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騙され婚約破棄された修道女は復讐を果たす

作者: 満原こもじ

 舞う雪と積もった雪の中、ぐっこぐっこと靴を鳴らしながら、その奇妙な一隊は王都を進んでいた。

 奇妙というのはどういうことか?

 騎士達と思しき五〇名ほどの一隊なのだが、率いていたのが修道女だったからだ。


 あの美しき修道女は?

 大雪のため人通りはもちろん少なかったが、気付く者もいた。

 クラノア・シャローフィールド辺境伯令嬢だ。

 エドワード第一王子の元婚約者だ、と。


 世間では噂されている。

 シャローフィールド辺境伯家はコンチネンタル商会に嵌められた。

 莫大な借金を背負わされ、爵位を返上したのだと。

 そのためエドワード殿下は、愛するクラノア嬢との婚約を破棄せざるを得なかったのだと。


 コンチネンタル商会がラックグッド公爵家の傘下だということは、ちょっと事情に通じている者ならば知っている。

 コンチネンタル商会が阿漕な商売で良民を泣かせていることも。

 この妙に静かな一隊が進む先には、ラックグッド公爵家のタウンハウスがある。


 何が起きるかを察した者は人差し指を真っ直ぐ立て、口の前に持ってきた。

 どうやら痛快なイベントが始まるぜ。

 声を出しちゃいけない。

 心の中でクラノア嬢を応援しようじゃないか。


          ◇


 ――――――――――クラノア視点。


 ついに今日だ。

 踏みしめる雪が気分を盛り上げてくれるじゃないか。

 しかしよくシャローフィールド辺境伯家旧臣が四六人も残ってくれたものだ。

 よほどコンチネンタル商会とラックグッド公爵家のやり方が腹に据えかねたのだろう。


「お嬢はそんな薄手の修道女服で寒くないのかよ」

「暖房の魔法があるからね」

「わかってるんだが、見た目がよ」


 ハハッ。

 皆が笑う。

 リラックスできているようで何よりだ。


 コンチネンタル商会め。

 契約を魔道紙契約に転じた時に内容を書き替えるだなんて。

 よく確認しなかった父様も悪い。

 ただコンチネンタル商会はもっと悪い。


 シャローフィールド辺境伯家は莫大な借金を背負わされ、経営破綻した。

 父様は責任を取って自害した。

 なのにコンチネンタル商会とラックグッド公爵家ばかりが肥え太るのはあり得ないだろう?

 討ち入りだ。

 ラックグッド公爵家をぶっ潰してくれる。


 あとからわかったことだが、コンチネンタル商会が外道な手段に出たのは私とヨシア・ラックグッド公爵令嬢の、エドワード第一王子殿下の婚約者の座を巡る争いが関係していたらしい。

 そういえば私が殿下の婚約者に決まった時、ヨシア嬢は悔しさを隠しきれてなかったな。

 だからと言って我らを詐欺にかけるとは何事だろうか?

 絶対にぶった斬ってくれる。


 さあ、ラックグッド公爵家邸に到着だ。

 我が領随一の占い師のおばばの力強い言葉が頭に蘇る。


『大成功の未来だよ。思う様暴れてきな!』


 おばばも怒ってた。

 誰何する門番の首を一振りで刎ね飛ばす。

 いい切れ味だ。

 全員の剣に私の付与魔法がかけてあるからな。

 いざ、ラックグッド公爵家邸に突入!


          ◇


 ――――――――――ヨシア・ラックグッド公爵令嬢視点。


 何なの? 何なの?

 メチャクチャじゃない!

 わたくしが寒さと恐怖で震えていると、聞き覚えのある声が言いました。


「見いつけた。やあ、ヨシア嬢が物置小屋に隠れるのが趣味とは思わなかったよ」


 殿方のような特徴的な言葉遣い。

 間違いありません。

 元シャローフィールド辺境伯令嬢で、今は平民落ちした修道女クラノアですわ。

 わたくしを見下ろすなんて何事!


「あなた、無礼でしょう!」

「そうかな? 私以下四七名を屋敷で迎えないヨシア嬢こそ、礼に反してはいないかい?」


 ああ、何という余裕のある態度でしょう!

 以前から気に入らなかったのですわ。

 第一王子エドワード様の隣で偉そうにしていて。


 何もかも毟り取ってやったはずなのですわ。

 王立学園成績最優秀者のメダルも!

 辺境伯令嬢の立場も!

 エドワード様の婚約者の座も!


 地べたに這いつくばって、惨めに涙を流すべきでしょう?

 それなのにどうして変わらぬ余裕を見せつけてくるの?

 おかしいですわ!


「……どういうことなの?」

「とっくに理解していると思ったがね。襲撃さ。私とシャローフィールド辺境伯家旧臣による、ね」


 やっぱり!

 でもお父様は今日のこれあるを察していたのに!

 わたくしも念のためと、急ぎ庭師の使う物置小屋に隠れていました。

 屈辱だわ。

 こんなみっともない姿を見られるなんて。


「言うまでもないが、ラックグッド公爵家の経営するコンチネンタル商会を信じてバカを見てね」

「……当家の護衛騎士は? それに腕の立つ用心棒を何人も雇っていたはずだけど」

「もう剣戟の音も気合の声も聞こえないな。終わったのだと思う」

「終わった? ま、まさか……」

「シャローフィールド辺境伯家の勇猛さを舐めるなよ? まあ不意を突いたってことが大きいな」


 日々魔物退治に明け暮れる辺境伯家の手勢が精鋭揃いだとは聞いていたけど。

 全然勝負になってないの?

 そんなことって……。


「我がシャローフィールド辺境伯家は、コンチネンタル商会及びラックグッド公爵家に屈辱を与えられた」

「契約は契約じゃない!」

「ああ、いやそちらの言い分を聞く気はないんだ。我らは大人しく爵位を返上し、野に下った。王国の処分の通りにね」


 な、何を言ってるのかわからないわ。

 あっ? 国には逆らわないということを言いたいのかしら?


「我らは罰を受けた。しかし我らから財産を巻き上げ、実質父の命を奪ったコンチネンタル商会及びラックグッド公爵家に沙汰なしというのは理不尽だろう?」

「契約は契約じゃない!」

「だからヨシア嬢の言い分を聞く気はないんだ。法が味方でないのなら、我ら自ら天誅を下す」


 こ、怖い!

 何とか言いくるめる方法は……。


「あなたはわたくしを手にかけるつもりなの? わたくしは現在、エドワード様の婚約者なのよ!」


 わかってるわ。

 エドワード様は愛想笑い以上の表情を私に見せてくださらないことくらい。

 エドワード様が目の前の憎い女を愛していらしたことくらい。

 ラックグッド公爵家が富裕で力があるから、政略でわたくしが婚約者になったってことくらい。


「ヨシア嬢は御記憶していないかもしれないが、私もエドワード殿下の婚約者だったんだがね」

「知ってるわよ!」

「私は罰を受けた。ヨシア嬢もラックグッド公爵家の罪に相応しい罰を受けてもらう」

「罪なんかないわ!」

「法律上の罪は、かい? こういうものがあるんだ」

「何これ?」


 紙の束?

 あっ! こ、これは……。


「苦情とクレーム……」

「そう、今までコンチネンタル商会の詐欺に引っかかって泣き寝入りした人達の、怨嗟の塊さ。討ち入りした全員が持っているんだ。撤退時にばら撒くつもりでね」

「そ、そんなことされたら商会の評判が悪くなるじゃないの!」

「評判? 今更評判の話をしてるのかい? ラックグッド公爵家が潰れるというのに?」

「公爵家が……潰れる?」


 またあの余裕ぶった顔!


「そりゃそうさ。王家を脅かすほどの権勢を誇る公爵家。しかし当主とその子が全員死亡。経営する商会が市民に大変評判が悪い。ラックグッド公爵家を潰して財産を接収するのが都合がいいと思わないかい?」


 当主とその子が全員死亡って!

 わたくしの命を何だと思っているの!

 いえ、でもクラノアの言うことは一理ある?


「……そんな無法が通ると思っているの?」

「ヨシア嬢は法律が万能だと思っているのかい?」

「法は法よ。ルールの中の勝負は当たり前じゃないの!」

「法律に綻びがなければラックグッド公爵家は罰を受けていたはずだ」


 初めてクラノアの感情が露わになった?

 こ、これは激しい怒り。


「私とシャローフィールド辺境伯家の旧臣はラックグッド公爵家に復讐する。いや、もう既にほぼ復讐は果たされた。残っているのはどうやら君だけだ」


 徐々に集まってきたシャローフィールド辺境伯家の旧臣と思われる騎士達が頷いていますわ。

 お父様、お兄様、皆命を落としたの?

 いえ、まだわたくしがおりますわ。


「あなた達、こんなことをして許されるとお思い?」

「ほう、ヨシア嬢は我らが許しを乞うているように見えるのか」

「えっ?」

「大きな間違いだ。我らは誇りのために生きているんだよ。誇りを汚された我らは既に死人も同然。亡霊みたいなものさ」

「な……」

「ヨシア嬢の父御殿も黄泉路を旅立っているよ。最後に言い残したことはあるかい?」

「え、エドワード様助けて!」

「この期に及んで殿下に助けを求めるとは。最期まで見下げ果てたやつだな!」


 クラノアが剣を一閃するところまでは見えました。

 ああ、意識が……。


 ――――――――――クラノア視点。


 復讐は果たした。

 しかしまだ私達は終わっていない。

 点呼を取ると全員が生き残っている。

 大したケガもしていないようだ。


「勝ち鬨は無用。血で汚れた装備は捨てていけ。中に着込んだ町人服で脱出する。三々五々に散れ。落ち合う先はアジトだ」

「了解」

「寒いぜ」


 ハハッ、さすがに戦慣れした剛の者達。

 一人も欠けずに目的を達したのは重畳だ。

 そして今になっても落ち着いている。


 アジトとは王都郊外にある古城だ。

 盗賊達がねぐらにしていたところを占領して使わせてもらっている。

 非戦闘員達はアジトに置いてあるのだ。

 万一襲撃に失敗するようなことがあれば、アジトを捨てて逃げろと。


「解散!」


 旧臣達がバラバラに逃げてゆく。

 捕まるなよ。


「お嬢、どうします?」

「一刻も早くここを離れることは決まりだね。腹を満たしながらゆるゆると立ち去ろうじゃないか」

「腹を満たしながら、ですか。お嬢は大物ですな」

「いや、おばばの占いでは大成功って話だったろう? ひもじく惨めに逃げ出したのでは、大成功とは言えないからね」


 アハハと笑い合う。

 まあ全て終わったわけではないが、一応のけりはつけた。

 気も緩むというものだ。


「さて行こうか」


          ◇


 ――――――――――一年後、王宮にて。王太子エドワード視点。


 先年の旧シャローフィールド辺境伯家の一党による、ラックグッド公爵家王都邸襲撃は衝撃的な事件だった。

 何が衝撃的って、戦果が一方的だったのだ。

 邸に残された遺体は、ラックグッド公爵家関係の者ばかりだった。

 襲撃にいち早く気付いて逃げ出した少数の者の証言だけでは、実行主体が判明しなかったくらいだ。


 そしてもっと驚くべきことに、市民からの通報がなかった。

 現場が門内の様子を把握をしにくい貴族邸だったこと。

 雪のせいで人通りが少なく、また音がかき消されることを計算に入れてもだ。


 聞き込みを進めると、修道女服姿のクラノアに率いられた五〇人前後の一隊による襲撃だとわかってきた。


『クラノア様の仇討ちだろう? 応援してやりたかったね』

『言っちゃあ何だが、コンチネンタル商会はクソだ。消え去って清々する』

『エドワード殿下とクラノア嬢はお似合いだった。えっ、ヨシア嬢? もう死んだんだろ?』


 ラックグッド公爵家に好意的な意見は一つも出てこなかった。

 どれだけ嫌われてたんだ。

 皆が旧シャローフィールド辺境伯家の一党を支持していた。

 当主及び直系の後継候補者が全てこの世を去ったこともあり、ラックグッド公爵家は改易になった。


 ……実力にものを言わせ専横の振舞いが多かったラックグッド公爵家が消えたことは、結果だけから考えればオールサック王国にとって最良と言える。

 コンチネンタル商会も王家が引き継いで、全く問題なく経営できることがわかったしな。

 儲けはそこそこでいいから、民に優しくがモットーだ。


 しかし王国法を蔑ろにした旧シャローフィールド辺境伯家の一党を許すわけにはいかない。

 法を疎かにしては国の根本が揺らぐ。

 ここが頭の痛いところだ。


 一方で市民の間で旧シャローフィールド辺境伯家の一党の人気は非常に高いのだ。

 評判の悪かったコンチネンタル商会に陥れられたということもある。

 鮮やかに復讐を遂げたということもある。

 事件を基にした大衆劇は大入り満員だという。


 クラノアよ。

 本音を言えば優秀で美しい君を妃に迎えたい。

 ラックグッド公爵家はやり過ぎた。


 旧シャローフィールド辺境伯家の一党の結束力は見上げたものだという意見は、貴族の中でも主流なのだ。

 助命嘆願も多い。

 むしろこれで旧シャローフィールド辺境伯家の一党を極刑に処したら、王家の仕置きが疑問視されるくらい。

 市民人気が高いことと合わせ、クラノアを妃にと宣言してもどこからも文句はつくまい。


 しかし法との整合性が取れぬのだ。

 王家が率先して仇討ちを推奨しているように見えるではないか。

 法が軽く見られてしまう。

 まことによろしくない。


 その法自体にも問題がある。

 本来魔道紙契約は、立場の弱い者がゴリ押されないように魔法による強制力を付与したものだ。

 それが詐欺行為自体を助長してしまうことになるとは。


 しかも王国法は詐欺行為に対してほぼ無力だ。

 騙された方が悪い、確認しない方が悪いという考えがあるから。

 それがどれほど庶民を苦しめていたことか。


 法の改正は既に学者や司法官達に指示してある。

 が、過去に遡及して法を施行することは、原則的にできないらしい。

 ああ、オレはどうすべきなのか。


「……エドワードよ」

「はい、陛下」

「クラノア・シャローフィールドを妃に迎えるがよい」

「えっ?」


 病床にある父陛下の眼差しは優しい。

 が、何を言ってるんだ?

 王家が法を無視できぬことなど、父陛下だって理解しているだろうに。


「旧シャローフィールド辺境伯家の一党を許せる機会があるだろう?」

「許せる機会? あ……」

「逃すでないぞ」


 ありがとうございます。

 父陛下の儚い思いに感謝した。


          ◇


 ――――――――――さらに二ヶ月後、古城のアジトにて。クラノア視点。


 オールサック王国にとって私達が古城を占拠していることは、盗賊が居座っている状態と変わらないのかもしれない。

 でも周辺の農民や商人達とはいい付き合いができているのだ。

 私達も辺境伯領から持ってきた珍しい作物を作ってるし、また護衛や工事なんかでは手を貸せるから。

 盗賊を退治してくれて助かったって、いつも言われる。


「お嬢、大変だ!」

「どうしたのかな?」

「エドワード王子が来た!」

「えっ?」


 エドワード殿下が?

 そりゃあ私達がこの古城をアジトとして使ってることくらいは把握しているだろうけど。


「陛下がお亡くなりになったそうだ」

「……」


 ずっとお加減が悪いとは聞いていた。

 我ら一党の騒ぎが御心労を増してしまったろうか?

 申し訳ないことをした。


 ああ、殿下が臆せずずんずんと来たわ。


「クラノア!」

「殿下」

「ハハッ、昔のようにエドワードと呼んでくれ」


 呼べないよ、婚約者時代のようには。

 今の私は殿下の二番目の婚約者の首を刎ねた女だから。


「父陛下が亡くなったのだ」

「伺いました。御冥福をお祈りいたします」

「父陛下の最後の願いがあってな」

「何でしょう?」


 私も引け目がある。

 できることなら何でもしたい。


「オレと結婚してくれ!」

「えっ?」

「父陛下が亡くなったことで恩赦が発令される。父陛下直々の望みであったゆえ、旧シャローフィールド辺境伯家の一党も対象になるんだ」

「恩赦ですか。ありがたいことです」

「君達は自由だ。いや、自由じゃないな。旧シャローフィールド辺境伯家領の統治を命じる。オレ達の子の一人に辺境伯を継がそう!」


 あれえ?

 話が追いつけないくらい先へ行く。

 結婚を跳び越えて、突然子供二人以上が前提になったぞ?


「クラノア愛してる!」

「ヒューヒュー!」

「お熱いねえ」


 殿下に抱きしめられた。

 いつ私は殿下の妃になることを承知したろうか?

 いや、承知したとかしないとか関係ないな。

 私も殿下の妃になりたいのだから。


「エドワード様、ありがとうございます。事件後新たな婚約者も立てずずっと待っていてくださったなんて、よっぽど私のことが好きなんですね」

「調子に乗るな! 大好きだわ!」


 アハハ、やっぱりエドワード様は勢いのある、気持ちのいい人だなあ。

 私は男っぽいと言われることが多いけど、エドワード様の前では淑女でいられる気がする。

 お慕い申し上げていますよ。


 恩赦があるからって、我らの罪が消えたなんて思わない。

 でも先の陛下とエドワード様の期待に応えようじゃないか。

 新王となられるエドワード様に忠誠を尽くし、オールサック王国を盛り立てること。

 それが今の我らが成すべきことだ。


「即位式と結婚式に備え、急ぎ根回しをせねばならんのだ。クラノアも手を貸せ!」

「はい、承りました」

「皆の者よ、実は旧領復帰の手筈はほぼ整えてある。しかし当面はこの古城を管理していてくれ」

「「「「はっ!」」」」


 私を抱きしめたままてきぱき指示を出すエドワード様は、大変格好よろしいな。

 王に相応しい指導力だと思う。

 私もお助けしなくては。


 あっ、占いおばばがニヤニヤしている。

 大成功って、このシーンまで予測してたんだな?

 意地悪なんだから。

 エドワード様の背中に回した腕に力を込めた。

 未来は私達の前に広がるのだ!

 もちろん『忠臣蔵』が元ネタです。

 12/14が討ち入りの日だそうですので、こういうお話はどうかなと投稿してみました。

 シャローフィールド=浅野、ラックグッド=吉良ですね(笑)。


 最後までお読みいただきありがとうございました。

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