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桶狭間の後 ― 清洲城の夜宴

夜更け、信長を囲む宴が始まった。

 柴田勝家、丹羽長秀、佐久間信盛ら、重臣たちが並ぶ。

 藤吉郎はその炭奉行として、各卓を回っていた。


「丹羽様、火桶の風向きを変えました。熱がよく回るはずです」

「ほう、確かに温かいな」

「さすがは勝家様、酒の飲みっぷりも火より熱い!」


 口のうまさに、丹羽も柴田も思わず笑う。

 その間も藤吉郎は炭を無駄なく配り、火を絶やさず、

 それでいて大広間全体が暖かく保たれていた。


 藤吉郎は、火桶を持ちながら柴田勝家の席へ近づいた。


「柴田様、ここ少し炭を動かします。

 風が通り抜けると、すぐ温うなりますで」


 勝家が盃を掲げ、眉を上げる。

「……ほう、確かに違う。理を知っとるな」


 藤吉郎はにやりと笑い、今度は丹羽長秀の方を向く。

「丹羽様のお席はもう少し火を押さえます。

 お酒の香りが立つには、これくらいがちょうどええ」


宴の終盤、柴田が感心したように言った。

「ただの下っ端ではないな、あの藤吉郎という男。炭の遣いにも理がある」

 丹羽も頷く。

「機転が利く。口も回るが、それ以上に気が利く」


そのとき勝家が、面白そうに身を乗り出した。

「お主、名は何という?」


 藤吉郎は膝をつき、深々と頭を下げた。


「はっ。尾張・中村の生まれ、木下藤吉郎と申します。

信長様に拾うていただきました」


 その言葉に、信長が盃を置く音が響いた。

 大広間が静まり返る。


 信長は薄く笑い、炭火の赤を映した瞳で言った。


「うむ。あれは俺が拾った男よ」


 ざわめきが起こる。

 勝家と丹羽が顔を見合わせ、良之助は思わず息をのんだ。


「炭一つで殿中を温め、人の心まで明るくする。

 ああいう者こそ、家を動かす火となる」


 その言葉を聞いた藤吉郎の頬が、火のように赤く染まった。

 嬉しさを抑えきれず、胸に手を当てる。


「恐れ入ります! この命、殿に燃やし尽くします!」


 その声に、誰もが笑い、場の空気が一段と温まった。

 良之助はその様子を見つめながら、

 ふと胸の奥でざわつく感情を覚えた。


(木下藤吉郎……彼が、あの秀吉になるのか)


 炭の光が、若き日の野心をゆらめかせていた。


 信長は笑みを浮かべ、炭をくべるる藤吉郎を指さした。

「炭一つで殿中を温め、人の心も明るくする。ああいう者こそ、家を動かす火となる」


 藤吉郎は頭を下げた。

 火の光に照らされたその顔には、子供のような笑みと、

 野望の影が同居していた。



宴が終わり、人気の消えた廊下で良之助が声をかけた。

「……見事だったな」

「へへ、良之助さんに教わった通りですよ。

 人の心を温めりゃ、炭も出世の道具になる」


「信長様に目をかけられたな」

「はい。次は足軽組頭に上がってみせます」


 良之助は頷き、夜空を見上げた。

 桶狭間の戦いで見た炎とは違う、

 人を照らす炎が、今、静かに燃え始めていた。

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