桶狭間の後 ― 清洲城の宴
清洲城の大広間には、勝利の余韻がまだ漂っていた。
織田信長が今川義元を討ち取った――その報せは尾張中を震わせ、
城内では連日、祝宴が開かれていた。
良之助は、評定で献策した功により信長に呼ばれるほどになっていたが、
戦には直接出ていない。
この夜も宴の手伝いとして、文書や席順の調整をしていた。
ふと、裏方の炭場の方から威勢のいい声が聞こえてくる。
「ほい、そこの火桶、もう少し詰めましょ! 炭は風の流れを読んで置くんでさ!」
声の主は、まだ若い足軽――木下藤吉郎であった。
桶狭間の戦では雑兵のひとりに過ぎなかったが、
今は城の台所で“炭奉行”を務めているという。
良之助が近づくと、藤吉郎は額の汗をぬぐいながら、にやりと笑った。
「おや、評定でお名を聞きましたで。あんた、良之助様ですな」
「……名を知っているのか」
「そりゃあもう。おかげで俺たち足軽も命拾いしましたからな。
桶狭間の奇襲、あんたの策だって、皆が言ってました」
良之助は思わず手を振った。
「いやいや、そんな大層なものじゃありません。
殿(信長)がお考えを示されて、柴田殿や丹羽殿がそれに知恵を加えられた。
私はただ、それをまとめただけですよ」
藤吉郎は目を細め、いたずらっぽく笑う。
「へぇ……そうやって謙遜できる人ほど、本当にできる人なんですよ」
「そういう口のうまさが、おぬしの武器なのだな」
「へへっ、褒め言葉と受け取っておきます」
二人の間に、炭のはぜる音が心地よく響いた。
「それにしても、ずいぶん節約しているようだな」
「へえ、殿の炭の使い方がもったいなくて。
風の通りを読んで置き方を変えりゃ、半分の量で温まるんです。
使う場所を間違えなけりゃ、炭は生きる」
良之助は思わず笑った。
この若者、ただの足軽ではない。観察眼と工夫がある。
「出世したいのか」
「したいですねぇ。殿にサル扱いではなく、ちゃんと名を覚えてもらえるなら、炭でも草履でも、なんでもやりますよ」
その飾らぬ熱に、良之助は少し惹かれた。
「ならば、覚えておくといい。人を動かすには三つある。
一つ、相手の誇りを認めること。
二つ、媚びぬ褒め方をすること。
三つ、まず共感して、心の温度を合わせることだ。
それができれば、おぬしは誰よりも遠くへ行ける」
「なるほど……承認、褒め方、共感……ですな。肝に銘じます!」




