもう平穏というものはありません。本当に申し訳ありませんでした。弟にも、そう伝えておいてください。

                                  草々


「だい、じょうぶ?」

  彼女はぎこちない言葉で俺を思いやってくれる。あれから俺はどうしようもない生活を送っている中で、彼女との意思疎通ができればいいと思い、いろいろな言葉を教えてみた。彼女は頭がいいのか俺の下手な説明でもしっかり飲み込み、やり取りができるぐらいにはなった。俺も彼女とようやく話し合えることで何かを理解したのか、自分が変わっているのを感じていた。

「いや、大丈夫だよ。俺のお母さんに手紙を書いてたんだ」

「きみは、やさしい、だね」

 彼女の言葉に「ありがとう」と俺が言うと、彼女は嬉しそうに笑う。

「山で狩りをするだけじゃやっぱり厳しいな。エニマ、いい案はあるか」

「うぅん、特に、ない、かな」

 考えていると、大きな地響きが体を、小屋を揺さぶった。彼女と俺はバランスを崩すが、その痛みもすぐに引く。それより問題なのは、かすかに聞こえる飛行艇の音だ。今どこかに飛んでいくものは攻撃にしか利用されない。

「ここはもう駄目かもしれない。行けるか」

 俺たちがここにいたとしても、いずれ他の国からの攻撃に落とされてしまう。彼女がどうなろうが、国は結局大きく見れば勝利な道しかとらない。民の悲鳴が小鳥のさえずりか何かに聞こえていなきゃおかしい行動だ。

「わかった、いこう」

 俺たちはあるかもしれない休息の地を探して再び歩き回ることになった。山を下り、歩き回ると途中で民間の人を運んでいる馬車を見つけ、乗り込んだ。この時点で恰好は変わっているからそのまま乗り込んだとしても、その人間のことを知る者はいないというわけである。

「こんな世の中、嫌よねえ」

「いや、そんなことないだろうが。お国のために頑張って戦う人たちがいるんだ。嫌だとかこっちがのたまっているわけにはいかないだろう」

 何を言っているんだ。嫌に決まっているだろう。俺は知っている、戦うことがどれだけ苦しく辛いか。

もしそれが時代として自国の生存として必要なことだとして、そこに死があっても許されるのか。人柱がなければならないものだとして、人を殺してものうのうと生きていることは許されるのか。俺は戦争で死人を見て、これから死にゆく怪我人を見て、そこかしこに血煙の上がる現場を見た。だからこそそう考えなければならないように思うのだ。

「おさえて。ここで、たたかう、は、意味ない」

「分かっているよ。だから今は眠らせてくれ、たっぷりと」

 ふと聞こえたのは馬車は首都へ向かうということだった。



急啓 エニマ、俺のことは覚えているかい? 俺は君がいいところの出だとは知らなかったよ。でも気にしないでほしい。俺は君に望んで騙されたのだし、これから死ぬにしても、俺の国で兵士としてまた駆り出されるのでも、結局末路は変わらないんだ。だから気に病まないでほしい。俺は君とは他人だ。君のことを何も知らず、君を誘拐していた犯人だ。だからこの手紙を読んだらすぐに焼き捨ててくれ。もし燃やしたことがバレたら、嫌いな相手からの手紙なんて読みたくなかったから燃やした、というんだ。そいつらはきっとバカだから騙される。お願いだから生きてくれ。そうすれば俺も報われるから。頼んだからな。生きろよ、絶対に。

                                  草々

「おい起きろ、お前に割く時間なんぞないんだ。――今日はお前の処刑の日だな。さあいくぞ」

「手紙は」

「あ?」

「あの手紙、ちゃんと送ったのか」

「ふっ、送るわけないだろう。お前はあのエニマ嬢を誘拐したんだ。重罪、極刑、死がふさわしいだろう」

「そうか、そうか」

「では、来い。お前はこんな世じゃされるはずのない公開処刑だ」

 俺は黙りながら、ついていった。一歩一歩、記憶がよみがえってくる。そのせいで死が恐ろしいものだと錯覚しそうになる。

「俺が衆目に晒されるなか、お前を介錯してやる、介錯人だ。喜べ、こんな待遇――」

「こんな世じゃ珍しい、だろ?」

 赤い顔で肩を震わせているのは最高だった。

 そして処刑台の目の前に来たとき、周りを見ると見物客が大量にいる。そしてその中に、顔を隠しているエニマが混じっているのがわかった。俺の口角が上がる。

「何を笑っている! 処刑を執行される罪人のくせに」

「お前は本当に罪なき人間なのか?」

 棒に手をまわして縛られる。俺の死因は焼死になるだろう。

 足元には藁が敷かれた。死が近づいている。

「それでは、ウォーレン・ウォルボルグの処刑を執行する!」

「ごめんね。ウォー、レン」

 彼女のその言葉を聞けただけでもう十分だ。



拝啓 若葉咲き誇る頃になりました お元気ですか。こちらは元気です。この度の戦争はこちらの勝ち目がありましたが、負けてしまったため、とても辛い生活を強いられています。でも、私はどうも思いません。さて今回、お伝えしたいのは『戦う』ということについてです。普段あなたたちは戦っておられると思います。ですがそれは戦うというよりも、争うという方に近いのではないかと私は思います。お国のためとは称しているけれども、実際それを望んでいる人はどれほどいるのでしょう。時代だからというけれど、その時の人には即しているのでしょうか。私には何もわかりません。ですが、あなたたちはこれからを生きる者たちなので、お伝えしておきたく思います。いつかまたどこかで出会えれば、答えをお聞かせください

                                   草々

                                  エニマ

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